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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
150/301

147 相棒


 * * *


 ジオフェルから真実を告げられ、そして二日が経った。一向にアルの目は覚めず、ラビの召喚可能時間も限界に近づいていた。


『お主こそ、世界を希望に導く英雄。アルティスの子孫なのじゃよ』


 しわがれた言葉がまた再生された。酸素マスクとチープな機械に繋がれ荒い呼吸を繰り返すアルを見つめつつも、見ているところはそこではない。

 ラビがちょこちょこと看病に勤しむ中で、リュウは一人自身と向き合っていた。

 実感というものはやはり湧かない。自分は結局、魔法が苦手で少しバカな十五歳。年相応にやんちゃで、ティナのパンツの柄も最近になって気になり始めた。

 マリーのそれはイクトに睨まれるために考えないようにしているが、教えてくれるならば聞いてやる。そんなところだった。

 イクトの足の速さにはどうしても勝ちたい。朝早くに行っているという鍛練を見に行こうとも思っているが、早起きが苦手なリュウは未だ事前段階でつまづいている。


「……英雄、か」


 そんな自分が、とてつもない存在だった。教科書にも乗るような、天変地異さえ簡単に出来てしまう存在が身近なものだというのは、予想もしていなかった。

 恐らくそこに憧れというものはあったとリュウ自身も自覚しているが、所詮は憧れであっていざ目の前に直面してしまうと微動だにできないようなもの。

 考えれば考えるほど嘘臭い。

 サプリメントならぬサプライズパーティーの余興ではないかと勘繰ったものの、しかし納得できてしまっている自分もいた。

 一番最初はトルク村。初めて魔炎球を成功させてしまった時。リュウは内から泉のように涌き出るような魔力を感じた。

 二番目はもはや会ってしまっていた、得たいの知れない青年に。その後暴走したネリルをよく言えば抑え込み、悪く言えば殺しかけた。

 次は【メガイラ】の二人組。ヨンとロクと名乗った二人組が【メガイラ】という組織の名のもとにリュウの拿捕を企んだ。結果こそ失敗に終わったが、シエラは死に、英雄と呼ばれる意味もわからなかった。

 次は使い魔召喚。絶体絶命の中で喚び出した使い魔は英雄の使い魔だったと語った。気難しくて未だにまともなやり取りさえ出来ていないが、不快に思わない辺り、そういうことなのだろうと納得できてしまっている。

 次はイクトとの勝負の時。高まる魔力が手助けしてくれた。心当たりは沢山あった。それら全てがヒントだった。


「もう来てたの? ……ってあんたまた学校早退してたもんね」


 入ってきたのはティナだった。


「どうなの?」

『【光極・創成昇華ノア・シャロン・ブライト】で作り出した組織が体に馴染むまでには相当の時間が掛かります。元々、致命傷を負っていましたから……。まだ数日はこのままということもあり得ます』


 帰ってきたのは悲哀に満ちたラビの言葉だった。小さく真っ白な頭に小さなナースキャップのウサギがせっせと動き回っていた。

 リュウは一点を見つめたままだった。


「やはりここにいましたか」

「どう、アル君目覚ましたかな……」


 イクトとマリーも入ってきた。松葉杖で体を支え、マリーに少々の荷物を持ってもらっていたイクト。今日が退院日だった。


「それにしても本当馬鹿よねあんた達。一方は裏切られたかもっていうところまで行ったのに、絶対疑わないし。もう一方は大事な命令まで無視して友達だからって命かける」


 ティナは呆れ半分、羨望半分でそう言った。吐き捨てるようにいったその言葉も、照れ隠しの誉め言葉だった。深く考え事をしていたリュウも、気づいて笑ってしまった。


「俺とアルはそんなんじゃねーんだ」

「私と出会う前から親友って感じだったもんね」

「こんなリュウとどうして友達なんかになったんでしょうか。これは一世一代の大問題ですよ」

「“こんな”ってなんだ“こんな”って!」


 ティナの言葉には笑顔で頷き返し、イクトには苦笑いで突っ込みを入れる。すっかり本調子を取り戻したようで、皆は安堵した。


「……うるさいな」


 そして、ぼそっとしたパン粉のような声が聞こえた。人一倍の不機嫌さを込めて、しかし親友だからこそ気兼ね無く言える文句をぶつけた。


『マスター!』

「アル!」


 うっすらと開かれた瞳を、全員が見つめた。


「ここ、は……そうか……」


 酸素マスクの中からこもった声が聞こえてくる。弱かった呼吸も徐々に強まっていき、酸素マスクが億劫になってくる。


「ここは病院だよ。お前五日も寝てたんだぜ?」


 リュウの言葉でアルは頭の整理をした。

 直後には、リュウと同じ青い瞳をぱっちりと開けて酸素マスクを外した。幼い顔つきと背丈が未だ実年齢に疑問を持たせる少年は、静かに体を起こした。

 痛みが残りゆっくりではあったものの、咄嗟に手を出したリュウに支えられて上体を起こす。ありがとうと小さく声をかけ、そして見つめる。ついに意識を取り戻したアルは、ラビに微笑んだ。


「すまなかった。もう戻って構わない」

『承知しました。意識を取り戻されて本当に安心しました。……ただ、皆様との話が終わったら早急に一度お呼びください。言わねばならないことが山ほどありますので』


 丁寧な口調ではあったものの、一言一句には重さをかけていた。ラビはそのまま光る魔法陣に吸い込まれ、召喚を終えた。後に残されたのは色々な感情の混じった複雑な空気だった。


「良かったアル君、本当に良かった……」


 涙ぐむマリーの手をそっと握るイクト。松葉杖の一本を離してしまったがためによろめき、アルに笑われた。


「イクト、体は………」

「傷はあの日の内に消えていました。アルのおかげです」


 アルが聞き、イクトが返す。短いやり取りの中に全てを込めるのは男同士の会話の特徴だった。


「ちょっと、私にも何か言うことはないの? あんた、どれだけ心配したと思ってんのよ!」


 意味もなく白い壁を見つめる。さらりと水色の髪を揺らし、目線など決して合わせない。照れ隠しのための強気な口調が、ティナの癖でもあった。


「ご、ごめん。でも、こうして皆揃ってるし、許してくれ」


 懇願するアルを見て、鼻で笑った。目に涙を浮かべたティナはそれ以上文句を言うことが出来なかった。


「おい」


 リュウが口火を切った。

 アルの青い瞳を見つめ、アルもまたリュウの青い瞳を見つめる。赤と白というまるで違った髪色の二人も、瞳の色は一緒だ。


「お前が起きるの遅すぎたせいで、あのラビってやつに全部聞いちまったからな」

「そうか、俺が話すよりも良い。俺では上手く伝えられない」

「……体、大丈夫なのかよ」

「まだ熱はある。でも平気」


 少し火照っている顔を見てテオレルを呼びに行こうとしたリュウを、アル自身が止めた。

 イクトには悪いと思いながらも、目配せをした。その意味を読み取ったイクトは、おぼつかない足取りで病室の扉を閉めた。

 悪いなと小さく発したアルは、深呼吸をする。

 斬られ新しく作った肺にたっぷりと空気を含み、それを全身に巡らせる。途端に指先まで感覚を取り戻し、触覚が甦る。


「て、《天使と悪魔》の名は、嫌い。でも、事実、で……」


 目を合わせることはできずに、綺麗な青い瞳を泳がせる。白い髪をふるふると揺らし、拳を固く握る。


「こ、恐い、と思うけど」


 正体を明かしてしまったからこそ知らされる、力の強大さ。それは、リュウの命を奪うことも簡単にできてしまう。

 力というものの強大さは、ネリルの姿を見たティナにもマリーにも理解できる。そして、抱く恐怖の意味も理解できてしまう。

 家族を簡単に奪うことのできるものが、強大な力だということは知っている。人間が人間を殺すことができてしまうと、幼き頃より身に刻まれているイクト。

 リュウの目の前で話すことが、恐いと感じてしまっていた。リュウは特別な存在だから。自分の初めての親友だから。自分がどういう存在だったかを知らぬものだから。


「俺のこと、は、……嫌いでいい」


 全てを知られて平気なはずがないと、アルは顔を伏せた。俯き、のし掛かる重力を何倍にも感じていた。


「せ、せめてあと少しだけ、おしゃべり、したい……」


 絞り出したような声だった。


「ほら、魔法はまだ、弱ってるから使えない、し、動けないから、間違っても、殺し、たり、しない……」


 力を込めすぎて震えてきた小さな手。童顔に見合う小さな白い手が、少し血管を浮かせた男らしさも消してしまう。


「難なら、ロイさんとか、呼ぼう。守ってもらえるから……」


 人の命がどれほど脆いかを、リュウ達も知っている。善と悪の概念を覆してしまうほどの力は、味方にはなり得ない。敵だけでなく自分にもそれが向いたならば、自ずと恐怖が襲ってくる。

 人が人である以上、想像もできないものを見てしまえば恐怖を抱いてしまうから。それを打ち砕く好奇心というものも、力の前には無力であるから。

 アルは端から決めていた。リュウ達と長くいることはできないと。元帥であるがために、リュウ達からは遠ざからねばと。だから、最後に願うのだ。


「一日、じゃなくて一時間、じゃなくて五分、で構わない」

「おい」

「すぐ出てって構わない。だから……」

「おい!」


 言葉の途中で、ついに噴火したリュウ。アルの胸ぐらを掴み、病人であるはずの体を乱暴に引き寄せる。


「次そんなふざけたこと言ってみろ、元帥だろうが何だろうがぶっ飛ばすからな」

「私もね、悪いけどリュウに賛成。アルが元帥だからって別に私達は恐がったりしない。あんたのことはそのくらいはわかってるわよ」

「僕は仕事柄おしゃべりは得意でしたよ。マリーが寝られないと言う日は夜中延々と話し続けたものですから……」

「わ、わー! いつのこと言ってるのイクト君!」


 会話の苦手なアルに、反論はさせない。


「俺の大親友が元帥でしたなんて最っ高だけど、まあいつかはそんなのも超えてくんだ。俺には関係無い」


 リュウはアルの胸ぐらを離して、ベッドの横に座った。


「どうせ明日は授業ねーし、オールでダベろうぜ相棒」


 太陽のように明るく暖かく、白い歯を見せてにっこりとリュウは笑った。陽気な光となって、震えていたアルの肩をそっと暖める。


「ハイハイ! じゃあ私、リュウ君とアル君がどうして出会ったのか聞きたい!」


 マリーが言い、


「僕もいいですか? こんな単細ぼ……素晴らしい人間とどうして知り合ってしまうのか気になります」


 イクトが笑い、


「お前さあ、さっきっから何なの。俺に恨みでもあんの。まさか前遊びに行ったときプリン食ったのまだ根に持ってんの?」


 リュウが怒り、


「それは私よ。私のプリンをあんたが食べたの。この暴食単・細・胞!」


 ティナは一層激怒する。

 アルは今この瞬間がどれほど幸せで、掛け替えの無いものなのかを、改めて痛感した。

 そして、少しの微笑みと力の抜けた第一声によって、初めての親友との出会いを語る。それはティナにさえ会う前の、小さな小さな友情の物語。

 

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