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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第二部:第一章【語り部】
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2-1 エニグマ作戦


『現時刻一一○○(ヒトヒトマルマル)。各種スケジュールに三パーセントの遅延あり』

『索敵班はエリア報告、各実行班長は現状報告』

『索敵班、感無し』

α(アルファ)班配置良し』

β(ベータ)同じく』

γ(ガンマ)同じく』

『了解。補助魔力用魔晶石接続。アクティベート』

『接続確認、一番から九番魔力伝達開始』

『全機起動。システムチェック完了まで残り二百七十秒』

『下部タービン回転、続いて上部タービン回転。リフトを可動域限界まで動かします』

『冷却装置作動。周辺温度下がります』

『魔光蓄積二十パーセント。理論上で十秒間最大出力での攻撃が可能です』

『目標との接触時間を考えると七秒間というところですね』

『上々。現時刻よりエニグマ作戦最終フェーズへ移行』

『探査魔法掛かりません』

『魔力感知から質量感知へ移行。索敵班は予備の魔晶石も使って』

『索敵了解。魔力感知方位○八(マルハチ)ロスト、現時刻より質量感知開始。スキャニング係数七十八』

『了解、スキャニング開始。……十パーセント完了。感無し』

『転移測定はレベル2を維持。波形のココ、絶対見逃さないで』

『オートモードへ移行』

『……質量感知反応!』

『振動第二波到達時刻より、第一次防衛線突破を確認』

『速度、時速百二十二キロ。属性は土です』

『第二次防衛線集中火力。全防御魔法大破』

『七番魔力逆流。強制停止信号は切り札ですけど』

『六と八も含めて強制パージ。バイパスは一桁番号にして』

『全魔晶石に魔力流入を確認しました。全機銃システムチェック完了。いつでもいけます』

『第二次防衛線突破。目標依然進行中』

『来たわね……』

『感知魔晶石に亀裂入りました。以降は探知魔法での索敵とします』

『用意は良い? マリー』


 うるさい念話の流れるこの季節は、残暑も薄れた秋の終わり。ただ一人、そのうるさい念話を頭の中でのみ聞いている少女がいた。

 屋外で揺れるブロンド髪をまとめ、自慢のウェーブのかかったそれを怪訝そうに何度も後ろにやる。

 無駄に伸びてしまったがために少し切ったが、彼女自身はもう少し切っても良かったと思っている。しかし体裁的な部分を鑑みても、短すぎるというわけにはいかないので、しかたがないと割り切っている。


「わかってるよ」


 白い息がうっすら出始めるこの季節のこの時間、その念話が入ったことで、一層引き締まる思いだった。

 かじかまないようにと手袋を嵌めている手をグーパーグーパーと動かし、温かいココアを飲もうと思っていた矢先のことだっただけに、声にならない嫌悪感が少し出た。

 イデア王国第四エリア、つまり王国魔導軍隊【アルテミス】四番隊管轄のこのエリアで、少女マリー・レイジーがそこに座り込んだ。


『目標までの距離千二百。アウトブラスト停止。狙撃体勢整った』


 マリーは短い念話を送った。


『ちょっとマティーニ! こっちはまだだ!』

『待てとマティーニを掛けることが上手いとか思っている頭の悪さをどうにかしたら助けてあげるけど?』

『ばっきゃろ! めちゃくちゃうめーじゃねーか!』

「うるさいな……」


 頭の中で繰り広げられる口論。念話魔法を全員で共有し常に通信状態にしていることが裏目に出てしまった。補助器具のイヤホンを取ろうかと一瞬悩む。


『風向き北北東、風速毎秒五メートル。外気温九度、湿度三十九パーセント』


 その念話が来たことで、しっかり者もいたものだとマリーは安心した。


『磁気の影響を諸に受けるし突貫工事だから、無理だと思う。秒間三発なんてありえない。弾倉二個って、むしろ無い方がましよ』

『ここに来てそんなこと言わないで、私たち全員の出所が懸かっているんだからね、マリー』

『わかったよ。エネルギー充填、三分頂戴』

『待ってました姐さん!』

『今度の呼び方もイヤ。普通にマリーって呼んで』


 念話を終わらせたマリーの大きな胸が、むにゅりと地面についた。自身の魔法武器『マギ』シリーズは、三丁一対の銃火器型魔法武器だ。

 その中でも特に狙撃性能の優れた純白のライフル『バルタザール』を構えた。スコープを覗き対象の姿形とその距離を確かめる。

 地面に寝そべるようにして狙撃の体勢を整えたマリーは深呼吸する。遠くに撃ち込む自分の役割は、そういうブレスコントロールも重要になることを知っている。

 両目をぱっちりと明け、覗く右目に少しの魔力を向かわせる。


「見えた」


 スコープの先に見えるのは茶色い皮膚を持つドラゴンだ。しかし、語られるドラゴンのように神獣レベルのドラゴンではない。見覚えのある、地面をのそのそ動くタイプのドラゴンだった。

 一般的にドラゴンと呼ばれているものは危険度レベルでランクは「A」以上。国家に危機を及ぼす程だが、マリーのスコープに移っているのはBランク。大都市に危機を及ぼすレベルの、云わばモドキだ。

 確かに強さは目を見張るものがあるが、本物のドラゴンと比べると天地ほどの差が生まれてしまう。ドラゴンという名前にモドキをつけてはならない、何せ神獣なのだから。

 その名が幅広く使えるがゆえの弊害である。そのうち、モドキという言葉をどこかの会議で使えるようにしてほしいと、マリーは何度も思っていた。

 そして、見覚えのあるそいつの足元に銃口を向ける。


「左右そのまま仰角二度、右下腹部大動脈。次弾ヘッドショット用意」

「実弾は久しぶりなの。アシストよろしく」

「観測手は久しぶりだ。アシストよろしく」

「ふふ」


 後ろに立つのはサングラスをかけたくっきょうな男。マリーの狙撃をアシストするための観測役だが技術面のサポートもしてくれる。元狙撃兵がいるのだから心強い。


『マリー、準備はいい?』

「まだ良くないってば」


 そう文句を垂れたあとに、了解と念話を送る。

 その後それぞれの班が所定の位置に着いたと報告すると、心なしか周りの空気に変化を感じたマリー。千メートル以上離れていることを確認したというのに、まるで目の前に大口を開けて立たれているような感覚。

 嫌な汗が一つ頬を伝った。


『撃って』


 念話が届いた。マリーは指を引き金にかける。


「右下腹部エイム、次弾ヘッドショット」

「マリー、シュート」

「シュート」


 静かに引き金を引いた。

 火薬が爆発する音が響き、ドラゴンが反応した。純白のライフルからは煙が上がり、薬莢が地面に落ちる。

 何メートルもあるドラゴンよりも高い位置から撃ったその一発は、見事下腹部大動脈に命中し、大量の血液が吹き出ていた。


「ヒット。弾丸破裂確認、次弾ヘッド」

「了解」


 マリーが狙いを定める。


「簡単に言う。右に一、上に二」

「オーケー」

『待って!』


 遮ってきたのは念話だった。目の前わずかに迫るドラゴン相手に悠長な時間は過ごせない。

 初撃によってマリー達の位置はバレている。このまま何もせずに留まれば、格好の餌食になってしまうのだ。


『予想より魔力が多い。まだ力を隠してたわ!』

『ブレス来ます! 防御魔法六重展開!』


 目の前に盾が現れた瞬間、視界が炎に包まれた。一秒でも魔法の展開が遅れていればマリーは今頃炭になっていたのだ。


「マリー、落ち着いて。スコープを」

「やってる。盾が消えた瞬間に撃つよ」


 マリーは再び引き金に指をかける。


雷鳴豪雨(サンダー・レイン)


 直後、ドラゴンの右腕に小さな雷の雨が降った。


『残り四秒で魔法切れる! 続けて打ちたいから、切り札一つ使うよ! 援護はあと十秒!』


 念話で聞こえるその一言でマリーはさらに集中する。


『全機銃砲撃開始、弾幕切らしたらマリーに撃ち込まれるわよ!』


 マリーがいる高台の両翼に備え付けられた魔導機銃。最新式の切り札が今頃調整を終えていた。全二百門の砲口が火を噴き、ドラゴンを迎撃する。

 しかしそれでも、ドラゴンへの有効打にはならなかった。すぐに対応したドラゴンが炎を吐き出した。


『左七十大破! 残り二秒!』

「腐っても幻獣種ね」


 たった数秒の支援がすぐに終わり、マリーとドラゴンがノーガードで相対することとなる。


『熱源感知! 再びブレスです!』

『マリー!』

「……遅いわ、モドキ」

「シュート」


 二度目の発砲音。マリーの撃った弾丸がドラゴンの額を貫通した。脳幹を一発で破壊されたドラゴンは瞬間生命活動を停止し、地面に崩れ落ちた。


「お疲れ、良い腕だ」

「あなたに助けられたわ。さすが元兵士です」


 マリーは男と握手しながら汗をぬぐった。


「額に赤い石があった。暴走タイプね」

「あれが噂のか……」


 マリーにとっては見覚えのある赤い石が今目の前にある。魔物どころか人間さえも狂気に包むそれは、見たくもない代物だ。


『作戦終了』

『よく当てたわね!』

「……的が大きいからね」


 労いの言葉をさっさと躱し、ライフル型魔法武器『バルタザール』を異空間にしまった。


「しかし、良い腕だった。レイジーというお家柄中々のものだろうとは思っていたが期待以上だったよ。何か専門的な機関で教育を?」

「お家柄です」

「なるほど」


 しばしの沈黙が生まれたが、すぐに男が口を開いた。


「だが、感情がこもっていないな。まるで虚無の弾丸だ」

「……気のせいではないでしょうか。倒したい思いなら人一倍ありますから」


 マリーは準備を整えその場を離れる。後から男も着いてくるが、その後一切会話を交えることはなかった。


「……そんなものあるわけないじゃない」


 冬の風に紛れるように、マリーは小さく溢した。

 

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