59 学期末テスト
この数ヵ月で馴染んだキッチンに立ち、授業が早く終わったからと急遽買い足した食材達を調理する。小綺麗なエプロンを見にまとい、慣れた手つきでさらに盛り付けていく。
「……二分か、煮込みは仕上げだし、そろそろドレッシングでもいいな」
長かった陽も沈み、日中の蒸し暑さから開放される。涼しい風が放たれた窓からうっすらと入り込み、料理の良い匂いが部屋を駆け巡る。
「マリーは結構食うからな……。塊肉で正解だったな」
料理人リュウはよく喋る。一言ずつ確認しながらの作業は指差し確認のようなもの。こうすることで失敗を減らしていけることを学んだ。そしてようやく全ての料理が完成したところで部屋のインターホンがなった。
「よう、待ってたよ」
扉の前で待っていたのはティナ達四人。魔闘祭を経てさらに仲は深まり、今日は特別な理由もかねてのお食事会。
「お邪魔しま~す!」
「うわあ、リュウ君のお部屋良い匂い!」
「だろ、今日はスゲーよ」
「確かに、お腹が空いてきますね」
「ねむい」
それぞれが食欲を刺激される中で、アルだけは睡眠欲を刺激されていた。
今日四人がリュウの部屋にやって来た理由。それは、学園という教育機関には欠かせない、学期末テストの対策のためだ。学年首席を維持するティナと、さすがの貫禄でトップ十人に入るマリーとアル、総合評価ではその二人を抜くイクトと、集まったのは優秀なメンバー。
テスト対策に抜かりの無い彼らが集まったところで何かが起こるわけでもないが、問題なのはリュウだった。
入学試験は全て赤点、入学直後に退学の危機、連日の補習に、遅刻魔というトドメ。
授業は子守唄、実技は日々の憂さ晴らしの喧嘩、掃除は箒チャンバラ、昼食はマリーとの大食いバトル。それが、赤髪青眼の少年リュウ・ブライトにとっての「学園」というものなのだ。
だが、その「学園」はそれを許さない。しっかりとした成績を残さなければ留年、挙げ句の退学と、それ相応の処置を執る。
これから始まる究極の休み時間「夏休み」がすべて補習になるまで目と鼻の先。そこで、少年はお馬鹿な頭をフル回転させこの状況の離脱策を考えた。それがこの勉強会だ。
「「「ごちそうさまでした」」」
ティナ達が部屋に入ってから一時間。皆が夕食を食べ終わり、食器を片付け始める。この寮は規則等が緩いのが特徴で、日付が変わるまでに各自の部屋に戻れば処罰はない。勿論年頃の男女の部屋を行き来することは進められていないが、この日ばかりは仕方がない。
「さあとことんやるわよ。まずは魔法史」
「やだ」
「苦手なものは早めに終わらせないと駄目よ」
「だって今の範囲わけわかんねーもん。何だよ、八百年前の入浴方法とか。んなもん興味ねーよ!」
「そうですか? 僕は面白いと思いましたよ。まさか逆立ちして水を被るのが主流とは思いませんでした」
「ただのアホだろ」
ティナもリュウもイクトも、その他に勉強をしても、結局話は脱線していく。
王立魔法学園の授業カリキュラムは座学と実技科目とに別れる。基本的な国語、数学、魔法史、詠唱研究などの一般的な座学に加えて、魔法戦闘学といった実技科目がある。
二年になればそこにさらに専門的な教科が増えてくる上に、三年に上がるとさらに専門的で実践的な教科になっていく。学園卒業後の就職先の大半は軍やギルドのため、より実践的な教科を学ばねばならない。それらが得意なリュウにとって大変なのは今なのだ。
「──だから、アルティス・メイクリールは英雄って言われるようになったの。わかった?」
「お、おう?」
「これは捨てね」
勉強会開始から、約二時間。魔法史を半ば投げ捨てた形で終わらせたリュウ。次々に他教科に取り掛かっていくが、リュウの頭から湯気が出ること以外に変化は見られなかった。
「ねえねえ、夏休みどこ行く?」
唐突に、ティナが切り出した。死にかけているリュウなど眼中になく話は進んでいく。
「パパが海沿いに別荘を持ってるんだけど、皆で行かない? 結構な穴場だから人混みも少ないし、ちょっとしたリゾートだよ」
「海!?」
「まあリュウ君が補習を逃れないと駄目だけど」
苦難の先に見えた一筋の希望。照りつける太陽に、純白の砂浜、海鳥の鳴き声に、潮の香り。リュウの頭の中で広がったのは天国にも似た己の未来。
「俺は今から“神”になる!」
「は?」
「勉強を掌握するんだ!」
勢いづいてペンを走らせる。ペンは走っているが勉強が進み始めたとは限らない。この日を境に始まったリュウの海水浴大作戦。
「じゃあ、ここらで終わりにしよっか」
気づけば夜遅くにまで差し掛かり、ティナは持っていた芋虫と彼岸花の着いたシャープペンシルを筆箱にしまった。
「うへ~」
問題集との睨み合いを続けていたリュウはすぐに相手選手を強制リタイアさせ、床に寝そべった。復習がてら、自分達も問題集を解いていた優秀者三人組も静かに片付け始めた。
頭痛い、俺は老けたなどと宣ったリュウを尻目に動く四人は、どこかの業者のような手際の良さを見せている。五分ほどで準備は整い、リュウを抜いた四人は玄関へと向かう。
「今日はサンキューな」
リビングでテーブルの上を片付けるリュウは、忙しなく動きながらも感謝の言葉を掛けた。
「あんたこれで補習になったら奢りなんて優しい罰じゃ済まさないからね」
「リュウの頭の回転ならありえそうで怖いんですよ、そういうの」
「大丈夫だよ。いっぱい勉強したもん!」
「ねむい」
四者四様の言葉が返され、リュウは苦笑いを浮かべる。アルにたいして少しの疑問もあるが。
門限も近くなり、四人はその後すぐに部屋を出た。なんとなく頭の良くなったような感覚のリュウは、ドアの閉まるその最後まで笑顔で手を振っていた。
* * *
勉強会から数日。夏休み前の四日間のうちの三日間に行われる期末テストがやって来た。
「へっ、アルティスの好みはリサーチ済みだぜ!」
時に魔法史を乗り越え、
「よっしゃー! 喧嘩なら任せとけ!」
時に魔法戦闘学を何かと勘違いして、
「なんでこいつはこんなナヨナヨしてんだよ! メアリーとジョンが旅行してんじゃねーかよ!」
時に問題文の登場人物を叱咤していた。
そんな地獄を乗りきった夏休み前最後の日。全校生徒は終業式のために体育館に集められていた。ここで発表が行われる。
開始当初から少しのざわつきがあった生徒達だが、式が始まると見事に静まり、スムーズに進んでいく。テスト結果の発表が行われる「学園長のお話」。それは、すぐにやって来た。
黒髪角刈りの大男であり学園長でもある、クロツグ・デルファが壇上に上がった。
「生徒の諸君、おはよう。今日は夏休み最後の終業式だ。明日からの長期休暇に向けての注意事項などもあるが、今はその前に先日までのテスト結果を通知しよう」
クロツグは指をパチンと鳴らす。すると、生徒の頭上に赤色の小さな魔法陣がいくつも出現していった。
生徒からの感嘆の声が上がり、クロツグはさらに指を鳴らす。今度は、紙で折られた白い鳥が一羽、また一羽と飛び出してきた。
「スゲー」
始めてみる体躯の大きい学園長の繊細で美しい魔法に生徒は驚く。
全校生徒分の鳥が宙を舞い、一人一人の元へと降りていく。小洒落た演出の魔法によって生徒達は盛り上がり、すぐに結果を記した白い鳥を広げていく。もちろん、リュウも同じだ。
「なっ……」
紙を開いたリュウは驚いた。
この学園の成績に赤票がつく場合、それは三十点未満と決められている。一教科百点満点、八教科八百点。満点を取らずとも勿論構わないが、八教科の全てで三十点に満たないと、ヤマタノオロチも顎を外す程の八連撃を食らうことになる。
リュウはその苦難を乗り越えるために勉強した。何度くじけそうになろうとも、頭の中に広がった海だけを追いかけて勉強した。その結果がついに出た。
そこには、全てが三十点を超えた結果が印字されていた。何なら、「補習無し」の粋な計らいもある。
「よっしゃー!」
リュウは座っていたパイプ椅子の脚をパタパタと蹴り、式の最中だというのに叫びながら笑顔で紙を見つめる。
席が近いティナとアルは、その表情から結果を悟る。少し離れた位置に座っているマリーとイクトも、目立つ赤色の髪が大きく揺れていることに気づき、安堵する。
その後、無事に終業式も終わり、帰りのショートホームルームへと移る。終始笑顔を撒き散らしていたリュウに、引き気味のシエラは早急にショートホームルームを終わらせた。
一学期の成績も配られ、休み明けの日課も発表され、やることはすべて終わった。
こうして、イデア王立アルティス魔法学園は夏期休暇へと移っていくことになる。




