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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第四章【魔闘祭】
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54 胎動


 耳をつんざくような音と共に結界の天井部分が破壊された。魔力を通さない防魔結界は破られ、中へと何者かが侵入したのだった。

 内側からしか解除できない筈の結界に入ってきたのは、何度も客席から試合中のリュウに殺気を放っていた人物だった。


「なんだこれは!」


 タイトなジーンズに地味なジャケット、綺麗なアッシュブロンド、しゅっとした切れ目。その人物こそ、リュウ達Aクラスの担任シエラ・アミットだった。

 未だ状況を掴めていないシエラは、唯一意識のあるエリックへと近寄ってくる。リュウへの警戒は怠らないということが、本物の魔導師だということを物語っていた。


「手短に頼む。何が起こった? アレは何だ?」


 リュウを、正確にはリュウだった者を指差し最後は言う。エリックは今までの事を要所のみ伝えた。


「そうか、先ずはリュウを『止める』か。医療班、早くティナ達を運べ!」


 シエラと共に中に入ってきた【アルテミス】医療隊の人間達はその言葉通り、すぐにマリーとティナを担架に乗せ、外へと脱出した。ネリルの近くにはリュウがいるため近づけない。


「エリック。お前もだ」

「僕は構いません。自力で歩けます」


 立ち上がって、エリックはそう返事をした。シエラもそれ以上は何も言わず、ただリュウを見つめていた。


(これは、後で説教だな)

獄炎龍(フレイム・ドラゴン)


 リュウは現れた“敵”を攻撃する。とぐろを巻きながら威嚇したのち、炎の龍がシエラに向かっていった。大きく口を開けて熱気と共に飲み込もうとする。

 だが、シエラはそんなこと等関係ないと言うかの様に華麗に躱した。既に緊急事態と判断されたのか、防魔結界の穴の空いた部分は塞がれ戦闘の準備は整っている。

 龍を躱しきったシエラはリュウがさらに魔力を高めている隙を突き、Aクラスが守りきった棒へと向かう。


「おらぁぁ!」


 豪快な音をたて、誰の魔法でも折ることの出来なかった棒を一発の蹴りで折り、それを担ぐシエラ。男より男らしいと、この状況でもエリックは突っ込んだ。


「何をしてるんだリュウ!」


 ひどい剣幕でシエラは棒を地面に叩きつける。揺れるほどの重低音が響いた。シエラが叩きつけた棒の真下には小さいクレーターの様なものが出来ていた。一瞬のその出来事に、エリックは目を丸くした。


「リュウ!」


 さらにリュウの目の前に瞬時に移動したシエラは、棒を思い切り縦に振った。聞こえた強烈な音よりも、頭に入った光景。


「え?」


 今の一撃で、ネリルの作った巨大な山が縦に真っ二つとなって割れていたのだ。エリックは口をあんぐりと開け、固まる。


縛錠縛封(アレスト)


 シエラは、地面に食い込むほど激突し伸びたリュウを手際良く縛ると、すぐに担架を呼んだ。


「何なんだ一体……」


 焦燥に刈られながら、シエラは誰かに問うように小さく呟いた。


 * * *


 包み込むような夕日が、全面白のはずの部屋をオレンジ色に染め上げる頃、四つ置かれた内の一つのベッドで少年は目を覚ました。


「あ、起きた! 先生!」


 聞き覚えのある少女の声が脳にまで伝わり、その場の状況を確認しようと体を起こそうとした時、その声が呼んだ「先生」が入ってきた。


「起きたかリュウ」


 はっきりと意識を取り戻したリュウ・ブライトは自身が体を預けているベッドの上に座り込む。視界には見覚えのある四人とシエラ、そして見知らぬ男性の姿が写った。


「えっと……おはよう」

「もう夕方です」


 イクトに、挨拶ではなく正論を返されたリュウは黙り込んでしまう。ゆっくりと頭を整理させている。


「あ、そうだ。魔闘祭はどうなった?」


 リュウが訊くと、全員が表情を曇らせた。だが、教師として結果を伝えなければならない以上、覚悟は決めていた。


「魔闘祭一年の部の優勝クラスは私達Aクラスだ。一年の部の閉会式も終わり、明日からは二年の部が始まる」


 重要な部分は述べていない。リュウは優勝したという喜びをしっかりと受け止めていたからだ。恐らくは覚えていないのだろうと、シエラは考えた。しかし、


「だが、軍からお前に呼び出しがかかった」


 言わなければならない。そして聞かなければならない。


「は?」

「お前に何があったんだ?」


 リュウの記憶が曖昧なことはわかったが、あの中でリュウに何があったのかは本人に聞くしかない。

 起きてからリュウの視界に入っていた男は、ただ自分を見つめるだけ。あくまでも、担任であるシエラが聞くことになっていた。シエラも、静かにリュウの言葉を待つ。


「何がって?」


 本当に何も覚えていないのだとシエラにはわかった。そこで、先程の打ち合わせ通り見知らぬ男性が口を開く。


「試合はAクラスの勝利で終了。だが、突如暴走したネリル・オーンによって審判であった教員一人が死亡。さらに、ネリル・オーンを含む生徒四名が重軽傷を負い、うち一人はつい先程まで意識不明だったが……」


 ああ俺か。呟くリュウを、シエラは睨み付けて黙らせた。


「一体何があったんだ」


 リュウはようやく、見知らぬ男性が【アルテミス】の軍人であることに気づいた。服装を見ればすぐに分かる筈だが、寝起きのリュウにそこまでの判断力はなかった。


「は? 知らねーよ」


 リュウはそう言いながらも必死に頭の中を整理する。すると、すこしずつ先程の光景が浮かんでくる。


「……ネリル」


 一言、俯きながら呟いた。


「ネリルはどうなった? アイツには何があったんだよ!」


 近くまで歩み寄っていた軍人の胸元を、包帯を巻かれた傷だらけの手で掴む。激しく揺らしすぐに答えを求めるが、あっさり手を外されその答えも貰えなかった。リュウはさらに起き上がり、ギシギシと音の鳴るベッドから下り、シエラまで駆け寄った。


「どうなんだよ」


 もはや質問ではなく尋問のようにも取れるリュウの「質問」に、シエラは大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、気合いを入れて答える。よく聞いてくれ、と前置きすらしない。


「ネリル・オーンは今集中治療室で手術を受けている。莫大な魔力を纏ったおかげで体に超負荷がかかったんだ。それに……」


 一瞬言葉を詰まらせるが、真剣な青の瞳を前にするとシエラもそれではだめだと思う。


「お前は覚えていないかも知れないが、オーンの暴走直後、お前もそれと似たような状態になり、オーンと戦闘。結果お前が勝った」


 リュウにはシエラが何を言っているのか理解できなかった。教科書にも毎朝届く新聞の四コマ漫画にも、出てこない「暴走」の二文字。超非現実的なその言葉はリュウにとって未知の言葉だった。


「思い出したか? あの中では何があったんだ。こいつらに訊いても答えないんだ」


 シエラは親指だけ立てた右手で後ろにいるティナ達四人を指す。皆と目が合い、避けられる。リュウにはそれがどういうことなのか理解できていた。理由もわかっていた。答えないのではなく答えられない。四人が四人とも何も知らない上に、何も知りたくないのだ、と。


「わかったよ」


 リュウは覚えていることのすべてを話した。

 白い部屋、謎の青年、自身が暴走をしていたということ。それを話す最中、ティナの表情が強ばりうっすらと、涙を浮かべているのを見てしまった。

 審判をしていた男性教師を思い出してしまったのだろうと、リュウは思う。話を終え落ち着きを取り戻したリュウは、ベッドに寝転がり布団を被ってしまった。


「とりあえず、今日と明日は休みだ。ゆっくりと体を休めろ」


 そう言うとシエラは部屋からでた。他四人も軍人も、すぐに部屋を出ていった。後に残ったのは、形容しようのないほどに重く濁った空気だけだった。


 * * *


「なんかつまんなかったね~」


 声色の明るい少女が口火を切った。隣を歩く大きな男との気まずい無言の時間に退屈していた少女は、これでもかなりの勇気を振り絞っていた。

 普段は能天気だと云われる少女も、コイツは苦手だと再び思っていたとき、その苦手な大男は口を開いた。


「そもそも楽しむことを目的としていた訳ではない。これは調査だ。面白い面白くないで決めて良いような事ではない」


 顔どころか全身を完全に隠し、見えている大きな手と背丈のみが大男と判断できる材料となっている。そんな、謎めいた男の隣を先程のように歩く少女もまた同じ。

 手を繋ぎながら歩く二人の姿は、少し謎めいた親子と、周りには見えている。父役の大男の返した言葉に、苦い顔をしたように見える少女は、少し歩調を早める。


「そんなこと言ったら楽しいこと無くなって、狂っちゃうよ~?」


 ふて腐れたように口を尖らせ、少女は後ろを振り向く。大男は先程と変わらぬスピードで少女の後ろを歩いていた。


「それはないだろう。お前が一番狂っているのだから」

「アハハ、何言ってるのさ~それはお互い様でしょ」


 手に持った小さな赤い石と、赤いカプセル錠。少女は楽しそうに毒々しい赤の二つで遊んでいた。


「……ねえ、ほんとにやるの?」

「どういう意味だ?」

「アイツら、まだ一年生だよ~?」

「そんなの関係ない」

「……そっか」


 また手を繋ぎ歩き出す二人。

 建ち並ぶ建物がオレンジ色に染まった頃の、数多くの店が閉店作業に追われる中の、小さな出来事。この二人の会話によって或る少年の運命は残酷なものへと変わっていく。

 夢も、希望も、奇跡も、全てを無くした少年の静かな破滅。救いなど欠片も無くなる状況で問われる正義。


──それはゆっくりと近づいてきていた。

 

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