52 正体
たった一瞬の出来事だった。あ、と言う暇さえ無くそれは起こった。
言葉が聞こえたと同時に、この世の物とは思えない程の莫大な魔力を、皆が感知した。そして直ぐに、莫大な魔力はスタジアム中心へと移動した。
後から、何かが飛沫をあげる音が聞こえてくる。音のした方を見れば、白色の防魔結界を解いている最中の男性教師が首を無くした姿が映った。
「は?」
状況が掴めないリュウは頭の整理がついていないのかマヌケな声が出てしまった。だが、近くにいたティナはすぐに理解する。
「きゃぁぁぁああああ!」
一瞬にして奪われた男性教師の命。それを奪ったのが莫大な魔力に包まれた「人間」だということまでも理解してしまっていた。
「………殺ス……」
今の声を聞いた者はいない。小さく、捨てる様なその言葉の直後には、スタジアム中央にいたそれの姿は見えなくなっていた。
その刹那、まだ状況を把握できていないマリーを掴み結界に投げつける。結界に激突したマリーは静かに意識を手離した。
「あの距離を……」
口を手で押さえ少し震えながらティナは言う。試合も終わりマリーはこちらに向かってきていた。だが、まだ辿り着いていなかった。
残り二十メートル程度で合流という具合だった。人間がたとえ足を強化したとしても、その距離を一瞬で移動することは簡単な事ではない。徐々に、恐怖という感情がその場の生徒達に降りかかる。
「………死ネ」
気を取られていたティナに迫り来る右足。反応できたは良いものの、動けない。
「させるかよ!」
が、その右足を、ひどく耳障りの激昂と共にリュウが止めた。両手に装着した銀の龍の着いた籠手には、少量の炎も灯っている。それを見て助かったことを悟り、ティナはその場にへたりこんでしまった。
「ティナ大丈夫か! 早く離れろ!」
莫大な魔力を纏ったそれの足を必死で掴みながら、リュウはティナの安否を確認する。しかし、当のティナは恐怖からか声すら出せない。逃げることも、だった。
とてつもない力で右足を戻し、今度は右手を大きく振りかぶる人型の何か。リュウは動けないティナを一瞬見ると直ぐ様この状況の解決策を考える。
そして、気づいてしまった。観察を重ねようとその人型の何かを見つめた瞬間に、それは見えてしまったのだった。
「お前は……」
「……消シ……飛ベ」
考える隙すら与えず、その右手は放たれた。
* * *
「…………ん?」
急に、何の前触れもなく、周りの音が消えた。リュウにとってありえない事が続きすぎて、恐らく変な世界に飛ばされたのだろうと何故かリュウは直感した。
とりあえず今の状況を確認しようと、必死に瞑っていた目をゆっくりと開ける。
すぐに視界に入ったのは白色だった。前、後、右、左、上、下。全てが白一色の空間だった。そしてそこが先程までいた場所ではないと、すぐにリュウには判った。椅子に座っているのだ。それも、古いロッキングチェアに。
「なんで?」
一面に存在する白は、その部屋の大きさすら判別させない。そのような空間にポツリと椅子があり、今自分はそこに座っている。
頭の中の知識の引き出しを泥棒並みに漁るが、この状況を理解することはできない。元から小箱程度の引き出ししか持たないリュウに、そんなことは向いていなかったというのもあった。
(俺は魔闘祭に出ていた。そして決勝まで進んで、なんとか勝って。けど、急に何かに襲われ…………)
そこまで思い出した。もちろん男性教師がどうなったかも覚えている。思い出した直後の気持ち悪さをぐっと堪え、リュウは思考をこの空間の謎解きへと戻す。だがやはりなぜこの場にいるのか、リュウには判らない。
「……喉、渇いたな」
『あ、じゃあコレどうぞ』
「おお、ありが──ブフッ‼」
水を受け取り、飲んだところで気付いた。そして盛大に吹き出した。
『ああ、もう汚いなぁ。掃除めんどくさいんだから……』
何も無いはずの空間に急に現れた水と、頭に直接語りかけるような声。リュウは口を拭き、その声が聞こえてきた方向に首を向けた。
そこには、白い雑巾をバケツの水で濡らし、それを絞っている男性の姿があった。力を込めている手は太くもなく細くもない。体つきも普通の成人男性だ。
白に映える美しい栗色の少し癖がついた髪に、まだ幼さが残っている顔。全体的にどこか中性的でかっこいいというような雰囲気ではない男性。
男らしさを出しているリュウとは、正反対の雰囲気だ。
『まったくもう。なんなんだよ……』
若々しくもしっかりした声でその男は文句を垂れる。雑巾を絞り終わり、リュウの足下の水をそのまま拭きはじめた。
「……あの~」
『なんだようるさいな。今拭いてるんだから待ってくれないかな!』
「お、おう」
それから数分後。リュウにとってはそのくらいの時間が経ったという時、男の掃除は終了し、いつの間にかリュウの目の前に現れていた、もう一つのロッキングチェアに男は腰掛けた。
至極不機嫌な様子で。
「話して……いいかな……ですか?」
リュウが質問すると、目付きの悪かった男は急にニコニコとにやけ始め、うん、と一言つぶやいた。
「まず、ここどこ?」
男はニヤケながら答える。
『ここ? ここは……ボクん家だよ。あ、念話じゃ駄目か』
「は?」
「オホン! まあ正確にはちょっと違うんだけど、まあいいか」
軽い咳払いの後、頭に直接語りかけるような話し方を止め、自身の口で喋り始めた。声色は頭に流れてきていたものと同じだった。
態度を見る限り、彼にとって場所などは至極どうでもいいのだとすぐにわかる。リュウの目の前に座っているその男は姿勢を崩し、だらしなく首を背もたれに乗せて上を見ている。子供みたいだと、リュウが呆れる。なんとなく自分は大人でいようと、背筋を伸ばしてしまった。
世に云う成長だった。
いい加減話を進めたいリュウは苛立ちを抑えるために、やはりいつの間にか出されていた丸テーブルの上の紅茶を啜る。
「めんどくさいけど、そろそろ本題に入ろうか」
リュウは喉まで出かかった怒りの言葉を必死で飲み込む。また話が逸れる事が目に見えているからだ。
「まず、今君は戦っていた。その事についてなんだけどさ」
「どういうことだよ」
「その戦いの最中、君は攻撃を受けたんだよね? ウケる」
リュウの頭の中では「その時」の映像が蘇る。
試合が終わり、審判が結界を解こうとした直後にその審判は、殺された。そして、そいつの正体を知ってしまった。リュウが覚えているのはここまでだった。
記憶の再生を終え、いつの間にか真剣な顔つきになっていた目の前の男性の顔を見る。そして次の言葉を待つ。
「とりあえず、今君の体は大変なことになっているよ。水色の髪の毛の女の子を守ってボロボロ。歯とか無くなってんじゃないかな、あはは」
なぜかそれを聞いても恐怖や怒り、悲しみといった負の感情をリュウは受けなかった。
仲間を守れたこと。それだけが嬉しかったのかもしれないし、落ち着いたのかもしれない。なんとなく清々しい気分になったリュウは深く考えない。
「そっか、守れたのか」
自然と言葉が出てくる。そこに男が反応してくる。
「なに? あの娘のこと好きなの? ねえねえ」
「は? 友達なんだから当たり前だろ?」
「ニブチンなんだね君……」
小さくため息をついた男は、自分のためにもう一つ出した紅茶を啜ると話題を変える。
「さて、君は意識を失い魔力も今は弱まっている。となると、『ボク』を抑えきれない」
凛とした態度でそう告げた。そして、だから、という言葉で次に繋げる。
「覚悟をしてほしい」
名前すらわからない男に、急に訳のわからない事を言われてもリュウには理解できない。冷静に考えてみれば、イタイ事を言う奴だった。何か一つ問い掛けたい気持ちが沸き起こる。
しかし事が事だけに、何と言えば正解なのかもわからない。
「どういうことだよ……」
「ごめん。本当にごめんね」
問に対しての返答は謝罪。さらに追及しようとしたリュウだったが、突如として襲ってきた睡魔にそれは制される。
「う……」
最初は抵抗していたリュウだが、それも出来なくなりその内静かに目を閉じた。その瞬間、男の今一度の謝罪が耳に届いた。
* * *
ティナが最後に見た光景。現れたリュウが漆黒の魔力を受け止め爆発が起きたその時、ティナはあまりのショックから気を失ってしまった。
一瞬にしてマリーという《落ちこぼれ》を倒し、自身の敵であったリュウをも倒した謎の人物。座りながら冷静に分析するエリックは、少しの冷や汗を浮かべていた。
防魔結界、つまり魔力を通さぬ結界が張られている以上、転移では抜けられない。強化魔法による打撃でも破れない。
男性教師が結界を解けずに絶命したのだから、それは続いている。中からしか解けないのだから、完全なる密室。
ならば、何故敵はこの中へと入ってきているのか? 考えられるとすれば、隠れていたか、生徒に化けていたか。
「まったく、これだから三流貴族は……」
ここまで熟考し、エリックの読みは当たっていた。
どす黒い魔力に包まれたそれから少しだけ見える戦闘服。それは先程まで自分のチームメイトであり、クラスメイトであるネリル・オーンが着ていたものだった。
【土突撃】
元ネリルはまたもティナを狙う。咄嗟にエリックは雷の球を撃ち込むが、少ない魔力での攻撃のため簡単に躱される。
幸い、二発目三発目と撃ったことで後ろに下がったネリル。エリックはその間にティナの元へ駆け寄る。
「おい、起きろ」
気を失っているティナを抱え上げ揺するが反応が無い。仕方なく隅の方へ運ぼうと、エリックは背中にティナを乗せる。その瞬間見てしまう。大きく腕を振りかぶるネリルの姿を。




