162 本物の魔導師の闘い
「そういえばロイさん、アルってどのくらい強いんスか? 元帥って言ってもまだ十五の少年ッスよね?」
走りながら生まれた素朴な疑問だった。主力として参加したロイとゾットが二人とも本隊と離れたのだ。焦りも生まれるはずだった。
「……う~ん、ゾット君は知ってる? 今まで光属性の魔法には攻撃魔法が“存在しなかった”ってこと」
「ああ、確か五、六年前にやっと闇に対抗できる魔法が生まれたッスね」
光が補助魔法に向いていることは既に周知だった。しかし、闇を祓うまでには至らないその力は、パワーバランスの崩れたものとして劣等属性の名を与えられていた。
そこに革命を起こしたのが五年と二ヶ月前。たった一人の魔導師の力で、闇を祓う術を得た。
「それを生み出したのはアルなんだよ」
「へえ、そりゃすごい……ってええっ!?」
「彼は天才だから」
「天才って、ええ!? その頃じゃまだ小学生くらいじゃないッスか!」
「天使のような慈悲と悪魔のよう無慈悲。だから彼の二つ名は《天使と悪魔》なんだよ」
「そんな……」
ロイはいたずらを思い付いた子供のように笑みを浮かべる。
「彼は光属性の魔法を極めた者だ。闇を滅するためならば、威光は簡単に研ぎ澄まされるってね」
そそくさと先を行くロイの背中に、不安などは無かった。
* * *
「いいねいいねとってもいいね!」
ディオニアの高揚をその場の全員が感じ取った。『喰神』を持つ手に最大限の力を込めて、ディオニアはアルに斬ってかかる。
一方のアルは微動だにしない。『喰神』の刃は目の前まで迫っているというのに。
「“示しは灌ぎ名を迎え入れて華詩に”」
【聖天旭日】
しかし、その刃がアルに触れることはなかった。アルの何をも斬れずに空を斬り、『喰神』はディオニアの手から離れた。
斬られる前にディオニアの体を光で撃ち抜く。短い攻撃だった。
「これからお前は何度その地に這いつくばるのだろう」
ただの下級魔法で地に落ちたディオニアを見下し、怒りの全てを吐き捨てる。
「堕ちろ」
【聖天旭日】
再び光属性下級魔法を放つ。掌から光を棒状に撃ち出すだけの魔法だが、速さにおいては雷をも凌駕する。
ディオニアは辛うじて『喰神』で無効化したが体勢は崩された。ようやく起き上がったところで、アルに蹴り飛ばされた。
顎を蹴られ無防備な状態で宙を舞う。意識を手放さなかったディオニアは片手で地面に手をついて一回転。バランスを立て直し、攻撃に転じる。
「いいか、お前に反撃と言う選択肢はないんだ」
刀に触れず手首に触れる。
くるりと刃の向きを変え、ディオニアの脇腹をがら空きにする。アルの空いていた右手には瞬時に魔力が集まり、破壊力たっぷりの掌打をお見舞いする。
【光源の百連刃】
刀に防がれまいと、光の刃を直撃させる。それでもやはり『喰神』に喰われていた。体勢を今一度立て直したディオニアは、全身に強化魔法を施し、アルに対して体術戦を挑んでいく。
【光源の百連刃】
アルの直進する刃を、一歩引いて目で追うという形で躱す。ひたすら空間の壁や天井やらを走り躱しつつ、反撃の隙を狙う。
それでも、アルには届かない。
直後ディオニアのうめき声が、無音だった空間に響いた。
残像しか見えないようなディオニアの速さに追い付き追い越し、顔にに膝蹴りを入れる。首に回し蹴りを入れ、肘鉄を食らわす。
身動きのとれない空中でさらに連撃を入れていく。ディオニアはガードを全て崩され、たった数秒で大の字になって落ちていった。
アルはさらに追撃する。がら空きになったディオニアの腹に軽く手を添えた。誇れるようなものは何も持っていない。それでも支えてくれる友のためにと、アルは瞳を閉じる。
【聖天旭日】
威光の一撃にディオニアは沈んだ。
「終わりだ」
【聖天旭日紅蓮飛翔】
魔法陣を一つだけ展開させる。
直後放たれたとてつもなく太い光線。圧倒的な光量で闇を打ち払い、地に落ちたディオニアを滅ぼす。上級魔法を直撃させたアル。ディオニアを警戒しながらもリュウ達の方へと近づいた。
「もう少しでこの結界も解けるはずだ。術者を殺す必要は無いから、生きたまま捕縛し【アルテミス】に連行する」
リュウに短く伝えたその瞬間、光が弱まった。連続的に一定時間ダメージを与える魔法だっただけに、急激な光の弱体化に、アルは少なからず驚く。
「さあ、『喰神』時間だよ」
誰しもが気づいた頃には、伸びた『喰神』の口がアルの腹を貫いていた。
時間差を経てアルは吐血し、四肢の力も抜けていく。リュウ達を捕らえている防魔結界の壁に寄り掛かるようにして、地面に倒れ込んでいった。
「第二解放【不喰嫌悪】」
その魔法武器は、元来魔力というものに反応する。そしてその魔法武器は、第二段階の解放を示している。有するは能力の強化。すなわち、“喰えるもの”の増加にある。
「アル!」
元の長さに戻った『喰神』が、咀嚼を続けていた。
自分自身の体を喰うような武器だから、アルの体を喰うことだって考えなければならなかった。しかし例えそうだとしても、リュウは身動きがとれない。
たったの壁一枚が自分を完全に無力にさせていることが、リュウには堪らなく悔しかった。
「大丈夫、すぐに回復を……ッ!?」
腹を貫かれたアルだが、すぐに回復を始めようとする。そしてその時になって漸く、“喰われたもの”の正体に気づいた。
「気づいたかい? そうだよ『造魔器官』を喰っちゃった、あは。君の負けさ」
「へ、それがどうした! お前なんかにアルが負けるわけ……」
言っている途中でリュウは気づいた。喰われたものがどういうものかを。
「確かに通常の魔導師なら、それを喰われても魔導師として死ぬだけ。命までは無くならない。けどそこの白髪ボーイの魔法を俺は知ってる。だから、造魔器官を喰わせた。さて、どうなるかな?」
アルの体組織の一部は自分の魔力で補っている。造魔器官が無くなれば、アルの臓器を補う魔力を生み出すことが出来ない。結果として、予想しうる最悪の結末になる。
「どう? 痛い? 体の中の色んなものが消えていく感覚ってどんな感じ?」
まるで傷口の時間が戻るかのように血が滲み始めた。
「えへへ、とっても綺麗だあ~」
赤い花が咲くように、羽織っているローブに染みていく。
「いいねいいねとってもいいね。人がゆっくり死んでいくよお~」
「このままじゃ……アルが……」
後ろ姿に覇気の無くなったアル。ティナは膝から崩れ落ち、現実に気づき始めた。
「アル君!」
何度も壁を壊そうと魔法弾を撃ち続けるマリー。
「起きてくださいアル」
防魔結界に休みなく攻撃を入れ、遂に両手の痺れによって力も込められなくなってしまったイクト。それでも諦めようとはしない。
「見せてくれんだろ、本物の魔導師の闘いをさ!」
リュウの拳打も届かない。
しかし、アルにだけは全員の言葉が届いていた。弱々しく起き上がる。防魔結界に寄りかかるようにして少し立ち上がり、血を吐く。
「アル!」
魔力が生成できなくなり魔力で作っている組織は崩壊していく。既に戦闘をせずとも決着していた。
「……多分、リュウに出逢わなければ俺は既に死んでいたと思う」
ふらつき、汗の滲み始めたアル。最早見ていられない様だった。
「よせ、死んじまうよ!」
リュウの制止も効かない。
全てはそこから始まったから。全ては彼のおかげだから。ティナと出逢えたことも、マリーと出逢えたことも、イクトと出逢えたことも、全ては彼に出逢えたから。
「俺と……」
今まで恥ずかしいからと言えなかった一言。今ならばはっきりと言える。心の中でだけのその言葉は、ようやく表に出されることとなる。
「友達になってくれてありがとう、リュウ」
立ち上がることも出来なくなったアルは、べっとりと結界壁に血を付けながら沈んでいく。リュウも膝から崩れ落ち、しゃがみこむ。
「なあ、おい! 嘘だろ! そんなのわかってるよ俺だってめちゃくちゃ感謝してるよ! だからさっさと起きろよ! 死ぬなよ!」
意外にもアルは笑っていた。
「全員もう一度その眼を開け。そして見ててくれ」
アルは諦めてなどいない。
「これは俺の闘いだ」
【聖天旭日紅蓮飛翔】
崩れ落ちた筈のアルから放たれた魔法に一瞬反応できなかったディオニア。しかし難なく『喰神』に喰わせる。しかし、強すぎる威力は殺しきれず、踏ん張りも負け後ろへと後退させられた。
(……『喰神』を介してもこの威力。上がってる?)
その不自然な威力に気づいた。
「何をした?」
ディオニアの問いを無視し立ち上がったアル。着ていたローブを脱ぎ去り、長袖だった上着も脱ぐ。
タンクトップ一枚の格好となったがしかし、見える肌は黒く変色していく。両腕の甲から伸びた魔力中毒の黒だが、その証は額にも刻まれていた。
五稜とは、四肢と額を意味するもの。
「リュウ……」
【五稜封印特式解放】
体の全てが、そして漆黒に包まれた。だからこそ映える白髪がアル自身の輝きを表す。
「お前は必ず世界一の魔導師になる。だからその夢を諦めるようなことだけはしないでほしい。応援してるから」
【光極・白天創成無限昇華】
散りばめるは星のごとし。悲しみを洗い流し、いつかその希望を憂いていた。アルは一切の汚れなき魔力で、闇を打ち消していく。そして二秒後、数えきれないほどの光が闇を埋め尽くした。
「なんで…… 魔力が残っているんだい?」
「俺は体内の五ヶ所に魔力を溜めている。それを全て解放し、こうして光属性の粒子として周りに散りばめた」
明滅を繰り返しながら浮遊する星々。白天の名の通り、見通す先は全て白色に包まれている。
「この一つ一つの小さな光は全て俺の魔法だ」
アルは言いながら、浮遊する光の一つに手を添えた。その瞬間、消えかけていたアルの組織は完全に回復し元の状態に戻った。手を添えた光はアルの体を覆い、数秒してから消えた。