33 隔たりの中で
「国崩しの魔導師……世界一の魔導師……フフフフ……」
「無理よ、今日の開会式の後に帰っちゃうらしいから」
「え!?」
目を輝かせニヒルに笑みをこぼすリュウ。彼の奥底に潜む企みは、どうせしょうもないこと。ティナが先手を打つ。
「特訓つけてもらおうと思ったのに~」
リュウの落ち込みも関係なく、開会式は続いていく。
『それでは、ルールの確認と試合形式についてご説明致します。まずは、試合の組み合わせです。このような組み合わせに決定いたしました。頭上のメインモニターをご覧ください』
アナウンスの声が女性のものと変わり、その後闘技場空中に浮かぶ、特殊な巨大モニターにトーナメント表が映された。四方に見えるように調節された四面のモニターには、全て同じ図が映っている。
優勝
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A B C D E F G H
『我がアルティス魔法学園の魔闘祭は、一年から三年までの各学年ごとの交流を深めるために毎年行われます。各学年三日間で優勝を決めるため、魔闘祭自体は九日間行われます。また、二年生、三年生の試合順もこのようになっておりますので、お忘れなきようお願いします』
業務的な女性の声しか今は響いておらず、皆真剣に話を聞いている。先程から打って変わって訪れた静寂が、嵐の前の静けさを現していた。
『第一試合は一年生、Aクラス対Bクラスです。そしてその後、C対D、E対F、G対Hの試合を行います。それ以降、第二試合は明日と明後日になります』
「私たちは最初っからか……。何のひねりもないつまんない組み合わせだし、ただ疲れるだけね」
モニターを見ながらティナが言う。
「よっしゃ、初っ鼻からやれるなんて最高じゃん!」
まだ開会式の途中だというのに、どうにも空気の読めないリュウ。いつものように、叫んでしまう。
「静かにしましょう。シエラ先生の顔が……」
この大歓声の中でもリュウの声に反応したシエラ。凛とした顔つきに影を見せ、その遠目からリュウを威圧する。たまらずリュウは気をつけの姿勢を取った。上手く静まったリュウに安堵したイクトは、放送席を再び見直す。
『おっと、紹介が遅れたぜ、俺は今日、連絡及び実況をする二年D組レイスだ! よろしく!』
『本日、各緒連絡及び解説を務めさせていただくリサと申します。宜しくお願いします』
簡単な紹介をここで終えたレイス、リサの二人は再び元の説明へと話を戻す。
『それではこれより第一学年第一試合を行いたいと思います。一年AクラスとBクラスの選手はそのまま、一学年、及び他学年の選手は特別控え室へとお戻りください』
リサの淡々とした説明はその後すぐ終わり、指定された生徒以外は、闘技場を後にし控え室へと戻って行く。
まだ三日の猶予がある二年生、さらにそれが長い三年生は入り口のゲートから外へと出てしまった。開会式に出るためだけに集まっていたので、これから少しの休日に入ると、イクトはリュウに語った。
そうして、観客席に囲まれる形で配置される闘技場のスタジアムの中には、リュウ達Aクラス代表とBクラス代表の十人しかいなくなってしまった。
上の熱狂と、下の静寂が混じり合う中で、審判を務める男性教師があるいてくる。闘技場は、魔力を動力源とする開閉駆動式のドーム施設だ。そのため、空は丸見えとなっている。
「それでは魔闘祭一年の部、第一試合Aクラス対Bクラスの試合を始める! お互いに、礼!」
学園の男性教師が中央に立ち、中央横一列に並んだリュウ達に礼をさせる。
「リュウ~! 頑張るッスよ~!」
突如投げられたのは、見慣れた坊主頭の青年が発した大きな声援だった。
進めようとしていた審判を抑えその声の主、五番隊副隊長ゾット・ミッドは、中性的な顔に唯一の男らしい凛々しい眉を上げ続ける。
「ゾッちゃん~! サンキュー!」
ゴールデンパインウィークを経て、仲良くなった人間の一人。親しみやすい性格からあだ名はゾッちゃん。今では休日に魔法の特訓成果を見てくれるようなやさしい師匠の内の一人だ。
「では全員一度、そこに用意した簡易ベンチへと移動しなさい」
男性教師に指示され、闘技場の端と端、スタジアムを降りた場所に設置された小さなベンチに、五人は集まった。すると、解説担当リサが説明を始める。
『ただいまより行っていただきますのは、五対五で行う個人戦です。両チーム一名ずつ、闘技場スタジアムで試合をしてもらいます。それを五回繰り返し、先に三勝したチームが次のトーナメントへ進出します。尚、魔法及び魔法武器の使用は許可いたしますが、使い魔召喚は禁止とします』
リサの説明が終わると、闘技場に直径四十メートル程の半円状結界が張られた。土で作られた闘技場のスタジアムを丸々囲む程の大きさだ。
当初は透過性のない結界のみだったが、直ぐに中まで確認できるように変化した。二種類の結界が張られていた。
『この結界は、外へ魔法が漏れることを防ぎますが、同時に音も光も遮断します。試合観戦用に映像化結界も施してありますので、観戦に支障はきたしません。それでは、両チームは一人目を選出してください』
リサの説明が終わらぬ内に、どちらのチームも話し合いが進められていた。
「俺行きたい!」
「駄目よ。まだ一敗は出来ないわ……」
「なんで俺が負けること前提なんだよ」
「え、リュウが弱いからじゃん」
「はい出た、そう言うのを“島の鼻くそ”って言うんだぜ」
「揣摩憶測、ですね」
二人のじゃれあいをイクトが制する。いつも通りの時間だった。
(よく知っているな)
隣で見ていたアルが感心した。
「私が行くよ……」
意外にもここ手を挙げたのはマリーだった。その表情はいつもとは違って強張り固まり、緊張感が外に漏れていた。
「ガチガチじゃないのマリー」
「平気だよティナさん。最初は感覚を掴むためにも強すぎず弱すぎずがいいと思うし」
マリーの瞳は既に遠くに向いていた。
「気を付けてね」
「うん、ありがとう」
短いやりとりを終えて中心に向かう。
魔闘祭一回戦第一試合、開始の刻はゆっくりと近づいていった。
* * *
そこはまるで、時が止まったかのような静かな空間。白い半透明の結界によって作られた、先程までとは全く違う空間で少女二人は向き合っている。
「あたしはサシャ、よろしくね」
マリーの相手は少女だった。同年代の魔導師と戦うことはよくあるが、それでも彼女との戦闘は初めて。淡い山吹色の髪を肩まで伸ばした端正な顔立ちのサシャは、マリーを見てにっこりと微笑む。羽織っているローブも山吹色だ。
「私はマ──「知ってるわ。二大貴族の息女サマでしょ?」
平民出身では珍しい高貴な雰囲気を纏っている、と感じさせるサシャ。だが今の言葉でそれは無くなり、語調も変わった。
「その昔、王家と共に国を築いた二大貴族として教えられてるわよ。凄いわよね、そんなことをするだけで貴族になれてしまうんだから。それはそうと、代々レイジー家は銃闘術を扱うのよね?」
「まあ……うん」
口角を嫌らしく上げ、マリーを見つめる。マリーは首を縦に振り肯定すると、サシャはマリーから視線を地へと移し、再び嫌らしく笑う。
「なら私の勝ちね。貴女は《落ちこぼれ》だから……」
サシャのその言葉にマリーはピクリと反応する。一瞬で、緊張から来ていた胸の動悸の理由をすり替えさせられた。
「そこまでだ、始めるぞ」
マリーのそんな表情を読み取ってか、はたまたマリーの「レイジー」としての地位に対する発言として相応しくないと考慮したのかはマリーにはわからなかったが、審判である男性教師が仲裁する。
「魔闘祭第一試合第一戦、マリー・レイジー対サシャ・リンド。試合開始!」
試合のゴングが鳴らされる。会場、そしてそれを見つめる至るところから、熱気が募った。
『Aクラス代表は皆も知っての通り、あの二大貴族マリー・レイジーだ! 可憐なお嬢様がどう戦うのか、注目だぜェ!』
それでも結界の中の空気など、外へは全く伝わらない。何が起こっているかなどまるで知らない観客はより一層盛り上がっていた。
「頑張れ! マリー!」
「やっちまえ! マリー!」
勿論それはティナやリュウにも当てはまる。
【次元転送・メルキオール】
試合開始。その合図と同時に、結界内のマリーは自身の魔法武器を取り出す。黄金に彩られたリボルバー式の短銃『メルキオール』。取り出したマリーはバックステップをしながら、様子を見るために魔法弾を三発発射した。
銃を戦闘の主体にするマリーはこうして間合いをとらなければならない。おおよそ中距離から遠距離の狭間が得意だった。
そのため、どうしても最初から攻め込むことができない。それでも様子見とは言え、しっかりと魔力の込めた完璧な魔法弾を撃ったマリー。
彼女の放つ魔法弾は吸い込まれるようにサシャへとむかう。
狙いは上々、威力は強すぎるほど。
しかし、その魔法弾はサシャに当たることなく進路を変え、結界へと着弾した。
「え?」
マリーは不自然な今の行動に、反射的に声を漏らした。魔法弾を放ちそれが弾かれると言うことだと直感したがしかし、目の前にはサシャの姿しかない。
魔法による盾も、魔法武器の影も無かった。
違和感に苛まれたマリーは、攻撃の手を止めようとはせず、また魔法弾を撃ち込んでいく。しかし、やはりそれはサシャに当たらない。
「どうして……?」
「二大貴族ともあろうお方にもわからないの?」
「君! やめなさい!」
二大貴族という肩書きを持つマリーを、明らかに故意に毒づくサシャ。すかさず審判はそれを止めた。結界を挟んだ外側にいる教師等には聞こえないことを良いように利用していた。
「まあわからないか。二大貴族レイジーの《落ちこぼれ》には……」
不敵な笑みを浮かべ、サシャは心底嬉しそうに言葉をかける。
「わ、わたしは……」
マリーは反論しようとサシャを見つめる。しかし、それは叶わない。嫌らしく笑うサシャの姿が、マリーを怯ませていたからだった。




