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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第五章【使い魔召喚】
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58 夜空を見上げて


 その日の授業は使い魔召喚以外いつもと何ら変わりなく終了し、放課後もあっさりとやって来た。だが、あっさりとやって来た放課後だというのにこの日のリュウはいつになく静かだった。

 静かだということが悪いわけではないはずなのだが、リュウにとってはあまり宜しくない状況だった。隣で、こちらも静かに佇んでいるエリック・ベルナルドも、心ここに在らずといった感じだった。


「早く歩くんだ。アミット教諭が先に向かっているのだろう? ここでグズグズしている暇はないぞ愚民」


 一言一言に棘のようなものを仕組ませエリックはぶつけた。シエラの名前が出たことで我に帰ったリュウはヘイヘイと、文句を垂れながら歩き始めた。

 特に部活動に入っていないリュウとエリックは、多方向から飛び交う部活動の掛け声や声援をBGMにし、学園の敷地外へと続く校門に着いた。

 何事もなく校門の下をくぐり、近代的な石膏で作られた建物や、昔ながらのレンガ造りの建物が四方から見つめる中、土を固めて作った道を歩いていく。

 程よく汗もかき始めたころ、リュウ達がたどり着いたのは、大きな鉄門の前。王国魔導軍隊【アルテミス】本部の正門だ。一度奥にある【アルテミス】本部建物をじっと見つめ、その後門の中へと入る。


「たのもー!」

「おお、リュウか。お前なら入っても良いな」


 何度も訪れている上に、いつかロイが許可してくれたこともあり、今では顔パスで軍の施設内部に入ることが出来る。鉄門を守る日替わり門番全員と仲良しだ。

 ここは民間人でも自由に入れるが、手続きを済ませなければならず、入るまでに少々の時間がかかる。

 道場破りのごとくリュウは入ったが、目的地は闘技場でも本部でもない。本部の中央玄関を抜け、さらに奥に見える白い建物。ロビー前の大きな花壇には沢山の利用者が談笑している。

 【アルテミス】医療隊隊舎兼、軍事病棟である軍の病院だ。

 リュウはその中へ入ると、すぐにシエラの姿を発見した。大きな受付場所があり、その目の前には来た人がゆったり座れるような椅子が置いてある。その椅子に座っているシエラの元へと、リュウは駆けた。


「シーエーラー!」

「遅い、行くぞ。あとシエラ“先生”だ」


 さっぱりとした会話を終え、シエラは階段へと足早に向かっていく。


「まったく、人を待たせるな!」

「んで、何号室?」


 後からリュウは登っていたが、ふと気づきシエラに訊く。エリックもシエラの顔を見つめている。


「……少し待ってろ」

「おっちょこちょい」


 急に何を思ったのか、シエラは踏み出そうとしていた右足を止めた。そしてすぐに身体の向きを変え階段を下りていく。顔は下がっていた。その場には、エリックのため息が残った。リュウは笑っていた。


「すまないが、ネリル・オーンの病室を教えていただきたい」


 その言葉を聞いた受付の女性はすぐに、空中に展開している病院の病室見取図から部屋番号を掴む。紙に、掴んだ文字を投げ写し、シエラに手渡した。シャレた病院だとリュウは心の中で拍手する。


「こちらになります。ドアの横の魔晶石にこの紙をかざせばドアが開きます」


 しかし、持っていた紙はすぐにリュウに奪われた。盗賊も顔負けのスピードだった。


「116号室か。早く行こうぜ!」

「911号室です。紙、逆向きですね」

「おっちょこちょい!」


 勝ち誇ったような笑みを向けてきたシエラから逃げるようにその場を離れ、リュウはそそくさと目的の階まで転移魔法陣で移動する。

 九階へと飛び、数ある病室の中から十一号室を見つけたリュウ。後から二人も追い付いた。軍の病院は今日が初なのだが、先程教えてもらった通り、貰った紙をドアの横の魔晶石にかざす。

 すると、魔晶石が優しく光り、スライド式のドアが開いた。

 中は個室なので白いベッドが一つ置いてあるのみだった。どこの病院とも同じで、刺激のすくないベージュ色の壁紙に囲まれ、様々な機械が置いてある。

 一歩一歩足を進め、見えるベッドに寄るリュウ。他二人は後から静かに入る。

 白い鉄製のベッドには、淡いピンク色の髪を無造作に広げ、幼さの残る顔に酸素マスクをつけたネリルが、スヤスヤ眠っていた。


「……ネリル」


 脇に置いてある丸イスに座り名前を呼ぶ。酸素マスクをしているネリルは、呼吸を乱すこと無く寝たままだった。


「あの時、ネリル・オーンは何か薬のような物を飲んだと言われている。そうだろエリック?」


 シエラの顔を見ずにエリックは頷いた。


「それの副作用ではないかと思われているが、何分その薬のような物が見つからないからな。それさえ見つかれば、あの暴走のような行為についてもわかると思うんだが……」


 悔しそうにシエラは俯く。担任で無いにも関わらずここまで想ってくれる教師も珍しいと、この時エリックはシエラのことを少なからず快く思っていた。

 そんな人間味のある出来事に気づくはずもなく、ネリルをじっと見つめているリュウ。ネリルの顔を見れば見るほど思い出すのは、あの日の光景。

 狂気に満ちた表情を浮かべ、まるで楽しむかのように人間に攻撃をしたネリル。それを止めたリュウもまた、心のどこかではあの謎の声の為すがままになることを拒絶してはいなかった。

 自分が守ろうとしたものは守った。だが、それを守るためにネリルは傷ついた。


「悪い……」


 未だ目を瞑るネリルの顔など見ることは出来ない。一言放ち、頭を下げる。

 静かな空間で、少女の弱い呼吸音が耳朶に触れる。無駄な音など一切無い。シエラもエリックもただ黙っていることしか出来ない。その場にあるただ一つの呼吸音は、リュウの胸をキリキリと締め付けていく。


「起きたら、ちゃんと話そうぜ」


 これ以上居ても仕方がなかった。

 なにも出来ない。そう思いこの空間から逃げるように退出するリュウ。追いかけるようにして二人も退出する。その頃には既に辺りは暗くなっており、まるで自分の心の写し鏡のように思えた。


(なんとか、なるよな)


 順調に快復していっているであろうネリル。面会謝絶だったのだが、それが解けたということはそういう事だろうと、リュウは自信は無いながらも思う。それが確認できただけで、リュウにとっては満足だった。


「強く、なるからな」


 昼間の強烈な日差しによって生まれた、初夏特有の蒸し暑さに顔を曇らせながら、虫の影がちらつく夜の街灯の下を歩くリュウ、エリック、シエラ。

 ポケットに手を突っ込みながら歩くが、暑さによってそれをやめるのは、赤の髪を揺らすリュウだ。後ろからエリックに、暑くないのかと突っ込まれたことも理由の一つ。

 襟を掴み、服で体を扇ぐが涼しくはならない。遅くも速くもないスピードで回転する足の動きを少し止め、空を見る。

 隣を歩いていた二人も同じく歩を止める。少ししか見えぬ星屑が、漆黒の空の飾りとなって、まるで一つの演劇のように完成された光景が広がっていた。

 街中で見る幻想的な光景にも、リュウは反応しない。星すらない、辺り一面常闇のリュウの胸中と比べれば明るいのだが、照らすことはできない。


「くそ、間違えてバナナジュースを買ってしまった……」


 少しその場でボーっとしていたが、シエラの緊張感の無い言葉でそれは終わる。いつの間にか、街の広場に来ていた。

 真ん中の噴水を囲むように、距離を置いて設置されたベンチの横。一つだけある自動販売機の前で固まっているシエラ。彼女がもう一度自動販売機のボタンを押すと、ガコンと一本のジュースが出される。それを取った直後、リュウとエリックの元へとやって来る。


「お前バナナジュース好きだよな?」


 拒否権などあるものか。リュウは威圧感に包まれたシエラのバナナジュースを受けとる。因みにエリックはコーヒーを貰っていた。現在時刻は十一時を少し過ぎたところ。寮の門限には間に合うが、未成年が歩く時間帯にしては遅い。


「俺、寮に戻るよ。ジュース、サンキュ」

「僕も戻ります」


 脚に力を込めようとしたその時、シエラは一瞬にして間合いを詰めてくる。


「座れ。課外授業だ」


 そういうことか、と納得したリュウはとりあえずエリックと共に一つのベンチに腰かける。


「もっと奥に行くんだ。僕と君とのこのベンチの所有比は7:3だぞ」


 理不尽な要求をしながらもしっかりと座る辺り、あまり嫌では無いのだろうと少し可笑しくなるリュウ。


「お前ら腹を割って話せるほど仲良くなったのか! 先生嬉しいぞ」

「はあ? 腹なんか割ったら死ぬだろ」

「これは、僕が突っ込まないといけないのか?」


 ある意味息の合っている三人は、間を取るために持っている飲み物を啜る。そうしてできた沈黙を最初に破ったのはシエラだった。


「しまった。もうこんな時間だったか」


 慌てたように、腕時計を確認したが何かを諦めたのかまた降ろす。どうやらシエラは今がどれ程の時間だったのか把握していなかったらしい。


「どうしたんだよ」


 リュウのその質問を受けた直後、シエラは再び自分のコーヒーを一口飲んだ。その後、静かに答える。


「古い付き合いのある奴と少しな……」


 どことなく哀しそうな、少しの虚無感の込められた呟きは、蒸し暑さの残る常闇に吸い込まれていく。

 その直後、フッと笑ったシエラは隣に座っているエリックの持つ空き缶と、たった今飲み終えた自分の缶の両方を手に持ち、それを遠くへと投げる。

 およそ十メートルはあろうかというゴミ箱まで、完璧なコントロールで入った。思わずリュウは感心し、心からの拍手を贈る。バナナジュースが少し溢れた。


「私にとっては一番大切な人なんだ」

「は?」


 意味が分からなかったその言葉に、リュウは首を傾げる。


「お前らにとって一番大切な人はどんな奴だ?」


 唐突に返された質問にリュウは戸惑う。エリックも無言で考え始めている様子だった。そして、最初に出てきた人物。綺麗な桃色の髪の毛を靡かせ何故か怒っているネリル。そんな彼女が頭に浮かぶ。


「そういうのとは違うけど、早く元気になって欲しいやつならいる」

「ネリル・オーンか……」


 シエラは魔闘祭での出来事を思い出す。自分があと一歩遅れていたら、と頭の中で思いゾッとしたあの日。シエラはすぐに回想をやめ、また始まった沈黙に口火を切る。


「よし、お前は今日からしっかり勉強しろ」

「えっ?」


 まさかこの流れでその話題に触れるとは思わなかったリュウ。何の脈絡もない言葉を受け、困り果てる。


「起きたとき、教えてやるんだ。今までに起こったことすべて。今はそれを考えるだけで十分だ」


 リュウはその一言を聞き、思わず声が出てしまう程に動揺する。ネリルが目覚めるかどうか、目覚めてからどうなるか、そればかりが頭の中をまるで暴れ馬のように回っていた。

 それを、シエラはたった一言で御したのだ。さすが、伊達に教師をやっていないと思ったのと同時に、ここまでしっかりと生徒の事を見てくれる教師がいたのかと安心する。

 喧嘩がすべてだった少し前のリュウにとって、教師というのは自分を権力で抑えつけるような悪代官のような存在だった。

 入学してから今までもずっとそう思っていた。しかし、この女性シエラは違う。薄々は気づいていたのだが、リュウは核心する。


「サンキュー」


 ベンチから降り、リュウはシエラと向き合う。


「元気出てきたー!」

「何時だと思っているんだ。近所迷惑だろう。そんなことも知らずに育てられたのか君は」


 冷静に淡々と叱るエリックに怒りを見せたリュウだが、一息ついて落ち着きを取り戻し口を開いた。


「今度さもっと聞かせてくれよ。恋人の話」

「さて、恋人ねぇ……」


 苦笑いで返したシエラ。


「そろそろ戻らないと」

「僕も戻ります」

「そうだな」


 いまだ変わらぬ夜の風景に、時の流れを忘れそうになっていたが、リュウは辛うじて気づく。エリックも後から続いた。すぐに体を半回転させ走り出そうとしたが、ハッと何かを思いだし再びシエラの方を向く。


「そう言えば気になってたんだけどさ、なんで魔闘祭の時、結界破れたんだ? あれ魔力通さねーし、めちゃくちゃ硬ーんだぞ?」


 イクトから聞いたシエラの話。防音防魔結界を破って入ってきたと知り、リュウはそこの部分が大きな疑問点となっていた。目を見開いたのが記憶に新しい。


「秘密だ」

「ええ?」

「え?」


 やはり気になっていたのか、エリックもリュウと似たような反応を取ってしまう。


「ほら、そんなことはいいから早く戻れ」


 軽く躱され、なんとも煮え切らない形で話は終わる。

 月明かりすら弱く一段と暗い今日この日。一人の少年の後悔と苦悩は、そんな暗闇にすっぽり埋まり、重荷は降ろされた。良き教師の純粋な言葉が胸に染み渡る。

 一人の少年はそうして、すこしずつ前へと歩を進めて行くのだった。

 

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