171 頭の固さ勝負
背中で語る決意を目の当たりにしたティナ。
「リュウ……」
「そん次はマリーだ。そん次はイクト。アルは色々あったから最後」
悔しそうにそう語る。アルは守る必要が無いからだ。
「最後にはこの世界も守ってみせる。そんだけの強さは、必ず手に入れる」
「……わかった。お言葉に甘えさせてもらうわ」
「おう! どんと来い!」
根拠のない自信にため息が出そうになったが、それでこそリュウなのだと気づき、寧ろ安心した。
「……って言いたいんだけどさ、ちょっち手ェ貸してくんね?」
「はあ?」
つい数秒前に語ったことについては一旦置いといて、リュウは後ろ頭を掻き出した。ティナは文句も出なかった。
「ティナさ、土属性の魔法使えるよな」
「まあ……少しだけ……」
入学時にティナの持つものとして判明した属性は二つ。共に基本属性と呼ばれるもので、【水】と【土】がそれだ。と言っても実際には土属性の魔力は少なく、およそティナの魔力の八割は水属性を帯びている。
「そん中で一番強い魔法って何?」
「中級の防御魔法。でも空中で土を固めてそれで防ぐだけだから、防御力もそこまで無いわ」
「大きさはどんくらい?」
「そうね……ここに土が無いから出来ても教室の窓くらい」
厚さや大きさ的に防御としては意味をなさないレベルだ。それこそAランクに位置する目の前の魔物に対しては、紙ほどの装甲にもならない。
「あんたの鎧として着せても、突進一回も防げないわ」
「そうじゃねーよ」
「腕の強化補助? でもさっきの魔法は威力が強すぎて論外よ」
「だからそうじゃねーって、防御には使わない」
防御には使わない防御魔法とは、ティナにしてみれば本末転倒の話だった。ティナがそうして考えている間にも、リュウの魔力は沸々と温まっていく。
「なるほど、固めた土を落として攻撃するのね!」
「へ、バカだな」
一応、ひっぱたいた。
「ずびばぜんでじだ」
「さっさと言いなさいよ、バカリュウ」
顔の腫れもすぐに引きリュウの魔力も温まった。
「──それ本気でやるの?」
「モチのロン」
「でもそんなことしたらリュウが……」
「何とかなんだろ」
その能天気な性格が、これまで何度となくリュウを救いそれと同じだけ追い詰めてきた。しかし最終的には言うとおり何とかなるから、余計反論できない。
「命懸かってるの、忘れないで」
「わかってるさ。それにこんなとこで死ぬわけねーだろ」
リュウの声に反応し、時間稼ぎの霧を鼻息で吹き飛ばすアイアン・ライノス。完全に時間稼ぎの魔法も解け、二人と一頭の姿が露になった。
『ヌッホホホーン!』
二人の姿を見つけたアイアン・ライノスは、他の何に目もくれずに突進を始めた。
「死ぬんじゃないわよ」
「おう!」
リュウが横に駆け出す。
【霧隠れ】
同時にティナが隠れた。それによって見えなくなったティナよりも、リュウへと注意を向けたアイアン・ライノスは急速に曲がった。
元々狙いはリュウだ。
怒りに任せて速度を増していく。
「へっ、おっせーんだよ!」
最大限の強化と後方に噴射する炎魔法。学年二位の足力にブーストが加わり、アイアン・ライノスの突進にも負けないスピードに達したリュウ。
イクトに一位の座を未だ明け渡しているこの状況は悔しくて堪らないが、いつかはそれも超えてみせる。流れる視界に無駄な感情は置き去り、捉えた先にはアイアン・ライノスの後ろ足。
【炎撃】
速い炎魔法が当たりアイアン・ライノスは大きく咆哮する。悲鳴に近いそれは、今までで一番大きかった。
「やっぱな……」
小さく溢したリュウは再び駆け出す。
次の狙いは奴の真下。
六本足の隙間を縫って入り込もうとするも、猛烈な蹴りによって阻まれるリュウ。最速の強化では速すぎて躱しきれないと判断し、通常の強化に戻す。
今度は当てやすくなったのか、地を砕くような踏みつけが為された。左腕をかすっただけだというのに、服が破れ、切り傷もできる。
それでも、潜り込んだ。
「このヤロー!」
【魔炎球】
太陽のような炎球だが、それも大した効果はない。動きを取り戻したアイアン・ライノスは真下のリュウを蹴り上げた。
「がはっ……!」
体全身に来る強烈な痛みに耐え、次なる魔法を生み出す。
【時計仕掛けの炎】
空中で意識を一瞬失いながらもどうにか撃ち込むリュウ。発射間隔と球数は最速最大。
舞う鮮血も気にせず、さらに魔力を高めていく。しかし炎球は無情にも有効打にはならなかった。
『ヌッホホホーン!』
空中にいるリュウはまさに格好の獲物。
アイアン・ライノスは腰を据えて助走をつけ、リュウに渾身の頭突きをお見舞いする。
リュウの体は限界を超えて封魔石の壁に激突した。受け身も何も意味はなく、衝撃は体を内部から破壊していく。
どこの骨が折れたかもわからないが、音はする。痛みが強すぎて感覚が無くなるが、それでも目線は腐らせない。
『ヌッホン』
アイアン・ライノスはリュウを完璧に滅しようとさらに助走を取るべく後退を始めた。
「おら……どうした……」
弱々しくリュウは挑発する。
「もっと……距離……取んねーと……俺は倒せねーよ?」
呂律がうまく回らず、肺に空気を送ることもままならない。
口の中、さらには喉の奥底から込み上げてくるものに耐えられず吐き出す。赤黒い血が異常な量で吐き出された。
こういう状態を虫の息というのだと、妙に冷静になった頭で思い出したリュウ。自分の頭の良さを見せたところで、アイアン・ライノスの憤怒は収まらない。
部屋いっぱいに距離を取り、前傾姿勢になる。
『ヌッホホホホーン!』
そしてリュウを殺すための突進を開始した。
その勢いはリュウ諸とも壁を壊してしまいそうなほど。リュウの体がバラバラになっても止まらないだろうほど。
「リュウ……」
守ってくれると誓ったから。ティナは待つ。好きな人の言葉を信じることにしたから。
「その突進、待ってたぜ!」
残った力をすべて使い立ち上がったリュウ。一直線に進むアイアン・ライノスを眼前に捉え、そして展開した。三連続で連なる魔法陣。それらを通して見えるは魔物。迫り来る驚異として見えるが、見通す先は光のみ。
「一番目!」
一つ目の魔法陣をくぐり爆発で速度を増す。
一方のアイアン・ライノスは、先の経験からリュウのこの魔法だけは封じなければならないことを悟っていた。
一度目は防いだが、その時のダメージは経験したことがないほどのものだった。だからこそ足を止めようとはしない。リュウを真正面から打ち砕くために、更にスピードを上げた。
「二番目!」
更に速度を増し、ついにアイアン・ライノスはリュウを目視することが出来なくなった。
見えない相手だろうと顔を覆う盾のような皮膚には関係ない。アイアン・ライノスも前面に魔力を纏い、頭の固さを武器にリュウの“最後”の攻撃を受けきる体勢に入る。
しかし、リュウはその速すぎる速度のままアイアン・ライノスを通り越していった
『ヌホン?』
アイアン・ライノスは、見えないながらもその行動に違和感を覚えた。
しかし大きく取った助走によってスピードは既に限界速をも超えていた。当然止まれるはずもなく、封魔石の壁に頭突きをすることになった。
案の定大きく亀裂が入り、壊すまではいかないまでも頭がめり込んでしまった。しかしリュウの攻撃は防いだ。それは自分にとっての勝利だと“勘違いした”。
「やっと溜まった!」
限界まで魔力を溜めていた。同時に二属性の魔法展開をしなければならず、さらに衝撃に耐えられるように最高レベルで。ようやく、守られる筈のティナの出番が来た。
【妖精の弾力】
【即席大地】
ティナは二つの魔法を同時に展開した。
一つ目はクッション代わりの魔法。水の表面張力を極限にまで高める魔法で、主に落下などによる破損防止の魔法。二つ目は簡易的な土の板を作る魔法。本来は防御に使うものだが今回は違う。
封魔石の壁に沿うようにクッションを浮かせ、土の板をクッションに密着させる。横向きになった二つの魔法は、リュウと真正面に向き合っている。
そして、突っ込んできたリュウとぶつかった。
しかし、土の板の向こうにあるクッションが、徐々に力を見せ始める。リュウの最高速の突撃を和らげ、今度は逆に押し返す。
そして、“方向転換”に成功した。
「三番目!」
リュウの攻撃は死んでいない。
アイアン・ライノスを通りすぎた事こそが本当の狙い。展開した三番目の魔法陣に向かって速度そのままに突っ込む。
ティナの二つの魔法はリュウの方向転換に耐えられず崩れ落ちたが、リュウの速度はそのまま。三つ目の魔法陣にさしかかり、音速を超えた。
そうして、リュウが百八十度向きを変えたことで見えたのはアイアン・ライノスの後部。くるりと巻かれた尻尾を捉える。
【超速紅蓮爆炎拳】
音速を超えた拳が、アイアン・ライノスを後ろから撃ち抜いた。アイアン・ライノスごと封魔石の壁を砕き、次に進むための道を生み出した。
「へっ、後ろからなら効くんだろ……って痛ってー!」
やはり右手の折れたリュウ。壁に穴を開け、気絶したアイアン・ライノスの上でのたうち回っていた。
「ほんと馬鹿ね」
「へ、あいつは頭がカチコチなんだ。俺の頭は固くねーんだよってな」
「上手いこと言ったつもり? その頭がさらに馬鹿になる前に飲みなさいよ」
小言と一緒に小瓶を差し出すティナ。元々そうするために飲まなかったそれを、リュウは最初受け取らなかった。
「でも、それじゃ……」
「勘違いしないで。私の魔力を一応は温存させてくれたお礼よ。そこは、ありがとう」
「そうかよ、サンキュ」
リュウの傷は治り、気づけば時間が迫ってきたことに気づく。
「行こう、時間がない」
「皆待ってるかもしれないしね」
大穴が開いたことで通りやすくなったが、続く先がどこかはわからない。
『ヌッホホン……』
急に後ろから聞こえてきた声に気づいた時には、二人は壁際に追い詰められていた。