表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
153/301

150 Little Candy ③


 転移で馬車に乗り込むと、そこには既にミルナと馬車を操る御者がいた。

 仮面を付けていないアルだが、この馬車は元帥の移動や、要人警護など、隠密行動のためだけに用いる馬車であるため付ける必要はない。魔法防御は、“中の者”がするため下級のものも施されていない。外観は小汚ない馬車だ。

 転移ではなく馬車で行くのは、魔物の詳しい出現場所が特定出来ていないから。一刻を争うときだが、無駄に魔力を消費するわけにはいかないと判断された。


「この雨の中外にいたの? 泥だらけね、足元」


 馬車が走り出したが、ミルナのその言葉は聞こえていた。それでも返事をする余裕がなかった。リュウの事だけが胸中にはあり、任務のことさえよく聞いていない。


「あっ!」


 その道は、まさに先ほど通った場所。リュウが数人に蹴られ踏まれているところを、再び見てしまった。


「リュウ……」


 伸ばした手が窓に阻まれる。両手をそこに添えて、ただ流れる景色として見ることしかできない。置いてきた傘も餌も、何の助けにもならずに濡れていく。


「少し、止めてくださる?」


 ミルナが一言御者に命じた。


「あらぁ、どうしたの? 貴方の任務はあっちじゃないのよ?」


 足を組み直し丈の短いスカートを整える。胸元の開いたはち切れそうな服を少し直しながら、アルを鋭く見つめた。


「で、でも……」

「でも……の後には何も続かないのかしら?」


 意地悪く努めて、ミルナの瞳はより研ぎ澄まされる。


「り、リュウは、俺のことを友達だって言ってくれた」


 長い単語の羅列でも、アルにとってはものすごく長いものと感じる。


「それで、さっき泣いちゃった。で、でも、悲しいとか、怖いから、じゃなくて。えっと、だから……」


 ズボンの裾を握りしめ、俯いて、後になればなるほど声は小さく掠れていく。再び流れ始めた涙の意味を理解し得ぬまま、アルはひたすらに耐えることしか出来ない。


「行きなさい」

「え?」

「ごめんなさい。この馬車二人乗りだったのよ、ほら貴方身体小さいけど、一人は一人だから」


 有無を言わせず、馬車の扉を開けてアルを放り出したミルナ。数秒間雨にさらされながら固まっていたアルだったが、すぐに我に帰ったかと思うと走り出そうとした。


「ちょっと待って」


 その言葉に足を止めるアル。ミルナが馬車から折り、一つの小包を渡す。立派にラッピングされたそれの中には、青い宝石が取り付けられたピアスが一つ入っていた。


「貴方の魔力を年相応くらいまでは抑えてくれるもの。アルが救われますようにって、祈っておいたわ」

「……ありがとう」


 少し考えたが、アルはそれをすぐに耳につけた。内から止めどなく流れ出る涙のような魔力を、ゆっくり沈めていく実感が直後にやって来た。そして走り出した。


「宜しかったのですかミルナ様。ようやく連絡が取れましたが、隊長レベルでも抑えるのが精一杯だそうです。死者も出てしまっています」


 《絶対零度の雨女》の真名を知る者。元帥専用の馬車の御者としての職は特殊で、こうして顔見知っている分会話をすることもある。


「私は今まであの子の事をずっと腫れ物に触るように扱ってしまったわ。あの子がどういう境遇で育って、どういう魔導師になっていくか。それを知ってしまったから。だけど、あの子だって立派な男の子なのよ。あの子にはあの子なりの考えがあって、友達もいるの」


 走り出した馬車の中で、御者へ話しかけるミルナ。しかし内から来るものは親心でもなければ母性でもない。


「あの子にはこれから先、更に辛いことが沢山起こるわ。だから支えになってあげられる友達が必要なのよ。あの子を友達だと言ってくれる子がね。そしてようやく、アル・グリフィンとして生きられる」


 今まで呼ぶことを避けていたその名前だったが、今となっては祈るように呼び掛けることも出来る。


「私はほら結局母親じゃないからあの子にしてやれることなんて何もないの。軍の施設はあの子にとっては家じゃないし、同じ部屋の子は家族じゃない。けど、けれど友達を持つことは出来るから」


 任務を伝えなければならない役割を、ミルナだけが負っていた。日に日に滅入る了解の声と、日に日に高まる殺意の魔力を、ミルナだけが知っている。


「今まであんなに辛かったはずなのに乗り越えてきたのよ。今から幸せになるくらい何がいけないの。そんなものさえ見捨てる王国とか軍とか大人とか、私からしても糞喰らえだわ」


 このくらいはしてもいい、その小さな反抗心が、大きな胸を揺らす。馬車の揺れでも揺れたたわわなそれが、艶をさらに磨いていく。


「うふ、久々の実戦ね。ゾクゾクしちゃう」


 艶かしく、それでいて嬉々として鬼気として。ミルナは色気を押し出すようにして、足を組み直した。


 * * *


 アルは命の形を知ってしまった。いつか必ず消え去るその器の形を。そして、その尊さを。


「アル、あれお前早くね? あ、いや、違くてこれは!」


 リュウは傷と泥だらけの顔を見せないようにと後ろを向いたが、背中にも付いた泥やびしょ濡れの身体を隠せるはずが無かった。


「友達を助けに来た。困った時はお互い様だ」


 リュウの精一杯の意地っ張りを見ないように背を向けて、アルは一言告げた。


「きめぇんだよ! バーカバーカ!」


 リーダー格の一人が、貧相な子供ならではのボキャブラリーを晒しながら殴りかかる。

 いつものように“そういうこと”をしようとした彼だったが、子供ながらのパンチもキックも、本来のアルには当たらない。


「何だコイツ……」

「黙れ」


 ずんと、内蔵を潰すような魔力の圧力。にらみを聞かせただけの殺気。“そういうこと”をしようにも、身体が動かず恐怖のみが襲いかかってくる。

 結果として彼らは、泣きながら逃げ出した。


「ははは、ざまあみろっ!」


 何一つやり返さなかったリュウが、最後に叫んだ。抱えている小鳥を壊れてしまった小屋に戻す。屋根や一部の壁こそ取れてしまったが、原型は留めている。


「良かった、怪我はしてねーみたいだぜコイツ」

「そうか」


 鳥小屋を直すよりも先に、傷だらけのリュウに視線が行く。

 服の上からではわからないが、この大雨の中で冷えきった身体と、至るところにできた擦り傷や痣を、単純に心配した。


「……俺は、俺だけど」

「あん?」

「これからも、よろしく」


 精一杯の会話。会話にもならない一方的な押し付け。


「何言ってんの? それより今日はもう泥だらけだからさ、明日これ直そうぜ」

「あした……」


 リュウの言葉を反芻する。

 川の清流のように自然と入ってきたその単語は、次への希望だ。晴れ渡り太陽を呼び寄せる雨雲のように、明るくアルを照らした。


「あ、雨止んだ」


 『明日』という単語を繰り返し噛み締めていると、いつの間にか雨は上がっていた。黒々とした暗雲も消え失せ、水色が頭上には広がっていた。

 燃えるような赤と澄みきった青は、尚もアルに向いている。


(確か治癒の魔法って言うのは……)

治癒(キュア)


 見よう見まねの魔法だ。

 生き物を殺すためだけに使っていた力を、初めて助けるために使う。命の形を知り、その尊さを守るための力を使う。


「傷が一瞬で治った! お前スゲー魔法使えるんだな!」


 アルはその言葉に恐怖を覚えた。軍では殺戮のために魔法を習い、上達を強いられた。しかしそうなったとしても、この年でそこまでの力をつけてしまったアルに向けられるのは嫉妬と畏怖と、侮蔑の視線。しかし、アルの恐怖心はすぐに消える。


「サンキューな!」


 何の心配も要らない。余計なことだから。純真無垢な笑顔で礼を言われれば、恐怖心など湧くはずがない。


(俺が俺であるときは、もう二度と攻撃魔法は使わない。友達を守るのは、俺だ)


 小さな身体に誓った、大きな決意だった。


「こういう魔法は得意なんだ。何かあったら頼っていい」


 “苦手”な補助魔法を大いに使う。慣れないことを隠しつつ、リュウの傷を完璧に治したその時だった。


『ピー!』


 不意をつくようにして鳴き声を出した。

 小さいながらも逞しい、それでいて自由の象徴である翼を広げる。一回、二回と感覚を確かめ、野生の勘を取り戻していく。

 尚も甲高い鳴き声を発し、遥か彼方の天空にぶつけていく。


「と、とべ……」


 最初は小さな一言。天空の虚へと消えていくが、二人ならばそうならない。


「飛べ!」

「飛べ!」


 背を押す応援を一身に受け、小鳥は空へと昇った。

 翼を何回も何回も動かし、慣れない空を突き進んでいく。空を切り光を浴び、はためかせる綺麗な羽根。礼を言うように一言鳴くと、広い大空の先へといってしまった。


「はあ、あれだけかよ。ハクションなやつだな」

「薄情」

「そんなことより、ほい」


 リュウが小さな袋を渡してくれた。


「お前の誕生日決めただろ。それ今日だから」


 恥ずかしそうに視線を合わせず、こそばゆさがアルにも伝わった。


「おめでとう」


 それが、友達なのだ。

 空虚な眼差しを向ける大人達ではなく、嘲り人のレッテルを貼るわけでもなく、荒野に捨て去るようなこともしない。

 損得など無しに寄り付き、気づけば喧嘩をしたり、気づけば仲直りをしていたり。

 泣いたあとは笑って、怒ったあとも笑って。


「ありがとう」


 その一言が自然に言えてしまうような仲なのだ。アルはリュウの視線が向いていないことを確認して、少し笑った。


「だけど、誕生日は今日じゃない。もうとっくに過ぎている」

「はあ? なら最初に言えよ! 誕生日でもないのにプレゼントなんか渡すかよ、それ返せ」

「やだ」

「返せ!」


 中に入っていたのは飴玉だった。真ん丸で白い素朴な飴玉。砂糖の味しかしないようなものだが、その日からそれが好物になった。


「うまい」

「ああー! 俺の小遣い全部使っちまったんだぞ!」

「なら次は俺が祝ってやる」

「マジ!? 俺明日だから! ってか何くれんの? 飴玉? チョコ? 何ならビスケット? やべーめちゃくちゃ楽しみになってきた」

「期待はするな」


 それから数年。

 リュウは喧嘩で街に名を轟かせ、アルは尻拭い役となってしまった。増えた仲間は皆親友で、五人でいるときが何よりの楽しみになる。

 それを知るのは、まだまだ先のことである。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ