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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
175/301

172 《ジョーカー》


 * * *


「イクト君歩ける?」

「ありがとうございます。回復薬のおかげでなんとか」


 マリーに肩を支えてもらいながら、長い階段を上がってきたイクト。マリーの分は飲んでしまったからと、自分の分の回復薬を渡し、ようやく外に出られたような気分に安堵した。


「それにしてもリュウ君達は見つけられそう?」


 階段を上がり抜けると通路に出ていた。その通路は一本道の通路で、自分達が横から合流するような小さなT字路の形をしていた。右と左どちらかは進む道だが、その逆は戻る道になる。


「封魔石の城なので感知範囲は極端に狭くなってます。目で見る方が早いんですよ」

「そっかぁ……ん?」


 最初に気が付いたのはマリー。続いてイクトが感じ取った。

 それは振動だった。

 小さなものだったが、次第に地震とも似た揺れとなっていき、そしてそれが近づいているということも分かった。


「何この揺れ……」

「気をつけて下さいマリー」

「おーい!」


 二人が臨戦態勢を取ったその瞬間、聞き覚えのある間抜けな声が聞こえた。揺れは最高潮に達し、直後見えた見覚えのない魔物に驚く。


「イクト! マリー!」


 右から突進してきた魔物が左に抜けていく。少ししたところで急ブレーキを掛け、ゆっくり後退してきた。

 やがて自分達の目の前で止まった。

 鼻から頭まで鋼鉄のような皮膚で覆われ、六本足のサイのような生き物。一見とてつもない魔力の魔物だと気圧されるが、よく見れば上に何かがいる。


「リュウ君とティナさんだ!」

「わ、マリー達無事だったんだね! よかった~」


 魔物から下りてきたティナがマリーに抱きつく。


「どうしたんですか、えっと色々」

「こいつは「ゴンザレス」。めちゃくちゃゴツいから、ゴンザレス。多分メスかな」

『ヌッホン!』

「オスだ」

「は?」

「ごめんね、こいつ馬鹿だから……」


 話の噛み合わないリュウを無視し、ティナはこれまでに起こったことを話す。魔物と出会い戦い、何故か仲間になってしまった。


「倒したと思った瞬間体が小さくなってよ、ここら辺の通路通れる大きさになって、しかも乗せてってくれるって言われちゃってさ」

「体が小さくなった……」


 心当たりがあった。それはイクトも別の形で目撃したことで、不可解な巨大化と魔力の暴走が見てとれたものだった。


「この魔物喋れるんだ~」

「いや? フィーリングでだけど?」


 リュウの特異体質には突っ込まず、マリーはティナとの話に戻った。


「この、魔物の体には……」

「ゴンザレス」

「……ゴンザレス、の体には何か石のようなものとか付いていませんでしたか?」

「私達は見てないわ。そんな余裕も無かったもの」


 突っ込む余裕もなく考え込むイクト。ダンバとの戦闘で起こった不可解な出来事と、リュウが懐柔したAランクの魔物。どちらも、巨大化に関わり性格面でも違いが出ている。


「恐らくネリル・オーンやアッシュ達と戦ったドラゴンを暴走させていた赤い石が使われていたはずです。リュウの攻撃で魔物に付いていた石が壊されたのでしょうね」

「ネリル?」

「はい。【メガイラ】の連中は彼女にも赤い石を飲ませるように仕向けていたのだと思います。それを飲めば魔力が跳ね上がるとか適当に付け加えて」


 そうすれば、リュウに暴走という形で対抗できる。イクトはその仮説をリュウ達にも話した。

 赤い石を服用するとどうなるか、その場合どのような作戦が行えるか。その後の処理はどうするか、それを用いての真の目的は何なのか。

 辻褄の合いすぎる仮説は、もはや確固たる答えだった。


「なんだよそれ」

「じゃあ、ネリルって人はただ利用されただけ?」


 リュウもティナも驚愕した。そしてネリルの結末を思い出し、沸き上がる感情を抑えきれなくなっていく。


「酷すぎんだろ……」


 利用された最後は捨てられる。


「道具みたいに人の命を弄ぶなんて、最低」

「人までも壊してしまう石、【バッドエンド】、英雄。やはり聞かなければならないことが沢山ありますね」


 イクトもマリーもゴンザレスに乗り込んだ。


「絶対許さねー」

「行こう」

「待ってください。アルはどこにいるかわかりますか?」


 イクトが力弱く質問した。イクトだけが知る事実が、万に一つも正解であってほしくないからだ。


「まだ来てねーよ」

「そうですか、やはり……いえ、先を急ぎましょう」

「あいつならすぐ来んだろ」


 リュウがそう言いながらゴンザレスの背中を二回叩いた。イクトはリュウの言葉に頷くことが出来なかった。


『ヌッホホーン! ヌッホホーン!』


 元々の大きさに戻ったゴンザレスは城内を難なく動き回れる体躯になっている。リュウに貰ったお菓子の恩返しと、リュウの強さへの服従。それが、原動力となり走り出す。イクトだけが、悲しみを内に秘めて。


「だ~っはっは! どけどけー! 世界一の魔導師サマがお通りだー!」


 扉という扉をぶち壊し、遂には封魔石の壁も壊しゆく。人気のない部屋を大声あげて猛進し、リュウの上機嫌の勢いにのってゴンザレスは駆けていく。


「この魔も……ゴンザレスって本当にすごいね」


 この城は全て一本道の構造をしている。途中枝分かれをしたり小道などはあるが、行き着く先は皆同じ。故に前に進めば登りになる。

 壁や扉だけでなく仕掛けられていた小さな罠さえ、巨体を止めることはできない。


「すげーよゴンザレス! 後で残った飴全部やるよ!」

『ヌッホホーン!』


 そうして僅か五分で最上階に着いてしまった。


「うわ、絶対ここだよ」


 赤と金で彩られた豪華な扉。最上階へと駆け上がり、たどり着いたそこはゼロス帝国皇帝の領域。

 厳格と屈強を重ねたものしかなることが出来ないゼロスの皇帝が、そこにいるはずなのだ。しかし、中から滲み出てくるものはとても一国を背負うような魔力ではなかった。

 それが、どのようなものかは全員わからない。それでも強いというよりは弱い、儚い魔力だった。


「四人……か」

「ここから先、私達はたぶん世界を変えることになる。本当にいいの?」


 マリーとティナの足が一度止まった。扉から滲み出る魔力の正体も掴めず、勢いのままに突っ走ってしまった。


「勝てば英雄ですが、負けたら大悪党です。世界が滅ぶまで僕らは一生塀の中なんてことにもなりかねません。まあ負けた瞬間に世界が滅ぶかもしれませんが」

「怖いこと言わないでイクト君……」

「大丈夫だよ」


 俯いていくマリーの背中を、リュウが優しく叩いた。暖かな鼓舞がマリーの気分をゆっくり上げていく。


「そんなこと絶対させねーよ。何てったって、俺は……」

「はいはいシソンシソン、英雄の子孫ね」


 リュウの見得切りをティナが遮った。


「とっくに覚悟は決まってる。早く行こう」


 ティナの瞳に迷いはなかった。


「……開けるぞ」

「うん」


 全員の瞳にも光が宿った。ゴンザレスをこの空間で待たせ、リュウが剛健な扉を押し開けた。


「来るな!」


 内装は豪華。先程までとは比べ物にならないほどの光量で部屋を照らし、壁の絵画達を輝かせている。

 広い空間に敷かれたレッドカーペットの先にある台に、大きな玉座があった。そこに一人の男が座っていた。

 その顔をリュウは一度見たことがある。妙な行列を組み凱旋と称して国民に自身の権力を見せつける男。この国の皇帝だった。

 リュウ達が入った瞬間に叫んだ皇帝は、直後跡形もなく爆発した。目に入ったのは吹き飛んだ生首だった。


「え?」

「何だよ、どういうことだよ」


 間近で人が爆死する瞬間を見た。その動揺冷めやらぬ中、玉座の後ろから現れた黒ローブの男。城に突入する前に魔法を撃ってきた男が、汚れたこの部屋を魔法で掃除し、玉座に座った。


「ようこそ、オレの城へ」


 ゼロス帝国城最上階の位置にある皇帝の部屋。


「たった今この国の皇帝が変わったところだ。歴史的瞬間の目撃者になれて、お前達は本当に幸運だ」


 愉快そうに拍手を送ってくる黒ローブの男。全てが唐突に変化したこの空間で、リュウは混乱していた。

 自国民の扱いが酷い皇帝だったことは覚えている。アジトを探している途中で凱旋というものを目の当たりにしたことも覚えている。不快な皇帝は既に四散していた。


「まあゼロス帝国皇帝殺害の罪は、お前らの誰かに押し付けさせてもらうさ。どうせ数時間後にはこの城も崩れるから、それもついでにやるよ」


 黒ローブの男の態度が急に冷め、玉座の肘掛けに頬杖をつく。リュウはその落ち着きように苛立ちが募っていた。


「お前が【メガイラ】のボスか」


 これまでの【メガイラ】の行動を、リュウは許すことが出来ずにいる。頭の中はとっくに沸点を超えているが、それでも出てきた言葉は落ち着いていた。


「二人くらいしか来ないと思っていたが、案外数が減っていないな。いや、楽しみが減ってないと捉えるべきか」


 重厚な飾りの施された玉座に座っているその男が、鼻で笑うように軽く言う。リュウの神経を逆撫でしていた。


「どうしてだよ……」


 ネリルの顔が頭を過った。シエラの言葉が再び聞こえてきた。


「どうしてお前は、お前達は、命を弄ぶんだよ!」

「本当、お前の顔は見てるだけでムカつくよ」


 声色から若さは出ていた。しかし、その姿を真に見たとき、やはり驚愕が一番に起こった。


「……シン。【メガイラ】というものがお前らの言う“組織”なのだとすればオレはそのボスに位置し、分かりやすく言うなればカードは《ジョーカー》だ 」


 黒ローブのフードを取った男シンは、その素顔を露にした。

 漆黒に満ちた黒髪と、闇に染まった暗い瞳。曇りのない肌と、薄さが特徴的な唇。その要所に見られる若さ。

 命を命とも思わず、英雄を狙い、世界を破滅へ誘おうとする【メガイラ】のボスは、リュウ達とさして変わらない年齢の少年だった。

 

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