表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
157/301

154 想う気持ち


 朝早くに目を覚ましてしまったティナは、覚えたての念話を使った。かけた相手は自分が師匠と呼べる人で、今日は休みだと快くティナの願いを聞いてくれた。

 ゆっくりと準備をしたが未だ街の店が全て開く時間ではない。朝早くからやっている喫茶店か、昼過ぎまでやっているバーにするかを選び、結局喫茶店にした。

 早速飛び出て五分ほどで着いたが、既に彼女はティナよりも早くに到着していた。元気に手を振ってくれて気づいた。

 濃紺色の髪の毛は手入れが行き届き、男を誘惑するためだけの化粧もばっちりだ。胸の大きな膨らみをいつか自分もと思いながら隣に座る。

 名をミルナ・ホーキンス。【アルテミス】四元帥が一人《絶対零度の雨女》だ。

 休みの日などは顔を隠す必要もない彼女は、既にカフェモカを半分ほどまで飲んでいた。


「どうしたの? こんな早くに。珍しいじゃないの」

「どうしても相談に乗ってもらいたいことがあったんです。それにしてもミルナさん、こんな早くに出てくれてありがとうございました」

「私は……ふふ、色々シてたのよ」

「へ、へえ」


 急に艶かしく語調が変わり、どう返せば良いのかわからなくなったティナは取り敢えず適当に返した。そしてミルナの目付きは変わった。


「私は反対よ」


 先ずは【メガイラ】征伐任務のこと。ミルナは全ての情報を知っていて、尚且つ自他の実力もわかっている。

 それ故の反対だった。


「ロイとアルの二人が着いていても勝率は五分。戦力は少なすぎ、敵地に乗り込む作戦なんてどうかしてるわ」

「それはわかってます。でも、私だって今まで何もしてこなかった訳じゃないんです」

「私が教えたこと、ティナは完璧にこなしてたわね。でもそれはあくまでも“学生”に出来ることよ」


 出されたコーヒーには目もくれず、ミルナはくってかかる。


「ティナはまだ学生なのよ? 確かに前のパーティー潜入任務も、【メガイラ】への潜入も成功させたわ。だけどそれは潜入任務だけでの話よ。それに、ディオニアとか言うやつには手も足も出なかったんでしょう?」


 強くなっている実感はあった。魔闘祭を経てティナは劇的に成長している。しかし、それは学生レベルにおいての話であると言うこともまた実感してしまっていた。


「実力も人数も時間も圧倒的に足りない。だけど何よりも経験が足りない。真正面から当たれば、必ず死ぬわ」


 完全に言い返せなくなっていたティナ。ミルナが告げたことは全てが真実で、全てが正解だからだ。ティナの気持ちは揺らいでしまった。しかし、その揺らぎの中で見えたのはリュウの顔。


「この前のダンスパーティーでね、私リュウに告白しそうになったの。ちょっと勇気を出して走り出しそうになったリュウを引き留めもしたわ」

「あの子良い子だけど鈍感なのよねぇ」

「えへへ、そうなの。口も悪いしすぐ手が出るし嫌なやつよね」


 でもね、と。幸せそうにコーヒーの湯気を見つめるティナ。立ち上る熱気はリュウと比べるまでもなく弱かった。


「私やっぱりアイツが好きなの。まっすぐしてるところとか、いざというときのカッコいい目とか。多分どこがって聞かれたらもっと沢山言えると思う。嫌いなところも最初はあったけど、いつの間にかそれも好きなところの一つになっていた。……ってやだ、こんなこと言いに来た訳じゃないのに」

「うふふ、続けて続けて」

「何て言うか、リュウの力になってあげたい。『本当の強さ』を見つける手がかりを私も一緒に探したい。リュウだって急に英雄の子孫だなんて言われて混乱してる。隣に立つだけでも違うなら、私はリュウの隣で出来ることをしたい」

「百点満点ね」


 好きだと言うことが、自分でもわかっていた。どこかでそうではないと意気がり、恥ずかしさが勝り、直視することを避けていた。

 しかし今となっては胸を張って言える。ティナは、リュウのことを好きになっていた。


「私はリュウが好き。だからこそリュウの決めたことに着いていきたい。どうせ私達がどうにかしないと【バッドエンド】が発動しちゃうんだもの」


 全ての生を死へと誘う魔法。古より【闇】として語られてきたその魔法を止めるために発つ。

 命をも懸けねばならない思い任務“だからこそ”行くのだと。


「リュウったら、すっごい強くなってるのよ。でも私だって負けない。学年首席の底力を見せつけるわ!」

「……はあ」


 ミルナは深いため息をついた。知らないからこそそこまで楽観視できるのだと言ってやりたかったが、目を輝かせたティナに口を開くことが出来なかった。


「それにね、私“アレ”成功させたんだ」

「そう……。ならまあ、仕方ないわね。止めたって聞かないんだもの」

「えへへ、ミルナさんと話せてよかった。じゃあ行くね師匠!」


 その想いは決して色褪せなくて、たとえ踏み歩くそれが茨なのだとしても、真っ赤なリュウの背中に向かっていける。

 それだけがティナにとっては嬉しかった。

 学園の正門を走って抜ける。沢山の部活動があるこの学園の血気盛んなグラウンド。

 ティナは何とも説明のし難い感覚に背中を押された。それはまるで運命かのように、足は自分達の教室へと向かうことになる。


「おーい、ティナさぁ~ん!」


 右手を大きく振り、胸を大きく揺らす。呼び掛けられたその方をティナが見てみれば、そこにはイクトと共に走ってくるマリーの姿があった。

 さらにはポケットに手を突っ込み、イクトと何かの話に花を咲かせているアルの姿もあった。憎たらしい迄のたわわに実ったマリーのそれを見ながら、笑顔で手を振り返す。


 * * *


「お邪魔します」


 端正な顔立ちときれいな黒髪。それはイクトだった。前日から来ることはわかっていたが、少し寝坊してしまい朝から大慌てで部屋の片付けをした。

 ここは王立アルティス魔法学園学生寮女子階であるマリーの部屋だ。本来男子が女子の部屋に入ることはこの時間禁止であるのだが、そこは二大貴族。

 見られても何ら問題はない。

 イクトがきれいに靴を揃え、案内されたリビングへと足を運ぶ。

 特に変わりはない高級家具のオンパレード。部屋の作りから違うその部屋の中央には、やはり高価なテーブルがひとつおいてある。

 硝子と魔晶石とを組合せ、常軌を逸した値段と清廉さを持ったもので、イクトならばそこに脱ぎかけの靴下を置いたりはしない。


「わ、靴下置きっぱなしだった!」


 慌ててタンスに仕舞いこむマリーを見て少し笑うイクト。結果予想以上にもたついてしまった。


「……で、用件と言うのは?」


 落ち着いたときに、イクトから切り出した。出された紅茶をとりあえず飲み落ち着いたところでの一言に、マリーは少しだけ頬を赤らめた。


「うん、パパにね、話さなきゃなって」


 マリーは口で家族のことを語ったが、考えていたのはイクトのことだった。

 レイジーの屋敷から帰ってきて告白をしたとき、イクトには断られてしまった。それから多々ありはしたものの、結局マリーの告白に対する返事は無い。マリーはそう思っていた。

 それは、いわゆる生殺しというやつで、最近ではまともに顔を見ることもできないほどにイクトのことを考えてしまっている。

 マリーは父への報告という名目で、遂にイクトの本心を聞き出そうとしていた。

 がしかし、イクトからしてみれば生殺しに合っているのは彼自身という感覚であり、マリーの一挙一動に過剰に反応してしまっている。


「え~と、そうだその前にこれ見てほしいの」

「はい?」

「今度ね、王宮に行くことになってて。ほら王族特務隊とかいろいろあるから。手続きの書類って書き方あってる?」


 代々レイジー家とベルナルド家の両家は【アルテミス】王族特務隊を指揮することとなる。両家二大貴族は英雄誕生からの功績を称えられ、今では王国牽いては国王を支える【アルテミス】の盾として職務を全うしている。

 故にマリーもまた将来はその職に就くため今のうちからコネクションやら何やらの構築をしなくてはならない。

 特に、王族特務隊は特殊な構成で、完全に【アルテミス】他隊士とは待遇や職務内容も異なるため、時には大貴族との関わりもすることになる。

 隊長格がさらに出世することで王族特務隊に上がれる可能性もあるが、しかしほとんど無く、実力は未知数である。

 元帥とは違った特殊な職ゆえに、コネクションは必須なものとなっている。


「そうだイクト君は将来何になりたいの?」

「アルのように元帥というのも良いかもしれませんね」

「あはは、大変そう」


 隊長格よりの昇格は確かに可能であるが、しかし元帥とはそう望まれるものでもなかった。

 元帥という特殊な職ゆえに、戸籍は多くを改竄され、【アルテミス】を除隊扱いにされる。時には名前さえ変えさせられ、死亡者扱いになることもあると、アルがオフレコで語っていた。

 そうでもしなければ、二つ名のみを体として任務を行えないからである。純白のローブとあの仮面の重みは、それ相応のものだった。

 そのため、どうしても不安の方が先に来てしまうのだと言っていた。


「でもイクト君は強いし、きっと《賢者》にだってなれるかもね」

「なれるといいですね」


 気がつけば話は変な方向に脱線していた。どうせこのままこうしていても、ろくにイクトの顔を見られないマリーは、早々に父との交信に努めることにした。


「パパ、おはよう」


 マリーが話しかける先にはハンドボール大の魔晶石があった。これは、念話の使えない魔導師でも簡単に遠くの人と交信が出来るようになる魔法道具で、雷系魔晶石を併用するために『電話魔晶石』と呼ばれている。

 値段は目玉をひんむく程のものだが、マリーが入手するには問題ない。


『ああ、聞こえているよマリー。おはよう』


 電気的でノイズの混じった声が遅れて聞こえてきた。マリーの父、ゼウンの声だ。


「あのねパパ、私一週間後にねぜロス帝国に行ってくるわ。勿論イクト君も一緒にだよ」

『ぜロスに? 何の用があるんだ?』

「【メガイラ】のアジトがそこにあるって確定したの。皆でそこに攻めこむの」

『な、何をバカなことを言ってるんだ! 【メガイラ】って言ったらあのウェルダーがいた組織じゃないか。危険すぎる』

「わかってるよ。でも今【メガイラ】を倒さないと大変なことになるの。【バッドエンド】っていう魔法が発動されるのは絶対食い止めないといけないの」

『駄目だ! お前は仮にも二大貴族なんだ! それ以前に私の娘だ! そんな危険なところに行ってもしものことがあったらどうするんだ……』


 ノイズ混じりのゼウンの声は、言葉が重なっていくのと共にどんどん力がなくなっていった。それは単純にマリーが心配で、ゼウン自身が語るもしものことというものを恐怖しているからだ。しかし、マリーは引かない。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ