24 狼煙上げの天才
辺りは闇に包まれ、完全に夜の帳が下りきった。まだ夏は遠く、夜は肌寒い。
大地を踏みしめ進む音、清流のように吹く風が木々を揺らす音。たった二種類の音だけが、聴覚に働きかけてくる。
腕を引かれ、半ば無理矢理歩を進めるヴァナード。常闇の中彼にはその音すら聴こえていない。すでに五分は歩き、ヴァナードの膝や腰には少しの痛みが走っていた。ついに到着したリュウが一声掛ける。
「顔、上げろよ」
俯き沈んでいるヴァナードは、腕を掴む少年の懺悔への道標を聴き、頭をあげた。永遠にも感じた歩みの時間は、終わりを迎えた。
そこは、村の大事な知らせや祭りが行われる、中央広場だった。村の至るところに生える大きめの樹木に囲まれた、大きな広場だ。
リュウ達が壊した木のベンチも、未だにそのままの状態で残っている。事が事なだけに、今この状況でうやむやになっているベンチを見て、にやりとわらった。
ヴァナードはやがて、周りの景色ではなく近くの光景をしっかりと視界に入れていく。すべての神経を目に集中しヴァナードが見たもの、それは、宴が終わり寝ている筈の村人達の顔だった。
この村に「生存している」人全員。
親と共に手を繋いでいる子供、親を失いながらも涙を堪え立つ子供。何日も洗濯をしていなさそうな薄汚れたシャツを赤色に染めた大人もいれば、立つことすらままならない大人もいる。
目の前の悲痛な光景に、一瞬目を背けるヴァナード。しかし、リュウとリーマスは決して目を瞑ることは無かった。
ただ無言でヴァナードの言葉を待つ。それだけだ。村人達も決して目を背けない。ヴァナードはその瞬間、この場にいる全員の強い覚悟を知った。
「すまなかった」
ヴァナードは震える声で一言告げた。たった六文字の簡単な言葉に込めた思いを目前に立つ、自身の村の民へと伝える。
悲しみ、憎しみ、痛み、そのどれもが掛け合わされた悲痛の表情で村人達はヴァナードを見つめている。
しかし、彼らは沈黙を貫く。
それが、ヴァナードの次なる語を誘発した。
「皆の衆、本当にすまなかった。儂が足らぬばかりに魔物をあんな形でしか押さえつけられなかった。儂一人がやればよいものを、結果皆をも巻き込んでしまった。儂は何者にも許されぬ卑怯なことをした。許してもらえるとは思わん。許してもらおうとも思わん! だから儂は村を出ていく。これからは皆がこの村を守ってほしい。そして、この村の良き村人達を儂の代わりに守ってくれ!」
溢れる涙と共にヴァナードは頭を下げる。地面に膝を、腕を、頭をつけ、本当の思いを口にした。ヴァナードは己のすべてを打ち明けた。村人達はそれに答える。
「……村長、俺たちは貴方を心から慕ってた。いつも優しくて頼もしかった貴方に。死んだ俺のかみさんもそう言ってたよ」
村人達の顔には笑みなどない。ヴァナードを見下ろし蔑むように鋭い視線を浴びせる。肌寒い気温と相まって、さらに寒気が増していく。ヴァナードは自責の念をさらに強くした。何を言われてもいい。どうされようと謝り続ける。そうヴァナードが決意したときだった。
「けどさ、あの白髪のボウズに言われたよ。『村のこれからを支える子供達を守りたかったんだ』ってさ。貴方はやり方は間違っていたかもしれないけれど、皆の住むこの村を外の魔物達から守ろうとしてくれたのは事実だ。だから俺達だってそれに協力したんだ」
一人の若い村人が述べる。後ろに立つ村人達の代表だ。
「どっちかと言えば俺達も共犯さ。村長だけじゃない。この村でしたことはこの村で償っていこう。でなけりゃ、あいつが浮かばれねえ」
そんな彼は村長の肩に手をおき、優しく語りかける。
「皆そう思ってるぜ」
「そうだぜ! 俺まだ積立金払ってねえしな! 村長に渡さなきゃいけねえんだ!」
「また、一杯やろうや」
少しずつ増えていく声。ヴァナードは村人達一人一人の声をしかと受け止め、頷きながらさらにうつむく。「守る」というたった二文字の言葉が、命の取り合いにまで発展する世の中。
簡単に発することのできるその言葉には、想像もできない苦しみと、己の無力さに対する悔しさが嫌と言うほど詰まっていた。
リュウは目の前の光景をただただ、その目に焼き付けるかのように見つめていた。自身も痛感した無力さ。あの日あの時言われた『本当の強さ』の言葉を再び思い出す。自分と同じように強くなくとも、村人を守りたいという思いを大きく持った老人の弱さを目に焼き付ける。
「次はお前だリーマス」
「……うん」
中央広場すぐ脇にある診療所。村唯一の医療機関だが、ここでリーマスの両親は治療を受けている。
「この扉の先におまえの父さんと母さんがいる。この村で何があったかは、いつか知るよ。さっき村長がどうして謝っていたのかもいつかわかる。その時になってどうするかはお前次第だからな」
リュウは部屋の扉を開けた。立て付けの悪い扉を開けて、ベッドに寝かされた二人の元までリーマスを連れていく。そこに寝かされているのは、顔の判別ができない二人だ。包帯を至るところに巻き、それでも血が滲み起き上がることもできずに薬を投与されている。
「父さん? 母さん?」
辛うじて生きている状態。峠は越えたが絶対安静にしてなければならない。
「う、うう……」
現実を知らないながらに受け入れ始めたリーマスは、あふれでる涙を止めることができなくなっていた。
「うああああ! 会いだがっだっ!」
魔物を退治するというクエストだった。結果、近辺での駆除対象と見られる魔物を撃破。重軽傷者はリュウ達も含め三十六人。死者は八人に上った。
翌日早朝に駆けつけた王国魔導軍隊【アルテミス】はトルク村村長ほかの魔物の違法捕縛を厳しく追求する姿勢をとる。
リュウ達は学生という身分でありながらDランク魔物との対峙を報告しなかったとして、反省文提出の罰がシエラから出されることになった。
ある意味地獄のような数日間をわざわざ過ごし、ようやく新入生クエストの最終日がやって来た。
「じゃあなじっちゃん。これからが大変そうだな」
「なに、地下の魔物に怯える日々に比べれば何てことないわい」
見送るヴァナードには笑顔が戻っていた。
「本当にありがとうございました」
「またこうしてリーマスにも会えました。あなた方は命の恩人です」
リーマスの両親は涙目になりながらリュウにお辞儀をした。【アルテミス】到着によって生き残った負傷者は全員が快復に向かっていた。
意識を取り戻したリーマスの両親は車イスで駆けつけたのだった。
「これが報酬じゃ。クエストの途中変更分もきっちり上乗せしてあるからのう」
重い朝袋をイクトに渡す。
「こんなに沢山貰えないですよ!」
「これが正当な報酬じゃ。その働きに対する対価を支払うのは当然のこと。どうか受け取っておくれ」
ヴァナードは震える手で渡してくれた。それを返す気にはもうなれない。
「じゃあなリーマス」
「うん、じゃあねリュウ」
リュウが手を振り、リーマスが振り返す。
「僕ね、これから強くなるために頑張ろうと思うんだ。いっぱい勉強して、いつか世界一の魔導師になる!」
「へっ、言うじゃねーか」
リーマスのその言葉を聞き、リュウは思わず吹き出してしまう。つい先日リーマスに堂々宣言した言葉を、まさか返されるとは思ってもみなかった。
「リュウはどうするの?」
イタズラをする子供のように笑いながら問いかけてくるリーマス。そんな無邪気な笑顔に、ふんと鼻を鳴らしリュウは返す。
「決まってんだろ? 強くなる! 」
「単純……」
「うるせー。ぐだぐだ考えてっと、こんがらがるんだよ!」
焦った様子のリュウを見て今度はリーマスが吹き出す。
「リュウらしいや」
「だろ? まず手始めに、俺は世界一になる!」
「馬鹿じゃないの?」
月夜が照らす夜の村、朝日が照らす朝の村。魔を飼い飼われた村。どこにでもある小さなその村は、今新たな目的を持ち、一つの区切りを打った。
イデア王立アルティス魔法学園新入生クエスト、ここに終了。
* * *
「あ、地下道に行く時思いっきり道壊したの言ってねーや」
「あ~あ、後から修理代請求されても知らないからね。馬鹿リュウ」
「一々余計なんだよティナ。……なあイクト、その袋おれにちょーだい?」
舗装されきっていない馬車道を行く五人。朝早くと言うこともあり、低血圧からエンジンのかからないイクトは無言で首を横に振った。
「駄目だよリュウ君。ごめんなさいは大事なんでしょ?」
「うっ……。まあ俺達は村を救ったんだしな。そこら辺は何とかなるだろ」
痛いところを突いてくるマリー。リュウはもう開き直ることしか出来なかった。
「シエラ先生との通信、無理やり切ったんだってな」
「あ……」
アルのそれで思い出す。シエラの制止を振り切って、さらには学園から支給された「ヒソヒ装置」まで壊した。こればかりは誰も擁護出来ない。
リュウの地獄はこれからが本番だ。
「自業自得よ」
「しょうがねーだろ! カッとなっちゃったの! 」
「まあまあ、ティナさんもリュウ君も痴話喧嘩はそれぐらいにしてください」
マリーが少し笑いながら声をかけると、ティナはものすごい勢いで顔を向ける。勿論、顔を赤らめて。
「なに言ってんのよマリー! ていうかリュウ、あんたは魔炎球の練習でもしてなさいよ!」
「ふっ、この天才リュウ様はそんな初歩的な魔法など、とっくにマスターしてるのだよ」
「じゃあやってみなさいよ」
得意気に鼻を鳴らすリュウと、試すように見つめるティナ。結果は目に見えていると、悟ったような目付きだった。
「“聖なる炎よ、我が命に従い敵を討つ球となれ”」
覚えたてホヤホヤの詠唱を、胸を張って言い上げる。一言一句が進む度に、魔力もまた跳ね上がっていく。
【魔炎球】
リュウは魔力を掌に集中させた。このクエストで得たものは、恐らく負の感情だけだった。村の抱える闇を見てしまったがために、あのような悲劇に繋がった。
リーマスの行動が自分を奮い立たせてくれた。そして、目標を見出ださせてくれた。それが、リュウにとっての力であり、『本当の強さ』という答えのための一歩なのだ。
「なんだと……?」
この数日の成長を、渾身の想いで掌に集めるリュウ。しかしそれは炎と呼べるものには到底ならず、何故だか黒い煙となって姿を現した。
「あっははは、確かに天才ね! 狼煙上げでそこまで気合いが入れられるんだから!」
「なんじゃこりゃ! この前はちゃんと出来たんだぞ!」
「これじゃ到底習得出来そうにないわね」
「ほんとなんだよ! なあマリー?」
「う、うん。たぶん……」
呆れたティナは、歩調を早めスタスタと先へ行ってしまう。それを怒りながら追いかけるリュウを、後ろ三人は冷ややかな目で眺めていた。
後の大魔導師リュウは、この時【狼煙上げ】の魔法を習得したのだった。




