12 国王の気まぐれ
リュウ達が出た後の会議室には、未だ二人の姿があった。ゾットは自慢の坊主頭をじょりじょりと掻きながら笑っていた。
「あの熱血君、落ち込んじゃったッスね」
「ははは、そうでなくちゃ」
「笑ってそんなこと言うのロイさんくらいしかいないッス」
「そりゃ彼らは悪くないけど暴れすぎたしね。これもまた俺達の仕事さ。それに彼は真っ直ぐだから、言えばちゃんと伝わる」
「【アルテミス】四元帥ともあろうお方が、一介の学生に説教ッスか」
ゾットはにたりと口角を上げながらロイに言う。いつの間にかロイの手元に現れていた純白のローブと素顔を隠すための仮面。それは最高指揮官直下の最強魔導師《元帥》のもの。あらゆる情報を秘匿として王国を影ながら支える【アルテミス】の矛の証だった。
「ゾット君のせいでバレてそうだよね……」
「むしろ逆ッス。フォローしまくってるんですけど」
ゾットは苦笑いで言う。しかしそれに対し、ロイは真剣な眼差しで扉の向こうを見つめ、顎に手を添えた。ゾットはその理由に気づき、確信を得ようと口を開く。
「問題はそんなところじゃない、ッスね」
「一つはマリーだ。あれはまずい。向こうさん達がこのまま引き下がってくれればいいんだけど、どうも奥の方に大きな奴がいるね」
マリーを襲うということがどういうことなのかを知る者にとって、事件が起こったというだけでも相当な問題となってしまう。二つの問題のうちの一つは政治が絡むレベルだった。
「もう一つはリュウだ。あの子にはこれから先も関わっていくよ。協力してね」
「勿論ッス。けど副隊長でしかない俺はリュウの“正体”を知らない。大丈夫なんスか?」
「それはどういう意味?」
「あれは『希望』か『絶望』か。ロイさんは知ってるんスよね?」
「それは彼自身が決めることなんだ。ただ、彼を希望に導くために俺達が何とかしてあげる。それが【アルテミス】の務めだ」
少しの沈黙のあとロイは仮面で素顔を隠した。誰にも悟られないように、口元さえ見せないその仮面に加えて純白のローブも羽織る。金の縁取りを施した重厚なそれを見たものは皆一様にひざまずく。この国の本当の強さを体現しているからだ。
「さ、修行でもするかな」
「根に持ってるんスか」
「仕方ない、炎属性を使えるようにしないとなぁ」
「《皇炎の支配者》サマが何言ってるんスか……」
イデア王国魔導軍隊【アルテミス】四元帥が一人、ロイ・ファルジオン。王より賜りし二つ名を《皇炎の支配者》。語られる武勇はもはや数知れず、最高指揮官《賢者》に次ぐ全軍二番手の実力者。軍の次強を相手にゾットは笑いながら会議室を後にした。
* * *
「何だよあの無駄にイケメンな野郎。『本当の強さ』なら知ってるっつーの!なあティナ?」
「う、うん」
不機嫌なまま外に出て、怒りをぶちまける迷惑極まりない行動に移ったリュウの問いに、空返事を返すのはティナだ。
「俺は強くなったじゃんかよ。だったらそれでいいじゃねーか!」
「でもさ、あの青果店のおじさんに迷惑をかけちゃったのは本当の事だし、戦う以外にも解決方法はあったよね。マリーの傷にだって気づいてあげられなかった」
一暴れのおかげで、青果店では壁面の崩れや陳列台の破損など、生活に支障をきたす原因が作られてしまった。リュウはそれをちゃんと理解していた。その性格と回らない頭がそれを招いたのだと。
マリーの傷も治りこそしたがそれが後にも引くようなものだったとしたら、想像するだけでも気分は落ち込んでいく。
「で、でも……」
結果として危害が広がっている。リュウは反論しようにも頭で理解してしまっていた。自分が目指していた強さを見失うように、暗闇の中に囚われた気分だった。
「わ、私は嬉しかった。その、助けてくれて、ありがとう」
口火を切ったのはマリーだった。
「え?」
「私、あのまま連れて行かれてたら何されるか分からなくて怖かった。けどティナさん達が助けに来てくれて本当に嬉しかったよ! 誰に何を言われようと私は二人に助けられたんだよ」
マリーは顔を真っ赤にしていた。
「あわわ、ああ言っちゃった。恥ずかしい」
だんだんと薄れていくマリーの声。顔を真っ赤にしながら俯くマリーの姿にティナは思わず抱きつく。
「もう! かわいいな~マリー」
「『本当の強さ』がわからない以上、ロイさんが何を言いたかったのかもわからないよ。だったら、もっともっと強くなればいい……か…な?」
ティナに抱きつかれ、さらには顔を茹で蛸のように真っ赤にさせながら、マリーは途切れ途切れに呟いた。何となくだが言いたいことが伝わったリュウの表情は、真昼の青天のように晴れていく。
「私は応援してるよリュウ君」
「じゃあ私も」
「じゃあってなんだよ、そこは素直に応援しろよ。っても強くなるしかねーんだよな。俺は元から世界一になる予定だったし!」
「諦めるなら早いほうがいいからねリュウ」
「なに!?」
ティナはマリーから手を離しリュウをからかう。そんな安い挑発にのるリュウであったが、飽きの来たティナが話題を変える。
「はいはいわかったわかった。そんなことよりさ、今私達の中でどうしても解けない謎があるんだけど、手伝ってくれない?」
マリーはなんですかと返事をするものの、内心では無理だと諦めていた。自分は頼られるような人間ではない。何せ自分は、と思考を深くまで伸ばそうとしたとき、ティナの言葉がそれを遮った。
「それがさ、ゴールデンパインウィークの名前の由来がわからないの。別に連休! でいいじゃない」
「まだ言ってんのそれ。クソどーでもいー」
リュウは両手を頭の後ろで組み、たったと歩みを速めた。イライラとモヤモヤが心の中で渦巻き、帰って眠りたかった。
「私は真剣に聞いてるの。マリーならわかるでしょ?」
マリーに求めたのは答えではない。訳のわからない名前を野次で冷やかしたことへの便乗と、どうせならもう少し連休を伸ばしてほしいという愚痴を語るため。
リュウの胸中が荒れていようが凪いでいようが、彼女には全く関係ない。
「な~んだそんなことか。王様の大好物なんですよ。今が旬だからほら、一杯食べたいんですって。私も食べたいな~」
「えっ」
「えっ」
その言葉を聞き、まるで時が止まったかのように固まる二人。通行人が目を点にした二人を避けていく。多くの周りの店から聞こえる笑い声が響く中で、マリーは五分程待った。
『そりゃあれだよ。パイナップル好きの国王が年に一度ゴールデンパインを食いまくる日だよ』
遡ること連休前日。リュウは冗談で言ったつもりだった。学園で答えた時は、その話題を早く終わらせたかったからで、決してそれを知っていたからではなく、真面目に考えたわけでもない。
それを聞いたティナもそれだけは無いと思い込んでいた。リュウの言うことの八割は信じていない。頭の整理も終了し、とりあえず二人は当然の如く聞き返す。そんな筈は無いと。
しかし、マリーはその期待を裏切った。
「私の名前はマリー・レイジー。ね?」
幼さの残る笑みを浮かべるマリー。マリーのその仕草は、周りで馬鹿騒ぎをしている酒場の泥酔客とは違い、どこか気品のある女王のような、貴族のような、特別な人間を思わせる。
先程の言葉が嘘ではないと思わせるには十分だった。
「は? レイジー? レイジーってあのレイジー?」
「はい、入学初日にも自己紹介してますけど」
「ええええぇぇぇ!!」
驚きのあまり、リュウは大きく後ろに仰け反る。周りを見ないものだから、通行人とぶつかってしまった。
しかしそれもそのはず、「レイジー家」はイデアに存在する貴族達の中でも二大貴族と言われる、より高貴な一族だ。
百年戦争を止めた英雄アルティスの仲間として、共に戦ったとされる二人の末裔であり、独自の武術と洗練された魔法とを駆使する、イデア王国の二つの柱となっている。当然、他の貴族とは格が違う。国を動かすこともできる貴族の、一息女なのだ。そういう類いに全く関心のないリュウでもその名前は知っている。
「初日はどう目立つか考えてたから気づけなかったのか、この俺様が」
「どの誰様よ」
「昔、王族主催のパーティーに招待されたことがあるんです。その時、現在の王様が仰っていました」
「リュウの馬鹿もたまにはあてになるのね」
マリーが語るどうでもいい真実。そんな話をしている横目でティナも至極どうでもいい事柄に、首を大きく縦に振りながら感心していた。
つい数時間前まで辺りを照らしていた太陽は沈み、辺りは暗闇に包まれた。街灯と建ち並ぶ民家の灯りが、静かに歩く少年少女の顔を照らす。
『本当の強さ』とはいったい何なのか。
夜道を歩くリュウにとって、一番の疑問だったのだが、当然のことわからない。
「じゃあね俺様誰様」
「変にリズミカルに言うなよ」
モヤモヤは晴れない。ティナの振ってくれた手に目線を合わせず返し、マリーはその上から言葉を重ねる。
「ほ、本当にありがとうリュウ君! 私、今日のことは絶対忘れない」
「何度も言われると恥ずい」
顔を真っ赤にした姿を見ると、自分まで真っ赤になってしまう。リュウは照れを隠すためにすぐに自分の部屋がある四階に転移した。
(『本当の強さ』か……)
隣の部屋には親友のアルが住んでいる。今の時間に何をしているかはわからないが、まだまだ続く連休中は、毎日様子を見に行かねばならない。しかし今日は疲れた。
(見つけられっかな~)
自分の部屋に入り、床に座る。家具などろくに置いてない。
(とりあえず、明日あそこのおっちゃんに謝りに行くか)
思い出したのは青果店。せめて店の手伝いはしたいと心に誓う。
(もっともっと強くなったら『本当の強さ』ってやつを見つけられんのか)
頭の中で流れるロイの言葉。繰り返されればされるほど、答えが逃げていくような感覚。
「俺の夢は世界一の魔導師になること。……なったらわかんのかな」
答えのわからない問いと向き合ってしまった。しかしそこはリュウ。伊達に学年最下位を取っていない。その後わずか十秒で眠りに落ちてしまった。
そして翌朝、ティナとリュウは気づくことになる。買い物袋を街の真ん中に置き忘れてしまっているということに。