26 強くなるために
屈強な体は学園の教師専用ローブを突っ張らせて不似合いなだけでなく、無駄に暑苦しい熱も持っている。しかし滲ませる魔力は学生にさえわかるような本物のもので、彼が実力のある魔導師だということはわかった。
学園長クロツグは、入学式などの大きな行事でしか顔を見せず、謎の学園長として少しばかり有名になっている。謎めいた人物がやってきたのだから、クラスメイトのほとんどが口をあんぐりと開けた状態に陥っていた。
「見たところ彼以外には立候補者も居ないようだし、どうだろうシエラ先生。彼に任せてみるというのも悪くないのでは?」
シエラは元々リュウでも良かった。私怨からBクラスを倒したいという目的はあるが、せっかくの行事を楽しみたいという思いもある。
「私は構いませんね。奴のクラスを倒せれば」
ただし最優先事項はBクラスの殲滅。少し順序に問題があるだけなのだ。
「なら彼にしよう!」
その体躯通りの野太い声は、その体躯からは想像できない程に優しく放たれた。
「賛成でーす」
「私も……」
「俺も……」
ポツポツと賛成意見が上がり、それを見たクロツグは首を縦に大きく振り頷く。ティナも一安心していた。
「諸君、頑張りたまえ」
野太い声色で半ば無理矢理リュウの出場が決まった。事が済んだのを見計らい、クロツグは教室から出ていった。それを見計らって、一人の生徒が口火を切る。
「学園長が出てくるなんてな……。学園長に媚でも売ったか」
クロツグが出たあと、一人の男子生徒が何気なしにそう呟いた。
「何言ってんのよ! リュウがそんなことするはずないでしょ!」
前に立っていたティナは怒声を張り上げた。その言葉を先ほど呟いた男子生徒は鼻で笑う。
「だってそうだろ。あの学園長が出てきたんだぜ? 普通に考えたらそれしかないだろ」
「そうだ!」
「この卑怯者!」
「頭悪いくせに調子に乗るな!」
クラスの、男女合わせた生徒達の罵詈雑言がリュウに浴びせられていく。我慢の限界が来て席から立ち上がったリュウは、その騒ぎの元凶である男子生徒のところまで歩み寄っていった。
「リュウ!」
教卓の前で大きく声を出し制止しようとしたティナになど脇目もふらず、一人の男子生徒の元へと向かっていく。着くと、その生徒の胸ぐらを掴み上げ強い眼差しを向けた。
「俺はそんなことしてねーし、やる気もねー!」
「そんなこと白状する奴なんかいねーだろ。皆隠れてやるんだよ!」
胸ぐらを掴まれた生徒も、リュウと同じようにリュウを睨み、掴んでいた手を払い除けた。このままでは、殴り合いにまで発展しそうだとティナが二人の間に入る。
多かれ少なかれ、自分にも責任があると決めつけているのか、その表情は怒りと言うよりは罪悪感から来たようなものとなっていた。
「もういいでしょ? みんな手を挙げてないし、私も新入生クエストの時にリュウの実力は見たから!」
ティナの言葉は、男子生徒にもリュウにも届かない。クラスの雰囲気はどんどん悪くなっていく。険悪なムードのまま朝のホームルームが終わろうとした時だった。
「醜いな……」
悲しげに一言、放たれた。
「お前ら、クラス代表として自ら手を挙げた者に対する態度を履き違えていないか? 実力がどうであれ、自ら進んで立候補するその姿勢、私は素晴らしいと思う。魔法の鍛練などこれからすればいい」
腕を組み、教室の隅に立っていたシエラは、リュウと揉めている生徒を見ながら、凛とした態度で述べる。
「それに比べお前たちは一体何様のつもりだ。少しばかり自分より劣っているからと言って、からかい蔑む。端から見れば、何もせず殻に閉じ籠っているだけの奴らの、負け惜しみにしか見えないな」
実に醜い。
そう、吐き捨てるかのように言い放ったシエラは、一時限目開始五分前の予鈴に反応し、教室から出ていった。後には気まずく重たい空気のみが残される。
一難はあったものの、これで魔闘祭一学年Aクラスの代表メンバーはティナ、アル、イクト、マリー、リュウのいつもの五人となった。
* * *
放課後集まって魔闘祭の作戦会議をしよう、というマリーの一言によって放課後の集合場所が街で有名な噴水広場に決まった。部活動に入っているマリーとティナはそれの活動があるからと夕方が待ち合わせ時間。イクトは足の速さを活かして陸上部の助っ人に向かい、アルは無口のくせに先生の呼び出しを受けて手伝いをしている。
「いらっしゃいやせ~」
「今日はポトフ作りたいからね、人参三本頂戴な」
「今なら五本で百Gだぜばあちゃん」
「あんた上手いねえ。いいよ買うよ」
「まいど!」
さっそく目の前で人参が売れた。その話術は日頃から磨いてきた目利きの力を最大限に活かしたものだ。そうでなくては困る。
「いや~リュウちゃん来てからこの店人多いね」
「だろ? 何てったってこのリュウ様が直々に店番してるんだからな!」
常連の老婆が人参を袋に詰めながら言う。得意気にリュウは返事をしてお会計を済ませる。レジ打ちのスピードも安定してきたことで、お釣りを渡すスピードも客を待たせることはなくなった。
リュウは青果店でのアルバイトに励んでいた。
「じゃあ、そろそろ俺は上がるぜ。ここ数日働いてみたけど、やっぱ大変だな」
「本当に助かってんぜ。ここ数日の売り上げはうなぎ登りさ」
もう退勤の時間になった。リュウの掛け声に反応して奥から出てきたこの店の本当の店主が、にやりにやりと笑顔になっている。首都アルティスの街にやって来て二十年。この数日で活気づくこの店は、ほぼリュウの話術の賜物だった。
「ほんと助かってるよ、ありがとな。これが今日までの給料だ、持ってけ」
「んえっ! こんなには貰えねーよ」
「いいんだよ。これが貰えるだけの働きをおめえさんはしたからよ」
「だけどそれは……」
ここでアルバイトをするのには理由があった。
それはゴールデンパインウィークの時。ティナとの買い物に出た途中で出会ったマリー。チンピラ四人組に捕まっていたところを助けたのだ。その一人を殴り飛ばした先がこの店だった。男一人が突っ込み陳列棚は全損。数日の営業停止をしていた。
「俺があんなことしなければ……」
ロイに諭された言葉を忘れない。『本当の強さ』という漠然とした問題を前にリュウは悩んでいた。悩んでも悩んでもその答えはわからずに月日だけが流れていく。
「いいってことよ。それにおめえ、あのお嬢ちゃんを助けたんだろ? 男じゃねえか」
数日前にこの店で働くことを決めたのは、やはり罪滅ぼしが理由だった。商売の辛さや楽しさを学ぶうちに、その想いはさらに募っていった。
「本当にごめんなさい」
「あんの悪ガキがあやまるたあねえ!」
店主が大声で笑う。
「こちとらお前が中坊の頃からしってんだぜ。今更こんなことの一つや二つどうってことねえよ!」
「あっはっは! おやっさんも毎日怒鳴ってたよね」
釣られて周りの笑いが浮き出てくる。この店の常連は皆昔からこの街に住んでいる。勿論、捨てられていたリュウがここに来た頃には、街中コミュニティも出来上がっていた。
アルと共に駆け回ったここは伝説をいくつも生み出している。それが、リュウ・ブライトだ。
ありとあらゆるイタズラを生みだし、赤ん坊からお年寄りまでリュウの被害にあっているといっても過言では無いのだ。
「イタズラ大魔王リュウ様、またな!」
「や、やめろよ~」
「アルちゃんにもよろしくね~」
「ちくしょ~」
大笑いに包まれて、リュウはこの店を後にした。
「遅い!」
それから数分と立たずに待ち合わせ場所に着いたのだが、すでに四人は集合していた。
「わりぃわりぃ、混んじゃって」
「この前言ってたお店?」
「ああ許して貰えたよ」
「ふ~ん、よかったわね」
リュウの晴れた顔を見ればわかると言いたげなティナも、少しの笑顔を浮かべた。
「さて、みんな集まったことだし、行きましょう!」
ここでマリーが率先して動く。
「行くってどこに?」
揚々と歩き始めたマリーにティナが問いかける。イクトとアルは無言で着いていくが、当然彼らにも行き先はわからない。
日が長いこの時期のこの時間帯の街中は、比較的人通りが多い。さらには、その時間帯を狙って多くの店ではセールや大きな呼び込みが始まる。選択肢は絞りきれないほどありそうだからだ。
「ほらシエラ先生はああ言ってくれてたけど、結局リュウ君弱いでしょ?」
思わぬ方向からの直接攻撃だった。リュウが魔闘祭に出ることを、シエラが辛うじて認めたのだと誰もが知っている。
「やっぱり魔導書の魔法を覚えるのが手っ取り早いと思うから、『マジックショップ』にでもいこうかな~って」
「でもあいつ魔導書売ってくれねーよ?」
「私そんなことなかったけど?」
「ティナさんの言う通りよリュウ君。あそこは何でも揃うじゃない」
老婆リスティアの経営する小さな魔法道具店『マジックショップ』、別名「何でも揃う店」。しかしリュウは一度そこでの買い物を断られている。一度として経験の無かった出来事だけに、異様に頭に残っていた。
「こんな所で何してるの?」
迷っている最中に声を掛けられた。振り向けばそこには綺麗な金色の髪。透き通った顔立ちに、長身の体型。見覚えのあるその男性にリュウはいち早く反応した。
「ロイさん!」
王国魔導軍隊【アルテミス】本部隊士、その正体は四元帥が一人《皇炎の支配者》、ロイ・ファルジオンだった。




