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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
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143 最強の馬鹿の尻拭い


 リュウの言葉は聞こえたが、首を傾げた程度のアルだった。


「話は後だ。先ずはここから出よう」


 アルが手を差し出す。

 いつの間にか完治していた足を見て、アルの力を実感する。手を掴もうとした時、指に出来てしまったささくれでさえも治っていたとわかり、調子が上がってくる。


「ん? もういいのかな? あはあ、じゃあ殺しちゃおうかな。何てったって、元帥と戦えちゃうんだもんね! 楽しみだなぁ~!」


 ディオニアは沸き上がる感情から踊り出していた。


「違う、お前を倒すのはリュウだ」


 不気味にくねくねとしていたそれを見て、アルは至って冷静に一蹴した。訳がわからないと、首をかしげたディオニアが動きを止めたのは直後のことだった。


「駄目だね駄目だねとっても駄目だね。さっきあそこまで痛め付けたのに、何言ってんの?」

黒き絶望(ダーク・ディスメイ)


 自身がくるりと回り、遠心力を加えて放つ闇の魔法。ディオニアは一つの余裕も与えずに、リュウ達を殺す気でいた。

 アルは一つの詠唱もせずにその魔法を消し去った。


「詠唱破棄どころか、魔力の動きだけで消すのかよ」


 ディオニアは一筋の汗を流す。

 アルは魔法を放ったのではない。魔法名を口にしなければ魔力を動かせない【魔法】ではなく、魔力を体外に放出して、それを用いてディオニアの魔法を消し去ったのだ。それは並大抵の魔導師が出来るはずがない。それを為すには、針穴に糸を通すような魔力コントロールと、膨大な魔力量が必要になるからだ。


「弱いやつ守るより殺りあおうよぉ」


 飛んできた殺気が、リュウの頭にあるあの瞬間の映像を呼び起こす。

 右足は膝から太ももから下が無くなった。血が溢れてぐちゃぐちゃになった。熱さよりも痛みよりも酷いそれが、リュウの恐怖を掻き立てた。思い出すだけで足がすくんでしまう。全身が震えてしまう。


「何を言っている」


 アルが言った。

 先程何が起こったのかを、目の当たりにしてもなお、特に変わりはしないその性格。真顔でリュウの背中を叩いた。

 叩かれた背中に触れる漆黒の腕が、妙に心地よく暖かかい。


「こいつは今この瞬間、最強になった」


 にやりと、笑みを浮かべるアル。自信だけの笑みが奇しくもディオニアの不気味さを超えてしまっていた。


「ふふふ、面白いねその冗談」

「この俺が着いてる。根拠はそれだけで充分だ」


 アルの漆黒の腕から魔力が伝わってきた。

 がつんと後頭部を殴るような、喝を入れてくるようなそれは、とてつもない量の赤へと変わっていく。自身の炎へと変わっていく温かい光に、後押しされる。

 リュウの自信とやる気に火を付けるには充分過ぎる程で、自然と口元が緩んでしまった。


「オペレーションAS。久々にやるぞ相棒」

「尻拭いなんて慣れっこだ。好きに暴れろ馬鹿リュウ」


 頼もしい。

 比喩でも思い上がりでもなく、その言葉が頼もしい。実力も何もかもが、アルには遠く及ばないのだと直感している。

 力比べをしたならば、この場の三人の中でリュウは圧倒的に格下だ。その関係がひっくり返ったと、豪語されたのだ。楽しくて仕方がない。


「なに、君攻撃できないの? 弱々のちんちくりんなの?」


 核心をついたように突き刺したディオニア。その言葉にアルは一瞬の戸惑いを見せた。リュウにでさえそれがわかった。

 アルは攻撃魔法を使えないわけではない。

 【魔法球(スフィア)】の発動もそれへの属性付与も難なくこなしていた。元帥だというからには、その中でも二番手だというからには、攻撃に関しても一流だ。

 アルはそれでもこれまでに攻撃の意思を示したことが無かった。魔物に襲われても防御に徹し、リュウ達の回復に努めていた。

 リュウを殴り飛ばしたあの事件が、自発的な攻撃の最初で最後の行動だ。


「俺がやるまでもないと、言っているんだ」


 魔力が揺らいだのは、一瞬だった。静寂に包まれるように奥深くに何かが潜るように、魔力は戻った。


剛力鎖(ストレングス)

速力鎖(アジリティ)

防力鎖(ディフェンス)

感力鎖(センス)


 リュウの全身に白い鎖が巻き付いたのは、そのすぐ後だった。まるで鎖が鎧と化したかのように、厚く巻かれた。


「攻撃力、機動力、防御力、反射神経を強化した」

「すっげー、なんじゃこりゃ」


 その場で飛び跳ねて見せる。鎖でかんじがらめにされているというのに、先程までとは段違いなほどに動きが軽くなっていた。リュウも感動している。


「強化にしては動きにくいだろうね」


 鎖が全身に巻き付くリュウにディオニアはそう言った。しかし、それは誰が言わずともわかるディオニアの心の乱れだった。


「やっぱ動きづれーな」

「足を再生させたんだ。慣れるまでは時間が掛かる」

「おう。わかってんじゃん」


 左足の靴を脱ぎ捨て、直後目を閉じ深く息を吸い込む。土でできた床の匂いがした。肺が大きく広がって、胸が膨らんでいく。

 裸足になって見てわかった土の感触。両足で立つと言うことの悠然とした佇まい。限りなく自然に脱力した一呼吸。

 刃を突きつけるような殺気は今になってどう心が向いていたのかが理解できた。

 強さは、強すぎるから分からなかった。

 しかし、たったの一呼吸で強さを計れた。ディオニアと言う男と、その魔法武器『喰神』。発する魔力と高揚感をリュウは一身に受けて、そしてゆっくり息を吐く。

 恐怖も怒りも全て吐き出し、そして友達の頼もしい一言を反芻する。


『こいつは今この瞬間、最強になった』


 目を開き、伸びを一つ。


「俺は今この瞬間、最強になった!」


 見開いた瞳には曇りがない。一転を見据える蒼。一瞬で数十メートルの距離を縮めたリュウが、ディオニアを殴り飛ばした。

 炎さえ宿さずとも、その威力に未熟は無い。芯から揺するように崩壊させるように、リュウは殴り飛ばせていた。続いて、空中のディオニアを蹴り飛ばす。広いはずの壁に、砂ぼこりと共に激突した。


電気妨害(エレキビット)


 ディオニアが巻き上がった砂ぼこりを払い除けようとした瞬間、アルは雷魔法で目眩ましをした。指を鳴らすだけで発動する高等魔法だ。


連錠(チェーン)


 崩れ落ちたディオニアに回復の暇さえ与えずにこちらに引っ張りこむ。アルの鎖魔法だが、普段から見せていた“観賞用”などとは比べ物にならないほどの規模であった。


「まずいねまずいねとってもまずいね」


 ディオニアは笑いながらも冷静だ。すぐさま『喰神』で鎖を断ち切り、体勢を立て直す。その瞬間をリュウは見逃さなかった。


「オラアァァァ!」


 まだ起き上がっていないディオニアを殴り飛ばし、炎による追加火傷を負わせる。


「お前は……お前だけは、許さねー!」


 魔法が効かないならば、殴り飛ばせばいい。右の大振りに左のストレートを合わせる。間髪いれずに叩き込み、ディオニアは吹き飛んだ。


暗黒機銃(ダーク・マシンガン)


 魔力を食べる刀を使わず、術者の方に狙いを定めるディオニア。引きずられながら体勢を立て直し、二人に闇の弾丸を撃ちだした。

 密度の高いテニスボール大の闇が、幾重にもリュウとアルに迫ったが、大したものでもない。動体視力と反射神経が底上げされているリュウは難なく躱し、アルもまた一枚の盾を出して防ぐ。

 さらにアルに至っては、ディオニアへの鎖をきつく締めていく。肉に食い込み、ディオニアの表情は笑みの込もった苦痛の表情に変わった。


『ラビ、どうだ』

『重傷者二名の容態は既に落ち着いていますが、絶対安静が必要ですね。ティナ様とマリー様は外傷もなく、魔力を使い果たしている程度です。回復したと言っても、戦闘に参加するまでには至りません。申し訳ございませんマスター』

『それはリュウだけで充分だ。魔力も使えるだけ使え』

『かしこまりました』


 念話で全員の無事を確認し、意識の全てを戦闘中の二人に向ける。


「人の命を何だと思ってんだ! 俺の仲間を何だと思ってんだァ!」


 鳩尾(みぞおち)に深い一発が入った。けしてぶれない覚悟を乗せて、リュウの拳はディオニアを制する。

 しかしディオニアも負けていない。その拳のダメージを最小限に抑え、残った力でリュウを斬らんとする。


「知らない知らない、死んじゃえ死んじゃえ」


 そこに防御魔法は効かない。アルは盾を出そうにも無意味だとして、鎖を呼び寄せた。


「うお」


 リュウを引き寄せることで『喰神』は空振った。しかしディオニアは追撃を緩めない。それが誘い込まれていると言うことだとは知らずに。


暗黒機銃(ダーク・マシンガン)

光玄の瞬盾(ミラ・バリア)


 闇を消し去り、


魔炎球(フレイム・スフィア)

魔法増幅魔法(マジカルブースト)


 炎を後押しし、


黒き絶望(ダーク・ディスメイ)

人を呪わば穴二つシャイニング・リフレクション


 絶望を跳ね返す。

 攻めの側であるディオニアは、既に地に膝をついていた。守りのアルは呼吸を乱すことも、リュウに心配の声をかけることもなく佇んでいる。まさに鉄壁だった。


「良いね良いねとっても良いね! 強くて楽しいじゃんか!」


 狂ったように笑い出す。

 その魔法は詠唱する必要が無い。狂気を力と変えて、憎しみを強さに変える。悲しみはその動きを早め、絶望が肉付けする。それは狂乱の魔法。


魔王の下僕の嘆き声デザイア・ヴィレイド・オブ・ナグリア


 ディオニアを覆うように現れた複数の黒い魔法陣。発光することもなく、浮遊するのみ。ディオニアが指を一つ鳴らすと、その一つ一つから何かが現れた。

 それは体。

 それは、顔。

 指、腕、肘、右足、胴体、それらすべてが一つに集まっていく。

 プラモデルを組み立てるように、接着音を立てながらそれらは出来上がっていく。広い空間を利用して、その場に呼び出したのは闇の巨人であった。


「潰せ、魔王よ」


 咆哮の後、巨大な拳が迫ってきた。

 

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