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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第三章【新入生クエスト】
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22 八つ裂き


 三メートルの巨体が倒れ込む瞬間のそれよりも、三つの魔法が命中した時の方が大きく鈍い音よりも、その咆哮は強烈な音だった。砂煙が舞い上がり何も見えなくなってしまっても、何が起きているのかは直感できる。

 まだ倒していない。リュウ達は再度臨戦態勢を整える。


『ウオオオォォォォ!』


 しばらく時は経ち、砂煙が晴れると、現れたのは先程のグリーンゴブリンだった。しかし、纏っている魔力や雰囲気が先程とはまるで違い、想像を絶するような威圧感を醸し出している。


「なに、あれ……」


 恐怖のあまり体が震えているマリーは、虫の羽音並みに小さい声で呟く。しっかりと確認できるようになったグリーンゴブリンは、先程までとはまるで別だった。

 赤かった瞳が緑に変わり、今まで多岐にわたっていた色彩の数々が全て緑色になっていく。口も耳も、爪先に至るまで、全てだった。


「苔が生えたみてー」


 リュウは首をかしげながら間抜け面で言い放つ。この緊張感に満ちた場面で突っ込むティナ達ではなかった。


「『緑の悪魔(グリーンゴブリン)』。あれは狩猟の時などに見られる戦闘形体です」

【次元転送・笹貫(ささぬき)


 己が魔法武器『笹貫』を喚びながらグリーンゴブリンの正体を明かすイクト。濃紺色に包まれ控えめに湾曲した棒状の物だった。全長八十センチほどの見たこともない何かに、リュウは首をかしげた。


「それがイクトの魔法武器か?」

「はい。僕の出身国に伝わる刀というものです」


 イクトは両手に『笹貫』を収め、集中する。鞘と柄を握りゆっくりと引き抜いた。そこで現れたのは、流水も留まれないほどの滑らかな反りと、薄暗い地下のわずかな光も反射させてしまうほどの鈍色(にびいろ)の刀身。飾りの波紋がキメ細やかにリュウを釣り込む。


「かっけえぇ! 向こうにはそんな武器もあんのかよ! すげー!」

「ありがとうございます。それよりも、来ますよ」


 イクトの視線の先には奴がいる。グリーンゴブリンの周りに魔力が集まっていた。


「本来、奴らのボスは常に威嚇状態にして、自身の体を大きく見せています。戦闘に持ち込む前に怯ませるという作戦をとるからです。それが解かれ元々の大きさに戻ったということは、威嚇をやめて本格的な戦闘に移ると言うことです。戦闘力は軽く倍になりますよ」


 イクトの冷や汗を垂らしながらの言葉だった。


「何か策でもあんのかよ」

「先程みたく二手に別れるより四人固まっての戦闘にします。分散してしまうとグリーンゴブリンを足止めできなくなってしまいます」


 空気までも切り裂く刃をグリーンゴブリンに向ける。イクトの周りの風が徐々に動き始めているようだった。


「そんならりょーかい!」


 リュウが両手の籠手に炎を集めながら走り出した。目指す先は勿論グリーンゴブリンだが、それはイクトが思い描く図とは違う。


「勝手に飛び出さないでください!」

「だいじょーぶ!」

「クソッ」


 眉を寄せてイクトは鞘に納刀する。チームワークはまるでなっていなかった。


「神風流抜刀術弐ノ型【神楽歌(かぐらうた)】」


 抜刀剣術。それは納まった刀を抜き出すときに行う剣術。刀を抜くことで戦闘体勢に入り、同時に敵に先手を打つ瞬身の技。

 これがイクトの剣術だ。

 刃を抜く際に地面に引っかけ、地面の石を砕く。砕かれた石はイクトの速すぎる刀の動きに合わせて前方に飛んでいった。無数の石つぶてが完成したのだ。


「凄い……」


 それは見た目にも美しい。刀を引き抜く際の立ち振舞いは長年の稽古の賜物。完成された型には芸術性が生まれることを、ティナは感動していた。

 無数の石つぶては上手くリュウの頭上を通過してグリーンゴブリンに直撃した。先の尖った石つぶてだっただけにその威力は確かなものだ。


『ウオオオォォォォ!』


 リュウ一人では相手が出来ない。三人固まっている自分達の方へ注意を向けたかったが、近場にいるのはやはりリュウだ。

 怒りに任せて魔力が高まり、グリーンゴブリンの狙いはリュウに絞られてしまった。


「マリーは援護、ティナはリュウの影から魔法で攻撃。リュウのサポートは僕がやります」


 既にリュウはグリーンゴブリン目掛けて振りかぶっていた。両手に炎を宿し、籠手型魔法武器『銀龍』の力を最大限にまで高めていくが、内にあるのは油断だ。


「おらぁっ!」


 リュウの渾身のパンチはあっさり止められた。

 魔物を束ねるボスは片手で軽々と炎を止めて、逆の手の爪を光らせる。人間と同じ二足歩行だが、力は人間の何倍もある。


「やっべ」


 一回り小さくなったグリーンゴブリンは、大きすぎた以前よりも細やかに動き、スピードが段違いとなっていた。喧嘩慣れしているリュウはグリーンゴブリンの爪攻撃を間一髪で躱す。バランスを崩し掛けたがなんとか立て直し、また向かおうと炎を集める。

 しかし、その一瞬の隙を突かれ、リュウはグリーンゴブリンの攻撃を許してしまう。


「ぐあっ」


 本来防御に適した籠手に救われ、数メートル後退させられた体はイクトが受け止めた。一度退こうとしたリュウをグリーンゴブリンは追いかけたが、マリーとティナの連携攻撃によって足を止められる。


「仮にも相手は群れのボスです。一人では倒せません」


 静かな怒気をはらんだ声を投げるイクト。その瞳の奥に隠れる感情にリュウは気づかない。リュウはイクトの言葉に真っ向から反論した。


「俺なら勝てる。 確かに魔法は苦手だぜ? けど喧嘩なら負けねーし、ましてやあんな単細胞なんかに絶対負けるかよ!」


 リュウは言いながらロイの言葉を思い出していた。あの日から今日まで考えていた『本当の強さ』という短い単語。考えるまでもなかったとさっさと結論付けた。


「『本当の強さ』は単純な力。全員を黙らせるだけの実力がありゃいいってことだろ!」

「本当の強さ?」


 イクトの質問には答えずリュウは走り出した。


「とにかくお前たちは安全な場所に隠れてろ! あいつは俺一人でやる!」

「無茶ですよ」

「いくらなんでも危険すぎ!」


 イクトとティナの言葉に無視という手で返したリュウは、またも炎を両手に集めながら駆け出した。


(俺は強くなったんだ! 負けねー!)


 グリーンゴブリンに右ストレートを浴びせるリュウ。その一撃でよろめいたグリーンゴブリンには大きな隙が生まれた。その絶好のチャンスを逃さなかったリュウはさらにもう一撃お見舞いした。


「よっしゃ!」

『グオオォォォオォ!』


 しかし、それは罠だった。上手く後ろに体を流し威力を殺して、反撃のチャンスを作るグリーンゴブリン。右拳を握って大きく叫ぶ。

 魔物としての本能を呼び覚ます咆哮は、当然リュウにとって体験である。経験したことのない闘いの最中を、リュウの思考は停止という間を生んでしまった。拳は素早く放たれ、リュウの元へと迫ってくる。回避どころか『銀龍』によるガードも間に合わない。


(やべっ!)


 反射的に目を瞑るリュウ。今現在五感の中で一番役に立つ聴覚が、消え入りそうな言葉を感じ取ったのはその直後だった。


「だから言ったんですよ……」


 その刹那、ひどく鈍い音が聞こえ風が頬を撫でていく。不快な風を受け目を開けリュウが見たもの、グリーンゴブリンの破壊のみ考えた拳を、生身で受け止めるイクトの姿だった。


「かはッ!」


 メキメキと骨の折れる音も聞こえイクトから声が漏れる。


「イクト!」


 地下空間一杯に体が飛ばされ壁に激突した。殴り飛ばされたイクトのもとにティナが駆けつけるが、リュウは唖然としたまま動けずその場に腰をついてしまった。


「大丈夫!?」


 イクトの回復をグリーンゴブリンは待ってくれない。すぐに固まった標的となったイクト達の方へ攻撃を再開する。


『グオオォォォオォ!』


 身体中のバネを使って一瞬で間を詰める。残像が残るほどの蹴りを三人に浴びせ、すべてを切り刻む爪で八つ裂きを目論む。


「やめろ……」


 リュウの制止は破壊音に紛れた。力なく震えるリュウの想いも虚しく、三人への攻撃は終了した。グリーンゴブリンが攻撃の終了を決定したのだ。


「やめてくれよ……」


 次はリュウだ。一秒で距離を詰め、首を刈り取らんと爪を振るった。リュウは全てを失うことになる。この時はそのように諦めかけた。


「……らしくない」

光玄の瞬盾(ミラ・バリア)


 円形の壁が爪を弾く。尚も割れない光の壁が存在を主張する。砂煙に紛れて見えてきたのは死後の世界などではない。見慣れた白髪だった。


「随分な様だな」


 アルが珍しく続けて喋った。今思うのはそれだった。


雷の縛り紐エレクトリック・ハイレイン

転倒注意泡(バブル・ラフト)


 来るはずのない場所からの魔法。

 雷で形作られた紐がグリーンゴブリンに巻き付き、全身を縛り上げる。さらに足元には滑りやすい泡が吹き掛けられる。身動きの取れないグリーンゴブリンはその場に倒れ込んだ。


「リュウ君の馬鹿!」

「ほんとよ、バーカ」


 八つ裂きにされ粉砕されたはずの二人の姿があった。そして彼らを守るアルの盾もようやく見えた。


「間に合ってよかった」

「……はは」


 走ってきたマリーとティナは本物だ。生きているのだ。リュウは力が抜けてしまった。


「ほんと、良かった」

「良くないわよ。あんたの勝手な行動でイクトが死にかけたの!」

「イクトは大丈夫なのか!?」

「イクト君は強いよ。やられる瞬間も壁に激突する瞬間も衝撃を殺してた。念のためアル君に診てもらうけど、すぐに立てるようになった」


 そう話すマリーが安心したようにリュウも安心した。


「これでわかったでしょ。あんたが勝手なことするとこうなるのよ」

「悪かった」

「何が『本当の強さ』よ。言ってることはチンピラと一緒よ、馬鹿リュウ」

「……ああ、俺が間違ってた」


 自分のことだけを考えて、そして敵を倒すことだけを考えた。一度目は青果店のおじさんに迷惑をかけた。二度目は仲間を失いかけた。

 『本当の強さ』は強さじゃない。


「……今はそれしかわかんねー」


 リュウは静かにそう溢す。その瞳には決意の炎が宿っていた。

 

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