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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第四章【魔闘祭】
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35 武士の二戦


『両チームは第二戦出場選手を選出してください』


 機械的なアナウンス。凍てつく空気。リュウはようやく重い口を開いた。


「どうする、次は誰が行く?」


 戻って早々控え室に行ったマリーは、顔を洗った後に簡易ベンチまで戻ってきた。

 しかし、リュウ達にとってはその後が大変だった。隅で泣いているマリーを見て、皆のテンションは比例して下がっていく。そんな時リュウは号泣の理由を聞こうとしていた。が、聞けない。

 纏うマリーの空気は、普段のおっとりしたマリーのものとも、いつも能天気なリュウのものとも違い、何とも近寄りがたいバリアーのようなものだからだ。


「マリー大丈夫?」


 それを見かねたティナが声をかけるが、小さくはいと言われるだけだった。


『いやぁ~、それにしても第一戦から白熱した試合だったな! あの二大貴族レイジーを圧倒するサシャちゃん! いいね~可愛いね~!』


 この気まずい空気の中、流れるのは放送席に座るレイスの声のみ。闘技場の熱気が直に伝わるスタジアムの簡易ベンチは、マリーに先の戦闘の記憶を呼び覚ます。

 その頃には既に防魔結界が一時解除され、次の試合のための整備もろもろを行っていた。

 そのおかげで作戦タイムは出来たが、リュウ達はそれを有効に使うことが出来なかった。理由こそはっきりしているものの、言うに言えない。仕方が無いと、じゃんけんで決めた順番通りイクトはゆっくりと結界の方へと向かう。

 その間、口を開くことはなかった。

 イクトともう一人は共に位置に着き、さらに審判がその間に立った。マリーとサシャの時同様、防魔結界と内外を映す結界の二種類が張られる。


「魔闘祭第一試合第二戦。イクト・ソーマ対シルグ・フォーラム、試合開始!」


 審判である教師の声が掛かった。その瞬間に会場は盛り上がった様子だが、こちらに音は届かない。


【次元転送・笹貫】


 イクトは『笹貫』を召喚する。同時に刃には殺傷対策の保護魔法が掛けられた。

 早速上から斬りかかるイクトだが、相手選手シルグはそれを素手で止めた。筋肉が盛り上がったところを見ると、これは肉体強化の魔法のおかげだと見る。

 イクトとは違い、山吹色がチームカラーのBクラス。対戦相手シルグも当然山吹色の戦闘服を着ている。その戦闘服はサイズが小さいのか、シルグの体が小さいのか、はち切れんとする服をまじまじとイクトは見つめる。

 シルグの元々の筋肉も中々についている。黒い髪を逆立たせた凛々しい顔つきにもマッチしている。とはいっても、それを越えてしまうと、さすがにあり得ないと言うレベルだと、イクトは笑いをこらえる。

 腕、胸、腰、足。全てに張り付くほどまで強化されている。

 張り付きすぎて、胸についている小さな干しブドウがくっきりと現れてしまっている。どう言えばいいのか、そこまで考えた所で我に帰る。


(ギャグですか……)


 イクトは一歩退く。


「はっ! この俺様を恐れたのか!」


 シルグは声を荒げる。とても大きく張りのある声だった。


【次元転送・アストラル】


 シルグは言いながら自身の魔法武器である、綺麗な円の形をした巨大な鉄球を取り出した。その鉄球には長さ二メートル程の鎖が取り付けられている。


「この俺様から逃げられると思うなよ!」


 シルグは鉄球を担ぎ上げると、全身をさらに強化する。そのすぐ後、鉄球を魔力で覆い目一杯の力で投げてきた。


「そう来ますか」


 長さ二メートルの鎖を活かし、しなりの加わった鉄球はイクトの顔面に向かって落とされる。

 鋭い切れ目でよく見切り、その鉄球を完璧に避けたイクト。それに対し避けられたことが屈辱なのか、シルグは怒りだした。


「何で俺様の鉄球を避けるんだよ! そんなに当たりたくないのか?」

「当たりたいと言う人を見てみたいですね」


 なぜそんなことに答えなければいけないのかと、馬鹿馬鹿しくて仕方がないと心中で呆れるイクト。


「これだから今の若者は軟弱なんだ」

「僕が何度もツッコむと思わないでください」


 イクトは全身の力が少し抜ける。しかし、次のシルグの言葉を聞き、それはすぐに治まった。


「さっきのレイジー家の奴もそうだ!」

「……え?」

「サシャから聞いたぞ。たかが《落ちこぼれ》などと言われたくらいであの落ち込みよう。だから軟弱だというのだ」


 その言葉を聞いたイクトは表情を変える。さらに、鉄球を避けながら無言でシルグを見つめる。


「たくよぉ、レイジー家のお嬢様だかなんだか知らねえが、どうせコネで入れたんだろ? じゃなきゃあんなに弱くねえからな!」


 それを、シルグは言ってしまった。誰が何を抱えているかなど、それは人間である以上わかり得ないことではあるが、イクトにとってその言葉は、その話題は禁句だった。


「──でしたか……」

「あ?」


 鉄球を投げるのを止め、イクトに聞き返すシルグ。怒気のこもった顔と、本心から出た言葉。戦闘を無理にやめなければならないという苛立ちから来ていた。


「そういう理由でしたか」

「ああ、そうだよ。ぶっちゃけそう思うだろ? お前も」


 イクトは少し顔をあげる。刀状魔法武器『笹貫』を、異次元に閉まっておいた鞘に戻す。


「正直僕にはこの魔闘祭で勝つ理由などありません。負けようとも仕方ないと考えていました。しかし、たとえ “あの約束” があろうと彼女は我が主……」

「はあ? 主? 何訳の分からんことを言っているんだ?」


 イクトの魔力が彼を中心に高まっていく。荒々しく高まる魔力は風となり、イクトの中心を勢いよく渦巻いていく。まるで台風のように荒ぶる魔力は既に学生の域ではない。


「主を愚弄され押し黙っている家臣など、武士になる価値すらない」


 イクトにも過去はある。マリーを想う過去がある。だからこそ許せなかった。その約束を守りたかった。


「『笹貫』解放……【吸花擘柳(すいかはくりゅう)】」


 それに驚いたのは、見つめ続けていたシエラだった。


「なんだと!?」


 教師席から試合を見ていたシエラは思わず立ち上がり、動揺からそう発していた。よく見れば他の教師も、唖然とした表情でイクトを見つめている。

 武器解放。それは魔法武器に秘められた力を引き出す技のこと。適合した魔法武器との同調(シンクロ)率が一定値を超えなければ成し得ない技だ。

 解放することによって魔法武器本来の力が発揮されるが、それに至るまでには度重なる試練がある。


(適合している武器だとしても、解放には十年かかる奴もいる。あいつの武器は解放できると聞いていたが、あれほど簡単に出来るとはな……)


 優秀な人材の集まるアルティス魔法学園と言えど、一年生での解放は天才レベル。ちょっとやそっとの修行で身に付く技ではないのだが、目の前でそれは起こった。

 そう認めざるを得ないシエラは、目を丸くしている。

 驚きの隠せないシエラの視線の先、結界内部では、再びイクトが『笹貫』を抜刀した。真っ直ぐ、シルグの方へと切っ先を向け、高めた魔力をゆっくりと解放していく。


「解放だと? 初めて見たぜ」


 シルグの額には一筋の汗が伝っていた。


「どうやら、僕はリュウに似てしまったのかもしれません。きっと、彼も同じことを言うと思います。だから一つだけ命令します」


 腕を肩の位置まで上げ、刀の刃先をシルグへ向ける。あらぶる魔力を帯びた刀は小刻みに揺れている。しかし、いきなり命令等というものをされたシルグは、訳が分からないといった表情で笑いだす。


「はは、何言ってんだ? 頭でも打っておかしくなったのか?」

「この試合が終わったらマリーに、僕達の仲間に謝ってください。ただそれだけです」


 シルグの問いをイクトは完全に無視する。話を淡々と進めていくイクトにシルグは腹が立ってきていた。


「俺様に命令だと……?」


 シルグの肩がプルプルと震えだし、魔力も高まっていく。戦闘を止めなければならず、さらに話を聞いてみれば、内容はハチャメチャ。単純な怒りが込み上げていた。


「俺様をナメてんじゃねえ!」


 シルグは叫びながら、突っ込んできた。鉄球を大きく振り回し、周りの抉り取った土を撒き散らしている。


「そうですか。なら結構です」

「当然だ。相手選手に何を言おうが俺達の勝手だ!」

「……もう、手遅れですから」


 ひどく冷たい顔つきで、イクトはそう告げた。

 その時だった。

 イクトの持つ『笹貫』の周りに、見えない動きが生じはじめる。それは、風によるもので気流が出来始めていたのだとシルグは察知した。しかし不自然なことに、あらゆる方向に流れている。


「その風はなんだ?」


 シルグは直感で立ち止まる。防魔結界という四方にある壁の中でも左右前後に吹く風に、少なからず怯えている。


「もう少し早く気づけていたら、あなたの敗北はほんの少しだけ遠退いていました」


 不敵な笑みを浮かべ、イクトが呟いた時だ。

 シルグの持つ巨大な鉄球が突如浮かび上がり、イクトの方へと飛んでいく。これはシルグの意思ではなかったが故に嫌が応にも気づかされた。


「なっ!?」


 鉄球はイクトにぶつかるかと言うところまで迫った時、刀で思いきり弾かれた。イクトが強化魔法を使った一振りで、芯まで詰まっている鉄球を弾いたのだった。

 響く鈍い音が、イクトの綺麗な剣術と相まってまるで芸術のように思える。しかし、シルグが驚いたのはそこではない。なぜ巨大な鉄球が勝手に浮き、イクトの方へと飛んでいったのか、だった。

 イクトが纏っていた渦巻く魔力は今はもう無い。となると答えは『笹貫』のみ。


「てめえ、何をした?」


 既に一歩も踏み出せなくなっているシルグは、なけなしの威圧感を込めながらイクトに問う。


「ご自分でお確かめ下さい」


 嫌らしく笑うことすらしない、ただただ無表情でイクトは魔力を高める。すると、シルグの体は流れる風を感じとる。


「──ッ!?」


 たまに吹く、背中を執拗に押してくるような突発的な風が、シルグの体を押している。


(結界に囲まれてんだから無風のはずだろ。なんで足をとられるんだよ……)


 シルグは為す術なく体を運ばせられる中でも、この風の正体を必死に探していた。そこでしかし、シルグは気づいた。この風によって運ばれる自身の体の行く先に。


「や、やめろ!」

「刃が自分の方へ向いている。普通であればそんなところにわざわざ歩いていかない。しかし、“足が止まらない”」


 シルグは急に暴れ始める。その目線の先には、自身に向けられた刀の刃先があった。一直線に何の迷いもなくそれは向けられている。

 試合中は無闇に重傷者が出ないよう、刃を持つ武器には保護魔法がかけられる。しかし、それが刺突と変わった場合、効果は半減する。尖った部分は刃の扱いにはならないからだ。

 半減したとしても重傷になることこそないが、既にこの状況のシルグにはそこまでたどり着くような思考力は無かった。


「では答え合わせです。解放したこれの能力は【空気の操作】。刃の周りの空気を操作し、ありとあらゆる風を吹かせることができます」


 必死にもがき、風の流れに抵抗するシルグだが、強く吹き荒れる風には敵わない。


「その昔、この刀は真上に刃先が向いた状態で発見されたといわれています。その時、刃には笹の葉が無数に刺さっていたそうです。故に『笹貫』。風を操作することで、落ちる葉を刃へと集めていたのです」


 シルグに向く、光沢のある刃と切っ先。シルグにとってそれは徐々に迫り来る死の宣告のような物だ。


「ま、待て!」


 既にあと何メートルも無いとなった時シルグが放った言葉は、まるで命乞いでもするかのようなそれだった。そうして、迫り来る刃のあまりの恐ろしさに目を瞑る。


「ははは、殺すわけないじゃないですか」


 ドン、という鈍い音が結界内部に響いた。その音と共に遠ざかる意識の中倒れるシルグ。その後ろには刀の峰でシルグの首を打ち終えたイクトが立っていた。


『勝者、イクト・ソーマ!』


 イクトは、無言のままスタジアムを下りた。


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