39 凄惨な試合
「俺も出たかった!」
控え室に戻ったティナ達はリュウの説得という、山火事を消火器一本で静めなければならない程の状況に陥っていた。
「準決勝に進む形になったんですからよかったじゃないですか」
「でも俺出てねーもん」
「仕方ないでしょ順番なんだから」
「ひっ!」
しかしその山火事も一瞬にして凍りつく。それがティナの一言だ。
「あんたらさあ、いい加減そういうのやめてくれない?」
ティナはため息をついた。今の今まで騒ぎ大炎上だったリュウを一瞬のうちに鎮め、さらにあんたらと形容される通りアルまでもを黙らせる。
イクトとマリーは互いに顔を見合わせるほどには謎めいた光景だった。
「……あの二人がバカやってた頃に一度だけあの技使ったのよ」
ティナの魔法武器解放【優美廻転】。人の動きを極端に抑え込む技を、まだ幼い頃より身に受けていたリュウとアル。
「し、しし、死ぬかと思っだ!」
「…………」
当時のトラウマが呼び起こされる。リュウはガチガチに震え、アルは部屋の隅で背を向けている。ティナは再び長いため息をついたが、イクトとマリーはようやく合点がいった。
「それは災難でしたね」
「ほんとだね」
「なんで二人共ちょっとずつ離れてんのよ!」
ティナの周りに閑散が訪れ始めたそのときだった。
「お前達!」
勢いよく控え室の扉が開かれた。入ってきたのは、嬉しさと怒りの表情が幾重にも織り混ざった表情を浮かべる、シエラだった。何とも複雑な表情に、それを見たリュウは一瞬で顔を強ばらせる。どこを見渡しても恐怖しかない。
「まずはよくやった。これでフェルマを一日奴隷にできる!」
「……奴隷?」
「ああ、そういう約束だからな。フッフッフ、あの穀潰しに何をしてやろうか今から楽しみだ……」
顔も知らぬフェルマを哀れむ五人を他所に、シエラは話題を百八十度変えていく。
「明日の対戦相手は、次の試合で決まるからな。ちゃんと見とくんだぞ」
「次どこだったっけ?」
「C対Dだ。基本的な力は元々入学時に平等に決められているから何とも言えないが、どっちも普通程度のクラスだと思う。基本に忠実なスタイルという、安定さを武器にしている両クラスだ」
気づけばもうCクラス対Dクラスの対戦が始まる時間だった。気づき、ある程度の荷物を纏めリュウ達が観客席へ向かおうとした時、
「マリー、イクト。少し残れ」
シエラはその二人を呼び止めた。戸惑いつつも心当たりはあるため、素直にうなずく二人。ティナとアルは空気を読み、リュウを押しながら部屋から退出する。
「すまないな。結界内の音声は我々教員にだけ聞こえるようになっているんだ。……だからその、大丈夫か?」
シエラは椅子に座っていたマリーの目線に合わせ、屈みながら訊いた。あの試合のことだと、わかっていた。
「……はい」
マリーは今も沈んだ声色で返した。
「ああいう手を使って戦闘をするのは、言葉は悪いかもしれないが基本だ。まあ担任のフェルマは穀潰しだが生徒に指示を出したとは思えないし、それだけを止めろとも言いにくい」
防音という卑怯な手を使い、権力の強い二大貴族の一人娘を罵倒する。
例え、完全な防音結界や、魔力探知すら許さぬ防魔結界が張られていたとはいえ、一般人が寄りにもよって二大貴族にそんなことをすれば、何が出てくるかわからない。しかし、サシャは微塵の躊躇もなくそれを実行した。権力に守られているはずのマリーに。
「レイジーの名を攻めどころにした分、それ相応の報復も覚悟しているんだろうな」
二大貴族だという大きすぎる名前は、それだけ抱えるものも大きくなる。マリー自身も理解はしていた。
イデア国建国から約八百年。
王と共に国の発展のために尽力してきた二大貴族レイジー家の一人娘をここまで罵られたのだから、当然レイジー家当主であるマリーの父は黙っていないはずに思える。
だがマリーは、
「この事は誰にも言いません」
そんなことを望んではいなかった。取り敢えずだが静かに答えることの出来たマリーを見て安心し、同時に生徒一人を守ることが出来感謝する。
「イクトも悪かったな。チームメイトへの暴言を止められなくて。マリーと幼い頃から一緒にいたと聞いてな。謝ろうと思っていたんだ」
「いえ、僕にそれを言われる資格はありませんので。それよりも、心配して下さってありがとうございます」
「私はお前たちの担任だからな。そして、今後のことなんだが、加害者であるサシャ・リンドは特別指導という形で処分することになった。それでこの場は収めてくれ」
シエラは形だけの説明をした。
「はい」
「……本当に大丈夫か?」
未だ俯くマリーにシエラは再び気遣うが、マリーは頷くだけだった。
「何かあったらいつでも言いに来い。か弱く見えるかもしれんが、こう見えても鉄の心の持ち主だからな。ただし、恋愛相談には乗ってやれないぞ」
場を和ませようとしたが、ただの自虐ネタを披露しただけとなってしまった。それ以前に、か弱くなど見えないシエラの言葉に、二人は驚いていた。そこで話も終わり、イクトとマリーもリュウ達の所へと向かう。
「良い先生ですね」
「……うん」
* * *
イクトとマリーが到着した頃、C対Dの試合は第三戦へと進んでおり、さらにそれも勝敗が決する寸前だった。
「なかなか手強そうだな」
顎に手をあて、リュウは試合結果を写し出すモニターを眺めていた。クールぶったその表情に突っ込みを入れる者はいなかった。その直後、試合は終わり三戦で勝敗は決した。
『魔闘祭第二試合はCクラスの勝利となります。よって、明日準決勝第一試合の組み合わせはA対Cとなりました。続いて二十分後より、Eクラス対Fクラスの試合を開始します。代表選手は速やかにスタジアム中央へ集合してください』
リサのアナウンスが終了すると、イクトが口を開いた。
「Cクラスは個人の瞬発力が高いチームなんですね。基本に忠実というだけあって、魔力の質も良い。かなり手強い相手です」
「いよいよ秘密兵器の登場か!」
「ソウデスネー」
音階を変えずにイクトは答えた。その後、リュウの明日へ向けたイメージトレーニングが五回程繰り返された所で、第三試合が始まった。しかし、その第三試合は試合などと呼べるものでは無かった。
それはまるで一方的な殺戮のような。観客席が凍り付く程の光景を生む。誰も言葉を出さなかったが、司会進行担当であるレイスの一言によって、試合は終了となった。
『え、Fクラスが途中棄権、第一戦終了と同時にEクラスの勝利だ! 早く負けた選手を医務室へ運べ!』
会場内全体が固まっていたが、レイスの怒鳴り声に近いアナウンスによって、【アルテミス】医療隊が担架をもって入ってきた。
「なんだよあれ」
いつも落ち着かないリュウも、この時ばかりは静かにスタジアム内を見つめていた。ひどい、という一言が次第に観客席から沸き上がってくる。
たった一人でチームを勝利に導いた、Eクラス代表のローブを纏った男は、次第に高まるブーイングの嵐を背中に受けつつ、チームメイトと共に控え室へと戻っていった。
「酷い試合でしたね」
「重傷だ」
イクトが呟いた。それに、アルが答える。
「相手の奴、降参してたのにな」
記録にまとめるならば、試合の流れは単純で簡単なものだった。試合開始と同時に、地面から捕縛魔法が生えてきて、生徒を捕まえる。その魔法の発動主であるEクラスの少年は一瞬にして間合いを詰め、身動きのとれなくなった相手をひたすらぶちのめしていった。
降参をしたにも関わらず、魔法と攻撃の手は緩まなかった。最終的には審判によって強制的に止められ、控えていた【アルテミス】の医療班が駆けつけた。
「あんなの試合なんかじゃないよ」
久々に言葉を発したマリーも、どこか困惑したような表情を浮かべている。
「もしこのまま上手く行けば決勝で当たりますね」
イクトが言い終えたところで、場内全体にリサの声が響いた。
『これより昼休憩となります。午後より第四試合を開始しますが、アナウンスを致します。プログラムの時間通りの集合を心掛けてください』
リサの事務的なアナウンスが終わっても、どこか重く淀んだ空気は変わらなかった。
「許せねー」
リュウは喧嘩っ早い性格ではあるが、だからといって正々堂々と勝負をしないことは大嫌いだ。ましてや一方的に人を痛め付けるようなやり方は言語道断だとも思っている。
「もしあんな奴らが決勝に来るんなら、絶対に負けられねー!」
リュウは立ち上がり、大声でコンクリートの天井に向け叫びだす。
「そのためにはまず飯だ!」
急に襲ってくる空腹。半ば無理矢理に四人を外へと押し出した。忙しいリュウの気分の抑揚に、慣れを見せていたことに少し悲しくなるのは四人全員だった。
「どこがいいかな~」
やっと、空腹だという指令が脳までたどり着いたティナは、スキップをしながら昼食を摂れるスペースを探す。後ろから、マリーが小走りでついていく姿が何とも微笑ましく周りには映る。
「あ、あそこにしようよ!」
闘技場を少し出たところにある休憩所を見つけたティナ。
木製の柱が四本あり、それを繋ぐ木の板にベンチが取り付けられている物で、五人など余裕で座れる場所だ。あとから続く男子三人に反論させる間もなく、ティナはベンチに座り、朝から楽しみにしていた弁当を開き始めた。
「「「いっただっきまーす!」」」
つい先程まで落ち込んでいたマリーや、熱心にEクラスの分析をしていたイクトも、この時ばかりは表情が和らぐ。珍しく早起きをして作った、リュウの豪華な弁当のおかずを皆でつまみながら、和気藹々と昼食を楽しむ五人。
そんな時、ティナは気づく。
「あ、飲み物忘れた」
「……私もだ」
「すっかり忘れていました」
「俺も」
「俺のもねーや」
その瞬間、五人は表情を固くし、それぞれの顔を見つめ合う。ピリピリとした空気が、休憩所全体に渡っていく。それは、戦闘開始の合図だ。
「「「じゃんけんぽん!」」」




