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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
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168 策士策に溺れない


 始まりは新入生クエストの時だった。魔物に襲われた民家から見つけ出し、その石が魔物をおかしくしたと被害者達が語った。

 次に見たのはそれからしばらく経った頃だった。学園の教師となるものを護衛するクエストで、魔物に襲われた。通常相対することの少ないその魔物にも、石が付いていた。

 そしてそれらとは異質な、ネリルという少女に起きた現象に酷似する目の前の敵。


「ネリルさんが殺された理由?」

「あの赤い石はアッシュの住んでいた場所、そこに出現したドラゴンに付いていたものでしょう。フェルマ先生を通して【アルテミス】で調査してもらいましたが、僕には結果が知らされなかった。つまり、“そういうもの”です」

「そういうもの?」

「魔物も人間も、恐らく生物全般を変異させてしまうもの。目の前の状況から察するに、強制的に暴走状態を作り出す石なのでしょう」


 魔力が跳ね上がり、体躯も大きくなった。変異と言えば聞こえはいいが、人智は超えている。


「彼女、ネリル・オーンはそこで恐らくリュウを捕らえる任務を受けていたのでしょう。でなくとも、あの石を使用するように仕向けられていたはずです。だからこそ彼女はそれを持ち、使用した」

「じゃあネリルさんも、【メガイラ】の一人だったってこと? 口封じのために殺されたの?」

「彼女は【メガイラ】では無いでしょう。試合前に何やかんやと理由を付けられて利用されただけですよ。証拠を残すようなやり方は完全に素人のそれです。まあ口封じで殺される程度の存在ですね」


 その殺人こそが、イクト達が探す裏切り者の仕業。イクトはそう判断したが、未だ特定できていない裏切り者の闇を再び目の当たりにしただけだった。


狂戦士(バーサーカー)のように人格を破壊し、見境なく敵を排除してしまう副作用。またはそれが目的。とにかくあれは厄介ですね」


 イクトは『笹貫』を抜き走り出した。


「ウアアアアァァァァァァァ!」

岩石招来(アグリコア・レインズ)


 再び岩がイクトへ狙いを定めたが、必要最低限のものだけを切り刻み、残りは全て躱していった。そして、『笹貫』を真横に投げつけた。


「【吸花擘柳】」


 それは魔闘祭のときにも使った、刀を囮として自らが敵の懐に入る技。

 しかし今回は刀にさえも当てないように、魔力コントロールは完璧に。イクトの方へ飛んできた岩は全て逸れていき、道が拓いた。


「神風流無刀術参ノ型【神騎(しんき)】」


 ダンバの懐に入り込んだイクトは、胸元に強く突きを入れた。

 【神騎】はしかし、打撃力はとても弱くまともにダンバの岩の皮膚には通らない。その本領は震の技。人体の急所のひとつである心臓まで振動を突き付け内部から仕留める技。

 しかしそれでも、ダンバの固すぎる岩の皮膚を超えるには至らなかった。


(……通らないか、一度距離を──ッ!?)


 距離を取ろうとした瞬間、イクトは足を掴まれてしまった。


(スピードまで……)


 思考を巡らせた時には遅く、跳ね上がったスピードにパワーを乗せて壁に投げられた。


「イクト君!」


 人体が耐えられるはずもない驚異的なスピードで壁に叩きつけられたイクト。惨く鈍い音が響いて、地面に落ちた。堪らずマリーは駆け寄った。


「大丈夫です」


 咄嗟に自身の作り出せる最大の防御魔法と強化魔法と【吸花擘柳】を発動させていた。三段階で衝撃を殺さなければ、出血程度では済まず今ごろ頭が割れていた。

 目に入りそうになった血を拭き取り、イクトは立ち上がった。


「ふう、打つ手がないですね」

「今の私の銃闘術じゃダメージは与えられないよ」


 イクトの攻撃は通じない。攻撃力はマリーよりも高い。つまり、手詰まりとなっていた。


「死ネ、死ネ、死ネェェェェェェェェェ!」


 ダンバがさらにスピードを上げて迫ってきた。

 防ぐ手段もなく、攻める手段もなく。それでも、悪あがきだとわかっていても、マリーは黄金の短銃『メルキオール』を喚び出してダンバを撃った。


「ウウ……イタイ……」


 効かない筈の魔法弾。しかしダンバの動きは止まった。


「わ、私、最強になっちゃったのかな?」


 思わず血迷うほどに効果的だった。しかし、血迷っただけとも限らない。


「そうか、属性の優劣!」

「ユーレツ? ああ、ああ……」


 マリーは忘れている。


「習いましたよね。属性には優劣関係があります。リュウの【炎】はティナの【水】には弱いというあれです」

「ああ、『リュウ君(炎)はティナさん(水)の尻に敷かれる』で覚えたやつだね!」

「……ああ、はいそんな感じです。とにかくダンバの属性は【土】です。マリーの【雷】はとても効果的だ」


 一縷の望みは、二人の関係が面白いことに気づいていたマリーの一撃によって生まれた。


「だったら話は速いね」

【次元転送・バルタザール】


 一発、撃ち込んだ。ダンバの動きは再び止まった。純白のライフルにたっぷりと雷属性を込め、マリーは狙いを定める。


「ウウウウウウウウウッ!」


 超近距離の狙撃となるため、しかし狙われやすくなってしまう。ダンバの岩がマリーに向けて放たれた。


「さながら姫をお守りする忠臣にございます」


 立ち塞がるは風の侍。斬り刻まれた岩が地面に転がった。イクトが守り、マリーが攻める。


「ヴヴァァァァァァァァァァァァ!」


 完全に意思の消え失せたダンバだが、戦闘本能は強まっている。


岩石招来(アグリコア・レインズ)


 無数の岩をマリーに打ち込み始めた。


「【吸花擘柳】」


 ふわりと風は巻き起こり、流れが変わっていく。


「シュート……」


 拓いた道を切り抜けて、マリーの魔法弾はダンバを撃ち抜こうとした。しかし、ダンバはスピードも強化されていた。本能のみとなったダンバの回避能力は桁が違う。魔法弾さえも避けてしまった。


「なるほど……」


 当てられなければ意味がないだろうと、無いはずの意思をイクトに見せつけるが如く笑ったダンバ。

 イクトとマリーに向けて再び岩を発射した。イクトは防ぎ、マリーが撃ち込み、ダンバが躱す。終わらないイタチごっこだが、徐々に距離を詰めていたのはダンバだった。


「全然当たらないよ……」

「大丈夫ですよ、一発でも当たれば良いんですから」

「グッヘッヘッヘヘヘヘ!」


 その時ダンバは笑った。狂戦士(バーサーカー)としての興奮だった。


「ソヨカゼ、ソヨカゼェェェェェェェェェ!」


 右に左にステップを踏みながら近づいてきた。マリーは既にライフルのスコープにさえ捉えられなくなっていた。


「『笹貫』第二解放……」


 果たして何処からか。その策がいつからだったのか。悟られないからこその策であり、イクトの本領である。


「【夕凪(ゆうなぎ)】」


 途端にダンバの動きは止まった。

 動きを止めたイクトの『笹貫』が淡く発光していた。不敵な笑みを浮かべるヒールなイクトが、動きたくとも動けないダンバにゆっくり近づく。


「さて、僕はいつこの刀の能力を風起こしだと語りましたか? 僕はしっかりと教えて差し上げましたよね?」


 イクトは道を開ける。魔法弾を通すために。


「【空気の操作】だと」


 マリーへと歩み寄るダンバの動きが止まった。


「貴方の周りの“空気圧”を少し弄りました。高すぎる圧力は最早地上では考えられないレベル。そうですね……水の中でもがいている感覚でしょうか。はは、まあ今の貴方には聞こえていないでしょうけど」


 ゆっくりゆっくり動くダンバは、とても苦しそうにしていた。下手をすれば空気が自分に入り込みすぎてしまう。


「どうですか? 地上で“溺れる”感覚は」


 マリーは雷の魔法弾を撃ち込んだ。ダンバはそれを右腕で防ぐ。いくら属性の優劣というものがあったとしても、超高密度の土を砕くほどにマリーは雷を込めていない。少しの痺れで、魔法弾はすぐに消失した。


「ザマア、ザマアアアアアァァァァァ!」

「だから言ったでしょう。当たれば良い、と」

「七発溜まったよ、イクト君」


 マリーはもう役目を終えた。『バルタザール』を異空間にしまい、あとは自然現象を待つのみだった。

 そこでダンバは狂戦士(バーサーカー)ながらに気づいた。今まで躱し続けていた雷の魔法弾が、自身の周りを浮遊していることに。


「あなたの体に溜めた一発分の雷と、周りの私の六発分の雷。そこには電位差が生まれるの。その差によって、私の魔法弾に蓄えられた雷は全てあなたに向かう」

七海の覇王シンドバッド・サンダーボルト


 一秒にも満たない、それでも最大最強の攻撃がダンバに放たれた。ダンバに落ちた雷が、ダンバの動きを完全に止めさせた。防ぎ様の無い攻撃で、遂に膝をつく。

 しかし、それでも動こうと魔力を高めていく。だからこそイクトは走っていた。


「“恋々と──”」


 ダンバには雷の魔力が蓄積された。


「“──寝らえぬ風に──”」


 地面は封魔石で出来ているため、雷はアースを失いダンバの体を常に駆け巡っている。


「“──加我の国”」

風纏い(ウィンド・フォース)


 そうして蓄積された【雷】に有効な属性は【風】。イクトは小さく唱えた風を全身に纏う。それは、イクトの魔法と魔法武器の共演だった。


「第二解放“追式”」


 呼び出した風を己に纏わせる。掌握したのは空間だった。


「【紫鳳蒼天加我国しほうそうてんかがくに】」


 全身に風の魔力を纏うイクト。風を付き従え、纏うことで、攻撃一つ一つに風の追加攻撃を乗せるブースト。イクトそのものを風魔法とする超攻撃魔法であり、超攻撃技法でもある。

 それはダンバを、真横に両断した。


「雷を蓄積したからこそ、僕はあなたを斬ることが出来た」


 『笹貫』を鞘に納めたイクトは静かに語った。


「やったねイクト君!」

「ありがとうございましたマリー。さあ、出ましょうか」


 ゴーレム種はたとえハーフと言えども外傷には強い。切り離されたとしてもくっ付けることは簡単に出来てしまう。身動きはとれなくなったが急所を外したため、情報は得られる。


「ダンバ、出口を教え──ッ!?」


 狂戦士(バーサーカー)となったダンバに答えは言えないだろうと、諦め半分で質問をしたその時だった。

 最初に突然現れたように、今度は突然姿を消したのだ。既にダンバの半分に別れた体二つともの姿は何処にもなく、魔力探知にも引っ掛からない。


「どうして? 転移だって出来ないはずなのに」


 謎しか残らないその空間。刹那、壁が爆発した。煙が晴れるとそこには奥へと続く通路が現れていた。


「で、出口かな?」

「まるでゲームですね。不愉快だ」


 イクトは唯一拓けた道を歩き始めた。マリーも恐る恐る後ろから着いていく。

 

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