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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
179/301

176 暴走


 リュウの腹を貫いたかに思えたその拳は、リュウ自身の右手によって止められていた。髪の毛を捕まれ宙吊りの状態で、さらに幾度となく叩き込まれた魔法によって満身創痍だったはずだ。

 不自然に上がった右腕が赤く色づいている。当事者の一人であるシンにも、その光景を見ていたティナ達にも、存在感は伝わった。

 猛る豪炎、怒れる瞳。それらは全てシンに向いた。


「……テメェ」

「ああ、なんとなく覚えてる。あん時もこんな感じだった気がするぜ」


 リュウの全身から溢れる魔力には、彼自身にも覚えがあった。

 トルク村での【魔炎球(フレイム・スフィア)】、イクトとの勝負の時の【爆炎拳(インパクト)】。それらを手助けしてくれた魔力でもあった。


「あ、アアッ……あ!」


 しかし、様子が違った。二度手助けをしてくれたその魔力だが、まるで牙を剥いてきたかのようにリュウの精神を蝕んでいく。


「ああ、ア……うう……!」

「リュウ……」


 内から来る大きなすぎる魔力に対して必死に抗うリュウだが、ティナの心配も虚しくゆっくりと蝕まれていった。大きすぎる魔力に飲み込まれたのは直後だった。


「死ネ……」


 内に秘められた真っ赤な魔力が、頭の中で暴れまわり燃え盛る。炎の中に囚われ、リュウは意識を手放した。


獄炎龍(フレイム・ドラゴン)


 直後に呼び出される赤き龍がシンを飲み込んだ。諸悪の一切を焼き付くさんとする炎で作られた龍は、内側からシンを滅ぼそうとする。しかし、シンは簡単に魔力を放出してそれをかき消した。


「これは……英雄の魔力か?」


 赤い魔力に包まれたリュウに殴りかかっても効果はない。それどころかまるで火傷を負ったかのようにシンの拳は傷ついた。

 リュウはなおも燃え盛る紅蓮の魔力を両手に纏い、シンに突撃する。


「リュウ君の傷が、治ってる……?」


 治癒魔法などは一切使っていない。マリーはそれを知るがゆえにその不自然さに気づいた。リュウが今の状態になる前の傷が完全に無くなっていたのだ。


「あんなの……」


 ティナは座り込んでいた。聞いた話でしか知らなかった今のリュウの姿を目の当たりにし、頭の中で混沌が蠢いている。


「あんなの、リュウじゃないよ……」


 ティナの憂いに満ちた瞳が、痛ましくてたまらない。だというのにイクトもマリーも声をかけてやることが出来なかった。


『あの愚民がネリルみたいに暴走した』


 エリックが見たもの。それを聞かされたティナは、リュウの内にあるそれに恐怖した。リュウをリュウではなくしてしまうモノ。

 大きすぎる魔力、時折見せる考えられないはずの力が、ついに外へと出てしまった。


獄炎龍(フレイム・ドラゴン)


 赤い魔力で作り出す濃紅の龍は、さらに強大さと神々しさを増していた。魔力の色を反映した血のような色の炎がシンに襲いかかる。


水面散りゆく花々と(マージ・ランビリス)


 前方に水属性の盾を出すシン。魔法が効かないと語ったそのシンは、上級に位置する防御魔法を展開していた。水で作り出した盾が炎の龍を蒸発させ、同時に水蒸気で目隠しをする。

 しかし、暴走状態のリュウは盾の死角から既に近づき己の拳で攻撃した。反応できずにシンは殴り飛ばされ、更なる追撃を受ける。

 リュウの蹴りをどうにか腕で止め、代わりに殴りかかる。衣のように変化した魔力を超えられずに、結果再びシンはリュウに殴り飛ばされた。


天地無用(ポインター)


 空中にはちいさな板状の魔力が現れた。シンが作り出したそれは、壁に垂直なものもあれば、ナナメ向きのものもある。その数は数えきれず、一つ一つが淡く光っていることしかわからない。

 下級魔法であるそれは、つまり踏み台。

 空中闊歩の足場として、最大限の強化のもと駆け回る。残像しか残らないシンの移動に、ティナ達は目で追うことが敵わなくなった。

 しかしリュウは、タイミングを見計らいシンの右足を掴んで止めた。たったの数秒で破られた魔法を解いた頃にはリュウの爆撃を受けていたシン。

 辛うじてそれも防ぎきるが反撃の余裕はない。

 完全に形勢が逆転していた。


「厄介だな、英雄の魔力は……」


 魔法戦は同速度だが、格闘戦になるとシンが一歩出遅れる。幻覚戦はリュウの纏う赤い魔力によって持ちかけることも叶わず、論戦はその概念さえ無さそう。


「へっ、こりゃオレも少し力を出さねーとな」


 シンは笑った。

 刹那、魔力の種類が変わった。シンが持つ黒い魔力の本質は変わらない。しかしその内に秘められた重さが消え、逆に鋭さが伸びてくる。


「蠢け……」

冥界揚々(アシッド・シャオロン)


 それはリュウの足元に忍ばせる魔法。シンは床に手をつきそこから深緑の液体を発生させた。辺りを沼のような情景に変えながら、リュウの方へと迫っていく。

 沸騰するお湯のように泡と湯気を立たせながら、いつの間にかリュウの爪先まで迫っていたが、暴走状態にあるリュウは拡がり続ける沼を寸でのところで躱す。


「おいおい、蠢くんだぜソレ」


 飛び退いただけで【メガイラ】を取りまとめる者の魔法を止められるわけがない。シンの言葉通り、沼はいまだ消えずに動き続けていた。

 そして、蠢く。


「……ウッ?」


 沼は直後四散した。

 いくつにも別れ水溜まり程度の大きさに変わる沼。それらは徐々に持ち上がり、触手のような形に変わっていった。

 地面から生えるようにして、リュウへと伸びていく。


魔炎球(フレイム・スフィア)


 一つを焼いただけで消えはしない。いくつにも別れ何十本と伸びた触手は、理性を無くしたリュウなど簡単にとらえてしまう。

 速さで勝る分掠める程度で済むが、それだけで異変は起こる。


「ウウ……」

「ソレに触れると溶ける。単純だが動きにくい」


 リュウの行動を読みシンが立ちはだかる。リュウを殴り飛ばしさらに蹴りあげる。触手ばかりに気をとられシンを警戒することを忘れていた分、防御は疎かになっている。


「リュウ!」


 助けようにも早すぎる攻防にティナ達は着いていけない。それ以前にどちらが敵かわからない。

 助けなければいけないことは頭でわかっていても、単純すぎる力のぶつかり合いに恐怖心が勝ってしまう。


「ウウ……」


 リュウは尚も我を忘れている。


「ウウウウウアアアアァァァァァァァ!」


 咆哮が大気を揺すり、魔力が精神を揺さぶる。

 全身に炎を纏い己に向かってくる全ての触手を焼き払う。空中に足場を作り方向転換を繰り返し、シンを完全に捉える。


練・魔影球(シャドウ・スフィア)


 闇属性上級魔法球をリュウに投げつけるが全く効果がない。

 首根っこを掴まれたシンは思わず息を詰まらせた。左手で掴んだことで利き手は空いている。大きく振りかぶり、殴った。

 それから、リュウの攻撃は分単位で続いた。

 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

 シンを壊すために、己を壊させないために。幾重にも鮮血が飛び、鈍い音に加え骨の折れる音も止まない。圧し殺したような呻き声が漏れ、反撃の意思も掠れていく。


「ウウウウウアアアアァァァァァァァ!」

練・魔炎球(フレイム・スフィア)


 炎属性上級魔炎球をゼロ距離で叩き込む。

 魔法自体でダメージは与えられずとも視界を遮ることは簡単だった。一瞬の目隠しを利用しシンの背後に回ったリュウは、後ろから両手を掴んだ。

 右足を背中にかけ、シンの両手を関節の可動域限界まで曲げていく。


「ダメ……」


 それが人間の為せる技ではないことくらいティナにもわかった。それほどに惨いものだった。


──ブチッ


 形容自体がその程度で限界になるほどに不快な音。リュウの利き手であった右手側にはより力が込められ、シンの右手は千切れてしまっていた。

 血と肉が溢れリュウの体に撒き散らされる。

 尚もリュウの攻撃は止まらない。


「目を覚まして! リュウ!」

「駄目ですティナ、今のリュウには……」


 リュウの元へと駆け出したティナ。イクトが止めようにも、魔力切れの体が重く動かない。


「リュウ!」


 シンに猛攻を迫るリュウに呼び掛けても何一つ返事はない。全身に纏う赤い魔力が膜を張っているように遮断していた。


「リュウ!」


 シンをも押すその強さが、何なのかはわからない。それでもその力の正体はリュウのモノではない。呼び掛けても返事はなく、どう声をかけても反応はない。


「ははは、力に溺れるか……。やはりお前は足りないんだ!」

黒塗りの圧力(ダークロンド)


 残った左腕を先に修復し、闇の波動でリュウをはね除ける。隙を見計らって無惨に残骸となった右腕を回収する。


「くっそ……」


 魔力を高めた直後、その腕は右手として元通りにくっついた。膨大な量の魔力を使ったことがティナにさえ分かるほどに空気が揺らいだが、それでも千切れた腕を治せるなどという治癒魔法は、アルに並ぶほどのもの。

 だがそこで一々驚いてはいられない。

 目の前で再び命を奪ってやろうと目論むリュウに足は向いた。


「ティナさん……」


 リュウへの想いをマリーは知っている。ロイと見たベランダでのティナの顔がどれ程輝いていたのかを知っている。だからこそ、届かないその想いが辛いのだ。


「リュウ……しっかりして。あんたはこんなことするやつじゃないでしょ! 目を覚まして!」


 涙ながらの訴えが、届かない。


「邪魔、死ネ」


 リュウが次に牙を向いたのはティナだった。

 

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