幕間 「紅髪の姫ルージュ」
“その日”から20年。救われた世界に少女は生まれた。
それは、どれ程耐えがたい苦しみだっただろうか。儚く散り行く希望の欠片を、ちっぽけな手で受け止めようとしたばかりに、現在が作られてしまった。夢を叶えたというのにその心は虚しく崩れ落ちていた。
それは確かに流麗だ。叙事詩でも童話でも寓話でも、全ての語らいを超越するほどに聞き惚れたから。どこが脚色でどこがそうでないかの境も曖昧なところがさらに恍惚と微笑みたくなる。
それを踏まえて考えてみると、悠久とも呼べるような時を無の中で過ごす方が、恐ろしくもあるが幸せである。
「その“マシロ”ってひとはそのあとどうなったの? 」
「知らないんだ」
今日は少しだけ続きを語ってみた。自分の話をいつも嬉々として聞いてくれる彼女の瞳につい感化され、話は次第に核心へと向いてしまっていた。それが禁忌と知りながら、しかし知らねばならない事であり。男の葛藤は日に日に増していた。
「ルージュはどう感じた?」
娘の名前はルージュ。真紅に染まった長い髪に山吹色のくるりと丸っこい瞳。ベッドの上で上体を起こして目をぱちくりと輝かせ、眠気の吹っ飛んだ頭に好奇心を湧かせている。
いつも眠れと声をかけるだけでは眠ってくれない。エネルギーの有り余っているお年頃なのだからと、毎日してあげる物語も気がつけば習慣となっていた。どこから語ろうかと悩み、つい前回と重複もしていた。その人が悩み、あの人は喜び、またある人は泣き叫び。
どうでもいいことでさえも今となっては幻想でしかないのだから、伝えられることは伝えたい。
誰もが見惚れるような深紅の髪の毛が、寝癖を着けないように結わえられている。名の由来ともなった綺麗な髪色は、父からも母からもある意味で受け継いだもの。
「みんなかわいそう。“マシロ”がかわいそうだし、“エクス”もかわいそう。ルージュならきっとないちゃう 」
「君はやっぱりとても優しい子だ。その優しさを一欠片でもいいからその時の誰かが持っていたら、多くの人が救われていたんだ」
憂いに満ちた瞳を向けてしまったからか、ルージュが返した瞳もまた憂いに満ちていた。
「“シン”は……どうなったの?」
「知らないんだ」
男は答えられない。例え答えられたとしても、それを答えるべきではない。その重荷を背負うのは自分だけで十分なのだ。誰にも背負わせてはいけないのだ。
「でも皆しあわせになったんでしょ、パパ?」
「知らないんだ」
「パパはなにもしらないのね。パパだけがしってるなんて、うそっぱち」
紅髪の姫はバフンと枕に潜り込んだ。男に対して高まった期待ゆえに落胆し、もうどうでもよくなっていた。そして、次の言葉をやはり期待していた。
「パパだけが知ってる。だからこそ、パパだけが知らないんだ。この意味がいつかわかるといいねルージュ」
言葉と共に男は、ポンポンと頭を撫でた。それはお休みの合図で、以降の物語は次回にしようねと言う意味。部屋を出るときに力強く握った拳を知らぬまま、ルージュはゆっくりと眠りの底に落ちていった。
「済まないマシロさん。また君の……」
薄暗い廊下に男の言葉が消えていく。今日もまた、何一つ物語は進まなかった。