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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
145/301

142 今世紀最大の──


 * * *


「アルが……元帥?」

『よいしょっと』


 アルがディオニアに向き直り、ティナが真実を知った直後に、目の前のウサギは大の男を、それも重傷者のフェルマを引きずってやって来たのだった。

 小さなウサギが後ろ足を動かす度に小さく唸るフェルマに、ティナは同情の念を向ける。しかし、頭の整理が追い付かないティナは、あまり気に留めなかった。


『さてと、次は結界ですね』


 軽快なステップで少々前に進むと、何の詠唱もせずに目の前に光の壁を作り出した。その結界は前方から徐々に後ろへと伸びていき、マリー達も含めてこの場にいる全員を包み込んだ。

 奥にリュウ達の姿が確認できる半透明の円盾は、最上級魔法。これから起こる全てのことを見逃さないようにと、ラビが小さく語ってくれたから、直感的に顔が前に向く。


『もう、ウサギ遣いが荒いんだからマスターは』


 防御の魔法を完成させたウサギは、ぴょんぴょんと跳ねながらこちらへと向かってくる。


『ご紹介が遅れましたねティナ様。私の名はラビ。マスターの使い魔でございます。種族はレスキューラビット、というのは今はどうでも良いですね』


 この、なんとも言えないほのぼのとした雰囲気に当てられて、ティナ自身もよろしくと告げた。

 先程まで死の危険にさらされていたというのに、状況は一転している。これは安心だとわかってはいるのだが、実感がない。

 ただ気が抜けたことは確かで、足の力は無くなり腰は抜け、地面にへたりこんでしまった。


『もう安心してくださいね』


 そう言いながら、ラビはまだかろうじて息のあるフェルマをイクトの近くへと運んだ。一歩進む度にふうっと息を吐いているその様子にまで、安心することはできない。


「イクト君、イクト君!」


 未だマリーはイクトの体を揺すり、懸命に呼び掛けている。しかし応答は無く、呼吸さえ戻らない。顔色は青ざめ生気も感じられなくなってきている。

 本当に危険な状態だ。それでも、ラビの見せる余裕にティナは安心出来ていた。


『やっと運べた。しかし、思ったよりも危険な状態ですね。マスターの仰った通り魔力を拝借いたしましょう。はぁ、不覚だわ』

お助け兎(レスキューラビット)


 前傾姿勢になったラビはその状態のまま魔力を高める。今にも飛び跳ねていきそうな状態から、空気を揺するような魔力を生み出している。

 滲み出たその魔力はまさしくアルのものだった。何度も感じたアル独特の温かい魔力、いつも身近にいる光属性の魔力は、探知の出来ないティナにもはっきりとわかった。

 その魔力は、二つに別れ地面に落ちた。徐々に魔力は形作られていき、遂には二羽のウサギに変わった。

 全身白色のウサギは、魔力の塊だ。とても本物のウサギには見えない。まるで幽霊のような、魂だけの存在のような魔力だった。

 そして魔力ウサギは、ぴょんぴょんと重傷者二人の上に乗っかった。やはり見た目のみのウサギなのか、重さは感じないようで、フェルマに変化は無い。


『我々ウサギは、魔力の譲渡において他の種族に劣るつもりはありません。ですから、マスターの力量によって治癒や攻撃の能力も上下します。マスターはどちらかと言えば治癒は苦手なのですが、これなら大丈夫そうですよ』


 魔力ウサギは光り始めていた。すると、イクトとフェルマの傷も同じように治り始めていく。顔には生気が戻り、フェルマの表情もイクトの表情も柔らかくなっていく。


『それでも、これ程までの治癒魔法を使えるのはマスターの努力の証です』


 微笑んだウサギを見て、少しだけ落ち着いたティナは思い出した。アルの正体と、リュウの怪我を。


「た、大変なの! リュウが、大怪我で! げ、元帥って何よ! アルの腕も真っ黒じゃないの!」

『落ち着いてくださいティナ様。リュウ様の傷についてはマスターが付いていますし問題ありません。マスターは【アルテミス】の中でも最高の治癒魔導師ですから』


 わざとらしく丁寧にしゃべるラビ。小さな白ウサギのわざとらしい様は、しかしティナには効果的だった。


『マスターはそれこそ元帥ではありますが、その最大魔力量は隊長達よりも少ないのです。ですから、体の五ヶ所に【五稜封印】という封印術で魔力を貯蓄しています。そしてそれを解放すると、どうしてもああなってしまうのです』


 ああ、と指したのはアルの両腕のことだ。アルの両腕は人間のものとは思えないほど黒く染まってしまい、痛々しかった。


「封印? でも何あの色。あんなに真っ黒になって、どうなってるのよ……」


 どんな魔導書でも目にしたことがないものだった。体が黒く染まるなど、そもそも原因さえ掴めない。


『魔力中毒です』

「魔力中毒?」

『マスターは身体の五ヵ所に魔力を貯蓄しています。それを二つ解きました。本来は体内の造魔器官が魔力を造り、造られた魔力は体内を駆け巡り魔法発動に使われます』


 ラビは振動に耳をパタパタと動かされながら続ける。


『造魔器官が造る魔力は年齢と共に増えたり減ったりと変化しますが、体はその変化に耐えられるように、ある種の慣れを覚えます。自分の魔力を扱うのですから当然です。しかし、体内で造られる本来の魔力量を超えてしまうと、その慣れも超えてしまうので、ひどい中毒症状に襲われます』


 それがあの腕だと言う。多すぎる魔力をその二点に留めているがために、両腕が変色してしまった。


『ひどい激痛が今頃両手を襲っていることでしょう。しかしそれをその程度と語り、マスターは涼しい顔で乗り越えてきたのです』


 悲しげな表情を見せたラビ。魔力を纏うというだけで痛みやら倦怠感やらの襲うそれを、無理にでも行う理由。ティナには心当たりがあった。


『ですから、どうかマスターのことを嫌いにならないであげてください』


 嘆願するように、心の底からの言葉だった。ラビの震えも、その辺りから来ていた。


『苦悩なされていました。元帥だということは、最高に値する国家機密です。それを皆様に隠しながら、学業との両立。睡眠時間も削って、命の危機にも瀕して。それでも学園にだけは行きたいと……』


 ラビの瞳は、悲哀に満ちていた。どうにもならない何かと直面して、ただそれを見ることしか出来ないようなそれ。

 それは、あの日シエラの元へ向かったリュウを見ていた、自分の瞳と同じようだった。アルの抱えていたものなど、何一つティナは知らなかった。


『初めてだったんです。今まで何一つ文句を言わなかったマスターが、ジオフェル様やロイ様に怒鳴ったのは。絶対にリュウ様とティナ様と学園に行きたいって』


 ラビは目に涙を浮かべていた。


『まるで駄々っ子を見ているようでした。色の無い、真っ白な世界に生きていたアル様に、あなた方の赤と青が、輝きを与えてくれていたのです。そりゃ、駄々もこねますよね』


 小さく、無理矢理に笑って見せたラビ。その表情を見て、ティナは無性に二人の元へと駆け寄りたくなった。話しかけたかった。


『ってそんなこと関係ないですよね。私思うんです。元帥だと明かしたところで、何を嫌うのかと。別に恐怖とか、嫌悪とか、憎悪とか嫉妬とか、涌きはしないでしょう? 貴女の顔を見れば、そんなことくらいわかりますし、マスターがどれだけ慕われていたかもわかります』


 明かされた真実を目の当たりにしたとき、湧いて出てきたのは好奇の思いだった。死の危険を味わい、絶望を知った最悪の状況で、意外にもふわりとした眼差しをアルに向けてしまった。

 それを思い出したティナは、くすりと笑ってしまった。


『ただ喚ぶのが遅いんですよね。いつもそう、おかしいでしょ普通。なんで雑用押し付けるみたく喚び出すのかしら。一度痛い目見ないとわからないわね、ああいうのは』

「はい?」


 途端に滲み出たのは腹黒さ。アルのことを思ってのことではあるが、それにしても変わりようが激しいのだから、ティナは唖然とした。


『これが終わったら少しお説教でもしてあげないと。ウフフフフフフ……』


 勝っても負けてもアルの結果はあまり変わらないだろうと勘ぐったティナは、以降のいざこざには干渉しないと心に誓った。


 * * *


 白いローブを羽織り、堂々たる魔力をディオニアに叩きつけたあと、アルはくるりと後ろに振り返った。

 右膝から下を無くし、ぐちゃぐちゃになっているリュウの姿。今にも切れそうな突っ張った糸を必死に手繰り寄せるようにしてアルを見ていた。痛みを堪えるリュウの姿に、アルは表情が曇った。

 両腕に襲いかかる、形容しがたい痛みなど感じないまでになっていた。すぐにリュウの元に駆け寄り、魔力を高める。


「お、おい元帥ってどういうことだよ!」


 足がなくなっているというのに、気になったのはアルの正体。いざとなったら自分のことよりも、他人のことを優先してしまう質なのだと、アルは呆れることにも慣れてしまっていた。

 アルは、そんなリュウの間抜け面を鼻で笑った。そして異空間から、魔法武器ではない小さなナイフを取り出した。


「悪い」


 そう言い、膝から下が無くなっていた右足の、さらに太ももの部分から先を切り落とした。

 ごとんと、太ももと残されていた膝の部分とが一緒に落ちる。この日リュウの右足は二度目の切断を経験した。


「え、ええええッ!?」


 ひどく簡単にさっくりと。まるでケーキを切り分けるかのように手際のいい足の切断ショーが、目の前で繰り広げられてしまった。

 勿論、ぐちゃぐちゃになっていた膝と、それに見合うだけの猛烈な量の血が流れた。“そう思って”、リュウは盛大に叫びあげる。


「痛ってー!」

「痛いわけない。止血も終わってるし、もう治し始めてる」

「は?」


 確かに、『喰神』に喰いちぎられた時と比べると痛みも出血も比べ物にならない。と言うよりは、アルの言う通り痛みもなく既に足は生え始めていた。


「リュウは少し特別だから、あと一分もすれば治し終わる。そしたらあいつを倒すのに協力してくれ」

「待て、状況が……」

「本当はこの潜入が終わったら、皆に俺のことを話す予定だったんだ。普段抑制具(よくせいぐ)として着けてるピアスも、そろそろ俺の魔力を抑えきれなくなってきていたし」

「いや、え?」

「ここまでさせて、本当に悪かった。許してもらえないと思うけど、ごめん」


 噛み合わないことはわかったので。


「お前、今日はよく喋るな」


 一言、一番最初に思い付いたことを発してみる。


「……そりゃ言わなきゃこの状況は伝わらないだろう」


 普段のアルからは考えられない言葉だった。口を閉ざし感情さえよくわからない奴から、言わなきゃ伝わらない、と出てくるのだ。


 今世紀最大の矛盾にリュウは出くわした。

 

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