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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
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137 この戦いが終わったら


「んっ……」


 次に目を開けた瞬間リュウが最初に見たのは、イクトの姿だった。夕暮れ時なのか、イクトの後ろの窓は薄いオレンジ色になっていた。

 気温も寒さの目立つもので、いまいち状況を把握できない。イクトの隣にはティナが心配そうに座りながら覗き込んでいたようで、目があった瞬間嬉しそうに表情が崩れた。


「やっと起きたのね馬鹿リュウ」

「あれ、俺なんでここに……」

「急に寝ちゃったんだって。どうせ昨日の夜中まで魔法の特訓でもしてたんでしょ? アルがここまで運んでくれたんだからね」

「運んだと言うよりは引きずってましたけどね。身長がどうにも……」


 イクトとティナの言葉で思い出す。バーのトイレで何があるかを探していた所で、リュウは寝てしまった。そのような場所で寝てしまったと言うことに違和感は感じる。それでもそれが真実だが、前後の記憶が曖昧でリュウはアルとの会話があったのかどうかも思い出せなかった。


「てか、なんで二人がここいるんだよ。念話係だろ?」

「この国の妨害はやっぱり強力でさ、イクトがやってみても駄目だったのよ。残ったものの、私とリュウだけじゃ心配だからってイクトが来てくれたの」

「あれ、二人じゃ恥ずかしいってティナが──「わー! わー! リュウお腹空いてるよね! 私おかゆ作ってるからね! わー!」


 イクトの言葉を遮り顔を真っ赤にしたティナが、リュウの膝に盆をおきおかゆ入りの鍋を置き、スプーンを投げつけた。リュウは寝ぼけ頭に全く聞き取れていなかった。


「そういえば珍しいですね。リュウはパンよりもお米の方が好きなんでしたよね」

「ん、うん。俺もよくわかんないんだけど、拾われた時に最初に食ったのがパンじゃなかったってだけ。今じゃ俺が炊いたらどんな米でも究極だぜ」

「へえ」


 一瞬間ができた。

 顔を伏せて顔の火照りを冷まそうと必死になっているティナに首をかしげたリュウは、胸につっかえていたものを打ち明けることにした。


「……なあ、アルのことなんだけどさ。俺昨日の夜中見ちゃったんだ。コソコソしながら一人でどっかに行くの。一瞬見間違いかと思ったんだけど、やっぱりアルだ」

「どういうこと?」


 ティナが聞き返すが、リュウの胸中を先に悟ったのはイクトだった。


「なるほど。確かにアルならば、魔闘祭の時の一件も、学園の侵入の手引きも簡単ですし、その他にも怪しい行動はありましたよね」


 嫌に落ち着いた態度だった。


「どういうこと? アルが何だって言うの?」

「学園に【メガイラ】がやって来た時、誰かがそれを手引きした可能性があるということです。それがアルなら辻褄は合いますし」

「【メガイラ】のスパイとかそういうことだって言うの?」

「でも、俺はアルじゃねーと思ってるんだ。だから、皆にはこのこと黙っといてくんね? ちゃんと違うって分かってからじゃないと変に混乱するから」

「そう思ってるなら私達にだって言わなくても良かったのに……。アルじゃないんでしょ?」

「僕も同意見です。リュウが信じるなら、疑いようがありませんよ」

「ああ、一応だよ。アルなわけねーだろ」


 この話題はこれで打ち切られる。


「んでそのアル達は?」

「フェルマ先生と一緒にいろんなところ回ってる。それよりもね、リュウ……」


 ティナの顔が少しだけ強ばった。


「見つけたよ、アジト」


 【メガイラ】への一歩を肌で感じた瞬間に過ったのはやはりアルの顔だった。


 * * *


「それじゃ始めるぞ」


 死んだ魚のような目は変わらないまでも、その奥に輝く鋭い光は消え失せてはいなかった。声の主フェルマは、魔法で作り出した特性のボードに、資料を張り付ける。

 無属性の防御魔法をボード代わりに、資料を貼り付ける。その防御魔法ボードを操作して、資料を見やすく動かすこともできる、軍の常用魔法だ。


「アルが見つけたんだが、あのトイレには隠し扉があった。リュウが寝ちまったこともあったが、何よりも様子を窺う必要があったからな。だけど、取りあえずは大丈夫そうだ」

「いるんですか? そこに」


 イクトの質問に、フェルマは頷いた。


「アルとマリーとも見たが、どうやら日中はあまり人がいないところらしい。夜になると何人かは戻ってきたことから、例のC級犯罪者は複数人で行動してるっつうことがわかった」

「どうすんだよ」


 偽の任務ではありながらも、C級犯罪者は【メガイラ】との関与を疑われている人物だ。そこが【メガイラ】のアジトだと言うことが絞り込めたということにもなるかもしれなかった。

 イクトもそれには感づいているようで、答えは決まっていた。ティナもマリーも、行く気はあるようだった。


「そこが、【メガイラ】のアジトだな」


 出来たのは一瞬の間。


「……あ」

「え?」


 ついうっかり、口を滑らせてしまったのは当然リュウだった。フェルマの不思議そうな目線と、一秒後に見たティナの平手が、事の重大さを気づかせた。


「何言ってんのよ!」

「やっちまったー!」


 平手打ちされたリュウが叫ぶ。そして、フェルマが詰め寄ってきた。正直に話す他、死んだ魚のような目を回避する方法はなかった。


「……なるほど、つまりお前達は俺を利用してものスゲーことをしてたんだな」

「はい、言い返せません」


 正座させられたリュウ。しかし、これでよかったとも思ったがゆえに、抵抗はしない。フェルマの恋人はあのシエラなのだ。【メガイラ】についてを知る権利もあれば、戦う権利だってある。


「ほんと、最悪だ」


 タバコを吹かしながらそう言った。頭の整理が追い付かないということは理解できたリュウ達。

 下手をすればシエラの仇として復讐だってしかねない。イクトもそのために今まで生きてきたのだから、もしフェルマも“そう”なったら、止めるつもりでいた。


「なら、明日の正午ジャストで行くぞ」


 それは意外な一言だった。

 今すぐにでも殴り込むと言うと思っていたからだ。日中は【メガイラ】らしき複数人が出掛けるような時間で、そこには一人もいないかもしれないからだった。


「【メガイラ】を潰せるんなら俺は何だってする。それは正解を選ぶって意味でだ。シエラを殺した奴らへの復讐心は正直消えそうにない。だから一人残らず潰す。そのためにはアジトを調べて、軍を動かして徹底的にやる」


 冷静だったのだ。内に秘めたものは、死んだ魚ではなかった。リュウはやっと、解放された気分になった。


「ぬあー、隠すの疲れたー!」

「国家機密だからね。ご愁傷さま」

「え」

「打ち首? 火炙り? かわいそ」

「え、嘘だろ、え……」


 ティナの言葉が現実という重りとしてのしかかった。重大な規約違反だったのだから、その先に待つ処罰も当然あるんだよと、ティナは目で語った。


(アジトを見つけたら、フェルマ先生に【メガイラ】のことだけなら教えてもいいと言われたこと、まだ黙っといた方がいいんでしょうかね)


 イクトは自分だけ淹れたお茶を啜りながら、一人考えていた。


「あはは、で、私たちは明日皆で乗り込むってことで良いんだよね」


 マリーが、半泣きになっていたリュウに救いの手を差し出しながら確認した。からかい終えたティナは生き生きとしていた。


「だな、何かあったらすぐに逃げる。それなら構わない。一応俺はお前らの教師だからな、危険な目には合わせねえよ」


 死んだ魚のような目でそのようなことを語られても、説得力も頼もしさも無かった。


 * * *


 夜中、特訓をするからと呼び出しておいたことを思い出し、風呂上がりにも関わらずリュウは外に出た。すぐに湯冷めをしてしまいそうな気温だったが、気にはならない。


「わり、待たせたな」


 リュウが声をかけた彼は律儀に待っていた。月光を反射させる白髪と青いピアス。小さな身長だったが、意外にも力持ちなその体。

 アルは待たされた事とこの寒さから、目付きが鋭くなっていた。その目付きの鋭さからリュウは簡単にアルの考えを推察することが出来た。魔法が苦手といっても、慣れから来る得意はある。


炎撃(フレイム)


 小さな炎を右手に出し、手のひらで暖を取らせる。アルの目付きが少し和らいだことに、どや顔で返すリュウ。


「ちょっとさ、劇の練習付き合ってくれよ。もう英雄祭まで一ヶ月切っちゃったしヤベーんだよ」


 リュウの手には二冊の台本があった。英雄祭の出し物である演劇『英雄物語』のものだ。

 既に学園では少しずつ英雄祭の準備が始まってきている。特にこの季節は出し物によっても進路に関わることがあるため、自ずと学園内全体の気合いは高まっていた。

 だけにリュウも気を抜けない立場であり、大道具担当のアルにさえ本読みを頼むことになった。この方法でしか、もう二人きりで話すことは出来なくなっていた。


「“おはよう、クリスタル。今日もいい朝だけど……ワスーリュ……ワ、ワシュールドリングフ”」

「噛みすぎ」

「ぬあああ! なんだよワシュールドリンクって!」

「言えた」

「え? おお本当だ。“ワシュールドリンク”!」


 学園にいられず準備に参加できない分、リュウは主役の立場を全うする他無かった。一世一代の大舞台は成功させたい。しかし、そこには迷いがあった。


「……本番はここでスポットライトが動きを誘導してくれる、って聞いてるか?」


 久々のまともな会話。まるで二人の間には何事もなかったかのように感じるが、リュウを殴ったあの日のことは、忘れようにも忘れられない。リュウ自身、思い出すと痛みも蘇ってくる。

 そしてアルの顔を見る度に、胸の中の靄が一層濃くなっていく。


「……なあ、昨日どこ行ってたんだよ」


 二人で炎を見つめながらリュウが切り出した。ぺらぺらと台本をめくることに大した意味はない。

 寒さが身に染みても、それは心まで届かないはずだった。しかし今は、この炎を前にしてもすぐに冷えきってしまう。

 リュウの言葉にアルは何も返さず、無言を貫く。絶対に他人を傷つけようとはしない童顔少年。それがアルだ。リュウと出会ったその時から今まで、他人を傷つけようとしたことは一度しか無かった。

 そんな彼が【メガイラ】が侵入してきたあの日に殴った。

 魔物にさえ攻撃魔法を使わず、シエラに睨まれ、勝負だという魔闘祭の時も絶対に攻撃魔法を使わなかった。他人を傷つける行為は、例え魔法が絡んでいなくとも避けるような性格のアル。

 実は虫が嫌いで、生活能力の低い童顔の少年。青いピアスを着けていて、身長の低い親友。


「俺の近くに『裏切り者』がいるらしいんだ。そいつは【メガイラ】の仲間で、俺を捕らえようとしてるらしい。そんな危ないときにどこ行ってたんだよ」


 アルはまだ口を開こうとはしなかった。

 ぱちぱちと弾けるように火の粉が舞い、オレンジ色が揺らめく。暖かさと優しさに満ちた炎が、とっくに湯冷めしてしまった二人の体に染み渡る。

 アルは無表情だ。


「もしかしてそれ、アルか?」


 ついに言ってしまった。それでもそれは、信じるがゆえの言葉だった。

 気まずくなったあの日から、何気無いことが気にかかるようになっていた。裏切り者の存在を知った瞬間から頭を過っていた。それでも疑ってはいない。断言できる。


「……そんなわけないだろ」


 だから、その言葉がアルから出てきたことが、本当に嬉しかった。安堵から気の抜けたリュウの炎が急激に力を増し、アルもろとも焦がしてしまいそうになった程に。


「だよな! あ~やっぱそうだよな~。良かった~。何か怪しいことはわかってたけど、サプリメントの打ち合わせだもんな!」


 サプライズを確信し、炎を消す。安堵から立ち上がってリュウはアルに背を向ける。


「俺はやっぱり間違ってなかった。もう殴ったことも許すよ。やっぱ最高の相棒だぜ」


 すっきりしたリュウはそのまま宿に戻ろうとした。炎を消してから急に来た寒さに、急ぎ足を見せようとした。その時だった。


「待って、くれ」


 普段はあまり出てこない、アルからの言葉。リュウは立ち止まり振り替える。

 暗くて顔はよく見えない。それでも鋭い目付きなのだとリュウにはわかった。それは寒さから来ているのだと“勘違い”をしてしまった。


「明日、バーからアジト行く……から、それ終わったら、その……話があるんだ。皆にも勿論言うけど……」

「ああ! サプリメントパーティーだろ! 聞かなかったことにして皆には言わないぜ! 楽しみにしてるよ!」


 アルにしては長く喋ったなと意外に思いながら、寒さに負けて先に戻った。その姿を睨み付けるように見つめるアルの瞳に気づかないまま、リュウは一夜をそうして過ごした。

 

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