175 三つのヒント
「ねえ、君さ何回死ぬの?」
「なに、何が不満なの?」
「もしかして、反抗期?」
「あ、でもそれは親にするものか」
「別にボクは親って訳じゃないし」
「そうするとあれかな、友達的なあれかな」
「そしたら反抗期じゃなくて、倦怠期?」
「ってそれはカップルとのやつやないかーい!」
「うるせーな!」
思わず声を出してしまったが、気づいたときには呆けていた。
全面真っ白なその空間。
テーブルと、その上に紅茶が二つ置いてある。しかしそれよりも気になるのは目の前の青年。
栗毛でくりっとした瞳。とても歳上には見えないが明らかに纏う空気からして大人で、格好いいというよりは可愛いタイプの青年。その青年は終始にこやかに笑っている。
初めて出逢ったのは魔闘祭の時だ。次は声だけの出演を幾度か、今は全身がある。テーブルを挟むようにして、シック調の椅子に座っている。紅茶を一口含んで深く息を吐く。
魔力などは特に感じられず、目の前の青年が以前語った“精神世界”というものの存在を少しだけ信じたリュウ。同じく紅茶を一口含んだ。
「何なんだよ一体」
この空間の正体、青年の正体、そしてここにいる理由。問いただしたいことが沢山ある。ありすぎてすぐにはまとまらず、結果今の問いになった。
「君の髪の毛は赤く、そしてその瞳は青となった」
「は?」
「……君そろそろ自分の正体に気づくよね」
リュウの問いには答えない。はぐらかすように彼はクスリと笑いまるで会話さえ拒むように目線を逸らす。
見つめる先にあるものに少しでも答えの可能性を探したが、どこまでいっても白色のこの空間に答えなどない。
「正体?」
冷静に彼の言葉を反芻する。恐らく重要な単語だが、それは既に知っている。英雄の子孫だ。
「僕が誰で、シンという奴が何なのか、そして君自身が何なのか」
意味深長なその言葉。いたずらに放ったものでも、おちょくっているわけでもない。
「そうだな、少しだけヒントをあげよう。君の呪いと加護には触れないように、干渉値は超えないようにだけど」
リュウにとっては聞き覚えのない言葉のオンパレードだ。最早突っ込む気力もない。
「ボクが君に与えるヒントは三つ。まず一つ目、君はどちらかといえば雄だ」
「……え?」
得意気に語っていた。
先程まで訳のわからない含みのある言葉を喋っていたが、今はそうではない。むしろ当たり前の一言に聞き逃したくらいだった。
「あっはっは、そうそうそういう間抜け顔が見たかったんだよ! あっはっは!」
無性に込み上げてくる怒りを抑え拳をしまう。
「じゃあ二つ目ね」
「マジで今のヒントなの!?」
「順応早いね、そうだよヒント。君を知るためのね」
瞳の奥の光が変わった。正確には瞳の奥底に隠された決意の種類が変わっていた。
「二つ目、君は光属性を使えない」
「それも知ってる」
「いいや知らない。正確には光属性を使う余裕がない……だけどね。だからあの白髪チビ助の魔法を見ても何とも思わないんだ」
「アルのことか?」
青年は答えない。
「三つ目、ボクは彼よりも君の方が好きだった。勿論変な意味は無いケド」
言葉もなしに左手薬指にはめられた指輪を見せつける。その意味くらいリュウにもわかる。そしてその瞬間、頭に何かが流れ込んできた。
「な、なんだよ、これ……」
奔流のごとく流れ込む何かに圧倒され頭が追い付かない。耳を塞いでも目を閉じても頭を抑えても、何一つ変わらない。
まるで元あった場所に戻るかのようにリュウの頭の中に収まっていく。
『人を─せる──男になりなさい──。』
燃える建物、無数の死体、声しか聞こえない一人の女性。
記憶だ。それも今までに見たことのある光景ではない。少なくとも六歳より後になって、あのような悲惨な光景を見たことがない。
「殺せる……殺した……俺が……?」
すぐにその記憶も消えてしまった。訳のわからないまま、涙が溢れ膝の力が抜ける。リュウは崩れ落ちてしまった。
「俺は英雄の……」
「何故君が英雄と呼ばれているのか。何故シンという男が英雄と呼ばれていないのか。知っているはずだ」
それは意味のわからないものだった。
しかし、リュウは何故だか全ての単語において親近感を抱いてしまった。それは、聞き覚えのある言葉で、あるはずのない記憶を呼び起こしてしまうような言葉。
リュウには六歳より以前の記憶がない。母親父親という人物がいたのかどうかさえわからない。
英雄の子孫だと言われたことで、安心しきっていた。最後の最後まで自分の知りたいことをはぐらかされたというのに、満足してしまった。
リュウは、混乱した。ここ数ヵ月の間に起こったことはとても普通とは言えないようなものだ。
人の命が消えたということもそうだし、新たな出会いも、真実を知らされたことも、何より己の運命を知ってしまったこともそう。結果的に混乱している。
「ボクの一番好きな色はね、赤なんだ。まっすぐで、何一つ隠し事をしない情熱の色。最後の最期まで勇気づけてくれる。それが、赤なんだと思う」
唐突に好きな色の話をされても、リュウには答えようがなかった。しかし、自分の髪の色を好きだと言ってくれたことに不快感はない。
「今のは何なんだよ……」
「君は“また”暴走することになる。『本当の強さ』を捩じ伏せてね」
「話を聞けよ!」
リュウの内は、その時炎が灯ったように温かくなった。内から溢れ出てくる何かに気がついたからだった。
「君の戦いはそこにある。『本当の強さ』を見つける戦いが始まるんだ。……行こう、君の仲間はボクの仲間だ」
ここまでの閲覧ありがとうございます
いつもの半分くらいの文字数ですが次回に続きます。少なくてすみません……。
その代わりといってはなんですが、後々必ず重要な部分に繋がる伏線を張りました。宜しければ、それはもう大変おこがましいのですが、考察などしてみてくださいませ。次回もよろしくお願いします。