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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第四章【魔闘祭】
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25 シエラの私怨


「おはようございます。私は今、リュウ・ブライトさんの部屋の前にやって来ております」

「ティナさん静かに静かに……」


 長い廊下を彩る赤色の絨毯。未だに窓からの光も満足に差し込まないような時間に二つの人影。

 雷の魔晶石が作り出す小さな明かりに照らされながら、その二人組は声を潜め話し合っている。

 声量をできるだけ抑え、その内の一人ティナ・ローズはまるで取材に駆けつけたリポーターのように、はたまたテンションの異常に高い司会者のように振る舞う。マイクなどは無いため、トイレットペーパーの芯を握っていた。

 そんな奇行に無理やり付き合わされるのは、イデアを支える二大貴族令嬢ことマリー・レイジーだった。国を背負うような立場のものをいとも容易く引っ張り出し、アシスタントとして使うティナの図太さは折り紙付きだ。


「マリー、カメラの位置が悪いわ。もっと右よ」


 その気になれば現在最新鋭とされるビデオカメラも買うことが出来たマリーだったが、再生環境的にも魔晶石に頼りきるあのシステムは好きになれない。結果としてこちらはカメラでなく、段ボールの寄せ集めになった。茶色いカメラもどきを直し、ティナを写しているかのように立て直す。

 新入生クエストも無事終わり、無事平穏な学園生活に戻ってきたリュウ達。リュウは相変わらずの魔法の腕ではあるが、クエストの一件から徐々に魔法への取り組みが変わっていた。今では休日に迷惑など考えず【アルテミス】に通っている。

 才能こそ乏しいが魔力は人並み外れて質も量も一級品。苦手な魔法も、カバーできる部分はあった。

 ティナ達二人は連日お疲れのリュウに対し、労いという建前とからかいという本音の下、「寝起きドッキリ」という迷惑以外の何ものでもない行為を仕掛けようと企んでいた。今日が犯行日だ。


「本当にやるの?」

「当たり前よ。その為に鍵借りてきたんだから」

「目がイキイキしてるね」

「ウフフフ、日頃の恨みをたっぷりとぶつけてやるわ」


 手に持った部屋の鍵をマリーに見せつける。ティナの目がとても輝いていることにマリーは気づき、リュウに同情の念を向けた。


「じゃ、開けるよ」


 声を殺し、ゆっくりと鍵を開ける。扉が開く音でさえも命取りになるからと、慎重に開けていった。

 中に入った二人は靴が一足しかない玄関に足を踏み入れた。ここイデアでは靴は脱がないことが当たり前だが、リュウはここでスリッパに履き替える。掃除が楽だからという理由からで、家主の意向に伴いティナ達も靴を脱いで二つ揃えた。

 目移りするものなど特に無く、一目散に寝室へ。強いて言えば途中一部屋にとてつもない量の米俵があったことにマリーが食いついてしまったことが、少しのタイムロスになった。


「よし」


 寝室のドアを開けて入室する。あのエネルギーの有り余る彼からは想像もできないほど物が少なく部屋は小綺麗だ。二人は忍び足でベッドに近づく。実際、こんなことしか “忍び足” の使い道がないことに気づくマリー。

 ティナはゆっくりと布団に手をかける。中の盛り上がりを凝視しながら変化していく顔のニヤケ方が異常だ。そして、勢いよく布団を剥ぐ。


「おはようございまーす!」


 ここで違和感が二人を襲う。

 布団の中にあるはずのリュウの姿は無かった。小さい頃から愛用している抱き枕と脱ぎたてのパジャマが置いてあるのみで、それが紛らわしく盛り上がっていたのだ。


「あれ?」

「リュウ君いないね」


 二人はいつもの声量に戻る。


「布団戻しといてくれよ」

「わかってるわよ……って、えっ!?」


 落胆の直後に聞き覚えのある声が聞こえてきた。するはずの無い方向から発せられる声に、内心ビクビクしながら二人はゆっくりとその方向に首を向ける。

 そこには、お決まりのように制服を着崩したリュウの姿があった。


「ええー! なんでいるのよ!」

「俺の部屋だから」

「そんなのはわかってる。なんで起きてるのかって聞いてるの!」

「な。俺も不思議なことに今日は早起きで」


 そんなバカな、とティナは反射的に口に出していた。

 リュウを前に二人は呆れる。学園でも五本の指に入るであろう遅刻魔が今日に限って起きられるなんて、と。

 一瞬、神の仕業ではないかと二人は疑うも過ぎたことは仕方がないとこの作戦の中止を決断した。そんな二人を尻目に、リュウは口を開く。


「なんか扉開いたと思ったらティナ達で驚いたよ」

「悪かったわね」

「なんかホッとしてお腹空いてきちゃった」


 マリーの一言がきっかけでティナにもようやく朝御飯抜きの影響が出始めた。


「まだ時間あるし飯でも食ってく?」


 リュウのその言葉で晴れた表情になる二人。


「まあ仕方ない、食べてあげる!」

「私も!」

「なんで上から目線なんだよ」


 すでに自分の物として朝食が用意してあった。それと合わせて、大量のサンドイッチをお皿に盛ってソファに座っているティナとマリーの前に出す。

 リュウの部屋のリビングはとても簡素であり、小さな丸テーブルと二人用のダイニングテーブルしか無いため、リュウのみ一人で食べ始めていた。


「リュウ君のご飯おいしい~」

「さすがリュウ!」


 サンドイッチを口に入れていたマリーとティナは、幸せそうな表情をしている。リュウも良かったと頷いて食べ始めた。


「そういえばアレつけてないね」

「あ、忘れてた」


 朝食の時間も終わり、リュウが皿を洗っているときティナは唐突に口を開いた。リュウも皿を洗い終えると、米俵が大量においてあった部屋へと向かっていった。

 少しの時間が経った後、先程までは着けていなかったネックレスを着けたリュウが歩いてきた。


「綺麗……」


 マリーは食後の余韻にと飲んでいた紅茶のカップを置きながら訊く。


「まあね。毎日磨いてっからさ」


 別段珍しいものではない何処にでもありそうなネックレス。赤い石を丸く削り、金属のフレームで装飾し、チェーンを付けただけのもの。拘った細工や高級な装飾品などは見当たらないもの。しかし、そこに存在する赤い石は見るものを魅了する。まるでそこに魔法でも掛けられているかのように、目が離せなくなる。

 光の当たり具合によってその赤は多様に移ろう。ある時はリュウの性格を反映して雄々しく、またある時は何もかもを見透かすような落ち着きを表している。


「私これでも少しは分かるけど、ここまで質の良い魔晶石は見たことないよ」


 魔力を溜めることの出来る石、魔晶石。溜める魔力の属性によってその色は変わるが、


「いや、これ魔晶石じゃ無いっぽいんだ」

「え?」

「私がね水属性の魔力を込めようとしても無理だったの。だから魔晶石じゃ無いかもってくらいしかわかんないの」


 そこにあるのは不可思議な事実だけ。


「多分誰かから貰ったんだと思うけど、気づいたら持ってたから正直誰のかもわかんねーの」

「誰かから貰った?」

「そうそう。捨て子だったんだよ俺。街の路地裏で拾われて、そん時にはもうコレ着けてたんだ」

「あ、その、ごめんなさい」


 本来ならば聞くべきではない過去を聞いてしまったと、マリーは申し訳ない気持ちで一杯になる。一瞬にして、重い、何とも形容し難い空気になってしまった。


「別に気にしてねーよ。今は特に何ともねーし」


 リュウはそんな空気を払うように、明るいトーンでマリーに話しかける。口角を思い切り上げ、これでもかというほどの笑顔でだ。地雷を踏んでしまったと思っただけに、マリーはほっと安堵した。


「いけない、そろそろ時間!」


 気づけば時刻は朝のホームルームまで残り数分と言うところ。三人は急いで支度を始めて教室へと向かった。


 * * *


「席に着け!」


 リュウ達は遅刻せず、珍しくシエラより早くやって来た万年遅刻魔には称賛の拍手が贈られた。


「お前達も知っての通り我が校では、三週間後からクラス間の親交を深めるため『魔闘祭』を開催することになっている。クラスが一丸となって競い合う恒例行事だ」


 シエラは淡々と説明を進める。


「内容としては、それぞれ各クラスから一チームずつ出場させ、魔法を使った試合で学年別優勝を決めるというものだ。我々一学年は五人編成をチームとして選ばれた八クラス八チームでトーナメント戦を行う」


 シエラは黒板に今話した内容を箇条書きのメモにしながら説明する。既にこの時点で、リュウの意識は窓の外の小鳥達の団欒風景に向いている。


「厳正なる協議の結果、初戦はBクラスの奴等と戦うことになった。試合内容は当日発表され、会場なども後日プリントにして渡す」


 シエラは声を張り上げる。ここまで大きく喋ると、廊下や他のクラスにまで聞こえるだろうレベル。その大声量に込められたシエラの私怨が、このクラスを支配することになるのだ。


「なんとしても勝つんだ。あそこの担任のフェルマにだけは負けてはならない! なんとしてもAクラスが勝利……いやこの際優勝だ!」


 シエラの瞳は何故か怒りに満ち溢れている。Bクラス担任の「フェルマ・クオルト」に相当な怨みがあるのだと、触れてはならないのだと、リュウ達全員は暗黙の了解を得た。同時に、Aクラスの生徒全員は勝利の道しか歩めないと悟る。


「と言うわけで今日は出場メンバーを決める。このまま一限の授業も潰して決めるから、全員心して取り組め」

「マジ!?」


 魔闘祭という言葉よりも一限が潰れるということに反応したリュウ。シエラに早速睨まれた。


「Aクラス代表のリーダーはもちろん学年首席のティナ・ローズだ。異議は無いな?」


 異議はない。あったとしても誰も口にしない。異議を唱えようものならば本日の宿題は軽く倍になってしまう。唱えられるものはいない。


「よ、よろしく」

「あと四人だが、チームに入れたい奴はいるか?」


 シエラはティナに問いかける。いきなりの大抜擢に加え、人選まで急に任されたティナは思わず立ち上がってしまった。


「そんなこと急に言われても……もっと詳しく、例えば種目とかわからないんですか?」

「おそらくは何らかの戦闘種目だが自信はないな、特に決勝の種目なんかは当日にしか明かされない。誰でも良いぞ、Bクラスに勝てるやつならな」


 シエラは最後の言葉を強調して言う。その猛烈な怒気にティナはたじろぐが、冷静に考えてみるとその条件、誰でもいいわけがない。


(まだ全員のことを完璧に知ってるわけじゃ無いしなぁ……)


 悩みながらも一人目は決めていた。


「一人目はアル。サポート系の魔法はやっぱりアルが一番だし、この間の【魔法球(スフィア)】の授業からも実力はあることがわかるしね」


 その言葉にシエラも頷き、クラスの全員も頷いた。


「いや、俺は──「黙れ、これは決定事項だ」


 シエラは有無を言わせないようアルを睨む。何も言えなくなったアルは口を閉じ俯いてしまった。


「次は……イクトかな」

「僕ですか」

「分析力と戦闘力を兼ね備えていて、作戦を立てられる司令官は私には出来ないからね」


 シエラの了解も得て、残る枠はあと二つ。


「あとは中、遠距離タイプね。だとしたらマリーかしら。射撃の腕は良いし魔法の扱いも上手。このチームのバランスも良くなるしね!」

「……は、はい」


 マリーは自分を選んでくれたことに、すこしの喜びを感じたが、同時に大きく重荷を背負わせられたのではと、喜びと同じ程度の不安心も抱いた。


「最後は……」

「俺!!」


 リュウが勢いよく立ち上がり手を上げる。しかし、その直後シエラはリュウを鋭く見つめる。ティナも、リュウを選ぼうとはしていなかったために「え~」と小さく言葉を発した。


「あんた魔法下手くそじゃない」

「へっ! 俺だって強くなったし!」

「別に私は勝てるならば問題ない。どうなんだ、リュウが入っても勝てるのか?」

「モチのロン! むしろ俺がいねーと後悔するぜ!」

「ほう、そこまで言うなら──「お前弱いだろ!」


 リュウの言葉を聞き、シエラが納得しかけたものの、それさえも遮ってクラスの何人かが反論する。ついこの間まで魔炎球すら使えなかったのだ。


「本当だよ! グリーンゴブリンだって余裕で倒せるしよ!」


 リュウは身を乗り出してそう答える。実際倒せないのだが、話を盛ってしまった以上仕方がない。あとに待つ『グリーンゴブリンを倒せる実力』のお披露目会の準備を、リュウは脳内で始めた。


「良いではないか」


 イメトレを遮って入ってきたのは巨駆の男だった。短く刈り込んだ黒髪と、それにマッチした色黒の筋肉質な肉体のその男性は、覇気の宿った男らしい目でリュウを見つめる。


「が、学園長!」


 その男こそ、イデア王立アルティス魔法学園学園長クロツグ・デルファであった。

 

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