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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
154/301

151 喧嘩


 話は現代。場所は病室。


「何て言うか、こう、ほわっとしてるよね」

「二人とも馬鹿なだけなのよ」

「まあ、だからここまで繋がれます」

「改めて話すと恥ずいんだけど」


 四者四様に返す言葉。アルの震えはいつの間にか治まり、芯の通った青い瞳を取り戻していた。


「じゃあさ、次はアルと喋るときのコツ教えてやるよ。基本的にさ……」


 こうして、深まってしまっていた溝は思わぬ形で埋まった。

 リュウの親友はアルであり、アルの親友はリュウであり、ティナもマリーもイクトも、もちろん親友だと。二人から五人となったこの仲間が、アルにとっては掛け替えのないものなのだ。

 断ち切る事は出来なかった。

 そしてそれで良かったのだと、心から笑うことができた。親友につき続けていた優しい嘘と、悪魔の力は、特に何もなく受け入れられた。

 翌日まで、五人はありとあらゆる話題に花を咲かせた。

 朝方、少し眠ってしまったティナは、アルの寝ていたベッドに頭を預けていた形で起きた。

 勿論冷えきっていた体なだけに、起きることが億劫となっていたが、あとから気づいたことが無理矢理起こさせる。

 リュウとアルの姿がなかった。


「リュウ? アル?」


 荷物なども特にまとめられていないだけに、用を足しに行ったのだとも思ったが、しかし妙な違和感がそこにあった。

 未だ寝ているマリーとイクトに毛布が掛けられ、よく見ればそれはティナ自身にも掛けられている。そのような気が利くことをリュウに出来るはずがない。

 アルは、それほどまでに回復し、自分の力で外に出ていったということだった。


「ねえ、皆起きて、アルがいないの!」


 もう、普段通りの生活には戻れない。何故ならば正体を明かしてしまったから。姿を消してしまったのだと、ティナの頭には一番に浮かんでしまった。


「とりあえず外に! ほら起きて!」


 寝ぼけて口を動かし続けているマリーと、低血圧から動きの鈍いイクトを無理矢理起こし、病室を後にする。


「まさか、もう私達には会わない気なんじゃ……」

「そんな……」

「元帥ということがバレていますからね。とりあえず早く探し出しましょう」


 途中何度も公共の休憩スペースを覗いたが二人の姿は無かった。【アルテミス】本部施設に併設されている軍の病院なだけに、アルは動きやすい。

 本部へと向かった可能性も捨てきれないティナは、軍病院から中庭に出た。

 そこは、少し日陰の場所が多くなるように設計された所で、様々な草花と噴水が取り付けられている。特に中庭には患者や高齢者などがやって来るため、視覚的に治療も出来るような構造になっている。

 長閑で、冬とは思えない程の暖かさのなかで、遂に二人の姿を見つけた。正真正銘、リュウとアルだった。


「……本当に悪かった」


 風に乗ってティナにはそう聞こえた。向かい合って立ち、リュウがアルに頭を下げている。


「俺、何度もアルの変な動きに気づいてたんだ。けどそれは、【メガイラ】の裏切り者だからなんだって、思っちまった。絶対違うって思ってたんだけど、ディオニアと戦った時、アルは敵なんだって思っちまった」

「リュウ……」


 さらに聞こえてきたその言葉を聞いてしまった。寝ぼけていたイクトとマリーも、目が真剣に二人に向いていた。

 ティナは知っている。最後の最後まで、アルは【メガイラ】への裏切り者ではないと信じていたことを。最後の最後の疑いも、聞いてみなければわからないと決意しただけだということも。

 それでも、リュウはアルに頭を下げた。曲がったことが嫌いで、馬鹿なだけに真正面からしかぶつかれない不器用な少年だから。


「リュウは、俺の友達なんだ。喧嘩くらいしないとな」

「アル」

「俺の方こそ、ごめん。俺には力があった……。なのにシエラ先生を見殺しにしてしまった」


 【メガイラ】が初めて接触してきたあの日、アルはリュウを殴り飛ばした。助けにいかなければと急いたリュウを、アルは止めようとしたのだ。


『お前は、お前達は弱いんだ。』


 その言葉の真意を、やっと理解した。そしてその言葉がどれ程の想いで出たのかも知ってしまった。

 強いから。

 強すぎるから、その力を使ってはいけない。背負うものが大きくなってしまった力は、友を、恩師を守るためにさえ使えない。

 『本当の強さ』は、力ではない。


「リュウを殴って止めようとしたことも、ごめん。……本当に、今までごめん」


 アルが小さな頭を下げた。

 任務という枷がシエラを救う手を縛り上げた。友達の救いたいと言う想いを殴らなければならないほど、きつく強くアルの心を縛った。

 守れるはずの力を使えない。目の前で殺される。アルは自分自身を呪って、そしてリュウを殴り飛ばした。


「お前がどんな想いで俺を殴ったかわかっちまったよ。ゼロスで俺を助けた時だって、お前は反逆の罪を被ってでもって思ってくれたんだろ。そんなもん、責められるかよ」


 アルの後悔はずっと続いていたのだ。誰にも打ち明けられず、誰に悟られてもいけない。暗い闇の中、いつ落ちるかもわからない道を目隠しをしながら進むように、今までやって来た。

 フェルマの婚約者だったのだと知って、心そのものを絞められるような思いだった。

 叫んだら感付かれる。泣いたら見つかる。

 焼かれるよりも、引き裂かれるよりも、切り刻まれるよりも、串刺しにされるよりも、撃ち抜かれるよりも、殴られるよりも辛い。

 それを一人で抱え込んでいたのだ。壊れてしまいそうな心を、友情でどうにか繋ぎ止めていたのだ。その絆が、何よりの支えだったから。


「いつか、その罪は償う。見殺しにして、何もかもを諦めた俺の罪が、赦されることはないけど、いつか必ず」

「なら、お互い様だな!」

「え?」


 その時、リュウがアルを思い切り殴り飛ばした。

 生い茂る芝生に体を落としたアルは、目を見開いて驚いた。ティナもまた、鳩が豆鉄砲を食らったかのようだった。


「あの時俺に力があれば、お前がそんな想いをすることもなかった。お前が一人で抱え込んでいた辛さが、どんなものかさえも気づいてやれなかった。友達失格だよな……」

「そんな、そんなことは……」

「だから、また俺と友達になってくれよ。今度はそんな辛い想いも分けあえるような友達に。お前の拳くらい受け止めてやれるくらいの友達に!」


 うっすらと涙を浮かべて、そして自分を見下ろす。

 自分と同じ青の瞳が、その心を見透かせてしまうほどに澄んでいた。それとは正反対の燃えるような赤髪が、雄々しさを突き付けていた。

 アルはゆっくりと立ち上がる。その青い瞳を、そいつへ向けて。ちっぽけな拳を振りかぶって。


「……うっ!」


 次に殴ったのはアルだった。今度はリュウが鈍い声を出しながら芝生に倒れ込んでしまった。


「もう迷わない。友達を守ることを、諦めない!」

「ふざけんな! 誰が守られてやるかよ!」


 リュウが、またも殴り返した。


「うぉぉぉぉおおおおおお!」

「くっそおおおおおぉぉぉぉぉ!」


 すかさずティナが止めるために二人のもとへ向かおうとしたが、目を覚ましたイクトがそれを止めた。それは、イクトにしかわからないものだから。


「ちょっと、早く止めなきゃ……!」

「それは駄目ですティナ。止めることだけは僕が許しません!」


 ティナは、男の決意の瞳に押し黙った。マリーもまた目をそらさずに見つめることしか出来なかった。

 リュウとアルは、そして殴りあった。唇は切れ、瞼は腫れ上がり、青アザが上塗りされていく。鈍い音と少しの血が舞いながら、リュウとアルはひたすら殴りあった。

 魔力などは一切使わず、右手のみで立ち向かう。

 それは、憎いわけではない。嫌いなわけでも、遠ざけたいわけでも、倒したいわけでも、殴りたいわけでもない。

 友として好きだから、仲直りがしたいから、また笑いたいから。そして何より、それしか方法が見つからないから。

 気づけば二人は芝生に大の字に寝そべっていた。

 洗い呼吸を繰り返し、傷だらけの顔を晴れ晴れとした空に向ける。同じ青色の瞳が、同じ青色の空を見つめる。


「ハハハ……いってー」


 まともに指一本も動かせなくなったリュウとアルが、突如笑い出す。


「満足か、リュウ」

「お前、めちゃくちゃ強ェーじゃん」

「元帥をなめるな」

「んだよ、喧嘩なら負けてねーよ」

「冗談は膨れ上がった顔だけにしろ」

「うるせー童顔ダルマ」

「ゆで上がったサツマイモに言われたくない」

「何だと、ビビりチビ助」

「本当の事だ、唐辛子伯爵め」

「俺の方が強いんだよ、カリフラワー男爵」

「なに?」

「んだコラ」


 お互いがお互いに喧嘩を売る。ティナにはその理由がわからなかった。イクトが止める意味も、傷つけ合う意味も、ティナには理解できない。


「男ってほんとバカ」


 そう吐き捨てることでしか、解決には至らなかった。


「くっそ、もういいや」

「俺も、今日はいい」

「ぷっ、あっはははは!」

「なんだその顔は、くくっ……」


 リュウとアルは糸が切れたように笑いだした。一回りも二回りも大きく腫れ上がった顔を、見比べていた。


「あんた達、何やってんのよ」

「うわ~、リュウ君もアル君も痛そう」


 ティナとマリーはもう限界だと駆け寄った。もしもの時のための救急箱を取りだし、手当てを始める。


「イクト、サンキューな」

「さて、何のことでしょうね」


 イクトにはぐらかされながらも、リュウはお礼をした。


「ごめんね、アル」

「私も、ごめんなさい」

「あの時は済みませんでした、君のことを諦めて」


 三人もまた謝り、そしてアルが首を横に振った。こちらこそと丁寧に頭を下げた後、少しだけ鋭くなった眼光。


「除隊願を出した。これからは普通の学生になろうと思う」

「おま……それってどういうこと?」

「世界一は譲ってやる」


 友が友として、再び肩を並べたいと言っている。それを断る理由が、リュウには無かった。


「よっしゃ、久々に街行ってイタズラしようぜ」

「学生らしいな、それは」

「あんたらバカじゃないの? 校則違反よ」

「もぉ~、ティナさん細かいよ! じゃあ、私ゴミのポイ捨てとかしちゃおっかな~」

「一度でいいからやってみたかったんですよね、壁に落書きとか」


 四人が、再び五人となった。小さな背中に大きな重荷を背負っていたアルは、やっとその重荷の運び方を覚える。そして簡単なことだと嘲笑する。それは、誰かに持ってもらえばいい。別段最後まで持つ必要は無いのだと。


『皆、今からちょっといいかな。大事な話をするよ』


 ロイから届いた短いその念話が、遂に英雄気取りの少年の運命を動かしていく。

 

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