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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十一章【友として仲間として】
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135 怪しき手がかり


「今から皇帝様が凱旋なされるんだよ。ノームに入ってから帝国城までの大通りにこうして跪くんだ。わかったら黙って頭下げてろ!」


 その男は独特な服装だった。軍服にも似ているような形だが、全体的に落ち着き、腰や胸に様々な武器を付けている。魔力も弱々しいその男は、以降顔を上げなかった。リュウもイクトも渋々頭を下げる。


「皇帝陛下万歳!」

「我らが祖国のために!」

「愚国にゼロスの鉄槌を!」


 三者三様に言葉を投げ掛けられている皇帝。リュウ達二人の前を複数の馬車が通ったとき、ちらりと顔が見えた。

 装飾の派手な鎧と、剣に大盾、白馬の引く馬車に乗った男だった。

 前と後ろにもそれぞれ護衛用の馬車を配置し、徒歩並のペースで進む周りを魔導師達が歩きながらさらに護っている。楽団や踊り子なども携え、まるでパレードのようにやって来ていた。

 馬車は屋根のある高価な形態で、小さな窓から皇帝は頭を垂れる民衆に手を振っている。顔は作ったような笑顔で、時おり覗かせるのは無だ。

 感じる魔力は圧力を孕むもので、イクトは反射的に探知をやめてしまった。探知をすればするほど、その魔力によって蝕まれるような感覚に陥ってしまったからだった。


「いいか、絶対に顔あげんじゃねえぞ……」

「んだよ、痛ェよ!」


 強力な腕力だった。ゼロス皇帝は未だリュウ達の前を通っていないというのに、既に体勢に無理が生じてきていた。


「陛下がお姿を現した……」

「何とお美しい!」

「手をお振りになった!」


 黄色い歓声が鳴り止まなかった。


「おい、お前」


 しかし、その最中に皇帝自身が口を開いた。リュウ達にはよく見えなかったが、皇帝は馬車を止めるよう合図を出していた。

 楽団のアップテンポな曲も、踊り子の華麗な踊りも止まり、全員が皇帝を注視する。執事のような人間が素早く馬車の横に立ち、その扉を開ける。

 中からは鎧と剣と盾とで武装した皇帝が現れた。用意された階段を下りながら、視線を下へ移す。きれいな金色の髪をかき分け、立ち止まった。

 目の前にいたのはお世辞にも綺麗とはいえない服を着た女性だった。その両手には生まれて間もない赤ん坊が抱えられている。

 継ぎ接ぎだらけの服に、染みの着いたバンダナ。まともに食事を採れていないのか赤ん坊までもが痩せ細っている。その母親は、とても悲しそうに皇帝を見上げた。


「余の視界に入るからには、礼儀というものを弁えておるのだろうな」


 その瞳は冷徹だった。リュウは横目で見えた。


「は、はい。申し訳ありません」

「その赤子……歳はいくつだ?」

「は、はい。やっと三ヶ月でございます」

「そうか……」


 その瞬間、付き人に合図を出した。付き人はこくりと頷き、荷馬車の隅に積んであった樽を一つ持ってくる。

 母親の前に立ったその付き人は樽の中身を、思い切りその母親にぶちまけた。一瞬で鼻をつくような悪臭がリュウにまで届く。それは紛れもない“馬糞”だった。


「なっ!」

「動くんじゃねえ!」


 動き出そうとしたリュウの体を再び男が止めた。


「この国に汚ならしい人間などおらぬ。馬糞ならば落ちていようものだがな」

「お、お許しを……」


 皇帝は再び馬車へと戻っていった。糞まみれとなった母親と泣きわめく赤ん坊に唾を吐く衛兵達。一通りそうしたあとは、何事もなかったかのように馬車を進ませる。

 馬車は再び、音楽と踊りに彩られて帝国城へと向かっていった。

 リュウは終始震えていた。恐怖などではなく単純な怒り。必死に立ち上がろうと、文句を言おうとしていた。しかし、後ろの男に止められていたのだ。


「なんなんだよあれ」


 通りすぎ、再びもとの通りに戻った大通りで、リュウは先の男に問いかけた。無精髭を蓄えたその男は、悲しそうに目を伏せる。


「俺はこの町の警官をやってる。お前達は余所者だろうから警官なんてものを知らねえか。そうだな、町を守る自警団とか、警備員とかそう思ってくれていいぜ」

「そんなこと聞いてんじゃねーよ! なんであんなことが起こったんだよ! 何なんだよあの野郎!」

「理由など無いさ。皇帝様はいつもああなのだ。気にくわなければ何でもするし、気に入れば出世させる。この国はそういう国なんだ」

「はあ?」

「いいか、悪いことは言わねえ。さっさとこの国を出な。それこそ、いつ城の衛兵が来るかわからねえ。余所者には特に厳しいからな」

「情報漏洩は避けなければなりませんからね」

「ああ。話のわかるやつもいるんだな」


 イクトが察した。ここへやって来た時の国民の冷たい視線。それは、早く出ていけという意味だったのだ。関わり合いたくないという意味も含まれている。


「あなたは【メガイラ】という組織を知っていますか?」


 歩きながら、イクトが聞いた。

 特に気にする必要も無いとは思ったが、もしこれが考えうる最悪の事態だった場合。このゼロス帝国そのものが【メガイラ】だった場合、まず間違いなく目の前の男とは戦闘になってしまう。

 感知した魔力と人数差から負けはしないが、一瞬の隙を突かれて逃亡されたり、増援を呼ばれてしまっては分は悪くなる。

 それを避けての、場所移動だった。移動しながら、それとなく男の退路を塞ぎながら、流れに身を任せるようにして聞いた。その質問をしたときの男の表情一つ見逃さない。


「ああ、最近色んな遺跡を荒らしてるやつらだな。でもあれだろ? それはただの調査で別に荒らしてる訳じゃねえんだろ? ほら、なんつったっけ? あ、アルバトロスじゃなくて」

「アルティス・メイクリール」

「そうそいつ! その英雄の封印した“世界を救う魔法”の遺跡を探してるって話だぜ?」


 男はシロだと判断できた瞬間だった。


(【アルテミス】が調べたものは、【バッドエンド】の能力のみ。その情報さえ男のものとは異なる……か。男の魔力に揺らぎはないし、つまりこの国ではそれが常識と言うことですね)


 イクトは見抜いた。それは、幸にも不幸にも【メガイラ】と言う組織の規模まで割り出せるものだった。

 帝国民には噂程度の情報を流している現段階。【メガイラ】がもし帝国そのものを乗っ取っていた場合、新聞社等を利用して国内全土に情報を送れる。

 様子見の一当てのような今の状況下では、【メガイラ】もまた探っていると言うことでしかない。帝国を乗っとるなど、二の次である。


「“世界を救う魔法”だと!?」


 身を乗り出すほど驚いた。腰の引けた警官に食って掛かるチンピラのようにリュウは問い詰める。


「今、その手がかりを探してるってよ。情報があるならここ行くといいぜ。もしあんたらが【メガイラ】の知りたいこと知ってるんなら高値で買ってくれる」


 そう言って、小さなメモをイクトに渡した警官はそそくさとその場から去っていってしまった。急展開した状況に着いていけないリュウを置いて、イクトは受け取ったメモを見る。


「ここは、ちいさな酒場ですね。さっき通ってきた中にあったかもしれません。そこのトイレの中から下に行けばいいと書いてあります」

「マジかよ! もうアジト見つけたじゃん」

「安易に信用できるわけ無いですよ。相手は名乗りさえしなかったんですから」


 イクトは警官が消えていった先を見ながらそう言った。見据える先の違和感に気づくリュウではなかった。


 * * *


「よお」


 声をかけられた方向にティナは向く。そこには別れる前と何ら変わらない姿のリュウがいた。それを見たティナは、余計なことに首を突っ込まなかった彼に安堵した。


「……どう? 調子は」


 ティナが質問をした。

 宿にはフェルマが待機しているが、宿での作戦会議はできない。フェルマには【メガイラ】のアジトについてを一切話すことが出来ないからだ。

 念話で嘘の任務報告をしたのちに、五人は小さなバーに集まった。未成年五人組は、意外にも喫茶店などでは目立ってしまう。

 余所者ということもあるが、それはこの国の子供が現在学園や軍の訓練の時間だからだった。平日の午後に街を出歩くとなると、落ち着いた店よりもならず者の多い騒がしいバーが適所だ。


「ここは僕たちの国でいう警務隊というのがいません。独立組織として警察と言うものがあり、おもに国内での治安に対して作用する組織です」

「軍と違うから情報とかはあんま貰えなかったけど、道案内の時は便利だぜ! 迷子にならねーの!」

「余程大きな騒ぎが起こらない限り捕まるようなことはないのでさっさと話を進めましょう!」


 リュウの的はずれな警察紹介を無視し、イクトは話を進める。


「正直、一つ怪しい所を発見しました」


 イクトが見せたのは一枚の紙。警官に貰った【メガイラ】がいるという場所の紙だった。


「ここに行けば【メガイラ】がいると、その警官が言っていました。英雄についての情報を買うと」

「うわ、怪しい」

「絶対変だね」


 アルでさえも首を縦に振った。しかし、リュウだけはそうかと反論した。


「この国の皇帝は最悪な奴なんだ。戦争ばっかして、威張り散らして帰ってきたと思ったら、何も悪くない奴に酷いことをする。もしそいつも【メガイラ】に関わってんなら早くぶん殴らねーと気がすまねー」


 リュウのその言葉に、周りの数人が反応した。戦争や皇帝と言った単語は禁句だとティナが慌てて言うが、リュウの怒りがそれでおさまるわけではない。

 それは、見てしまったから。放っておけないという、直感的な衝動だった。


「許せねー」


 一言を最後に発した。


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