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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十二章【英雄の再誕】
156/301

153 燃やされる餞別


 * * *


『キャンキャン! キャンキャン!』


 朝から走り回る目覚まし代わりのタヌキ。アッシュの使い魔であるタヌキは、リュウの部屋を堂々駆け巡る。

 ダイちゃんを止めるアッシュが、眠たそうにしながら何故だかリュウの布団を剥いでいく。朝の日課となったそのやり取りは、休日のこの日により激化する。


「起きてよリュウ、助けてよ」

「うっせ、俺は休みなの」


 ロイとジオフェルから任務を言い渡されて四日が経った。あれからティナ達と何度も話し合ったが、未だに誰も決心できていなかった。納得の行く結論にも勿論至らなかった。それは、誰が渋っているというわけではない。既に行く行かないの問題でもなかった。


「起きて~」

「ふざけんな寝かせろ」

「ふうん、そうかそうか」


 アッシュは遂にタヌキのダイちゃんを呼びつける。つまり切り札を手に取ったということだ。


「ダイちゃん、おしっこ攻撃だ!」

『キャンキャン!』

「ぬわぁー待てやめろ! わかった起きる、起きるから!」


 朝イチで回す洗濯機ほど虚しく感じるものもなく、リュウは嫌々目覚めることとなった。


「今日さ、俺少し出掛けてくるから」


 汚れた寝巻きから着替えシャワーも浴びて、朝食をかきこみながらアッシュに言った。


「休みの日なのに?」

「ああ、約束してきたんだ」

「いつもなら扉にチェーンロック掛けてまで出たがらない休みの日なのに?」

「しょうがねーだろ、約束なんだから」

「どんな特売にも出掛けないほどの休みの日なのに?」

「お前、まじぶっ飛ばすぞ」


 一息ついて、リュウはまた喋り出す。


「学園行くの。もちろん再試とかでもねーよ。ちょっくら話したい奴がいるからだからな」


 支度をとっとと終えたリュウはそのまま徒歩五分の学園へと向かった。


 * * *


 部屋から廊下へ出て。廊下から転移魔法陣に乗って。ロビーから外へ出て。吹き抜ける風を受けて左に向かう。

 季節的に花の少なくなった花壇を横切って。見えてきたのは大きなお城。五分で着く学園を俯瞰し、ゆっくり門を抜けていく。

 箒レースと魔法絨毯レースは基本的に夏と冬に行われる。現在は大会シーズンのため両部活動は盛んに練習していた。

 頭上を風のように通過していく姿を見るだけで、気分は高まる。

 陸上部はゆっくりとメニューをこなしており、その横には時折助っ人として参加していた魔法サッカー部も練習していた。

 ここが、魔法学園。ここが、リュウの通う学園だ。

 シエラを殺し、その騒動の最中でネリルをも手にかけたあの組織。後者の犯人は捕まっていないが、彼らが壊した体育館は綺麗に修繕されていた。

 煉瓦で建てたようにも見えるが、実際の強度は最新技術によって鉄にも劣らないものだとフェルマは言っていた。

 城の外観に合うようにと作られたそれは、しかし大して使わない。むしろ、情緒の欠片もないグラウンドをどうにかしてほしいと思っていたリュウ。

 そこは、シエラが守るための戦いをした場所。穴だらけとなっていたそこも綺麗に平らになり、今では数々の部が利用できている。

 体育館を抜けて、ちらりと見えたグラウンドから視線を戻すと、上にはアーチ橋の渡り廊下が見えてきた。

 本校舎と特別棟とを結ぶのだが、もとは城である。アーチ状に積まれた煉瓦を、吸着魔法で強化したつくりで、その橋の渡り廊下に絡まる蔦が時代を感じさせる。

 特別棟では主に理科系授業の実験が行われるが、リュウは授業を合わせても十回ほどしかそこへ行ったことがない。一年生にはあまり実験を組み込まないカリキュラムであり、特別棟のありがたみは二年にならないとわからないらしい。

 橋の渡り廊下をくぐり抜け、教師が交代で世話をしている花壇に目をやる。きれいな花は現在少なく、霜柱の方が目立っていた。

 大聖堂のように広い作りになっている、昇降口はすぐそこだったが、リュウは花壇の近くに止まった。

 見上げるほど大きな城はその昔、王宮だった。

 まだイデアができて間もないころから凡そ八百年。何十回という修復と建てかえを経て今の校舎となっている。

 城の中央には七階まである塔が建てられ、そこに付けられた巨大な時計は古い時の魔導師が作ったものだと習わされた。

 絶対に狂わず止まらず、街の一番の技工士が毎日手入れをしている。リュウには出来そうにない仕事だった。

 平日ならばとっくに授業が始まっている時間を過ぎ、リュウは校舎の中に入っていく。休日ということもあり、いつもは人通りの多い昇降口付近も人は疎らにしかいない。

 一日の知らせをする紙もせいぜい二、三枚程しか空を飛んではおらず、リュウに追試のお知らせをするいつもの折り鶴も飛んでこない。それは、学園長の魔法だという。

 身だしなみを整え上履きを出してくれる鏡『一身鏡』のお世話になった後、リュウは城の校舎のさらに奥へと入っていった。

 土でできた廊下は魔力によって動く歩道となるが、リュウ達一部の男子生徒はいかに床を歩かずに教室に向かえるかを競っている。

 魔法が苦手なリュウは変わった魔法は使わず(使えず)に壁を走る。才能の無駄遣いをここでも披露した。

 たどり着いたのは自分達「1-A」の教室だった。フェルマの担任になってから、部屋には汚れが目立つようになり、掃除係が新たに作られた。

 差し込む光に目を細めカーテンを閉める。いたずらに花を咲かせ、よだれを垂らして枕がわりにした自分の机を見る。何度も蹴った椅子に座る。

 やはりここはリュウのいた学園で、これからも居続けたい学園なのだ。リュウは魔法学園の生徒なのだ。


「お、なんだお前珍しいじゃねえか」


 入ってきたのはフェルマだった。珍しく無言のままここへ来たリュウにとって、少し接しにくい人物。恐ろしく高いリュウのコミュニケーション能力でも、フェルマは骨が折れる。


「追試ならまた今度にしろよ」

「えっ! この前終わらせたじゃん」

「ああ知ってる、冗談だ」

「くっそ、インケン教師」


 頬杖をつきながら文句を言うリュウ。


「……また、ゼロス行く」

「は? 何しにだよ俺聞いてねえぞ?」

「当たり前だろ。あんたに言っちゃいけないやつだし」


 フェルマは【メガイラ】について、ほとんどのことを聞かされたが、リュウ達の任務については聞かされていない。唐突なリュウの一言に驚きを隠せていなかった。


「てかさてかさ! 俺それ終わったら英雄祭で主役やんじゃん! もう今から緊張してんだよね!」


 空元気もいいところだった。ここに来るまでに考えていた全てのことを忘れようとして、思いきり大きな声を出した。


「なあ、お前隣のクラス何やるか聞いたか?」


 フェルマの問いだ。当然それどころではなかったリュウは知らないと答えた。


「『英雄物語』だとよ。俺達んところに喧嘩売ってきたんだよ」

「へぇ、ならこのリュウ様。その喧嘩買わねーわけにはいかねーなぁ!」


 被せてきたということは、宣戦布告の合図なのだ。リュウには燃える展開だった。


「……まあなんだ、お前は馬鹿で間抜けでろくに勉強もできねーガキだけどよ。シエラのことはこれでも感謝してんだ」

「え?」


 閉めきったカーテンの奥を見つめて、照れを隠しながら話すフェルマ。


「怪我すんなよ。俺の科目だって追試やらなきゃいけねえんだぞ」

「……おう! お、おお?」


 思わぬ背中の押し方だった。


「……なあフェルマ」

「いい加減“先生”付けろな。で、何だ?」

「俺さ、ティナのこと好きなのかな」

「そりゃおまえ、今日の夕飯は…………はっ?」


 リュウの真剣な眼差しと、おそらくは言ったであろうその言葉。フェルマは思わずリュウの顔を二度見してしまった。


「なんだお前、年頃か!」

「あったりまえだろ」


 それもそうだと納得して、しかし次の言葉は出てこなかった。それは、特に理由もなく突然訪れた思考の停止だった。


「なんかさ、こう、何て言うの? ティナが他のやつと喋ってるのをいつのまにか俺は見てたんだよ。でもさ、何か思うわけでもねーんだ。ただいつの間にか見てる感じ! もしかして俺、好きなのかな」


 フェルマは笑ってしまった。

 世界一だと夢を見て、授業はまともに受けないリュウを知っているから。友達思いで仲間思いで、まっすぐなリュウの性格を知っているから。

 何より自分も愛した女性が、認めた存在だから。


「リュウ、俺はタバコとエロ本が大好きだ」

「クズ野郎だもんな」

「だが、一番はシエラだった。結婚指輪さえ渡せなかった臆病野郎だが、それで残ったのは後悔だけだった」


 何が言いたいのかとリュウの目が語っていた。フェルマはそんなお子さま思考のリュウを鼻で笑った。


「結局何をしようがお前はガキだ。やりてーことはやっときゃいい。そう思うんなら確かめてみりゃいい。時間は腐るほどあるが、本当に腐ることはねーよ。まあさすがにその鈍感さは直した方がいいと思うけどな。ティナが不憫だ」

「……はぁ? ティナのこと言ってたの? ん? よくわかんなくなっちまった」

「……お前、【メガイラ】と戦るのか?」


 唐突な話の切り替えはフェルマのいたずらだった。それでも無意味なものではない。その覚悟を知ろうとした。


「おう」

「ならこれ持ってけ」


 フェルマは一冊の本を渡した。女性があられもない姿で写ったエロ本だった。


餞別(せんべつ)だ」


 にかっと笑うその笑顔。今日一番のものだった。


「サンキュ」


 それを受け取って、燃やす。

 言葉にこそ出しはしなかったがそれはフェルマなりの応援だった。真正面から受け取って、リュウは立ち上がる。


「俺、世界一になりてーから。ちょっくら世界を救ってくるぜ」


 決心はついた。どうということはない、ただ走るだけ。喧嘩をするだけ。


「あれ、ここにいたの?」


 その時やって来たのはティナだった。その後ろには、最早お馴染みとなった三人の姿もあった。

 

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