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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
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138 アルの任務


「よし、全員準備は整ってんな」


 右手にはタバコ、左手にはエロ本。フェルマの標準装備をリュウが燃やし尽くしたところで涙ながらにフェルマが言う。


「よっしゃ! とっちめてやんぜ!」

「アジトである可能性は高いですが確定ではありません。敵は日中の今外出しています。乗り込んでも制圧までは出来ないと見た方がいいですね」


 イクトが走り出しそうだったリュウを止めた。情報を買うというだけで、バーの隠し通路からの場所がアジトだとは限らないからだ。


「……誰かいたときは俺が思いきり暴れてやるよ」

「教師的に言えば止めた方がいいが今回だけは特別だ。それに、俺も一発ぶん殴ってやるさ」

「僕とティナでその後ろから援護します」

「私は撃ちまくるね」


 気合いはさらに高まっていく。無言を貫き通すアルの顔を見て、昨日のやり取りを思い出したリュウが鼻を鳴らす。


「アルの盾も期待してるからな」


 アルはリュウを見つめ返すのみだった。

 その様子をティナははっきりと見ていた。ここへ来て二人の会話はほとんど無かったことを知っている。一方的なリュウの信頼と、アルとの摩擦が溝を生み、今に至っていることもやはり知っている


(……リュウ。……アル)


 ティナの心配も一切気にせずリュウは、全員を率いてトイレにたどり着いた。

 バーの中の近代的なトイレに取り付けられた小便器は二つ。向かって右側は、特に不自然に右側にスペースがあった。

 先に調べていたマリーの言う通り、それを右にずらすと隠し通路が出てきた。地下へ続くような階段が現れるが、灯りのようなものは無い。奈落の底へと続く不気味な階段を、リュウ達は下りていった。


「何だこりゃ」


 辿り着いた先にあったのは広大な空間だった。

 地下であるために日光は届かず、岩の天井と壁の影響で湿気が気に障る。それでもまるで鍾乳洞とも呼べそうなほどに広大で、サッカーコート一つ分は優に設置できるほどだ。


「こいつら、ポーカーやってる」

「違うよこれ大富豪だよ。あ、この人革命できるチャンスだったのにね。途中でどっか行っちゃってる」


 いくつかあるうちのテーブルにはトランプが置いてあった。やりかけのままどこかへ姿を消している。

 一つ一つのテーブルしか照らせない小さなランプも点けっぱなしのまま、この広大な空間から出ていっているのだ。


「ここが【メガイラ】のアジトなの?」

「らしいぜ」


 フェルマの手には、ついこの間も【メガイラ】によって破壊された遺跡の写真がいくつもある。


「ここだけでも百人は入れます。【メガイラ】とは一体どれ程の組織なんでしょうか」


 テーブルは複数個。どれにも人が使っていた形跡がある。飲み物や食べ物も、数人規模のものではない。【メガイラ】というリュウを狙う彼らは、それほどまでに大きな組織だ。


「さっさとここから出よう。私達じゃどうにもならないわ。証拠も掴んだし、これなら軍が動ける」


 事の重要さはティナが敏感に嗅ぎとった。奇跡的に上手く行った潜入任務に祝賀をあげる余裕もなく、誰かが戻ってきてしまう前にフェルマは出入口へ足早に歩を進めた。

 いつにも増して厳格な雰囲気を醸し出したフェルマが階段に足をかけた。

 その時だった。


「良くない良くないとっても良くない」


 同時に血飛沫が舞い上がった。

 振り上げられた漆黒と、崩れ落ちるフェルマの姿を見てしまう。小さく痙攣をしていたフェルマは次第に息づかいを荒くしていき、地面に血溜まりを作っていく。

 見えるだけでそれは凄惨だ。腹から肩までを大きく斬られ、止めどなく血が流れている。


「先生!」


 ティナが駆け寄ろうとするがイクトによって止められた。


「大人が来るなんて“聞いてなかった”よ。とりあえず殺ってみるつもりだったけど、弱すぎでしょ~」


 暗がりから現れたその男は、瀕死のフェルマを踏み越えてやって来る。地上への逃げ道はその男の後ろにある階段のみだ。


「誰だ、あんた」


 比較的明るい場所まで男は歩いてきた。一定の距離を保ちながら後退していたリュウ達五人だが、顔の確認には成功する。

 腰まで伸ばした長い髪に、ピエロをモチーフにした顔全体のメイクが特徴だ。にたりと笑う赤い口と、手に持った赤い刃が恐怖を煽る。

 その刃の赤さはフェルマの血の色で、刀身自体は黒色だった。


「イクトと同じ武器、刀ってやつか」


 一刻も早くフェルマの治療をしなければならない。素人目でもわかるほどの衰弱と失血は、危機的状況を訴えていた。さらにこの場からの退避もそれと同様に最優先だ。


「さ~て、誰でしょ~うか」


 語尾に星マークでも付きそうなほどに軽快な言葉遣い。行動にも細やかさが目立つ。ステップを踏むようにおちゃらけていた。


「【メガイラ】のメンバーでしょうね。情報を買うっていう」

「良いね良いねとっても良いね。近いけどはっずれっだよ~」


 おどけた風に言ってみせた。


「そう、俺は【メガイラ】のディオニア・ヘーメウス。えーっとそう、カードは《11(ジャック)》」


 赤い口が裂けるように反り上がる。全身から滲み出る気楽さも、心の底からくるものだろうと、イクトには感じ取れた。


「うふふ、情報っていうのはね~? うふふ、とっても大事なものだよお!」

「こいつ……」

「あはは、簡単に罠にはまっちゃうんだもんなぁ。こんなわかりやすいところにアジトなんて作るわけないじゃないかぁ。これだからどこも弱いんだい!」


 その言葉の直後、ディオニアの魔力が高まった。


(ヤバすぎる……!)


 今まで出会ったどんな敵よりも、それは生死という意味で危険な人物。殺気だけでこうも動けないというのは、学生レベルを優に越えるイクトにも初めてのことだった。


「俺は《ジャック》、《ジャック》のディオニア。あははは」

「《ジャック》?」

「あれぇそんなことも知らないの? う~んこれちょっと秘密にしすぎなんじゃないかな……。カードだよカード。《エース》から《キング》まである内の《ジャック》。勿論、実力順で決まっちゃうけどね」


 先で語ったカードというのは、イクトの仇であった【メガイラ】の下っ端が明かした記号だ。そしてディオニアは《ジャック》だと言った。

 《エース》、《ジャック》、《キング》の単語には聞き覚えがあった。今現在も机の上にあるトランプだ。

 実力順でその名が冠されるならば、【メガイラ】という組織においてのディオニアの立ち位置は当然高い。見た目の飄々とした様からは想像もできなかった。


「さて、君達はここに何をしに来たのかな? あ、罠にかかりに来たんだったね~!」


 刀の血を振り払い、ディオニアは聞いてきた。【メガイラ】のアジトに忍び込んでいるという時点で殆ど明確に示しているが、それでも聞いてきた。それは、詠唱をさせないためであった。


「全員を盾で囲めアル!」


 リュウが声を荒げ、ディオニアが斬りかかってきた。

 盾は出現し初撃を防ぐ。アルの防御魔法に弾かれて体勢を崩したディオニア脇腹をリュウが殴る。そのままフェルマの元へと駆けつけ、治療しながら階段を昇る。

 そうなるはずだった。ディオニアが斬りかかってきたというところまでは想像通り。

 しかし盾は現れない。

 反射的に『笹貫』を持って目の前に現れたイクトが、ディオニアの初撃を弾いた。そしてリュウとティナが魔力の込もった球を投げつける。


「アル、お前……」

炎撃(フレイム)


 後ろの彼が気掛かりだった。リュウの炎で少し押し戻し、後ろを振り返る。そこには俯くアルの姿があった。


「なんで盾出さねーんだよ!」


 イクトとティナが攻撃を防ぎ、マリーは二人を援護している。


「答えろよアル!」


 怒鳴りつけたというのに微動だにしない。リュウがアルの元へと向かった瞬間、“その言葉”は放たれた。

 裏切るという行為がどういうものかは、リュウには理解することが出来なかった。誰がそれを行ったのか、どうして訳の分からないことをやったのか、わからない。

 それでも、そんなあやふやな理解力でも、リュウは信じ続けていた。初めて見た攻撃的なアルが自分を殴り付けた時でさえ、疑おうとは思わなかった。

 どんなに距離が開き口を利くことさえ無くなったこれまでの間も、絶対に揺るがない信頼がアルにはあった。

 いくらその答えが出かかったとしても、それは間違いだと何度も最初から考え直した。

 綺麗な白い髪が揺れ、目の前には盾が現れる。自分をいつも隣で守ってくれた大親友が、そうではないと心から思っていた。


「俺の任務は、お前を護ることではないからだ」


 その一言によって何もかもが崩れ落ちたのだった。

 

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