43 決勝戦②
「整列!」
審判である男性教師が声を張り上げた。その声に従い、生徒十人は向かい合うように並んだ。
「やっぱりアンタ達が来た」
Eクラス代表メンバーの列から、女性の声が聞こえてくる。その声の主は深く被ったローブのフードを外し、リュウの方を見ている。淡い桃色のツインテール、高くもなければ低くもない背丈の女子、ネリル・オーンだ。
「負けねーぞ!」
「アンタみたいな変態に負けるもんですか」
「だから違うって……」
「ちょっと変態ってどういう意味かしら?」
「あら、そのままの意味でしてよ平民さん」
変態という言葉に反応し、ダメージを受けたのはリュウだった。何故か起こり出すティナの喧嘩を買い占めるネリル。この場の空気は凍りついた。
「と、とにかく! そっちも早くフード取れよ!」
ネリル以外はローブのフードを深く被っている。これから試合が始まるというのにと、リュウは苛ついていた。性別すらわからない相手に恐怖感が少しあった。
「これだから愚劣な庶民と会話を交えることは嫌なんだ」
「「え!?」」
低く響く青年の声に反応するイクトとマリー。Eクラスの列中央から発せられた声だった。
誰が見てもわかるほど怒りの表情を浮かべたイクトと、隣で小さく震え俯いているマリーは、その青年と目を合わせようとしない。
その声の主は二人には目もくれず、ローブのフードを取る。一際目立つ銀髪の持ち主で、綺麗な青い瞳に整った顔立ちの、銀縁眼鏡をかけた青年が、さらに口を開いた。
「僕の名はエリック・ベルナルド。Eクラスのリーダーなのだが、それ以前にこの名前を知らぬ者などイデアにはいないだろう」
エリックはそう名乗った。しかし、エリックの言葉を最後までしっかりと聞いていたのは、審判だけだった。リュウ達三人は、まるで空想上の生き物を見るかのような目でエリックを見つめ、ただ固まっているだけだった。
「そう。僕は二大貴族ベルナルド家、次期当主だ」
このエリックの登場に驚いたのは、リュウ達だけではない。観客も、Eクラス担任以外の教師もみな驚いていた。むしろその方が自然なのだ。
「エリック・ベルナルドを出してくるのか……」
ついには言葉を漏らしてしまうシエラは、ただ驚いているだけだった。
エリック・ベルナルド。かつて英雄アルティスと共に国を興した二大貴族の内の一角、ベルナルド家の一人息子だ。マリーも二大貴族としてレイジーの姓を受け継ぐが、性格や纏う雰囲気の何から何までに違いがある。
戦闘民族のように鋭い眼光と、高い魔力。貴族としての誇りから来る貴族らしさも抜けていない。他の全ての人間と一線を画す。
「二大貴族……」
リュウがそう言うと、エリックは不機嫌そうに顔をしかめ、反論してくる。
「だが、僕はそこの《落ちこぼれ》とは違うよ。お前みたいな平民にはわからないだろうがな」
また、その単語は放たれた。この言葉を受けマリーは動揺し小さく震えだしてしまう。一体本人に何があったのか気になったリュウだが、今はその行動に気を向けている場合ではなかった。
一言言い返さなければ気がすまない。
体を少し前に出し文句をつけようとしたが、伸びてきたた青年の手にそれを制止させられた。
「エリック。一つ忠告をしておきます」
その手を伸ばした本人イクトは、しっかりとエリックの目を見て言った。突き刺す槍のような眼差しに、研ぎ澄まされた刀のような眼で返す。
マリーを罵倒したことに対して文句を言おうとしたリュウを止めたからではなく、また別の理由。二大貴族であるエリック・ベルナルドに噛みつかねばならないほどの理由。
普段から落ち着きのあるイクト、こんなことをするような人間ではないと自他共に認めている。そんな人間が、今二大貴族の次期当主と睨み合いを起こしている。
この場の全員が驚いたとしても、無理はなかった。
「言うねイクト。君ごときが僕に逆らおうとするなんて。もしかしてまだ、“あのこと”を根に持っているのかい?」
イクトの眉尻が少し動いた。だが、それも一瞬。
「何度も言いますが先ず、マリーは落ちこぼれではありません。そして、リュウも強い。少なくとも君よりはね」
しっかりと、一言一句を頭に投げつけるようにイクトは言う。
「いいです、もう。彼は特別ですから……」
「何がだよ!」
この話をしっかりと聞いていたリュウが、止めに入ったマリーに反論した。その状態でもイクトとエリックは睨み合っている。
「彼は、エリック・ベルナルドは、登校義務の無い特別な生徒なんです」
「は?」
マリーの言葉はリュウには伝わっていなかった。
「幼い頃より英才教育を受けてきたエリックは、既に学園卒業レベルの実力を持っています。故に、学園に在籍はしていますが、登校義務が無いんです」
圧倒的な実力だからこそ学習の意味がない。王国一の学園でさえ手に余るということが、どれ程のものなのかをティナは即座に理解した。
卒業したという事実さえあればこの世界は暮らしやすい。二大貴族ならば尚更だ。合理的な判断だとティナは思う。
「いいな~」
リュウはその柔軟な頭で正直に答える。
「ですから彼は私とは違い、本物の二大貴族、ベルナルドです」
「……ん? てかそれって、ただの不登校じゃんかよ」
「え、ええ!?」
「ばか!」
沈黙は金とはまさにこの事だった。マリーは間の抜けた声を出してしまい、ティナは反射的に手が出る。
「なにを言っているのかな?」
エリックは静かに怒気を込めて言葉を投げる。
「だってさ他人のこと《落ちこぼれ》とか言っときながら、お前は学校来てないんだろ? そんな奴が何偉そうなこと言ってんだよ。ただの不登校のくせに」
「貴様は二大貴族であるこの僕を侮辱する気か」
「ぶじょく? ぶるじょわ?」
「はあ、話が噛み合わない。これだから愚民は……」
「んだと? ふざけ──「静かに。両者、礼!」
審判に無理矢理制され、試合は始まる。二大貴族という相手に対する侮辱を、これ以上許すはずはなかった。
「棒の真下へ移動しなさい。両者が位置に着いたと同時に試合開始の合図を出します」
仕方なくリュウ達はその指示に従う。
「あのイヤメガネ……」
ムカムカと苛立ちの込み上げきているリュウには、見つめるものがただひとつ。十秒と経たずに位置につくと審判は合図を出す。
「魔闘祭決勝戦「棒倒し」。試合開始!」
駆け足様に、試合の火蓋が切って落とされた。
「時間がないのでとりあえず簡単に、先程練った作戦を説明します」
Aクラス、Eクラス、両者共に魔力を高めあっている中、イクトは早口で説明を始めていく。
この試合は、狙いどころが二つあるというところにイクトは考えを巡らせる。棒を狙うか、上級魔法で守られている旗を狙うか。棒倒しという競技なだけに、棒を倒す方が効率的であり、上級魔法とまともにぶつかることにメリットはない。
よって、イクトの頭の中では棒倒しそのままの実践に重きを置く。
「リュウ、僕、ティナは攻めに行きます。どんな魔法が来るかわからない以上、マリーとアルは守りに専念してください!」
作戦を練るとすれば、初動が大事であると直感する。棒を倒すためには、相手陣地に乗り込む必要があり、それができない場合は旗を狙う。
一見すれば攻めようが二つあるこの競技、実際には一つに限られる。旗を狙うという時点で負けなのだ。
「この競技は旗を狙うという逃げの選択があります。しかし上級魔法に太刀打ちするためには、ある程度距離を詰めなければなりません。つまり、棒を倒すために近づこうとも旗を落とすために近づこうとも、勝利への前提条件は変わらないのです」
四人は静かに頷く。
【次元転送・銀龍】
【次元転送・ホワイトアンブレラ】
【次元転送・笹貫】
【次元転送・メルキオール】
と同時に、魔法武器を取り出した。それぞれが見据える先を確定する。エリックと似た嫌らしい銀色の棒。自然と込み上げてくる怒りがティナにさえ伝染する。
その直後だった。
【土陵流波】
相手チームEクラスの先制攻撃がリュウ達へと襲いかかる。辛うじて見える場所で、一人の男子生徒が地面に両手をついている。その場所から流れるように向かって、土が盛り上がって来る。地を割り、相手を飲み込む衝撃波。土属性の下級魔法だ。
闘技場スタジアムを縦に分断しながら、棒を倒しに来る。開始早々に決着をつけに来る魔法が、一瞬の判断を遅くする。
イクトは相手も同じように攻め込んでくると思っていた。不意を突かれたと言えばまだ聞こえはいいが、言い換えれば負けに近づいたということ。
その土魔法は既に、棒の刺さっている場所に正確に狙いをつけていた。
「うおおらぁぁ!」
その時、リュウは飛び上がった。これでもかという程に魔力を高め、強化した脚で地を蹴っていた。
気づいた頃には陽の光を反射させ、まるで後光の如き光を背に皆の瞳に映る。両手に装着した銀色の籠手には紅蓮の炎が漂っていた。結界の奥から来る太陽と重なり、一瞬だけ見えなくなったリュウの姿。
目を瞑る一瞬の間の後にはもう、熱い拳を振るっていた。辺りを満たす龍の雄叫び。例えるとするならば、そんな昂然たる重低音が渡り巡る。
棒を狙ってきた地割れを、真下に打った拳で塞き止め、巨大なクレーターを生み出す。砂煙を巻き起こし圧力から地響きも起こす、派手なパフォーマンスだ。
大きく窪んだ大地を踏みしめ、リュウは堂々と啖呵を切る。
「行くぜ!」
赤く燃える髪を揺らし、やっとの思いで爆発する少年。待ちに待った戦の瞬間、最初から全開だった。




