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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
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148 Little Candy ①



──最初の出会いは最悪で、さっさと死ねば良いのにと思っていた。でなければこの俺が、殺してやろうと思っていた。──



「おっと、わりぃな! 手が滑ったぜ!」


 そう言って生卵をぶつけたのは、近所に住む少年達だった。

 未だ十年しか生きていないアルにとっては、言わば上級生というものだが、彼にはそんなものに関係を見出だすことが出来ていなかった。

 初めての任務で百体もの魔物を殺したあの日から、生きとし生けるもの全てに対し感情を抱くことはなかった。

 自分の両手が、両足が、胴体が、顔が、髪の毛が、どんなに血に染まろうと、どうでもいい。青い瞳に写る鉄臭い赤色に感情を抱くことは最早無い。

 赤色は、アルにとって見えないも同様だった。

 買った必要最小限の食材と切らしていた消毒液を片手に、家路に着こうとした矢先の出来事。

 生卵のどろりとした感触が固くなり始めたところで帰宅すると、扉にはたくさんの張り紙があることに目がいく。


 『死ね』、『消えろ』、『失せろ』。


 意味合い的にはどれも同じではないのかと、軽いツッコミをいれる。そもそもこれ以外の文字の意味を知らない、知ろうともしないアルにとってはやはりどうでもよかった。

 扉を開けようとすると、今度は泥を投げつけられた。

 それだけではぐちゃぐちゃになって飛ばせなかったようで、中には小さな石が混ぜられている。そのお陰でアルの額は小さく切れてしまった。

 数人に増えた上級生達が嫌らしく笑っている。しかし、どうでもいい。特に何も感じはしない。

 世間一般で言うところの“そういうこと”が始まったのはつい最近のことだった。

 うっかり上級生の一人にシカトで決め込んだのが原因だとはアル自身も思っているのだが、他の事が原因なのかもしれない。

 人と言葉を交わすことなんて殆ど無い。話の仕方など知らない。それに話をしたとしても、やりたくもない意思疏通はほぼ不可能だ。

 そうして何に関心を持とうともせず、一日は終わる。何の気なしに任務をこなし、腕を上げていった。

 軍に所属していることはジオフェルを含む一部の者しか知らない。いかに王国一の軍隊とは言え、少年の入隊を許したとなれば国民からの批判を浴びる。

 数日間の間に何度も生き物を殺し、感覚はさらに麻痺していく。すれ違う一つ一つの命を軽く見てしまう。

 最初は空を飛ぶ鳥だった。自由に飛ぶその姿に可哀想だと思ってしまった。理由などはなく、ただ単に生きることが辛いだろうなと言う同情のようなものだった。

 次は道端を歩く犬猫だった。人に飼われるか、人に飼われず野良になるか。どっち道なにかに束縛され畜生に成り下がる。やはり可哀想だと思ってしまった。

 最後はもちろん人間だった。死ねば良いのにと心から思っている。だからどうせ殺しても大丈夫だろうと思っている。

 そんなある日のことだった。


「やめろ!」


 昨日の雨に泥を加えた水を頭からかけられ、数回踏みつけられ、さらにズボンを脱がそうと掴みかかってこられた時。

 薄暗く、一日十人通るか通らないかというほどの裏路地で、急に強烈な光が瞳に刺さった。

 “そういうこと”をするにはもってこいの場所で、そこで起こることは、目撃しても関与しないというのがこの街での暗黙の了解となっている場所だ。

 だというのに、何者かが声をかけてきた。言葉と同時に上級生達に殴りかかっていた。

 数に返り討ちにされたのだが。

 しかし、それに満足したのか上級生達は本日の作業をそれきりにし、帰っていった。


「へ、へへ……だいじょうぶかよ」


 驚き、そいつをまじまじと見つめる。

 ボサボサの髪の毛に自分と同じ青い瞳。着ている服はあまり良いものではないために貴族でないことはわかった。

 何よりも、見えもしないはずの赤い髪の毛が、一番の印象に残っていた。

 アルは答えることなく立ち上がった。どうしようもない汚れなので、払うこともせずに帰る。

 目を合わせようとはしない。その姿をしっかり見ようすることは本能的に避けてしまった。少年の、まるで太陽のようなまぶしい輝きが、どうしてもアルには直視できなかった。


「あ、おい! 俺リュウ、リュウ・ブライト。お前は?」


 その日はアルの十一歳の誕生日だった。


 * * *


 数日と経たぬ、次の日。リュウはやって来た。


「なあ、なんでおまえやりかえさねーの?」


 また“そういうこと”をされ、リュウが代わりに殴られた直後そう言われた。アルは無視を続けすぐに帰ろうとする。

 これでも、学校には通っているため顔も名前も覚えている。その少年の名がリュウ・ブライトだということも覚えている。つい最近、同じ小学校の同じ学年の同じクラスにやってきた、転入生だった。

 席はアルの一つ後ろなのだから関わることも当然ある。


「なあってば!」


 肩を掴もうと手をかけられた結果、反射的に投げ飛ばしてしまう。


「お、おおう?」


 投げ飛ばされたリュウはら目を丸くした。そのまま、その日は追いかけっこは終わった。


(どうせこいつもただの“命”だ)


 しかしあろうことか、リュウは何度もアルに接触を試みた。

 朝、小学校に向かう途中には門の前から。授業中は紙を回して。昼休みは横から。帰りは全速力で。トイレに待ち伏せしていることもある。逃げに逃げてそれから数週間。


「なあなあ」


 リュウの存在を忘れることはできずに、どうでもいいなどと片付けることもできずに、少しだけ目を合わせざるを得なくなってきていた。


(……まあいいか)


 アルはリュウに対してその時初めて口を開いた。


「なんだ」

「うお喋った! なんだよ喋れんじゃん! お前……アルの誕生日いつだよ教えろよ」


 さも当然のように言ってくる。どう返せば良いのかがアルにはわからなかった。誕生日は過ぎていたが、しかしそれは軍への入隊記念日だ。本当の誕生日などアルは知らない。

 唐突な質問をどう受けとればよいのかというところから、アルの思考は始まった。


「そんなのどうでもいい」

「え、良くねーし。その日は一生に一度のお祝いの日なんだよ。生まれてきてくれてありがとうって伝える日なの。友達なんだから祝ってやるよ」

「友達? 知るか」

「知らないとか普通ねーし。まあいいや。じゃあ来週の今日な! おれはその次の日だから!」

「勝手に決めるな」


 反論をするが、リュウは一切受け付けない。勝手に質問をし、答えを押し付け、それについての意見を塞ぎこむ。身勝手以外の何物でも無かった。『友達』という言葉を聞いたのは、この日が初めてだった。


「それより、あそびにいこーぜ!」

「それは命令か?」


 凄みを増した一言だ。しかしそんなものはリュウには通用しない。


「め、めーれー? んだそりゃ。んー、でもまあそんなところかもなぁ」


 命令を受けることは慣れているが、そうでなければ返事のしかたもわからない。命令ならばと安堵し、アルは駆け出したリュウの後を追う。

 他人の家の扉を蹴破って入ってくるのがお決まりのスタイル。

 毎日のようにやって来てはどことなく遊びに誘われ、強制だというから承諾する。軍人という身分は明かさず、中央広場の公園へ行く。

 朝から夕暮れまでを共に過ごし、初めて鬼ごっこというものを学んだ。

 花の蜜に味があったことも初めて知った。

 アルには、リュウを嫌いになることは出来なかった。

 朝からずっと太陽のような奴と過ごし、夜はまた一人になる。

 また、どうでもいいと思う日常が数時間やってくる。その時、アルは複雑な感情を抱いていた。

 それが何なのか、アルには理解できない。

 ただし、それは寂しさではないことは言い切ることができる。

 陽が降りれば月が昇るように、月が降りれば陽は昇る。どうでも良かった不変の真理が、何故だかはっきり見えるのだ。

 次の日にはまたリュウは来る。嫌ではない。

 気がつくと、アルに対する“そういうこと”は日に日に少なくなっていた。飽きてきたのだと、そう思った。


 * * *


 真夜中の魔物殺戮任務を終えて戻ってきたアル。夜明けまで一睡もできなかったので、気分転換に街に出た。妙に目が冴えてしまったのは、任務内容が原因ではないとわかっていた。

 任務自体は負傷者ゼロのまま全ての魔物を倒し、報酬も割り増しされるほどだった。問題はその最中だった。

 魔物の首を断ち、四肢を引きちぎっている最中に、アルはついリュウのことを考えてしまった。魔物の悲鳴がこの時はとてつもない苦痛の声だと言うことがわかってしまっていた。

 “そういうこと”をされる時に、似たような感覚になりはしたが、最近はもうほとんど無くなっていた。思い出す気も起こらない。


(……あまり、会いたくないな)


 初めて人に会いたくないと思った瞬間だった。


「おっ、アル」


 まだ夜も明けていないというのに、リュウの無駄に明るい瞳の光を見つけてしまった。太陽の光をたぎらせる赤髪とは違い、月光を映す青目の潤い。

 自分は生臭い血を写す青い瞳。自分と同じ瞳の色がこうも違うように見えてしまう。

 近づいてきたリュウは、妙に傷が目立っていた。ほとんど変わらない半袖短パンから出た四肢には青アザが目立ち、顔には数枚の絆創膏が貼ってあった。

 そして、その原因となるだろうソレが両腕に抱えられていた。


「や、や、そのコイツが道端で倒れてたからさ。看病してやろうと思ったら暴れるのなんのって、ハハハ」


 小鳥がリュウの両手に抱えられていた。親鳥に育てられなかったのか、痩せ細り今にも死にそうで震えている。

 脚と羽からは血が出ている。アルから見れば、最早助からない様子だった。


「どうにかしてあげたいんだけど、アルなんとか出来ねー?」

「……貸せ」


 半ば無理やり小鳥をもらうと、アルは首根っこを両手で掴んだ。


「わあああ、ちょっと待て!」


 その様子を見てしまったリュウが慌てて止める。奪い取られたアルはまるで豆鉄砲でも喰らったかのように驚いていた。


「お前今なにしようとしたんだ!」

「なにって、楽にしてあげようとしたんだ」

「違うだろ! 殺そうとしたんだ!」


 確かにリュウの言う通りだった。


「首の骨ごと折って脊髄を断裂させる。なぜ止める」

「お前頭おかしいんじゃねーのか! こいつは今生きたいって言ってるんだ! 殺しちゃだめだ!」

「お前鳥の考えがわかるのか」

「わかるわけねーだろ!」


 議論が平行線を辿りそうだったためアルは諦めた。


「もうすぐ死ぬぞ。苦しむなら、せめて一瞬で楽にしてあげるべきだ」


 アルにとっての唯一の慈悲。慈悲と呼べるもののなかでは、持ちうる最大のもの。


「助かったらもっと楽になるだろ!」

「いや、楽と言うのはそういう意味じゃ……」

「うるせー! 早くコイツの手当するんだよ」


 有無を言わせずアルの腕をつかむと、リュウは裏路地のさらに奥へと入っていった。

 そこはちょっとした不法投棄場で、建物と建物の間に入る程度の大きさのものを捨てるにはもってこいの場所だった。使えなくなったグラスや、一昨年のカレンダーなどが捨てられている。

 リュウはその中から包帯の切れ端と残り少ないテープを幾つか持ってきた。


「アルはこいつの家を作ってくれよ。俺ん家じゃ飼えないしどうせアルん家も無理だろ」


 アルはそうして言われるままに鳥小屋を作り始めた。木材の欠片と釘があったため、簡単な小屋をこしらえたが、しかし状況が理解できなかった。

 鳥小屋が完成し小鳥の手当も済んだ頃には日の出は過ぎていた。

 今まで“命”というのは奪うためにあるものだと思っていたし、今でもそうだ。儚く弱々しいそれに意味などは無く、例えそれが人だとしてもアルには興味が無かった。

 奪うための“命”を、初めて死から守ってしまった。

 弱り、息絶え絶えの小鳥の瞳に宿る光が、何処から来るものなのかが、アルにはわからない。

 何故そうまでしてその小鳥が生きようとするのか、何故その小鳥を助けようとするのか、わからない。

 “命”という概念の形を掴めずにいたアルは、だからこそ魔物の一掃を簡単に行える。魔物にもあるだろうその形を、アルは見てみたいと思った。

 弱々しいあの“命”を、見つけてしまった。

 

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