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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第四章【魔闘祭】
54/301

53 黒と赤


「……死ネ」


 だが、それが当たることは無かった。瞬間的に閉じていた目をエリックは開けると、地に伏したネリルの姿。

 雷の魔力が少しの間ネリルを痺れさせていた。すぐにエリックは左を見と、そこには膝に手を置きやっと立ち上がっているマリーの姿が在った。


「良かった……」


 ポカンと立ち尽くすエリック。

 マリーは支えが無くなったかのように、地面に膝を付いてしまった。まだ、結界壁に投げられた時のダメージが残っているのか、すぐに立ち上がれる様子でもない。

 すぐにエリックは駆け寄った。


「何をしているんだ?」


 少しの柔らかみを帯びた言葉をマリーに投げ掛ける。苦しそうにしながらもマリーもそれに返す。


「何って、座ってるだけ」

「違う、何故助けた。僕は君達の仲間ではないし、暴走した彼女も君達の敵だ。助ける義理なんて無いだろう?」


 再び立ち上がり、黒い魔力を高め始めたネリルを見ながら言う。

 早くこの状況をなんとかしなければならないというのに、想像してなかった不意の出来事に少しの苛立ちがエリックにはあった。しかも、それが《落ちこぼれ》の仕業だ。エリックにとっては中々不愉快だった。


「君はあの愚民達の仲間なのだからとっとと寝ていれば──「そんなのどうでもいいでしょ!」


 マリーの叱咤がエリックを怯ませる。小さく震えながらも、今までの事を思い出しながらも、マリーは立ち上がる。


「今はそんな事どうでもいい。ティナさんを助けてくれた貴方ならわかるでしょ? 今はネリルさんを止めることが先なの。敵も味方も関係ないの!」


 消えきらないダメージが、マリーの力を奪う。腹の底から出した声で咳き込んでしまった。


「君も随分と変わったな。この僕にそこまで言うなんて。イクトのお陰というのもあるだろうが、それだけじゃない」


 エリックは言いながら、マリーにティナを預けた。防魔結界の壁に二人を寄りかからせ、遮るようにして二人の前に立つ。見つめる先のネリルは、呼吸を荒くしながらもエリックを見つめ返していた。


「少し癪だが、時間を稼いでやる。救助がいつ来るかわからない以上、あいつを倒すしかない。元々はあのネリルだ。原因もわからない、魔力も上がったが、あれならいけるだろう」


 日光を反射させるほどの鮮やかな銀髪を揺らし構えるエリック。マリーに背を向け眼鏡を少し直し、魔力を高め始める。


「私が援護するよ」


 マリーが黄金の銃『メルキオール』に魔力を込めた。

 日々蔑んできた一人の少女の決意など、正直どうでも良いと思ったが、エリックの頭には拒否する余裕がない。


「《落ちこぼれ》と関わるのはこれきりだ。あの愚民に出来た借りを返すだけだからな」


 エリックは正直な胸中の気持ちを淡々と喋る。横顔と背中しか見えないが、纏う雰囲気はひしひしと伝わってくる。「その理由」を知るからこそ、マリーはどうしようもない想いを募らせてしまう。弱さがまた、出てしまう。


「ん~どうしたんスかね? 結界が取れない」


 観客席からの疑問の声が、マリーとエリックに届かないところで上がっていた。中の映像を外に伝える役目をしていた結界が解かれた後から何も進まないからだった。

 防魔結界の濁った白色以外、中の様子は確認できていない。【アルテミス】副隊長であるゾット・ミッドも、腕を組みながら隣の女性に質問を投げていた。


「おかしいわね……」


 話しかけられたミルナは静かにそう答えた。ただ一点を見つめながら、思考を巡らしていく。VIPルームにいる数々の著名人達も、少なからず混乱している様子だった。


『おーっとこれはどうしたァ! 誰も何もでてこなくなってしまったァ!』


 闘技場全体に木霊する実況担当レイスの声が響いてもなお、何も起こらない。そしてその問題の結界の中では、ネリルの素早い猛攻が続いていた。

 エリックが槍で攻めようものならそれに反応し、魔力で強化した脚力で躱す。マリーが遠距離から魔法弾を撃とうものなら、右手に纏った高密度の魔力で、弾いてしまう。

 二大貴族レイジーとベルナルドの、稀の共闘も黒い魔力に包まれたネリルには効いていない。それを上回る機動性と攻撃力で、黒い魔力を飛ばす。反撃の手は以前よりも凄まじいものだった。


「うっ……!!」


 投げられた黒い魔力球を、エリックは槍の柄の部分と円錐状の先の部分とをしっかり持ち受けきろうとした。

 しかし、高密度に高められた魔力はエリックの想像を優に超え、止まることを知らない闘牛のようにやって来た。

 槍ごと、マリーとティナのいる場所まで押されてしまった。さらに追撃を仕掛けるため、ネリルはエリック目掛けて飛び上がる。拳に黒い魔力を纏わせ、殴りかかった。対してエリックはすぐに身構えた。だが、拳は意外にも地面へと落ちていった。

 誰かの助けか、一瞬そう過るがすぐに気づく。それは、死の宣告だった。


「死ネ!」


 打ち付けた拳が地を揺らしたのと同時に、黒い魔力を帯びた衝撃波が広がった。

 エリックもマリーもありったけの魔力を高め、体の至るところを強化する。しかし健闘虚しく、嵐の中の小石のように吹き飛ばされ結界の壁に激突した。

 失いかけた意識を必死で手繰り寄せる中、エリックはマリーとティナを確認する。どちらも目を瞑り気を失っていた。自分の魔力はほぼゼロ。結界も解けない。絶望的だった。

 もはや笑いしか出てこないような感覚に陥る。ネリルはそれを察し、楽にしてやろうと言うことか黒い魔力球を瞬時に生成し、投げつける。しかし、黒い莫大な魔力はエリックには届かなかった。


(こういう場面での、攻撃の突然の消失。普通に考えれば、ヒーローのお出ましだろうな)


 少しの期待と諦めを瞳の奥に準備させ、目を開ける。

 前に居たのはネリルと同じく魔力を纏った何か。しかし、ネリルとは決定的に違うところがあった。

 ネリルは、全てを飲み込み破壊させてしまうようなどす黒い魔力だった。邪悪と混沌に包まれた見ることさえ嫌がるような黒。

 しかしそのネリルの攻撃を消し、エリックの前に現れたのは血を彷彿とさせるような赤色だった。毒々しく脈打ちながら、その赤はネリルに向いている。

 どちらの魔力も色は違うながらも、纏う雰囲気は似ていた。その赤も、ヒーローなどではない何かを持ち合わせているのだ。


(こいつは、あの愚民か?)


 一瞬過ったのはリュウの顔だった。思考が追い付いた頃には、エリックの前に立っていた赤い魔力は消えた。

 すでにその頃には、赤と黒はぶつかり合っていたのだった。


獄炎龍(フレイム・ドラゴン)


 現れた炎の龍がネリルを軽くあしらい、まるで赤子をからかうかのようにはるか向こうの結界壁まで押しやった。


「リュウ……なのか?」


 その瞬間を見ていたエリックは驚愕した。圧倒的な魔力を持つネリルさえも軽く凌駕している魔力もそうだが、なによりもリュウの使った魔法に。

 魔導書で見たことのある上級の中でも最強の分類に値する炎系魔法だったのだ。エリック自身が確認できている中で一年生で上級を使えるものはいない。


「………キサマ」


 低く太い声で黒きネリルは言う。しかし赤は何もしゃべらない。その時点で二人の距離はおよそ十メートル離れている。ただ単に聞こえていないその距離での、一人言のようなものだった。


獄炎龍(フレイム・ドラゴン)


 リュウはまたも上級魔法を放った。詠唱のえの字も詠まない炎の龍が、ネリルへと高らかに向かう。


「………ナニ!?……」


 ネリルは咄嗟にそれを払い消した。消せたは良いものの、少しのダメージを負ったネリルはリュウとの距離をさらに取った。

 それは「恐怖」の感情が芽生えた証だ。

 エリックは類い稀な観察眼でそれを見抜き、雷を飛ばそうとしたが、寸でのところでそれをやめてしまった。無意識のうちに自分もそうなっていることに気づいたのだ。

 手を強く握り、汗を滲ませ、心拍も速まっている。その時エリックは悟った。


「あれはリュウだ。だが何なんだ、あれは……」

「ウアアァァァァァ!」

土壁(サンドウォール)


 エリックと同じく焦りと恐怖を感じたネリルは、纏った魔力すべてを地に注ぎ土の山を作り出した。

 綺麗な三角錐の形の山は、黒き魔力を吸って破壊の象徴となる。結界内に作られた莫大な量の魔力山。上級魔法で作り上げたその山の頂上に、ネリルは立っていた。


「ウアアアァァァァ!!」


 地獄を思わせるような恐怖と憎悪を纏った咆哮のあと、その山の表面はリュウ目掛けて落ちていく。

 既に倒された棒など見えなくなってしまっているスタジアム内の大きな山は、土砂崩れを起こした。リュウを飲み込まんとして、襲いかかる。

 対して、その状況に陥っても指一つ動かさない赤い魔力を纏ったリュウは、魔力すらそれ以上高めていなかった。無言のままフッと飛び上がり、結界の天井を方向転換の踏み台代わりに蹴って、ネリルの後ろに降りる。ゆっくりと流れるようなその行動は、畏れのみしか纏わせてはいなかった。

 無言のまま握った拳を振るい、すべては終わった。崩れ落ちる山は勢いを止め、誰も飲み込むことはしなかった。黒い魔力はもう消え、倒れたネリル。赤い魔力を今も纏わせ佇むリュウ。その二人が乗る、途中まで土砂崩れを起こした巨大な山。倒れるマリーとティナ。

 エリックは、その場をもう一度確認するが、何一つまともに受け入れられるものは無かった。

 自嘲気味に少しの笑みを虚空に飛ばしたその時、事は次の局面へと動く。

 

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