30 覚醒特異
「なあなあ、皆新しい魔法とか覚えた?」
その日も、修練場に集まった所でリュウが四人に訊く。同じ場所にいたとはいえ、自分の修行に集中していた五人。それぞれどのように強くなったのかがわからない。
「勿論! あんたなんかイチコロよ」
「俺だって覚えたもんね! いい気になってるのも今のうちだぜ!」
「何よ!」
「何だよ!」
「まあまあ、皆強くなったよ」
唐突に始まった言い合いに割って入るロイ。後から着いてきたミルナも含めて、再び修行への空気感が出来上がっていく。
「待ってましたロイさん! 今日が最後だな! 最後何するの?」
ガンガン攻めこんで自分の経験の糧にする。リュウは本職の軍人と三週間も特訓したというかつてないほどの贅沢な環境を大いに利用していた。
「う~ん、特にやることはないかなぁ」
「じゃあ模擬戦やろうぜ!」
「今怪我したり疲れたりしたら明日の本番に響くし、変な癖とかついたら駄目だからね」
ロイはこの日のメニューを考えあぐねていた。
「なら、私達の特訓に耐えた坊や達に少し面白いものを見せてあげるわ」
もしかすると模擬戦を始めようとでも言うのだろうか。リュウはそこに一縷の望みと期待を込めて目を輝かせていた。そしてティナはミルナの一挙一動に揺れる胸のそれを見ながら苛立ちを増幅させていた。
「残念だけど私のカラダじゃないわよ?」
「……は? 知ってるけど?」
何一つ動じないリュウにミルナは遂に呆れた。溜め息混じりに腕を組み胸の果実を寄せる。大きさも形も完璧だが、リュウはピクリとも反応しない。
後ろで見ていたイクトが少し目をそらさなければ、本当に現代の少年というものを疑うところだった。
「そうねぇ、入学直後に基本属性の所有調査したの覚えてる?」
「デッケー魔晶石に魔力込めるやつ!」
魔力を込めることで色付き、色の変化で所有する基本属性の数や濃度を表すものだ。リュウはそこで炎属性のみを持つと証明された。
「アルの坊やはどうだったかしら。光属性は見えた?」
ミルナの問いに対してアルは首を横に振った。
件の魔晶石は火、水、土、雷、風の五つの属性にしか反応しない、基本属性感知魔晶石だ。特殊属性というものに分類されるアルの光属性や、それと対を為す闇属性の魔力は反応しない。
「私は属性を三つ持っているわ。だけどその魔晶石で調べても、見えるのは水と風のみ。さて、後一つは何かわかるかしら?」
「光!」
「闇属性かな」
答えたリュウにもマリーにも正解だとは言わなかった。
「あなた達四人にも見せてあげる」
ミルナのその言葉はいつものように色気のある艶やかなものだった。しかし、なぜかこの時だけはそれの他にも、凍てつくような冷たさが含まれていた。
「“我が内に眠る恐恐の冷気よ……舞い散る雪となり我が敵を覚めぬ眠りへ誘え”」
【氷姫の銀世界】
詠唱直後、両手を上に掲げたミルナ。その手先からは白く色づいた魔力が空中に放たれた。途端、もう春も終わりに近づいているというのに、それ以前に室内であるのにそれは降りだした。
「なんだこれ……雪?」
「覚醒特異、ですね」
「リュウもイクトも正解。これが私の三番目の属性【氷】」
ミルナの放った魔力は次第に氷の結晶となっていき、辺りに雪となって降り続いていた。
五つある基本属性のどれにも属さない魔法。神秘的で妖艶で、すこし恐怖の混じったその雪を見てティナ達はミルナに畏怖の念を向けた。
「すげー!」
だがやはり、リュウだけは思い切りはしゃいでいた。これではもう、雪だるまの完成を待つしか無いと言うほどに。
「『覚醒特異』。無属性以外の基本属性が覚醒すること。覚醒した基本属性には新たな“派生属性”が生まれる」
ロイは呟くようにリュウ達の輪から外れた所で呟いた。
「これは水属性の覚醒特異ですか?」
「ええ。さすがに百万人に一人と言うだけあって風の覚醒特異は起こらなかったわ」
「スッゲーそんなの初めて知った!」
リュウの瞳には好奇心の塊が宿っていた。
「いい? あなた達がこの三週間で学んだことは魔法という力のほんの僅かな部分よ。これから先に学ぶであろうことの予習のようなもの。だから明日大会に出たとして、まだまだ知らないことに驚かされると思うわ」
冷気に混ざったミルナの想いは、指導者としてのそれだった。
「驚くことは悪ではない。肝心なのはそこからどう考えるかよ。それはこの先生きていく上で最も重要なものになる」
「どう考えるか……」
「知らない魔法、知らない戦術、知らない敵、知らない味方。一人一人を翻弄するそれらだけど、そこには必ず意味があり、必ず弱点がある」
氷は溶けてしまえば水になる。それが弱点だ。
「強くなったことに、無い胸を張りなさい。マリーは別だけどね」
「ははは、男の俺達にゃ関係ねーや」
「何で私がそっち側に入れられてるのよ」
ミルナの励ましの言葉。それはつまり鼓舞である。
リュウ達が過ごした三週間は無駄ではない。確実に強くなったこの期間を、そのまま大会にぶつける。ティナはまず、目先の怒りから対処することにした。
「そうだ、今から少し行きたいところがあるんだけど大丈夫かな?」
五人はロイの突然の誘いに頷いて答えると、彼はさらに話し始めた。
「特訓も終わったし、決起集会も兼ねて食事に行かないかい? もちろん俺の奢りでいいから」
「行く! 腹ペコだったんだ!」
* * *
ロイが手際よく予約してくれた店はアルティスの街で一般的なレストランだった。ごく普通のビュッフェスタイルの食べ放題で、世界中の料理が並んでいる。
「飯だー!」
リュウはあれやこれやと皿に盛り、器用に両手の上で皿を操って見せた。食べ盛りのリュウ達はロイの奢りと聞いて願ったり叶ったりの夕飯に差し掛かる。
「見てみろよアル! チーズがトロットロだぜ!」
「うるさい」
「へえ、寿司があるんですね」
「え!? 東洋では魚を生で食べるの?」
「スッゲー、チョコレートが山になってる」
「溶けたチョコにフルーツやマシュマロを付けて食べるデザートよ」
幸せな一時が過ぎていく。しかし、ただ一人マリーだけはうまく箸が進まない。
「どうした、具合でも悪い?」
心配して声をかけたロイを後ろめたく思ってしまうマリー。そもそも彼女は外食が苦手なのだ。
「そういうわけではないんです……ただ……」
「どうせなら遠慮しなくていいよ。今日は俺の奢りだしね」
今日は食べ放題だ。食べ盛りの彼らから計算した財布事情から割り出すと、食べ放題を選んで正解だった。それはリュウが恐らく一番食べるのだと思ったから。しかし、ロイは知らない。マリーの隠されざる本当の実力を。
「本当に……好きなだけ……?」
「勿論さ。遠慮しなくていいよ」
「そうだぜマリー! ロイさんいいってさ!」
テーブル一杯に皿を持ってきたリュウがマリーの後押しをすることになる。遂にマリーの空腹ダムが決壊したのだ。
「すみませ~ん」
「食べて食べて」
「とりあえずそこからそこまで順番に台車で持ってきてください。あと、パンって何斤まで焼けますか? あ、ドリンクはコーラをピッチャーで四杯お願いします」
「……え?」
ロイは目を点にした。店員も、一瞬聞き取ることができなくなった。
「あ~、スパゲッティー足りないのでとりあえずあと十人分追加でお願いします。ちょっとお皿が乗りきらないので、隣の席に移ってもいいですか?」
「……え、あ、はいどうぞ」
「じゃあ、またどんどんお願いします。ミートソースに、ボルシチ、海老ドリア、ビーフストロガノフ、蟹クリームコロッケ、サラダ、あとは……うん。やっぱりこの店のやつ全部下さい」
マリーは深く考えるのを止めた。そしてロイもミルナも、マリーの胃袋がどうなっているのかを考えることは止めてしまった。リュウ達四人は慣れたものなので、自分の分はしっかり確保しておいた。
マリーの参入により、店の食材は僅か一時間で無くなり、すぐに閉店の運びとなった。
「いや~食った食った」
満足気にリュウは腹を叩く。ぷっくり膨らんだお腹は幸せの象徴だ。
「イクト、食べ放題を推してくれてありがとうね」
「僕達に遠慮なくと言っていたので、心配になりました」
「うん! 私も沢山食べれて幸せだった~!」
ロイの財布が救われ、イクトもマリーも幸せそうに夜の街を歩く。
「……ここら辺懐かしいね~」
リュウの後ろを歩いていたティナが言った。リュウとアルが歩幅を少しだけ小さくする。
「ティナさんここら辺の出身なの?」
「違うの。私は東の地区に元々は住んでたんだけど、ほらこの街小学校は二つあるけど中学は一つしかないじゃない?」
「ああ、なるほど」
「リュウとアルがね……ここに住んでてね……」
ここはイデア王国首都アルティスの街の西地区にあたる場所。ティナの両親がいる場所は反対方向だが、リュウとアルにとっては庭も同然。超がつく問題児だったリュウとアルは、この街に住むものにとっては有名なものだ。ティナは当時を思い出して顔を青くしていた。
「あれが元俺ん家」
リュウが指差す先に建っているのは築年数還暦のボロ家だった。周りの壁には蔦が絡まり、茶色と黒の二色しかない二階建て。リュウはその二回に住んでいた。
「元?」
ロイはリュウの言葉に違和感を覚えた。寮に住んでいる学生は遠い地方からの生徒がほとんどだ。アルティス魔法学園は名の通りアルティスの街にあるが、そこに住んでいるものは通学方法をある程度選べる。全寮制ではあるが融通がきかないわけではない。
この西地区から学園までは十分程度しか掛からない。別に寮に通う必要はないと思った。
「うん、捨てられてた俺を拾ってくれた人がここに家を用意してくれたんだ。まあその人寮母やってるからそっち住んでて、その当時は俺の一人暮らしみたいな感じだったんだ」
「なんかごめんね……」
「全然大丈夫だよ。それより、あそこで初めてアルと出逢って、ティナとはもうひとつ向こうの路地で初めて出逢ったんだ。そこの店は毎回じいちゃんに拳骨食らわされた日」
リュウの思い出が詰まった場所。ここはリュウの原点なのだ。




