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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十章【ナイトメアダンス】
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128 ナイトメアダンス~序~


 魔晶石の付いたイヤホンを耳にはめる。襟元を正し、ネクタイを締める。付いたシワをするりと整え、埃も払い落とす。


『皆、準備は良いかい?』


 耳からロイの声が聞こえた。念話の使えないリュウ達のために作られた魔晶石のイヤホンだ。留学の時に付けた翻訳用のものとほぼ同じ作りだというが。耳のそれを再度聞き取りやすいように直して、言葉を返す。


「いつでも行けるぜ」

『じゃあ行こう。『ナイトメアダンス』開始だ』


 ロイの声で、リュウは堂々と逞しく、大扉を開けた。

 燃えるような赤の髪をきっちり整え、黒いタキシードに身を包んでいる。艶やかな革靴の音が一層魅力を引き立てながら。ネクタイを直しながら前を見据える。狼と龍の装飾の、特注のネクタイピンでまとめ、タキシードのボタンを留める。

 青い瞳を鋭く尖らせ、見つめる先はビュッフェ形式の多彩な料理。引き締まった顔は空腹から来るものだった。


「はあ」

「だらしないですよ、リュウ」


 後ろに続くアルとイクトも、入場と同時に気合いを引き締める。両者共に燕尾服に身を包み、黒の革靴で決めている。

 珍しくオールバックにした髪型に慣れないアルに対し、レイジー家での経験があるイクトは流石の身のこなしだ。弟設定のアルは、さっそく淑女達に好奇な目を向けられた。

 イクトもまた、同年代の女性達から同様の目を向けられる。


「まあ好きなだけ食べるといいよ」

「じゃ、俺も食べるッス!」


 遅れて入場したのは、ロイとゾットだ。

 ロイはやはり別格と表現するべきか、全てにおいて完璧な振る舞いを見せつける。星々の瞬きを醸し出す金髪を、整髪料で整えている。高身長のモデル体型と、漆黒のタキシードとを合わせた。

 含ませる笑顔と、美しい容貌と、魅惑を誘う服装で、ロイは全ての女性の視線を集める。目立つことはあまり良くはないのだが、そういう次元さえ超えてしまうよな魅力だった。派手なドレスに身を包むだけの貴族さえも、手中に収めているその手腕は、元帥ゆえというわけではない。

 ゾットに関しては、坊主頭が似合っていない。凛々しい眉毛と、それを中和する女顔に黒のスーツ。やはり、似合わない。


「な~んか興ざめッスね。俺達にも食い付いてくれる人がいるかと思ったのに」


 既に置かれた食事にかぶりつき始めたリュウにゾットは言った。しかし、己の空腹を満たすことのみを念頭に置いているリュウには、微塵も通じていない。


「にしても、広いなぁ」


 ゾットの見上げたその先には、シャンデリア。

 人を何人積めば届くのか実験してみたくなるような高さの天井には、自身の給料では到底飾ることのできない大きなものが。

 雷系の魔晶石に、炎系の優しくも雄々しいものをつけ足していることから、作者がどれほどこのシャンデリアに魂を込めたかが伺える。

 外へと繋がる通路にさえその光は届き、夜風にはためくカーテンに揺れて恐らく外から見たとしても幻想的なものとなっている。

 中央では、オーケストラの引くクラシックに合わせて男女が踊り、その周りでは貴族の者達が食事をしつつ談笑している。

 このダンスパーティーには、およそ百人が参加している。壁にかけられた高級絵画に興味を示す老人から、テラスへと続く通路を使って鬼ごっこをする子供まで。着飾っていることに例外が無いだけに、誰が【メガイラ】なのかがわからない。

 シャンパンを配るギャルソンさえも、そういう意味では怪しさを放っている。


「ていうか、食い過ぎじゃないッスか? リスでもその口は無理ッスよ」


 これでもかという程口に料理を詰め込んだ状態のリュウ。ビュッフェ形式のこの空間で大皿を器用に六枚も持ち、片っ端から料理を取っていた。ゴクリと喉を動かしたリュウが返答する。


「ここのやつ滅茶苦茶うめーんだ! どうやって作ってんだろうと思ってさ。ゾッちゃんも食ってみろって」

「もういいッスよ。見てるだけでお腹いっぱいッス」


 シャンパンを貰ったゾットは苦笑いを浮かべた。その時だった。明らかにその場の空気に変化が訪れた。

 それに引かれるようにオーケストラの奏でる曲が変わり、まるで指揮者一人から別のものになったかのように、空気もろとも一変した。

 曲調は爽やかなものから艶やかなものへ。

 目移りする紳士淑女の姿を一心に受けることに、喜びを覚える。芯の通った歩きを意識しているのだから、恥じらいというのはなかった。

 そのきっかけとなったのは、やはり彼女達の登場が理由だ。

 二大貴族の息女として、数々の社交パーティーにお茶会までを乗り越えてきたベテラン。【アルテミス】医療長という肩書きを忘れさせるような、華を置いた軍人。

 平民というものを越え、その場の空気さえ変えてしまう凛とした振る舞いの美少女。

 たった三人に、その場は制された。


「本物だ……」

「可愛いなぁ」

「で、デッケェ。あのおっぱ……」


 周りからは有名人を見つめる羨望の眼差し。言葉を失うほどだった。

 ウェーブのかかった腰まで伸びたブロンドの髪を編み、見えるようになった耳には誇示し過ぎないイヤリングが添えられている。

 くりくりとした瞳には光を、うっすら塗られた唇には少しの影を持たせている。大きく膨らんだ胸さえ飾りとして見立てる淡いピンク色のドレスがはためいた。幼さの残る笑顔のまま、マリー・レイジーはやって来る。


「その後ろの人も綺麗だぜ」

「俺、声かけてみるわ」

「お、俺が先だ!」


 内側に渦を巻いた髪の毛をくるくると弄りながら歩いてくるのは、テオレル・フレア。

 白衣の下に見せるいつものきつい模様の服ではなく、黒のロングドレス。塗りたくったようないつもの厚い化粧ではなく、ごく自然なメイク。

 まるで別人にでもなったかのような可憐さを出してはいるが、やはりテオレルだ。場のイケメンに目が行っているのだから否定しない。

 そして、最後の一人がやって来た。


「うわぁ」

「あれはどこの名家だ……?」

「どっかの王族かよ」


 慣れないハイヒールと群青色のドレスと共に新鮮な面持ちで入ってきた。

 歩む度に、水飛沫が上がるかのような清澄感を全面に出し、されど洗練する彫刻のような繊細さは失われていない。はっきりとした顔立ちを彩るメイクは、艶美とも言えるようなもの。

 ティナ・ローズは、周りの人間の視線をすべて集める渦潮のように、三人の中央にいる。すぐに発見したリュウを見るや、慣れないハイヒールでゆっくりやってくる。


「少しはカッコ良くなったのね」

「何だよいきなり。でも、サンキュ」


 いつもとは違う、魅力を引き出す衣装に身を包んでいるリュウ。普段からの彼には想像も出来ないほどだった。


「ネクタイピン、使い魔と同じ狼じゃない」

「ああ、まあな」


 何回か目を逸らしながら話すティナに対して、長く見つめてくるリュウ。思わず彼女は文句にも似た喜びをぶつける。


「な、何よ。私の体にごみでも付いてるの?」


 しかし、自分の格好と、リュウの格好と、この場の空気が厄介で思考と視野は狭まる。


「うん、似合ってんじゃん? 可愛いと思うよ」


 ぼんと頭が爆発した。そんなことまで求めていないのだ。

 しんと静まり返ったこの場なだけに一言が鮮明に襲いかかってきた。自分の目を見つめてくるリュウには、なんと返そうかと考えることも出来ないティナ。


「は、はぁ? 可愛いとかナメてんの?」


 ゾットが吹き出した。

 イクトは首を振り、マリーは食べながら念を送ってくる。アルでさえ二度見だ。ロイに至っては可哀想にと苦笑いで済ますレベル。

 皆が皆の内に作り出した不穏な空気に、一番最初に後悔することになったのは他でもない、ティナだった。自分で言ってしまったことに後悔するのは、遡って見てみてもこの時が初めてだ。


「どうでしょうレディ、私と一曲」


 空気を読まない一人の初老の男性が、ティナに声を掛ける。


「え、えっと」


 慣れない誘いに、ティナはたじろいでしまう。今はリュウのことで頭が一杯なだけに、少しの戸惑いも大きく止められなくなっていく。そこで、見かねたロイが助け船を出すことにする。


『リュウ、そのおじさんが【メガイラ】かもしれない。準備が整うまでティナを守ってあげて。教えた通り紳士な対応でね』

『……ラジャ』


 間があったものの、リュウは返事をした。ロイの助け船の真意はわかっていないものの、リュウは行動に出る。


「レディ、踊りましょう」


 リュウには似合わない、流れるような所作。

 腕を引き、駆け出す。慣れないハイヒールで走ることは難しかったが、ティナは転ばずに中央に出ることができた。しかし、ここはパーティー会場のど真ん中。ダンスをしなければならない。


「やべ、俺踊れねーよ」


 やはりリュウなのだ。


「本当にしょうがないわね」


 この日のために、もしかしたらという僅かな可能性に期待して読み潰したあの本は無駄になどならない。今ではプロ並みだから、仕方なくリュウをリードしてあげる。


「私の腰に手をあてて」

「お、おう」

「右足からスタート。……そっちは左よ」

「あ、間違えた」

「大丈夫。そう固くなる必要はないの」


 ぎこちないながらも、曲に合わせて動き出す。ティナとリュウが現れてから、急に曲が変わった。速いテンポの曲から一転、今はしっとりとした夜想曲。

 曲に乗り、視線をアクセントにする。ターンはゆっくりと雄大に、ステップは驚くほど軽快に。運動神経の良さを活かし、リュウも慣れてきている。

 まるでスポットライトが当てられているかのように、周りの一切を封じ込める。穏やかさと激しさ、静と動の抑揚をつけながら舞う姿は、どう表現されるのだろうか。

 花畑でも見えたのだろうか。泉のほとりに立つような気分だろうか。神秘的なものを感じてくれたのだろうか。

 ティナの視界に映るのはリュウのみ。この曲に乗る二人は今、時間と空間を共有している。幸せに包まれたこの時間を。誰かが魔法で花吹雪を散らせてくれる。蝶が飛び立つ。きっと主役は自分達だという、根拠のない確信。

 リュウとティナは、盛大な拍手に包まれながら、曲の終わりと共に夢の時間を終えた。


『そろそろ始めますよ』


 派手な女性数人に囲まれているイクトが、しびれを切らし念話を送ってきた。何故だか向けられる、マリーの修羅の表情に耐えられなくなっていた。

 

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