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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第二部:第一章【語り部】
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2-2 豪雨の会合

 

 深い谷底、芯まで凍るような気温。降り積もる雪と、届かない太陽の光。

 生物が過ごすには最悪のこの環境だが、何百年或いは何千年も前には何かがここで生きていた。現在の人と同じかそれ以上の知能を持ち合わせ、彼の目の前に広がる巨大な遺跡を造り上げたのだ。


「うーん、ちょっと軽装備過ぎたかなぁ。こりゃもう一本くらい剣を持ってきといた方が良かったかも」


 とある名匠が生み出した両刃の剣。西洋では一般的なタイプだがよく見れば細部にまで匠の技が光っている。正規のルートで買うとなると、その金額にはゼロが九つは並ぶ。


「お菓子食べたいな~。この中あるかな。てかあったとしても食べられるわけないか。いつのだし」


 少し厚手のローブを羽織り、その下には動きやすい彼独自のスタイル。パンツタイプの防寒着だか通気性は抜群で、一応は現ゼロス帝国軍将軍の軍服である。

 胸には飾り付けのために贈られた勲章が輝き、彼自慢の金髪といい勝負をしていた。

 整いすぎた顔立ちと、手足の長いモデル体型。厚手のローブからもわかる締まった肉体。今となっては廃れた軍で《元帥》という地位にいたが、その頃より数段魔力も上がっている。

 名をロイ・ファルジオン。カードを《キング》。


「よし行こう」


 呑気に一歩踏み出すが、すぐ目の前には秒と経たずに刃が伸びてきた。


「ッ!?」


 抜いた剣で防ぎ後ろに飛び退くが、追撃は真上まで迫っていた。

 二撃目も体勢の整わないまま防ぐこととなり、片膝をついてしまう。上から降り下ろされた刃の正体も把握していないというのに、現状生半可ではない攻撃によって窮地に立たされている。

 それによって押し潰されそうになり、地面がクレーターのようにへこんだ。相当のパワーだが、頭は追い付く。

 するりと力の影響圏を抜け、ロイはその刃の持ち手から推測する何者かの首目掛けて剣を薙いだ。


「ん?」


 甲高い音と共に伝わる手の痺れ。手応えはあるどころかあり過ぎる。

 そしてその正体を考えるまもなく向こうからの三撃目。別方向から迫ってきたのだが、それは重たい石の斧だった。

 防ぐのではなく躱したということが正解だったようで、代わりに直撃した壁は数メートルの範囲で抉られていた。

 確認したのも束の間剣の四撃目、斧よりは軽い斬撃をロイは剣で止めた。その時になってようやく気づいた。

 この狭い空間から脱出しようと転移魔法陣の発動を試みたのだが、それは叶わなかった。つまり今居るこの遺跡は封魔石で作られた建物だということ。


灼天武功(イフリート・スタング)


 炎を剣先に宿し貫通力をあげる魔法。

 素早い剣の攻撃と、重たい斧の攻撃両方をこのまま野放しにすると厄介だと、早々に見限った。そしてロイは斧の方を崩しにかかる。

 斧の芯を強化した剣で貫き、その瞬間衝撃波を発生させる。内部から崩れる斧の耐久性は意外と脆かった。まるで既に風化しているかのようだと感じる。


「一体何者か、な!」


 タイミングを合わせ最大強化で蹴り飛ばす。足に伝わるわずかな痺れと、何かが砕けるような音から人間でないことはわかったが、ようやくその姿を確認出来た。

 蹴り飛ばされたものの立ち上がるそいつは、全身が岩で出来ている。同じ組織内に土人間はいるがあれは一応人間で生物だ。

 一方相対するそいつは完全に無生物。岩の体に岩の関節、さらには岩の服。石像のような類いだが纏う魔力は人間のもの。


(この遺跡を守護する防衛システムか。いるんだよな、無駄に耐久力のある魔導師が、自分の魔力を込めるなんての……)


 ロイは立ち上がり剣を構える。


「だとしたらここは当たりかな?」


 長き年月が経とうとも褪せないその魔力。それによって動かされる石像がゆっくり動き出す。ロイもまた斬りかかっていった。


 * * *


「んで、結果外れだったわけだネ」

「ああ、とんだ骨折り損のくたびれ儲けだったよ」


 洋館の一室。年中雨が降るその場所にポツリと建てられた古の建物こそが、【復讐の手札(メガイラ)】のアジトである。

 いつ建てられたのかも誰が建てたのかもわからないが、洋館の主は既にいないようで、【復讐の手札(メガイラ)】が勝手に使っている。


「ねえねえ、それ楽しい?」


 艶のある長い黒髪を指先で弄くりながら喋る少女ヨン。自身の戦闘スタイルに直結するほどの自慢の髪だが、一部の毛先は歪な状態のまま成長が止まっていた。

 それは以前戦闘の際に負傷した証拠であり、己の恥。

 炎属性の覚醒特異である【熔】の属性で溶かされた部分。ヨンはそこをひたすら弄くり、己を戒め続けていた。


「おほほ、勿論ザマス。ワタァシの愛犬ピッフルちゃんもそれはそれは気分が良いって言ってるのよ」

「犬がしゃべるかよクソババア」

「マァッ口が悪い!」


 部屋中をぴょんぴょんと跳ね回る少年がいた。愛犬を可愛がる女性は大層腹を立てて少年を追いかけようとするも、年齢はおよそ四十前後。遊び盛りな少年には遠く及ばない。

 こんなところで得意の魔法を使えば、この少年は止められるが洋館も壊れてしまう。悩んだ末に諦めた。


「へっへーん! ざまあみろクソババア!」


 少年は舌を見せおちょくり、最後には自室に逃げていった。年齢は二桁有るか無いかという所。暗がりに溶け込むようなダークブルーの髪の毛に、幼さを全面に出した顔つき、だというのにその内側に秘められた殺意は侮れない。


「もう少し静かに出来ないのかネ、君達ハ」


 白衣を纏った老人が杖を手にゆっくりと歩き回る。

 腰が曲がり杖で支える老人はゆっくりと自席に座った。一際広く造られたこの部屋の中央には大きな長机が置かれている。純白のテーブルクロスを敷き、仄かな揺らめきを醸し出す蝋燭で彩る。

 豪華な食事と高級なワインを置き、老人ただ一人が来るべきモノを待っている。


「そろそろ来る頃だヨ。早くあのガキを呼んできたまエ」

「マァッ! なんでワタァシがそんなことをしなくちゃいけないザマスの!?」

「時間だ……」


 一人の男が沈黙を促す。


「おはよう、お前ら」


 次の瞬間、空間が裂けた。

 漆黒に包まれた一人の少年が挨拶をしながら現れる。

 鋭い瞳は既に英雄として誉め称えられ、裏でこの世界を牛耳るほどの圧力を持つ。透き通った白い肌は若さを全面に出し、うっすらとした唇からは声変わりのすんだ男の声が発せられる。


「なんだ、《エース》がいねーじゃんか」

「《エイト》がそそのかしたからネ。直に戻ってくるサ」

「ワタァシじゃありませんことよ!」


 《エース》と呼ばれるのは先の少年。《エイト》と呼ばれるのは先の女性。共にトランプの数字から付けた名で、彼らの組織内で幹部の称号を表す。

 そして一際黒の目立つその少年こそ、それら全てを束ねる悪の親玉にして次代の英雄。カードは《ジョーカー》、名をシン。


「まあ遊び盛りだからな。それよりどうなんだ、ゼロスが管理していた表の遺跡は全て破壊し終えたんだよな? 最後の担当は確かロイだったか……」

「いやあ、なんとか最深部まで行ったんだけどね。途中かなり力のある魔導師が遺した“番犬”はいたけど、それ以外は何も収穫は無かったよ。すまない」

「よくやってくれたよロイ。お前がいなけりゃまだゼロス内さえ調査を終えられていなかった」


 シンは自然な笑顔を向けた。裏に影のないまっさらな笑顔で、シンもまた本心からのそれ。


「美しい……美しいよ。仲間を鼓舞し感謝の心を伝える素直さ、ボスにふさわしい器だ。ああ美しい……」


 青みがかった銀髪をさらりと伸ばす男が一人口を開いた。片手には難しそうなタイトルの文庫本を持ち、もう片方には赤ワイン。胸元の大きく開いた服装にタイトなパンツというスタイルで、深々と椅子に座る。

 男は一滴の涙を流し、訳もわからぬままに心を揺さぶられていた。もちろん周りは引いている。


「この変態もやし。あんたの胸くそ悪い趣味なんて誰も見たくないのよ。何なら調教してあげましょうか?」


 食いつくのは鞭を手にした女性。こちらも同じく巨大な胸を抑えきれない服装に、目を覆いたくなるような眩しい黄色髪。

 口の悪さに定評があるが最早ここにいる者達は皆慣れてしまっていた。


「お前達にも勿論期待してるよ。いつも無理ばかりさせて済まねーな」

「滅相もない。美しき者に従うのは当然さ」

「どこぞの豚野郎に比べたら、アンタの方がマシなだけだよ! ちち、調子に乗ってんじゃないよ!」


 話が逸れるのもまたいつものこと。彼らとて短く過ごした時間のなかで互いに互いと関わった。それが仲間と呼べるのかは定かではないが、少なくとも目標は同じ。


「【バッドエンド】の封印は必ず解く。その為ならオレは何だってする。この世界を滅ぼすためにオレの手足となってくれよな、お前ら」


 全員に黒く濁った笑みが宿った。禍々しい雰囲気は外を覆う豪雨が引き立てる。


「下の“アイツ”はどうなってる?」

「ああ問題ないヨ。二年もあれば改造は完璧に出来るんダ。肉体構成も魔力構成も、“その他”も余裕だネ」

「そうか、あれも切り札の一つだ」


 シン達が会する部屋の地下深くには、完璧と言っても過言ではないほどの様々な研究設備が整っている。それら全てを霞ませるほどのそれは、云わば切り札。

 巨大な円柱状の水槽内に満たされた栄養液で浸すモノ。


「あいつの能力ほど便利なものはないからな。運命の歯車の一つになってるだけはある」


 大きく雷が轟いた。耳をつんざくような雷鳴と目映い閃光に照らされた闇は、一層濃くなっていく。

 

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