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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
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139 おはよう『喰神』


 信じていたからこその行動がずっと空回りしていた。

 信じて信じて信じぬいて、それでもなお残る小さな違和感。そんなものさえあり得ないと吹き飛ばした。それでも空回りだった。その理由がやっとわかった。何故ならば彼こそが、ソイツであったから。


「何で……!」


 アルは大きくリュウ達から距離を取った。しかし追いかけようとするも、目の前にはディオニアが現れた。


「俺はね英雄君、君を連れていきたいんだけど」

闇写し(グレゴリオ)


 下顎にそっと手を添えて、官能的に指を這わす。そこまで近づかれたことに驚いて、咄嗟に後ろに飛び退いた。向かってきた闇の何かを装着した『銀龍』で防ぐ。金属音が響いた直後にマリーが魔法弾を撃ち出したお陰で、追撃もなくディオニアは一度下がった。


「どうしたのアル君……」


 マリーはゆっくりとアルに近づこうとした。


「アル君、こっちに来て?」


 一部始終を見ていたマリーが悲しげに声をかける。影の一層強くなった場所でこちらを見続けるだけのアルは、反応を全く示さない。


「どうしてだよ、アル!」

「リュウ、落ち着いてください」


 ディオニアがまた斬りかかる。しかし、イクトがそれを止めた。


「アイツはそんなんじゃねー! そんなんじゃねーんだ……」

「状況を冷静に捉えてください。わかるはずです」


 イクトが、誰も口にできなかった言葉を風魔法と共に飛ばした。同時に放たれたティナの水魔法がディオニアにもリュウにも届いた。


「今はここから逃げることが大切です。アルの回復魔法が無い以上、一刻も早くフェルマ先生を治療できるところまで運ばないといけません」


 イクトが迫ってきた。


「何処へ逃げるって?」


 再び、血飛沫が辺りを真っ赤に染め上げた。


「イクト君!」


 どさりと鈍い音がリュウの耳に届けば、次にマリーの叫び声が耳に届く。目の前ではイクトが倒れていた。背中には大きな傷ができ、その奥からは赤いものが脈打ちながら出ている。


「だからぁ、君を連れてかないと駄目なんだってば。言われてんだよう、英雄君を生きたまま連れてこいって」


 ディオニアはまたにやりと口が裂けそうなほどに笑った。そして、イクトを思いきり踏みつけた。


「やめて!」

「いいねぇその悲鳴。うんうん、気に入った」


 未だ動こうとするイクトの背中は裂けている。そしてそこへ、漆黒の刃を落とした。


「があっ……!」


 それはもはや痛みから来たものではない。訳もわからず、悲鳴にもならないただの音。


「いや、いやああァァァァッ!」


 マリーの悲鳴を満足そうに聞き取る。愉悦に浸り、ディオニアはさらに魔力を高めた。

 必死に動こうとするイクトの傷口を広げるように踏みつけながら、刀を持つ手に力を込めるディオニア。痛みに悶えるイクトの悲鳴を、嬉しそうに聞き惚れる。


「あはは、ぞくぞくするね。うん、みぃんな殺しちゃおっと。死体でも許してくれるよね、きっと」


 リュウはもう、動けなくなってしまっていた。横から薙ぎ払うように刃が滑り迫ってくる。スローモーションのように刀の隅々まで見える。しかし体は動かない。

 アルが自分達を裏切った。リュウ達を助けようともしないアルの姿は、既に見えていなかった。幼い頃から一緒にいた友達の考えていることに、何一つ理解出来るところが見つからなくなってしまった。

 信頼が、あの一言で泥沼の底に埋もれていく。誰もが疑っていた。それでも信じたかった。しかし、フェルマがやられイクトも倒れた。

 圧倒的な敵を目の前にして、その瞬間のアルだ。裏切るという行為が、今までどういう意味のものだったのかを理解できなかった。

 しかし、それこそが間違いだったのだ。理解できていないのではなく、認めたくなかっただけだったのだ。

 最初に疑ったのは自分であり、最後まで信じようとしたのも自分。必死に自分に言い聞かせながらも、最初に知ってしまったという恐怖が、自分自身を惑わせていた。


突発水簾アクア・フォールダウン


 頭上に展開した魔法陣が水を落とす。ディオニアら刀をはたき落とされ、リュウには届かなかった。


「情けない男どもね」


 続いてマリーの乱射だ。あのマリーがそれを成したことにディオニアも焦りを見せたのか距離を取る。


「私は疑わないからね。あんた自分で言ったじゃない」

「イクト君を助けるために、何としてでもアル君に何で協力してこないのか聞き出すよリュウ君。私みたいにお腹空いてるなら、許す余地もあるから」

「マリーは強くなったわ。あんたはどうなのよ」


 ティナが横に立ち、一緒に前を向いてくれる。見つめる先の恐怖と絶望に立ち向かおうとしてくれる。


「この中で一番長い付き合いしてるんでしょ。友達なんでしょ。まだ何も聞いてないのに、たかが助けてくれないだけで疑うの? あんたの言う“友達”はその程度なの?」


 友達だから、仲間だから、信じてやるのだと。それは、独りで悩み続けていたリュウが自分に何度も言い聞かせた言葉だ。

 胸の中で何度も何度も言い聞かせた言葉だったが、絶対に外には出てこなかった仲間という言葉。


「俺は……」


 一番最初に疑ったのは自分だ。だから、何も言い返すことが出来なかった。しかし、信じ続けていたのも自分だ。それだけで答えは決まっているようなものであった。アル・グリフィン。リュウの最初の友達。


「とりあえずお前らと同じ感じで」

「決まりね」

「ちゃんと話を聞いてあげるんだよ? すぐに殴るとかは良くないからねっ」


【次元転送・ホワイトアンブレラ】

【次元転送・バルタザール】


 ティナが喚び、マリーが持ち替えた。さらにティナはポケットから針を取り出して指を刺し、一滴の血を垂らす。


「出てきて、ヒョウ、スイ」


 展開されるは、光が溢れだした魔法陣。そこから現れたのは一枚の小さな手紙だった。


「アレ?」

「なになに? 『かぞくりょこうにでかけているからね。しょうがないから、こんどぼくたちのうたをきかせてあげるね。じゃあね、おねえちゃん。──ヒョウ』」

「はぁ~!?」


 ティナは手紙を丸め地面に叩きつけた。


「昨日確認したのに……。今日は喚んでも大丈夫って言ってたのに。あんのクソガキ共めっ!」


 ティナは手紙を丸め地面に叩きつけた。


「ティナの使い魔らしいな。しょうがねー、やるぞ」


 リュウが真っ直ぐ走り出す。

 絶望などには負けていられない。今はただ話し合う時間がほしいから。少年は立ち上がる。リュウを見つめるティナの瞳も、リュウ自身の青い瞳も、鋭く研ぎ澄まされた。

 ディオニアが刀を構えたのをそこで確認し、リュウは少し右にずれた。直線的に飛ぶそれを遮るものが無くなったマリーにとって、魔力を装填し終えていた今が絶好だった。


「魔力装填“thunder”」


 黄色い魔法弾が稲光と共に撃ち出される。正確無比な射撃は、ディオニアの右肩を撃ち抜いた。


「解放、【優美廻天(ゆうびかいてん)】!」


 既に上げていた傘が勢いよく回り出す。水をたっぷりと含んでいる重たそうな傘は、その重りを振り払うようにレースの生地全体から水を雨として降らせていく。


(イケるわ!)


 雨で動きを鈍らせ、マリーの射撃で徐々にダメージを与えていく。最後はお決まりのリュウの一撃で倒し、フェルマとイクトと、そしてアルを連れてこの場から去る。

 完璧な手順で作戦は進んでいた。

 この時までは。


「駄目だね駄目だねとっても駄目だね」


 ディオニアは無傷の右肩を挙げた。そのまま上がった右手の刀に魔力が集まる。


「おはよう『喰神(くいがみ)』」


 そして刀が蠢いた。邪気をまとっていた黒き刀身は脈打ち、形態まで変化していく。血管が浮き出て、黄ばんだ牙が生え、涎を垂らす。


「【喰辛抱(くいしんぼう)】」


 刀の鍔から先、刀身全てが、細長いミミズのようなものに口を取り付けた形へと変化した。

 それは口だけを象った何かではあったが、何者でもない。強いて言うならば『化け物』であり、それ以外には到底言い表せないものだった。

 一通り変化し終えたその口は、やはり開く。涎を垂れ流し、見せる鋭い黄ばんだ歯が、不快感をさらに強めてくれる。


「ご馳走だよ『喰神』」


 途端に、ただ液体を垂れ流していただけの口が大きく開いた。

 鳴き声にも似た妙な音を発すると、直後その口は伸びた。降り注ぐ雨と、その合間を縫うように撃ち込んだ魔法弾へと素早く向かう。刀身が変容した口だけの化け物が、嬉しそうにそれら全てを喰いあげ、飲み干した。


「うそ……」


 マリーが言葉を漏らした時は既に、全ての魔法はその場から失せていた。

 エンジン全開フルスロットルだったリュウも、あまりに一瞬の出来事に咄嗟に足を止めた。両手に溜めていた炎を一旦解除し距離をとる。本能的な行動だった。


「魔法武器か」

「かわいいよねかわいいよねとってもかわいいよね。この子は寝坊助さんでね、たまに起きたかと思えば魔法を食べちゃうんだ」


 楽しそうにディオニアは言った。


「魔法を食べる魔法武器、何よそれ」


 手元に傘を戻しながら、魔力を高めるティナ。しかし、攻め手が無い。

 あの雨には、魔力による敵の魔法の沈静化と、水の気化熱による体温低下の効果がある。当たれば戦闘を有利に進めることが出来るが、しかしこれは諸刃の剣であり、奥の手にも近いものだった。

 何故ならば、この雨を降らせるためには、ティナの持つ全魔力の半分を注がねばならないからだ。

 当然一瞬でそれらを持っていかれると、倦怠感や疲労感が激しく襲う。その全身全霊を込めた雨を、容易に喰い尽くしてしまったのだ。この状況ではどう考えても動きようがない。


「あれあれ? もう来ないの? 面白くないなぁ」


 刀から再び、先程の鳴き声のようなものとも違う音が鳴る。それは、昼前四限中にマリーから鳴る空腹の合図に似ていた。

 

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