50 決勝戦⑨
シエラはこと試合というものを見る中で、ここまでの驚愕を味わったことがなかった。子供同士の喧嘩程度だろうと高を括り、完全に見誤っていた。
「これが二大貴族。天才ベルナルドか」
手を強く握り、呟いた。今まで見えていたエリックの姿は、まるで別のものへと変わっていた。両手で持たなければならない程の槍は、一回り小さくなり右手で持てる程までに姿を変えている。
そして何よりも違う、先程まで纏っていた魔力。まるで支配者とも云うべき威圧感のあるそれへと進化した。
「第二解放?」
強化魔法を解いたリュウの頭には?マークが湧いて出た。
「魔法武器はね、それこそシンクロすればするほど解放できるの。そして、“二段階目”の解放こそが第二解放よ」
ティナが突っ込みもなしに教えてくれる。
魔法武器を解放することはとても難しい。その理由の多くは魔法武器とのシンクロ不足。シンクロが出来ないのだから、魔法武器をうまく扱うことが出来なくなる。しかし、エリックが行ったのはその次元にない第二解放だ。
魔法武器とのシンクロをより深め、解放能力をさらに強化する。それが魔法武器の第二解放だ。エリックは一気に型を着けるつもりなのか、すぐに槍を構えた。
「行くぞ愚民」
リュウは一瞬の内に迫ったエリックを、目視することすら叶わなかった。上体を起こし終え、気づいたときには目の前に来ており、槍が突かれる寸前。あっという間もなく、槍によって後方へ飛ばされる。
「いってー」
腹部を押さえ立て膝をつきながらなんとか視界にエリックを入れる。二撃目が来るかとリュウは腕をクロスさせ顔の前を守るが、エリックはその場に佇んだままだった。
「保護魔法に救われたな」
エリックは眼鏡を直しながらそう呟く。吐き捨てるようなその言葉は、リュウに重くのし掛かっていた。
「へっ、んなもん痛くも痒くもねーな! 強化魔法なんて初めからいらなかったんじゃねーの?」
「だろうな」
「なに?」
「そんなものが有ろうが無かろうが、『アフラクラトル』には関係ない」
エリックは魔力を高めリュウの元へとやって来ていた。ティナが焦躁を浮かべた顔で走ってくるがもう遅い。
『動くな』
エリックの何気無い様なその言葉。ただの言葉であるはずなのに、感じたそれは重圧。まるで、錘を乗せられたかの様な一言に、リュウは思わず声を漏らす。
「何が動くなだ──ッ!?」
激昂しながら殴ろうとしたその瞬間、リュウはあまりの出来事に言葉を失う。起こそうとしていた体が、動かなくなっていた。手足も頭も、指先まで。全ての身体機関が動くことを拒否している。
それでも、瞬きは出来るし少し苦しいが呼吸も出来る。喋ることも差し支えない。ただ、立て膝を着いた状態から動けないだけであった。
「んだコレ」
エリックに問いかける意味も込めて言う。
「僕の魔法武器『アフラクラトル』。皇帝を意味するその聖槍の能力は“服従”。攻撃を食らった者は我が意のまま僕に服従しなければならない」
エリックは槍を構えながら淡々と説明した。今更能力についての種はどうでも良いのか、饒舌だ。今の説明はリュウには難しかったのだが、簡単なことなら理解していた。
要は、操りだと思う。動くなと言えば動けぬし、ジャンプしろと言えばジャンプするのだろうか、と。身をもって体感しているので理解も早いリュウ。
「どうだい? 何も出来ずただ見上げるだけの気分は。さぞ屈辱だろう」
少しの笑みを乗せリュウまで言葉を贈るエリック。睨むリュウを見下ろすエリックの顔は歪んだ笑みで埋め尽くされていた。
「所詮は平民、落ちこぼれ、能無し。身の程を知れ愚民が!」
槍を構えていたエリックが地を蹴った。ほぼ同時に槍はリュウに当てられる。
右から左から来る槍。動けぬリュウは全て受けてしまう。何の受け身もとれずに、何度も倒れる。
わざとゆっくり、力を込めていることもわかっている。右の後は左から来ることもわかっている。だというのに、何一つ体が動かない。保護魔法など、もはや意味がなかった。
「やめて!」
傘を開き【優美廻天】を発動しようと試みるティナだが、ネリルの土がそれを阻止する。
「おとなしくしてて」
飛んでくる土の塊を水で防がなければならず、完全に足止めを食らっていた。
「どうだ? 苦しいか愚民よ。どんなに吠えようと無力ならば意味がない。醜いだけだ!」
手を止めることの無いエリック。まさに怒濤の攻撃はリュウをボロボロにし、尚も止むこと無く続けられる。だが、疲れが出てきたのか少し攻撃の手を緩める。それを見ていた審判は、結界ギリギリまで近付き、リュウの姿を確認する。
その時、突如今までスタジアム内に佇んでいたアルの防御魔法が消失した。リュウ達にとっての“敵”を分断させる役目だったものは、その役目を終えたのだった。
リュウ達は驚く。それでも、あまり試合には関係ないのか誰もその場を離れようとはしない。それぞれの決着が着くまでは、どちらの棒も倒れない。
審判は、再びリュウを見る。動かせない体をなんとか動かそうとしているが、地面に這いつくばったまま動けない。
(……もう終わりだな)
そう判断した審判が大きく息を吸い込む。
「待てよ」
口のみ動かし、リュウが怒りをぶつけた。公平に審判しなければいけない男性教師は、思わず喉まででかかった言葉を飲み込む。
「なぜ負けを認めない?」
エリックが近付きながら問いかけた。
「無能な愚民のくせに! 未来も希望も無いくせに、調子に乗るな!」
今までに見ない大声量。静かだったスタジアム全体に響き渡っていた。その言葉を聞いたリュウ。
「うるせーよ」
溜まった怒りをそのままぶつける。エリックと似た威圧感を漂わせたリュウに、ティナは恐ろしさすら感じたが、内に含まれた優しさに気づいていた。
「ったくよぉ。詠唱難しいんだからちょっとくらい待っててくれたっていいのによ~」
文句を垂れるリュウの頭上、這いつくばっているので背上には、炎球が現れている。両手の指では数えきれない幾多の炎球が、現れていた。
「なんだそれは……」
エリックは少しの動揺も見せず問う。
その直後、まるでそれが答えだという様な攻撃が飛んでくる。リュウの周りに浮いていた炎球がエリックの足下に落ちたのだった。
エリックは避けきったものの、不意討ちだったために少しよろける。
「俺は確かに魔法は苦手だし強くねー。けど、それでも無能じゃねー。ティナに料理を作ってやれるし、アルの判りにくい機嫌だって直ぐにわかる。イクトの将棋相手にだってなれるし、マリーを笑わせることだって出来る!」
何が言いたいんだという眼差しをエリックは向けていた。イクトの将棋相手にはなれていなかったリュウが、さらに叫ぶ。
「いいか? よく聞けよクソ貴族。お前が言うように俺は庶民だ。だがな、そんなの関係ねーんだよ。マリーが貴族であることも関係ねー。友達なんだ! みんな仲間なんだ!」
リュウの怒りに乗せられて、周りの炎球はエリックを目掛けて放たれた。
「未来が無い? 希望が無い? んなの知るか。俺は仲間を侮辱されたことに怒ってるんだ。後のことは知らねーよ! 人を見下す事しか能の無いお前が、俺の友達のこと無能しとか言ってんじゃねー!」
【時計仕掛けの炎球】
完全に詠唱され魔法名も唱えられる。直後、周りの炎球がエリックに迫った。それでも、エリックは避け続ける。きらびやかな銀髪が踊っていた。
【魔水球】
だが、死角から迫り来た水の玉。炎球ばかりに集中していたそれを、避けることは叶わなかった。
その一瞬の攻撃に視界をずらしたエリック。倒れるネリルの横で、身体中が傷だらけになりながらも右手の掌を向けているティナの姿を捉える。
「ッ!?」
そうして作ってしまった隙をリュウに突かれ、持っていた槍に炎球が被弾したのだった。思わずエリックは槍を落とす。
その直後、アルとイクトが戦っている筈の場所から爆発音が響いた。ものすごい爆発だったのか、少しの風が来ている。
「よし、槍のやつ解けた! あと、音うるせーな!」
一気に脚力を強化し、リュウが言いながら迫った。
「これは、マリーのぶんだ!」
リュウは右手で思いきりエリックの顔面を殴り付ける。
「とりあえず、俺を動けなくした分!」
もう一度振りかぶったリュウは、エリック目掛け拳を振るう。
ただ友達のためを想った拳とただの仕返しの拳。その拳は、まるで幾多もの人に後押しされるかのようにエリックへ向かった。
先の一発でよろけていたエリックは避けきれずに真正面からそれを受ける。ダメージを負い後ろにバランスを崩すエリックに、容赦無くリュウの炎球が襲う。遂にエリックは、地面に倒れた。
「よっしゃー! そっちは平気か? ティナ」
先程の水の手助けを受けたことで、無事なのは分かっていたがそれでも心配をしてしまう。
「うん! ネリルちゃん倒すので魔力無くなっちゃったけど!」
少し距離のあるその場所にはベッタリと座り込んでいたティナと、その横で伸びているネリルの姿があった。それを見て安心したリュウは視線を戻す。
「なんだその魔法は……」
エリックは地面に座り込み、銀縁の眼鏡を直しながら訊いた。エリックからは、覇気のような戦意のようなものが消えていたことにリュウは気づいたが、気には留めない。
エリック・ベルナルドという一人の人間に、心の底から怒りが湧いていた。しかし殴ったことで、スッキリしてしまったことも、理由の一つだ。
「教えてほしいの? でも教えてあげな~い」
再び、エリックの魔力は高まった。




