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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第四章【魔闘祭】
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31 夢物語


「思えばここ出てから色んなことがあったな」


 リュウの脳裏に浮かぶのは入学を果たしてからのこと。入学式で見た魔法はどれも輝いて見えたし、マリーと出会った時に感じた成長の兆しは忘れない。イクトと共に向かった村の真実は残酷だったが、人が前向きになるということの大切さを知った。


「あんたの“バカ”は何事もなく継続中だけどね」


 ティナがからかい、萎れていくリュウの背中を見てマリーがフォローに走る。


「そ、そんなことないよ。リュウ君ほら、あれだよね、この前の小テストで良い点取れてたって言ってたじゃない!」

「採点ミスで、実は赤点だったやつな」

「……じゃあほら、この前の障害物回避の授業速かったよ!」

「イクトに負けたやつな」

「……ああ」


 マリーには悪気がない。だからこそ誰も幸せになれない公開処刑が始まるのだ。


「リュウは成長しているよ。もちろんティナ達もね。そこのところは胸を張っても良いと思うよ」


 ロイがリュウの背中を押す。反動で、見上げた先にある過去に住んでいた家が少しだけ小さくなったような気がした。


「今日より明日、明日より明後日。君達は大きくなっていく。そうやって世界一の魔導師に近づいていくんだよリュウ」


 リュウの頭をぐしゃぐしゃになるまで撫で回し、ロイはにっこりと笑った。本当に優しさに溢れた明るい笑顔だった。

 未だに夜は肌寒い。少しの冷気が空気をろ過していくようだった。見晴らしのよくなる遠くの暗さは、何故かリュウの道の行く先を不安にさせる。


「まだ『本当の強さ』がわからねーんだ」


 マリーを助けたが、結果的に青果店のおじさんに迷惑をかけてしまった。自分ができたことと言えば、終わったことの罪滅ぼしだけだった。


「わからねーんだよ……」


 そうして出てきた言葉は弱々しく、諦めの気持ちの込もったものだった。少しの間が空いた後、ロイは何かを思い付いたように手を打ち、リュウに話し掛ける。


「リュウは八百年前にこの世界を救った英雄は知ってる?」


 ロイの言う英雄とは、教科書にも必ず載る史上最強の魔導師アルティス・メイクリールのことだ。世界中の魔導師の憧れであるその名前は、リュウだって知っている。アルティスは当時戦争中だった四大国を静めただけでなく、その力と人望でイデア王国を作ってしまった。


「彼は現在の四大国の戦争を止め、さらには全てを無に帰すという究極魔法をも止めたということで知られているね」


 学園で習う基礎中の基礎。そんな簡単なロイの話に、その間もリュウは相変わらずの無言だ。


「すごく強い彼だが、本当のところは臆病でいつも泣いてばかりだったらしいんだ。道端に咲いている花を踏み潰してしまった日は、罪悪感から一日中泣いていたらしいよ」

「えっ?」


 水分をいくらとっても足りないのではないかと、リュウは少しだけ心配した。


「突如として起こった戦争にも、彼は参加したくはなかったんだ。弱虫で泣き虫な彼が戦争に参加するなんて、周りの人も思わなかっただろうね」


 その話の意図するところがリュウには見えない。他の皆のように静かに聞くしかなかった。


「でも、彼は決めたんだ。どんなに周りから嘆かれようと、夢物語だと笑われようと、戦争を止めて見せるって」


 輝く星々を見つめながらロイはさらに続ける。雲ひとつない月明かりだけの夜空。後ろに散りばめられた宝石のようなそれらが、神秘的なムードを作り出す。


「その結果、彼は見事に戦争を終結させた。それどころか世界を救い、国まで創ってしまった。どうしてそんなことが出来たんだろうね?」


 リュウはわかんねと小さく呟き、手を頭の後ろに組んだ。


「彼にはね『仲間』がいたんだ」

「仲間?」


 ロイは軽く頷く。


「彼は信頼できる仲間を守るために戦ったんだ。というよりは、仲間を守るためにしか戦わなかった。ついでに世界を救ったってところかな」

「スゲー」

「彼の強さはそれだ。仲間のために発揮する力は誰にも負けない強さを持っていた」

「仲間を守るため……」


 リュウは無気力に復唱した。英雄アルティスは周知の通り史上最強と謳われた魔導師だ。そんな彼がひ弱だったことにも驚きだが、だからこそ戦う理由に仲間というものがあることが意外だった。同時にそれに気づいた瞬間に単純なものだとも思った。


「なんか、思ってたのと違う」

「まあね。そんなもんだよ」


 なんだそれ、と心の中で突っ込みたいリュウだが、だんだんと訳がわからなくなってきてしまっていた。


「簡単なんだよ、強いということは。それまでの道のりがとてつもなく長いんだ。だから人は強さを手にするまでに黒く染まる」


 ロイの瞳の奥によぎった一瞬の陰り。それを見逃したリュウに、ロイ自身がゆっくりと語りかける。


「大丈夫さ、リュウは強くなれる」


 ロイはいつも通りの優しい笑みでそう言った。

 それから数分の間を取って、首をあらゆる方向に動かし頭を抱えて悩んだリュウ。そして何かを閃いたリュウはゆっくりと口を開く。


「俺さ、六歳の頃にフォリットに捨てられてたんだ」


 永世中立フォリット皇国。イデア王国と同じく五大国として轟く名を知らぬものはいない。孤高の国、そして慈悲の国でもある。


「気づいたら俺は道端の暗いところで座ってた。泣きながら、記憶を探してた。その時より前の記憶が無いんだ」

「記憶が無い?」

「何で俺がそこにいるのかも、何で俺が泣いてるのかもわかんなかった。家族なんてわかんねーし、友達なんてのもいなかった」


「その後に出会ったものが俺の全てなんだ。だから怖いんだ、それまでに何があったのかがわからないから」


 拾われ、イデアに来て、今の友達に出逢って、リュウの想い出は不安定なものだ。


「だから俺の母さんはステラだし、友達と言えばティナ達四人なんだ。けど、守りたいかって言うとなぁ」


 リュウは星々の輝く夜空を見上げながらそう語る。暗く沈んだ表情でないリュウは、どこか幸せそうにロイには映った。


「皆俺より強いんだよ。他に守りたいって思うほどの友達もまだいないしさ」


 ロイは聞きながら納得していた。リュウには失礼なことかもしれないと思ったが、周りにいるティナ達でさえ頷いていた。


「アルティスは仲間を守るための強さを持った。彼にとっての『本当の強さ』がそれだ。だけどリュウにとっては違うかもしれない。君はアルティスじゃないからね」

「じゃあ、何なんだろう……」

「いつかきっと見つかるよ。リュウの『本当の強さ』がね」


 夜でも映える笑顔で語りかけたロイ。そんな笑顔の彼から出たのは、少しのヒント。物足りないが、今はそれで充分だった。


「そういえば、前に世界一の魔導師になるって言ってたよね。なんで?」


 ロイから思わぬ質問が投げ掛けられる。その言葉にリュウは反応し、下を向く。


「言わねー」

「なんで?」

「いいじゃん言っちゃいなよリュウ」


 今まで聞いているだけだったティナが拍車をかける。湿っぽくなったこの空気を打開したかったのもあるが、ティナにとってもそれは好きな部類の話だった。


「あれ、訊いちゃいけなかった?」


 相も変わらず下を向いているリュウを見て、地雷を踏んでしまったと反省し始めたロイに、リュウは小さく呟くように話しかける。


「笑うなよ?」


 先程までとは全く違う空気になってきてしまったと、ロイは思った。耳が赤いリュウの表情から察するに、良い話ではない、とも。

 悪くもないだろうが、良くもなく。たった数秒の間に様々な思考を巡らせたロイは、リュウの次なる言葉が気になってしようがなかった。


「……うん、笑わないよ」


 この言葉によってリュウに決心がつく。


「俺さ、六歳の頃に拾われたって言っただろ? その後さ、ステラの家で暮らしてたんだよ」

「……うん」

「でも大変なんだよ。料理、洗濯、掃除、田吾作(たごさく)の世話。ああ、田吾作っていうのは犬の名前ね。とにかく、そういうのを全部押し付けられたんだ」

「う、うん」


 ロイは何故犬の名前が『田吾作』なのか無性に気になったが突っ込むことはしなかった。


「昔の記憶は無いし、変な人に拾われて混乱してたから、ほんとにムカついたんだ。そしたらさ、ステラはなんて言ったと思う?」


 だんだんと笑いがこぼれてくるリュウ。今の話のどこにそんな要素があるのか分からないロイは、まだ黙っている。


「『家事が嫌だったら世界一の魔導師にでもなって、立派な家建ててお手伝いさんを雇うんだね。金持ちだからね』って言ったんだよ」

「うん。……え?」


 間の抜けた声になってしまったロイ。まるで鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。


「そん時さ、感動したんだよ! 世界一になればそんな楽な生活が毎日続くんだぜ? なるしかないじゃん!」

「はは、あははは!」


 ついにロイは吹き出してしまった。釣られてティナやマリー、イクトでさえも笑っていた。今まで我慢していたのだがついに限界を越えてしまったのだ。


「やっぱり笑ったよ……」


 リュウはすでに大爆笑という状況まで達しているロイを見てふてくされる。


「言っとくけど最初だけだからな! 今は強くなって他のやつら全員に俺の存在を認めさせてやるっていう目標があるんだ!」


 急いで鎮火させようにも、後の祭りだった。


「まあ何にせよ夢を持つことはいいことだよ」


 ロイの言葉は優しい。人を勇気づけてくれる。


「なんか胸の奥がウズウズしてきた」

「あら、私これから【アルテミス】に戻るわよ?」


 後ろから聞き手に徹していたミルナの声がする。リュウは高まってくる気分と魔力を爆発させた。


「よっしゃあ! 特訓だぁぁぁー!」

「あんたバカじゃないの?」

「何だよ、お前行かねーの?」

「行くわけないでしょ。何時だと思ってるの」


 近所迷惑など考えずに、リュウは叫ぶ。ティナはさっさと帰路につこうかとも思ったが、後のミルナの言葉が聞こえてしまった。


「じゃあ、“二人きり”で楽しい“コト”でもシましょうね」

「おう! 特訓祭りだぜ!」


 ティナの顔色はみるみるうちに変わっていった。


「待ちなさいよ私も行くわよ!」

「何だよ来たいんじゃんかよ」

「そうよ、最初から言えばいいのに」


 リュウのムカつく顔とミルナの見透かしたような顔。ティナは言うに言えないこの状況に、顔を赤くすることしかできなかった。

 

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