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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
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182 英雄の再誕


『急に呼び出して悪かったなじっちゃん』


 その日、リュウはジオフェルと共に【アルテミス】の会議室にいた。遡ること数日、リュウの願いの記憶が呼び起こされた。


『構わんよ。リュウから呼び出されることなど、滅多に無いからのう』

『……この任務、成功しねーよ』


 張り詰めるリュウの表情は、自身を見ているものではないことに気づいたジオフェル。しかし、はぐらかす。


『お主は英雄の力を受け継ぐものじゃ。そんなことはないと思うがのう』

『よくわかんねーけど、ジオフェルのじいちゃん俺に何かを隠してる』

『そんなことは無いがのう』


 嘘をつかねばならない。はぐらかさねばならない。真実は残酷で、ねじ曲げられた運命にせめて少しでも抗って貰いたいから。


『この任務からティナは外れないと思う。でも俺はあいつを危険な目に会わせたくねーんだ』


 リュウが見つめる先は己ではない。自身に隠された何かよりも、目の前の想い人を守りたい。少年の願いが鬼気迫るほどに感じられた。


『なるほどのう』

『任務は成功させてーよ。あんたの隠し事はよくわかんねーけど、成功のチャンスもありそうだし』

『お主は強いからの』

『だけど、俺以外の奴等は英雄とは無関係だ。だからもし俺に何かあったとき、変なことをしてほしくねーんだ』

『変なこと、とな?』


 ジオフェルが聞き返す。


『友達だからわかるんだ。もし俺に何かあったとき、必ずあいつらは俺の方に来ちまう』


 そこには、リュウにしかわからない何かがある。リュウにとっての特別が故に、それがわかってしまう。


『だから奥の手を教えてほしい』

『奥の手……かのう』


 ジオフェルは渋った。“そうなってから”の奥の手など万に一つもありはしない。流れが変わることなどはあり得ないし、敗北から勝利に繋がることは無いのだから。


『しかしのう、儂は炎属性が不得意でな。お主に教えられるような魔法は心得ておらんのじゃよ』

『そういうんじゃねーんだ』


 やはり、リュウの見つめる先はジオフェルと同じだった。しかしそんなことを、十五の少年に押し付けたくはない。命というものを懸けたときの覚悟は、まだ知らなくていい。


『緊急転送魔法陣とか使えるようになりてー。あの、逃げられるやつ』

『出来ぬよ、それは』

『は?』

『メルフォイロス帝国城はそのほとんどが封魔石で出来ておる。そもそも魔法を通さぬそこで、防魔結界を中和する程度の魔法など、発動以前の問題じゃ』


 手が無いわけではない。一度逃げ道を用意したことで、そちらへ流れてほしいと嘘を吐いた。リュウだけに運命の重荷を背負わせたくはない。

 しかし、こう言うときには勘の鋭さが増すリュウ。すぐに答えに近づいた。


『じっちゃんは世界最強の魔導師なんだろ? だったら手はあるはずだ。俺にそれを教えることも出来るはずだ』

『うむ……』

『頼むよじっちゃん』

『……封魔石の城とは言っても扉は木製じゃ。そこまで移動する移動系魔法と、そこから転移する転移系魔法とを組み合わせれば出来なくもないがのう』

『じゃあそれで頼むよ!』

『しかし、発動が難しいのじゃよ。詠唱も長く到底お前さんには向いとらん。魔法陣を描いたとしても発動にはきっかけが必要じゃ。結局は魔力も膨大な量必要になる』

『なら、生体リンクにしてくれ』

『それはいかん! それがどういうものかわかっとるのか!』


 生体リンク。魔法陣にのみ許される禁忌。

 知ること事態が罪となるその方法を、どうして知ったのか。そこは既に問題ではない。

 何故それを知り、何故それに辿り着いたのか。荒ぶる口調の裏に隠された焦りと不安は、ひとつの結論を導く。

 リュウの奥底に眠る記憶の一つが解き放たれたのだと。


『不思議だけどわかるんだ、それが禁忌魔法の内だってこともさ。だから保険だ。“俺の命が無くなった瞬間”に、それが発動すればいい』

『それじゃお主は……』

『俺は英雄だからな。皆を守れりゃそれでいい。死ななきゃいいだけだ』

『何故そこまでするのじゃリュウよ……』


 その問いが、ジオフェルの最後の問いだった。


『あいつらは俺の友達なんだ。あいつらに何かあったら、俺が生きる意味は無いんだよ!』


 涙目ながら語るリュウ。指先の震えを必死に押さえ付けながら。


『『本当の強さ』ってのが俺にはまだわからねー。きっとじっちゃんには分かってんだろうけど、俺は自分で見つけなきゃならない。それがロイさんとの約束だ』


 リュウは途端に笑顔になった。リュウの中に秘められた想いが溢れ出るように。


『見てろよ、世界一の魔導師になって英雄も超えてやる!』


 * * *


 リュウの体から魔力が溢れだした。

 体に描いた幾重もの魔法陣が、リュウの異常を感知し勝手に発動し始めたのだ。

 リュウの体の魔法陣は各々が勝手に空中に伸びていき、魔法文字と魔法円に別れていく。

 魔法が施された魔法円は床数センチメートルのところで浮かび上がり絨毯のように変化した。魔法文字は発光しながらロープのように形を変え、ティナやマリー、イクトとゾットを引き寄せた。

 しかし、リュウの体にそのロープが触れることは無い。


「なっ……!」


 魔法円に乗せられ、半円を描くように魔法文字の屋根が取り付けられた。

 シンは一度魔法を放とうとした。

 しかしすぐに躊躇った。死を代償とする程の魔法の全容が把握できないからだ。一瞬見えただけでも魔法は五重に掛けられている。

 リュウの魔法はまるでシンを拒絶するかのように突き飛ばし、その光はティナ達を乗せたまま、まっすぐ出口へ向かっていった。

 リュウを貫いた『金神』は、既に異空間へと強制的に戻されてしまった。声にならない嗚咽を噛み締めるティナを光が包み込む。


「どこ行くんだテメーら」

「俺を引っ張りはしないんだね。死んだはずなのに、よく出来るね」


真・魔影球(シャドウ・スフィア)

真・魔炎球(フレイム・スフィア)


 それぞれの真なる魔法球が呼び出された。この部屋のほとんどを飲み込むように最上級魔法球の真髄を投げつける。

 しかし、リュウの光には届かない。光る玉の内部にティナ達を入れて、そのままそこから移動する。二つの魔法を防ぐのではなく受け流し、その隙に部屋を抜けて城門まで向かう。

 瀕死のティナを庇うように、一層強まった光。

 目の前で起こったことに思考は追い付かず、リュウの命が割れた瞬間を見てしまったティナは放心状態に陥っていた。傷口から止めどなく溢れる血にも理解を示さない。

 それはマリーにもイクトにも同じようで、ティナの止血をしている手を震わせていた。


「どうしよう……どうしよう……血が止まらないよ!」

「この魔法陣には回復魔法もあります。しかし、ティナの傷を治せていない。このままだと……」


 涙に霞む視界に、マリーは恐怖していた。どんなに両手に力を込めようとその血は止まらない。イクトも手を貸すが、一向に収まる気配は無かった。


「ロイさんが『裏切り者』でリュウが、ティナが……」


 未だ混乱しているゾットが、どうにか意識を保ちながら状況の整理に努めている。


「ティナさんダメ! しっかりして!」

「まもなく転移しますよ、ティナ。だから……」


 呼び掛ける声に反応はない。


「リュウ……」


 意識を手放したティナが最後に呼んだ名前。好きな人の名前。ここにはいないものの名前。

 見えた木製の扉に、自分達のいる光る玉が触れた瞬間視界は一変した。

 まるで世界が変わるように。

 リュウ・ブライトの英雄への憧れは、ただの無謀な夢に終わった。

 『本当の強さ』など見つけられるわけもなく。

 ティナ・ローズの想いが届くこともなく、ただ単に引き裂かれるだけの結末に至る。言いたいことも言えずに、伝えたいことも伝えられずに。

 それでも、未だ【バッドエンド】は封の中。

 この日この時、ゼロス帝国次期皇帝は世界征服を企むリュウ・ブライト一味を撃退したとして、その功績を讃え『英雄』と称された。

 世界の確変を望む次世代の英雄が再び現れたと、全世界に一斉に報じられる。

 転移する直前に見た光景は悲惨なもの。

 城が一瞬の内に爆発していたのだ。上から下までをことごとく破壊し、イクト達が転移するその瞬間には既に半分崩れ終わっていた。

 それは最早国家転覆。

 遺されたリュウとアルを巻き添えに、全てが陥落した。

 英雄と呼ばれし男アルティス・メイクリール。その誕生からおよそ八百年。大罪人リュウ・ブライトを退けた者は、ここで死することは無かった。だからこそ英雄。だからこそ再誕。



 ここに、『英雄の再誕』が起こった。


 

ここまでの閲覧ありがとうございます。

いかがでしたでしょうか。

これにて「英雄気取りの三番目【第一部】」が終了しました。次章より第二部となります。幕間、予告を挟みまして再び物語は始まります。どうぞよろしくお願いします。

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