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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
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174 夢の否定


 それは歴史を紐解いても類を見ないものだ。

 魔法を生み出すための魔力は、体内の臓器で生成される。そこから生まれた魔力の源『魔祖(まそ)』が属性を帯びることで魔力となるが、それは出来ても三、四種類。

 魔祖は本来一定量が集まって魔力となるからだった。

 魔祖が一定量集まり、属性を帯びるから魔力になる。故に、属性が別れれば別れるほど、魔祖はその一定量を分散せざるを得なくなる。

 リュウのように持つのが炎だけならば、十割の魔祖が集まることができる。ティナのように水と土ならば、五対五の時もあれば八対二のときもある。

 だからこそ、四種類も属性を持ってしまえば、以降は魔祖の数が一定量に満たなくなってしまうのだ。


「全属性使えるなんて聞いたこと無いよ……」

「けど、あり得てるわ」

「ですね。属性の優劣を突けるということです」


 シンはその絶対的法則をも覆している。属性の優劣は戦闘においての最重要項目。強者との戦いはその突き合いにもなる。


「お前らの考え方は根本的に違うが、まあおおよそ当たってるよ」


 意味深長に残し、消えたシン。現れたのはリュウの背後だった。


「何マヌケな面してんだよ」


 リュウの背後に回ったシンが強化した足で蹴りを入れた。咄嗟のことにリュウは反応できず、大きく地面に吹き飛ばされる。


「さあ、やってみろよ虫けら共! その小せー脳ミソに絶望ってやつをたっぷり教えてやるよ!」


 シンの口角が裂けんばかりにつり上がる。


暴風大回転(ボアーン・テンペスタ)


 風属性上級魔法を放ったイクト。竜巻を操るという単純な魔法は、シンを完全に捉えた。


「僕の魔法が防がれたとしても、床や壁に激突すればダメージになります。優劣を利用した盾ごと押し込む!」


 封魔石で作られた壁にシンを叩きつける。極大の竜巻がそして消えたが、イクトが見たものは想像を絶するものだった。


「お前ら虫けらの考えは根本的に違うって言ってやったのによぉ」


 シンは一歩としてその場から動いていなかった。極大の竜巻という魔法さえもシンには無効。巻き起こった風に漆黒の髪を揺らしながら笑っていた。


「いいね、次は俺だ」


 今度のシンは転移することなくイクトと距離を詰めた。魔法発動直後の隙を狙い、右足で蹴りを入れようとする。

 しかしイクトもその程度のことには慣れているため、簡単に左手でガードした。刀を持たずとも、神風流剣術の力は無とならない。


「神風流無刀術弐ノ型【神集め】」


 一秒と競り合うことはなかった。シンの右足を掴み後ろへ投げ飛ばす。如何なる攻撃も受け流す防御術によって、シンは再び空へ投げられた。


「ごめんね、殺すつもりはないから」


 それを待ってましたと言わんばかりに、マリーは見つめて引き金を引いた。

 聞こえた音は魔法が弾ける音ではなく、火薬が爆発する音。撃ったのは実弾だった。六回の音と共に、マリーの弾はシンを捉える。


「なるほど」

瞬盾(プロテクション)


 シンは空中にいながらも、さらに死角から撃たれながらも、盾で防ぎきった。


「オラァァァァ!」


 リュウが炎の拳で殴り飛ばした。真正面ががら空きとなっていたからこその一撃。シンの鳩尾を捉える。


「やっとだぜ!」


 スッキリしたのも束の間、間髪いれずに攻撃を叩き込む。

 リュウに殴られ吹き飛ばされたシンを、さらに殴っていく。右手でジャブ、左手でフック、右足でロー、左足で回し蹴り。しかしそれでも、シンは魔力を高めていた。


刺突(ピック)


 放ったのは小さな針。目を凝らさなければ見えない程度の細さの、無属性の針だ。

 極小の攻撃魔法だが、威力も速度も最高のそれをリュウ目掛けて放った。殴られるということを予想し、完璧なタイミングで反撃する。


「光を消してやる」


 リュウの青い瞳を狙ったその攻撃だったが、いつの間にか消えていた。


「“私が貴方を助けることは無意味でしょう。それでも、私は貴方を助けます。だって貴方は私がいないと心から死んでいってしまいますもの”。これ、何のシーンだかわかる?」

「四十三ページ目、アルティスが虫を潰せなかった時に、代わりにクリスタルが潰したときのセリフ。マジで今じゃなくね?」


 防いだのはティナの水だった。極上の針の一番の弱点である重さを利用して水圧で弾く。板も切れるほどの水圧では、まっすぐ進むことも困難だった。


「すごいねリュウ君! 劇のセリフちゃんと覚えてきてる」

「まあな、今言わされるとは思わなかったけどな」


 リュウは畳み掛けるようにしてシンに右足を振り抜いた。

 燃えるような赤髪と、深を突くような豪炎と。乗せた思いはただの怒りだが、それが純度の炎を高くする。

 しかし、そんな炎にもシンは屈しない。四対一というハンデも羽虫程度にしかあしらわないシンは、うっすらと笑いながらリュウの炎を受け流す。

 がら空きとなった脇腹に蹴りをいれるシン。リュウは防ぎきれずに蹴り飛ばされる。しかし、リュウは火炎の咆哮を放った。炎から出てきたシンは相変わらず無傷であったが、リュウへの攻撃が一瞬止まった。

 炎を纏わす余裕もなく、リュウはシンに殴りかかった。

 防いだシンが今度は殴り返す。しかし、リュウにとってこと喧嘩とはすなわち準備運動。準備運動で遅れをとるなどあり得るものかと、リュウはシンの二手三手を封じる。

 魔導師の戦いは接近すればするほど速さを増す。

 詠唱の長い上級魔法を使う余裕もなく、使える魔法は詠唱破棄でも充分なスピードに達する下級魔法程度。強化魔法をしつつ、殺傷力のある魔法を使うのは至難の技。だから、少しずつ相手を崩す。

 まるで、詰め将棋のように少しずつ場面が動いていく。

 シンの手刀がリュウの頬を掠める。リュウのフックがシンの脇腹を捉える。

 しかし、リュウには未だにわからないことがあった。この極限の喧嘩のなかで、シンの意図が掴めていなかった。

 それこそ何度も何度も行った殴りあいの喧嘩で、相手が見ていたのはいつも自分だった。そしてシンもまた、リュウそのものに殴りかかっていた。

 しかし、どんなにキレた拳打を浴びせようとも、命を刈り取るような蹴りを受けても、シンの意図が掴めないのだった。

 シンがリュウを見ていることはわかった。しかし、リュウを見つめているわけではない。

 リュウを見て、リュウのさらに奥底をも見ているのだ。まるで、それら全てに嫉妬をするかのように何度も何度も影から見るような視線。


「この状況で考え事かリュウ」


 リュウの顔面を鷲掴みにして、雷を纏うシン。


「ああああぁぁぁぁ!」


 反射的に叫んでしまう。

 体の奥底から恨みを込めて、リュウの体を引き裂くような電撃。指先までぐちゃぐちゃに裂けてしまうかのように、体中を電撃が這っていた。

 体が痺れて動かなくなる。硬直してしまっているかのように、少しの痙攣を起こす。


「どうだ痛ェか! 苦しいか! そうだろうな、オレの魔法はお前を殺すためにあるんだからな!」

「アアアアアぁぁぁぁ!」


 見ていられないと、イクトもマリーもティナも止めようとするが、空いている方の手で全てねじ伏せてしまう。


「だがよ、そう簡単に死ねると思うなよ? どんなに意識を失おうが泣こうが喚こうが、お前が生きていることを後悔してもなお、生きたままたっぷりと絶望をくれてやる」


 次は水だった。顔一杯に、顔だけに水の球を被せる。リュウは最初こそ耐えていたが、すぐに呼吸をしようとしてしまった。

 そしてその水を伝って、空気の衝撃を起こす。ガツンという鈍い音は、頭蓋骨を直接叩く音だった。

 リュウの鼻から、口から、そして耳から、赤く黒々とした血が出てきた。顔を覆う水を赤く染め上げてもなお、シンは手を緩めない。


「アッハッハ、絶景だ。お前が絶望するんだもなァ!」


 急に、リュウに被せていた水を消し去った。

 同時に地面に投げ捨てられたリュウは激しく咳き込み、呼吸を再開させようと必死になる。そんなリュウの顔をシンは蹴りあげた。

 宙で一回転し、封魔石の床に叩きつけられたリュウは震えながら起き上がろうとした。その努力をシンは右足一本で挫く。脇腹を蹴ったのだった。


「がはっ」


 声にならない嗚咽と、赤々しい血が吐き出される。

 それでも攻撃の手は緩まない。次は顔面を、その次は肋骨を。今度は折れるような音と共にリュウは蹴り飛ばされていた。


「リュウ!」


 ティナ達が助けようとしても、シンの闇魔法に吹き飛ばされてしまう。何度立ち上がろうと、何度防ごうと、リュウには近づけない。

 イクトとマリーは遂に魔力が切れてしまった。その副作用から、倦怠感にさいなまれる。誰を助ける力も無くなった。動く気力の無くなったリュウの髪を掴み、シンは自身の顔の高さまで持ち上げた。


「何から何までムカつく色だな。この赤は!」


 燃えるような赤髪を掴んだまま、さらに殴った。

 炎で。

 水で。

 土で。

 雷で。

 風で。

 光で。

 そして、闇で。

 その度に上がる血飛沫がリュウの動きを止めていく。両手にはめられた銀色に輝く籠手『銀龍』も、虚しく光った。しかしそれでも、たとえどんなに痛め付けられても、青々とした瞳は深を見つめるが如く開かれていた。


「なるほどな、色濃く“出ちまった”色なだけはある」

三然の顕現トライ・ノウン・エリミネート


 シンの右拳に集められたのは魔力だった。それは、三つの色を持つ。

 闇属性によって黒く染められた絶望色の雷が、風によって渦を巻く。バチバチと音を鳴らしながら、シンの右手を黒く塗りたくる。


「どうだ、命乞いでもしてみるかリュウ。今なら、もう少し苦しませてやってもいいぜ?」


 シンは再びにたりと口角をあげた。


「世界一の魔導師になる男がそんなことするかよ……。この三下が」


 だらりと四肢を垂らしながらも、弱々しく、はっきりと言ってやったのだ。


「オレに魔法は効かない。特殊な造りになってんだよ。その時点でお前の夢は、夢のままだ!」


 拳はリュウの腹を貫いた。

 

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