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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第二部:第一章【語り部】
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2-7 氷の女王


 季節的に斜めに入るようになってきた日光。遮っていたカーテンが開かれたことで、眩しい光が部屋の明かりと混ざりあう。


「以上で定例委員会を閉会します」


 巨大な長テーブルに座る学園生徒達はその声と共に解散する。各々の眼前に出されていた資料をまとめあげ部屋から出ていく者達の中で、一人が立ち上がり中央先端のテーブルまで詰め寄る。


「どういうことですか会長! どうして私達の部が来年度から廃部なのですか?」


 詰め寄った女子生徒は、鬼気迫る表情で資料を叩きつける。その資料は来年度予算案と部室を割り当てた決定書だった。彼女が所属する『剣闘部』と名前の入れられた箇所には廃部の印が押されていた。


「では逆にお聞きしますヴィオラ二年生。過去十年間の実績と、一昨年から今年にかけての入部者数に関して、その内容の訂正が出来ますか?」


 その言葉に、ヴィオラは黙り込んでしまった。資料の紙に印字されていた、理由欄を読み上げる形となってしまうからだ。

 三年間での入部者数は全学年をあわせて二人、五大国中ダントツの最下位成績を十五年間記録し、さらに隣小国とも比べ物にならないほどの悲惨な結果。


「これ以上容認することは出来ません」

「ですが……!」

「新たに魔法絨毯競技同好会の設立を承認しました。来年度は元剣闘部の部室をこちらに貸与すると、委員会で決定したはずです」


 雷の魔晶石の明かりが存在していてもなお、薄暗い空気が漂う。ヴィオラは反論の意思を示すことは出来なくなった。それに同情しつつも、声をかけることさえしない他の生徒たちは、一刻も早くこの場から離れようと早足で出口へと向かっていた。


「申し訳ありませんでした」


 ヴィオラはそう言うと下唇を噛みながら部屋から出ていった。そして彼女は、去り行き際にこう呟く。

 《氷の女王》と。

 それと入れ替わるようにして、入ってきたのは背丈と容貌から一年生ではと疑わせ、しかし着用するブレザー校章の色から二年だと確信させる女子生徒。

 慌てた様子でヴィオラを躱し、最後に残った一人の元へ駆けていく。


「会長! 先輩! もはや“神”! 大変なんです一階で乱闘が……。どうしよう、どうしましょう、どうしたらいいですか!?」

「落ち着いてサヤ副会長。私は“神”ではないです。先生方はどうしたの?」

「それが、一人はゼロス帝国の生徒で……」


 この学園の教師に、ゼロスの生徒を咎める権利はもはや皆無に等しい。ゼロス帝国から赴任してきた教師もいるが、彼らは自国の生徒のいざこざへの介入はしない。

 国のイメージに関わる行為には目を瞑ってしまう。

 さらに付け加えるならば、乱闘を起こしている生徒の中にイデア王国出身の人間もいるのだ。まだ貴族であるならば、一方的にその生徒に全ての非を押し付ける程度で済むのだが、もしそれが平民だった場合。それは見世物と化すのだ。


「わかりました、学園長には後で私から伝えておきます」


 南国の海を彷彿とさせる水色の髪の毛をはらりと揺らし立ち上がる。二年の間にそれは腰まで伸び、それまでの髪型も活発なイメージからは変わっている。

 スカートとブレザーを直してから、髪の毛を整える。先程まで置いておいた資料の束を自身の机に転移させると、サヤ副会長の背中をひとつ叩きその部屋を後にする。

 思わずサヤは、その凛々しい姿にうっとりとした目を向ける。冷たさの間に見せる思いやりを一心に受けるために副会長になったのだから最終的には至福なのだ。


「てめー、ふざけんな! 俺はゼロス出身だぞ!」

「それがどうしたァ!」


 生徒達の身だしなみを整える『一身鏡』を踏みつけ、二人の生徒が殴り合っていた。

 古城を改築した学園校舎内に入ってすぐの正面玄関で、今まさに乱闘が行われている。二人は、共に強化魔法を施し、殴り合う最中に攻撃魔法も飛ばしている。当事者二人は防御魔法の発動に問題はないが、集まってきた野次馬や、たまたま通りかかった一部の下級生には、それらが当たってしまっていた。

 保健室へ運ばれる生徒達の中で、見て見ぬフリをする教師たちの姿があった。足早に過ぎ去るものもいれば、楽しそうに観戦する者もいる。

 しかし止めようとするものは一概にしていない。止めたくても止められない。それがこの二年で生まれたこの国の事情であり、学園内に生まれたカーストである。


「や、や、やめなさ~い」


 オレンジ色のボブヘアが宙を舞う。小さな背丈を存分に生かした大ジャンプに加えて、本来不向きであるはずの声出しをする。サヤと呼ばれたその少女がいの一番に駆けていったことで、その場は一時静寂に包まれた。


「私が来ちゃったよぉ~!」


 安堵したものもいれば、来たのが彼女だけだと知り落胆するものもいる。


「喧嘩は駄目でしょ! 早くやめなさい!」


 顔を真っ赤にさせて彼女の全力の怒りを見せるが、その身長と容姿が説得力と威厳を無力化している。《生徒会のマスコット》の二つ名は伊達でない。


「サヤちん可愛いよ~」

「天使~、可愛い~」

「俺と結婚してくれ!」


 男女から飛んでくるサヤへの野次は、大抵こんなものだ。最早野次ではなくなり、アイドルとファンのやり取りに近いものとなっている。サヤは顔を真っ赤にして怒っているというのに、その他群衆はさらに盛り上がってしまう。

 しかし、降り始めた粉雪を目にした途端、それらは一気に青ざめる。盛り上がりを見せていた一、二年生の生徒達はどう動こうにも手遅れだとはわかっているが、それでも逃げようと強化魔法を足にかける。

 氷の檻が落ちたのはその直後であった。


「授業外での魔法発動は校則違反です。全員おとなしくしなさい」


 やって来たのは《氷の女王》。


「か、かいちょ~」


 からかわれ涙目になりながら走り寄る。頭を撫でられうっとりとしつつ、直ぐにその後ろに隠れた。


「うっせえ!」

「消えろ!」


 檻の中心で言い争っていた二人は未だに止まっていない。この学園で使われる氷の檻がどういうものかはわかっていたが、頭に血が昇っているために理解が遅れていた。


「そこの二人、今すぐ騒動を治めなさい」


 次は魔力を込めた一言。昇った血も一気に引いていった。


「やべ」

「うそだろ」


 踵が一センチ上がったローファー。高級な魔晶石で作られた常に模様の変化する床にカツンと当たり、静まり返った空間によく響く。

 揉み合っていた生徒二人は顔をあげる速度を極端に遅くし、近づいてくるものの足から視線を上げていった。同年代とは思えないほど綺麗な両足は、爪先も膝も自分達に向いている。

 数年前は貧しいものだったとされる胸部は年相応だと思うと、少し冷静になる。壁ではなさそうだが、確かに少ないと言われれば少ないかもしれない。


「校則違反に生徒への暴行、さらに器物破損。停学処分は免れません。直ちに生徒指導室へ向かいなさい」


 氷の檻は消え去り二人の前に歩み寄る。途端に煩悩は凍結された。


「《氷の女王》だ」

「あーあ、終わったな」


 冷えきった当事者二人はなおも睨み付けるが、既に氷に体力を奪われ地に腰を落としていた。その光景の最終的な全容は想像がついてしまうと、野次馬生徒たちは皆一様に自分達の教室へと戻っていく。


「何が《氷の女王》だ!」

「お前、俺の炎魔法でもくらわせてやろうか!」


 二人は尚も抵抗する。散り際の野次馬はさらにため息をついた。


「あ~あ、病院送りだな。去年と今年の魔闘祭の全クラスを一人で叩き潰したんだぜ?」


 可哀想にと憐れむ瞳。何故ならば、彼女への禁句を言ってしまったから。


「炎、は駄目だろ」


 その言葉を最後に、生徒達は走り去る。


「そうですか、わかりました。あなた方二人は生徒会長である私の命令に従えないわけですね」


 語調の端々に魔力をのせて。


「いいわ、二週間の停学処分とします」

氷山の一角(デッド・アイスドロア)


 高密度の冷気を二人に当てる。体に当たった部分からそこは氷り始め、動けなくなる。顔以外の全身を凍らせたのち、さらに高まった魔力で氷を産み出す。氷を叩きつけ、二人を学園の外まで弾き飛ばした。


「二週間で治らなかったらごめんなさいね」


 壊れたものや倒れたものを魔法で直しながら、彼女はその場を離れ授業に戻る。

 ティナ・ローズ、またの名を《氷の女王》。既にその魔力は学園内で無敵を誇っていた。

 

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