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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
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179 リュウ・ブライトという物


 砂ぼこりも晴れ、視界が良好になったそこで、見えてしまった漆黒。服の埃をはたき、身だしなみを整えるその姿は、お出掛け前の少年のそれ。にたりと笑った微笑みのどす黒さたるやそれは悪魔も逃げ出すほどだった。


「どうやらお前の魔力は効くようだが、今のレベルじゃこんなもんだ。『本当の強さ』なんていう戯れ言を語れるお花畑な頭も可愛いげがあるよ」

「そんな、あの魔法をくらって……?」


 イクトが驚愕し無意識のうちに声を発してしまっていたが、シンが無傷だということで証明になっている。

 シンは身だしなみを整え終えると皇帝専用の玉座に座った。金銀の装飾が汚れてしまったものの、その重厚な作りはこの部屋において一番の高みにふさわしいものだった。


「まあ少しは楽しませてもらったし、お前が知らない真実を教えてやるよ」

「どういうことだよ」

「オレは【バッドエンド】を封印から解き放ち、この世界を必ず滅ぼす。さて、【バッドエンド】とはどういう魔法か知っているか?」


 改めて放たれるのは、悪の決意と世界最悪の魔法の問い。


「これに関してはさすがに知ってるか。【バッドエンド】とは生きとし生けるもの全ての『生を死へと変える』魔法。そこに偽りは無い」

「大量殺戮の魔法などいくらでもあります。何故その魔法にこだわるのですか?」


 イクトが逆に問いかけた。その魔法でなければならない理由を知りたかった。


「簡単さ、この世界に生きるものを殺すためだよ。確かにお前が言うような魔法はごまんとあるが、それじゃ死なねー奴がいる。例えばオレだな」

「それなら自分で勝手に死んでろよ! 他人を巻き込むな!」


 リュウが憤慨するが口論ではリュウに勝ち目はない。


「例えだと言ったろ。勿論お前を殺すためでもあるぜ?」

「俺を……?」

「そう、お前を殺すため。そのためにオレは【復讐の手札(メガイラ)】を集めた。野望だとか世界征服だとか、そんなくだらねーことのためにやってるわけじゃない」


 くだらないと語るその意味をリュウは理解できなかった。


「英雄が大変な思いをしただと? お前は本当に幸せ者だな。その英雄が今のこの世界を作り出し、この腐った世の中にしたんだぞ? 【バッドエンド】を消し去ることもできず、やがて禁忌まで犯して」


 ティナも驚いていた。リュウは立ち上がる気力もなくシンを見つめたが、効いていたということはしっかり覚えていた。リュウは自分の運命と向き合った。

 だから、言える。


「そんなもの俺の知ったこっちゃねー! 俺は英雄の血を受け継いでんだ。【バッドエンド】は俺が止める!」


 リュウの眼差しは、鋭く剣呑なものとなりシンへと向いた。誇りと期待と、少しの焦りがシンだけでなく周りの全員にも伝わった。


「はは、はっはっは! そりゃ傑作だ!」


 だというのにも関わらず、玉座から動くことの無いシンが笑い始めた。


「何がおかしい!」

「いや、まさか聞かされたことが“それ”だったとは思わなくてな」

「どういう意味だよ!」


 腹を抱えながら笑うシンの声が、不気味で耳障りで。誇り高き英雄を笑われることは、憧れるものとして許せない。しかし、続く言葉はシンのものとは思えないほどしっかりしていた。


「【バッドエンド】はアルティスによって封印された。しかしいずれその封印は解け、必ず世に現れると言う。その絶望から世界を救うために、奴は『英雄の遺産』を遺した」


 直後にシンは指を三本たてた。


「オレは世界各地の遺跡を回って、それが三つあることを突き止めた」


 【復讐の手札(メガイラ)】は遺跡を破壊して回っている組織だ。シンの手札として、目的は着々と遂行されていたのだ。世界最悪の魔法のために。


「『英雄の遺産』を全て揃えると【バッドエンド】の封印を解くことができ、同時にそれに対抗し得るだけの力を持つことができる」


 一つずつ、指折りしていく。


「一つはアルティスが百年戦争終結後に書いた『予言の書』、どんな願いも叶うとされる『ニライカナイの水鏡(みずかがみ)』、最後にアルティス自身が最強の魔力を授かりし根源となった祖の魔晶石『オーブ』」

「おおぶ?」


 初めて聞く言葉がいくつもあった。最後の一つが妙に気になる。


「『オーブ』は世界に散らばる魔晶石を生み出していたとも言われるが、そんなことはどうでもいい。それの能力はたった一つ、“魔力を生産し続ける”ことだ。人体や魔物の体内にある造魔器官は、長年の進化で生まれたそれの真似事。ここまで言やあわかんだろ」


 座ったばかりの玉座から立ち上がったシンの顔からは笑顔が消えていた。恐ろしいまでの無表情と、時折思い出すような上目遣いに、違和感を覚える。

 何故それを語るのだろうという疑問。


「そう、オーブとは無限の魔力を持つ最強の石。魔力切れなどと言う概念の存在しない“神”の欠片だ」


 オーブの出所よりも、リュウには無限という単語が引っ掛かった。限りの無いものという意味であり、それは魔力を持つ人類には縁の無い言葉だったから。

 体内には造魔器官が存在している。血液と同じように魔力は造られ、造られたそれは魔法として使うことのできるエネルギーなのだ。

 しかし、エネルギー。当然その分の魔力は減ってしまう。魔力を魔法として使い続ければいずれ魔力は枯渇する。

 枯渇した魔力は一生元には戻らず、また損失した魔力が無くなることで人体に多大なる影響を及ぼす。それを防ぐのもまた造魔器官だ。

 魔力を造り、貯蔵する。無くなるからこそ、無くなってしまうことを防ぐために、魔力を生み出す。

 オーブとはその概念に当てはまらないものだという。つまり、“使いきることがない”ということなのだ。


「中でもオーブは特殊な石でな、魔法武器と同じように適合者が必要なんだ。勿論アルティスがそれだ」


 リュウの『銀龍』然り、ティナの『ホワイトアンブレラ』然り、それぞれが持つ魔法武器は、自身の魔力との適合が必要だ。思い入れのあるものや、使い続けているものにそれは多く見られるが、やはり一番は偶然の部分が大きい。


「予言の書にも書いたようにアルティスは【バッドエンド】の再来を予期していた。そしてそれに対抗し得る『英雄の遺産』は、後世に遺すものとして必要不可欠だった」


 シンの言葉は、徐々に暗澹としたものとなってきていた。


「『予言の書』はイデア王国で管理し、『ニライカナイの水鏡』は人目のつかないところに隠した。だが『オーブ』はアルティスに適合した魔法武器だ。だから当然アルティスの子孫が適合者なのだろう、子孫が語り継ごう、と考えられた。しかし、結果は最悪も最悪。オーブはアルティス以外の何者をも拒み、そして殺した」


 誰しもがシンの言葉に集中していた。


「息子を殺し娘の命も奪い、終いには最愛の妻クリスタルまで手にかけた。ひどく悲しんだアルティスは、その記録の一切を抹消し、当時の親友であった男を次代の王として迎え入れ自身は山奥に逃げた」


 さらにシンは続ける。


「奴はようやくその時気がついたんだ。“神”の欠片との適合は呪いなのだと。しかしたとえ呪いでも、【バッドエンド】に対抗するには使わねばならない。己が呪われ続けねば、人は生きられないからな」


 シンはリュウに問いている。この事態の解決はどのようにすれば良いか、と。

 しかしリュウには答えを出すことは出来ない。呪いと呼ぶ“神”の力をリュウには想像することも出来なかったから。


「アルティス以外の者を拒むのなら、ずっとアルティスが持ってりゃいい。出た結論はそれだった」


 失意の果てに紡がれた一つの結論が、怖いと思ったのは初めてだった。リュウには、狂気じみた何かを感じとることが出来ていた。


「そして、当時の国王とその側近、そして共に世界を救った仲間達と協力し、一つの計画を実行させた」


 一瞬だけ、シンは笑った。アルティスの狂気を肯定しているからこその感情だ。あとに続くその名前と共にシンは今一度大きく笑う。


「名を、人造英雄計画」


 頭の悪いリュウには理解が遅れた。しかしその場にいたティナは口を抑えるほどに驚き、イクトでさえも目を見開いていた。造るものは、命だからだ。


「魔力によって命を生み出すと言うものだ。アルティスの魔力は、“神”の欠片の呪いは、簡単に命を生み出すことが出来たからな。僅か十年で成功した」


 世界一の魔導師として世界を救った英雄が、無限の魔力を持っていた。命懸けで救ったこの世がいつの日か滅びるのだと悟った。

 その対抗策は、身内全員の死と共に闇に堕ち、希望が消え失せたからこそのもの。

 その末路は人道の禁忌。神のごとき力を得たが故の過ちは、その時には既に止められなかった。止められるものが、もうこの世には居なかったのだから。


「一番目はなんの能力もない、ただの痩せ細ったやつだった。下級魔法さえまともに発動できず、歩くことさえ難しい。しかしそれでもその魔法の発動主はアルティスだ」


 既にアルティスがどれ程のものかを知っている。シンの語る内容に驚きはしない。


「一番目が死んだのは今から百年前。つまり七百年間そいつは生きていた。命を生み出すという禁忌は世の理を簡単にねじ曲げるんだよ」


 八百年前、その戦争は終結した。幾日と時が経て紡がれた一つの狂気は“神”の欠片と英雄の力によって命を生み出した。

 それが命の操作の果てだ。“神”の欠片には、そこまでの力が秘められている。


「二番目はほぼ成功だったが、今度は年を取ってしまった。この世の誰よりも多い魔力を持ち世界最強の魔導師となったが、やはりそいつも不完全だ。一番目のような回復力は持っていない」


 刹那、シンの纏う空気が変わった。楽しむようだった彼の語り口は、張り詰めた弓のように変わる。


「そして“十五年前”、二番目の死が近づいたことで再び命が造られた」


 その名を聞きたくない。



「人造英雄計画第三実験体《3rd(サード)》。それがお前の本当の名だ、リュウ・ブライト」


 

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