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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
184/301

181 君と手を


「うっ……」


 ようやく場が動いたが、その時には既にティナが倒れていた。

 シンはその手に持った『金神』で、ティナの腹部を貫いていた。高すぎる身体能力で残像さえ残るような速度。目で追えない速さの突きを諸に受け、一メートル近くある刀身が深々と突き刺さり、血と共に崩れ落ちたのだった。


「ティナさん!」


 腹部を貫いた『金神』が見えたから反射的に叫ぶマリー。頭では何一つ理解できていない。既に『金神』は抜かれて終わっていた。


「え?」


 遅れて気づいたリュウは目の前で倒れたティナに、目を向ける。

 徐々に血溜まりが広がっていき、ティナの肩の動きが早まっていく。呼吸は乱れ、声が漏れていた。傷口を抑えようとマリーは必死にタオルを使うが、染み出てくる量に追い付かない。


「やだ……やだよ、やだ!」

「くそっ」


 ティナを見ようとせずにイクトは駆け出した。

 一方のティナから抜いた『金神』を構え直すシン。相対するイクトに対して全身全霊の一太刀を浴びせようとするが、途中で止めてしまった。


「お前、つまらねーやつだな」


 一刻も早くこの状況を打破するべく向かったイクトだったが、シンはイクトの相手をしようともしない。一方的にイクトは斬りかかり、せめて時間稼ぎをしようと目論む。


「まともな剣術は習わなかったのか? 企みが見え見えだ。それなりの奴なら刃は交えずとも力の差に気づけるもんだ。てっきりお前もわかってると思ったんだがな」


 落胆の瞳。シンは力なくイクトの斬撃を躱す。


「これ以上無駄な時間は使いたくねーから教えてやる、『金神』で斬った傷は治らねー。最上級の治癒だろうと、(ノア)の魔法だろうとな」

「無属性の治癒なら僕でも出来ます。かすり傷を治す程度にはなりますがそれでも止血くらいは──「そういうことじゃねーんだ」


 幾重にもぶつかる二刀。シンと鍔迫り合うイクトの強がりを、彼は真っ向から否定した。


「こいつは『斬った対象が最も大切だと判断したものを消失させる』能力を持つ。斬られたやつは無生物だろうと一番必要な何かを無条件に失うんだ。食べ物ならば栄養を、魔法ならば魔力を、そして肉体ならば細胞の働きを」

「なっ……」

「つまりあいつの腹は永久に治らない。能力の範囲は俺が刺した部分のみに限られるが、あの程度でも数分で失血死だろ」


 奈落の底に突き落とされたような虚無感と、殴られた痛みとが同時にイクトに襲いかかった。立ち上がる力も無くなるほどの絶望が、反響するマリーの涙声に導かれる。


「どのみちもうすぐ何もかも終わりだがな」


 シンの目線は既にリュウに向いていた。


「ティナ?」


 状況の飲み込めないリュウがようやく名を呼んだ。返事は当然なく、聞こえてくるのは必死に呼び掛けるマリーの声のみ。

 そのマリーの声も次第に遠退いていく。

 深い谷底に落ちるかのように、暗い海の底に沈んでいくかのように、心が目を瞑っていく。現実を現実として受け入れられない。

 その衝撃は突然には訪れず、遅くゆっくりとリュウにのし掛かっているのだった。


「ああ、ここにいたんだねリュウ」


 その時聞こえたのは聞き覚えのある声。直ぐ様、声が聞こえた方へ顔を向ける。そこには埃や血で汚れながらもしっかりと歩くロイの姿があった。

 この状況を察したのか、ロイは落ち着けと言わんばかりに笑顔を見せる。


「ろ、ロイさん大変なんだティナが……」

「見た感じそうらしいね。大丈夫、さっさと終わらせよう」


 歩いてくるロイの手には魔力が集まった。見つめる先はリュウ、そしてシン。


「リュウ……」


 さらに、ロイの後ろからはゾットが現れた。玉座の間の壁にもたれて、荒い呼吸を整えながら名前を呼んだ。

 所々が血に濡れ、既に虫の息となっている。ゾット程の実力者でもそうなってしまうのだと、リュウは意外にも思った。

 そして不自然な点に気がついた。ロイは目立った外傷など無いというのに服には血が付いていた。その付き方はまるで返り血を浴びたかのようなもの。


「逃げろリュウ! ロイさんは──「あはは、ゾット君うるさいなぁ」


 ゾットの言葉を遮って、ロイはリュウの目の前に現れた。右手に集めていた魔力は、両刃の剣を呼び寄せるのに使った。その剣は、真正面からリュウの胸を貫いた。


「君が死ねなくなっちゃうじゃないか。ねえリュウ?」


 ロイの黒い笑顔をリュウはこの時初めて見た。


「リュウー!」


 リュウにも誰にも、一瞬何が起こったのか気づけなかった。

 ロイは瞬時にこの部屋の中で転移をして、リュウの目の前に現れた。リュウの胸を剣で貫いてから、再び転移をした。シンのもとへと跳んだロイは、熱と痛みとの区別が出来なくなった頃合いでリュウの方に微笑みかける。


「君が必死こいて探してる『本当の強さ』なんて、確かその日読んだ新聞か何かの四コマで見たんだよ。そんな真剣に考えるものでもなければ、君みたいなモノに生まれる思考じゃないよ」

「あ、あぁ……」


 襲いかかってきた苦痛に顔を歪め、再び地面に崩れ落ちた。這いつくばって滴り落ちる血で滑りながら、動きの鈍った体をティナの方へと進める。

 苦痛と急激な状況の変化に対応できないリュウだがそんなことはどうでもよく、一番はティナだった。ティナ以外は頭の片隅にも無い。


「ティ、ナ……」


 必死で泣き叫ぶマリーが目に写る。両手を真っ赤に染め上げ、か弱い腕力を振り絞って圧迫している。涙を拭くよりも何よりも止めることだけに集中しながら。

 イクトは必死になってシンへ斬りかかるが、まるで相手にされていなかった。まともに鍔迫り合いも起こらず、刀と刀のぶつかる金属音もしなくなっていた。


「……うっ」

「ティナさん!」


 その時マリーの反応が変わった。リュウも見つめていただけにそれに気づき、少し安堵する。ティナの目が覚めたのだった。


「私……何を……」


 地面に横になりマリーが泣きじゃくっているこの光景に疑問を持った。襲い来る痛みよりも状況把握をしようとしていた。


「喋っちゃだめ! 直ぐにここから出してアル君のところに連れていくからね!」

「……あ、る?」


 その時、ティナの目には床に這いつくばりながらも必死で向かってくるリュウの姿が写った。

 涙を流している。

 不意に笑いが込み上げてきた。何が何だかよくわからないこの状況だが、自分を見ながら泣いているリュウが可笑しく見えてしまった。


「ティナ……」


 一回一回に全力を注ぎ、四肢全てを使って向かってくる。そんなリュウに触れたくてティナは右手を出す。力が思うように入らない右手が、ぷるぷると震えていた。

 そこで気がついてしまった。ティナ自身の体がいかなる状態にあるのかを。


「だめ、ティナさん血が!」


 マリーの言葉は耳に入ってこなかった。リュウのみが視界にある。そしてリュウもまたティナのみが視界にある。

 口から吹き出した血が鉄臭い不快感を与えてくる。ティナはそれでも右手に力を込めた。触れあえるようにと願いを込めて。

 動かなくなった下半身に頼らずに、腕力のみで進んでいくリュウ。その体が進んでいることは最早奇跡であった。

 にっこりと笑って自分は大丈夫だよとティナは伝える。声を出す体力もないと言うことを隠して笑うしかない。

 リュウは、無理しているのだろうと気づきながらも声には出さない。流れ落ちる涙を力に変えて進むしか方法が無いのだから。

 そうしてお互いがお互いを見つめ、徐々に二人の距離は狭まっていった。二人を結ぶ赤い石のネックレスだけが、淡く輝いている。


「うっ、うう……、ティナ!」

「リュウ……」


 二人は既に悟っていた。

 己の先が閉ざされたと言うことに。道が無くなったと言うことに。

 ならばせめて一緒にいたい。君とその手を繋ぎたい。

 ようやく想いが通じあった今の幸せを、ワガママを言うならば誰にも邪魔されたくはない。例えそれが命であっても敵であってもどうか今だけは。


「おいおい、ロイ。こいつはバケモノなんだぜ?」


 二人の目線が揃うことを邪魔しないように、シンはリュウの真横に立った。

 瞬間二人は見つめあう。

 よく見えるようにという、シンの計らい。二人の距離がもう残り数十センチというところでシンがやって来たことに、マリーは反応できなかった。

 そいつに見せつけてやるという、シンの狂気。二人の距離がどれだけ近いかということを知らしめ、イクトは瞬間駆け出した。間に合わないこともその瞬間気付いた。


「生きてくれ、ティナ……」


 震えるその手を踏みつける。そして、終わらせる。


「殺るなら頭だろ!」


 ティナの目の前で、『金神』の黒き刃がリュウの頭を貫いた。


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