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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第十章【ナイトメアダンス】
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125 少しの青春


 思いもよらぬ留学事件は、イデアと大和双方の間で協議し、数日に起こった襲撃事件を隠蔽(いんぺい)する形で終息した。全国に発行された新聞には一面でコトハの笑顔が載せられた。


「そこで俺の必殺技が完成したんだよ!」

「僕そういうの聞いたことある! 「まぐれ」でしょ!」


 ぱこんと頭を叩かれるアッシュ。爽快な音が二人のいるキッチンで反響する。

 鍋に火をかけ、中の料理を混ぜていたアッシュが、持っていたお玉を鍋の中に落としてしまった。そちらの方がより驚くが仕方がないなと諦め、そしてまた叩かれる。

 見事なまでに魚を捌き終わったリュウに取ってもらい事なきを得たが、これはリュウのせいだろう。

 そう言うと、思った通りまた叩かれた。

 リュウはフライパンに油を張り、衣をつけた魚を揚げていく。香ばしい匂いと共に、辺りを揚げの音色が支配していく。

 視覚、嗅覚、そして聴覚と、五感の半数以上を攻めてくる刺激は、リュウ達の腹をぐんぐん空かせていく。


「あれから何度も練習してんだけど、出ねーんだよなぁ」

「だから、まぐれだって」


 四度目は避けた。

 とっくに腹を空かせているアッシュは鍋の火を止め、人数分の皿を棚から出す。皿にリュウの作った魚のフライと、アッシュお手製のスープをよそいテーブルに持っていく。

 リュウも後から着いていったのだが、一つ文句を言いたくなった。


「で、お前らがなんでココにいるんだよ」


 和気あいあいと一つの話題で盛り上がっているティナ達三人。

 何故かいらっしゃるのだ。周りを見渡しため息をついたリュウだが、そこにアルがいないことに気づき、どこか淋しげに目を一度伏せた。


「あ、私その大きいやつもらっちゃお! もうお腹ペコペコで」

「え~うっそぉ、私もそれ狙ってたのに~」

「すみません。コーラでなく温かいお茶はありますか? 僕はやっぱりお茶でないと……」

「あ、僕淹れるよっ!」

「もう何匹か魚余ってないかな? あと五匹くらい揚げてくれると助かるんだけど……」

「あ、リュウ! 私の分とあわせて、小皿もう五枚持ってきて」

「完璧! 見て見て! 僕すごい! 茶柱まで立ってる!」

「さすがですね、アッシュ」

「おさかな~」

「早く小皿取ってってば!」


「……カオスか!」


 自分勝手に話を進めていく。マリーに至ってはリュウの分の魚にまで手をつけようとしていた。すぐさま死守し、自分の席に戻るリュウ。小皿は取ってあげた。


「慣れたけど、慣れたけどなんでお前らいつもここにいるんだよ、慣れたけど!」

「ええ~だってこうすれば私ご飯代浮くし」


 ティナが小皿に野菜を移しながらそう返した。


「いやいやいや、俺の分だから。その分俺の金無くなってっから」

「いいじゃないケチ。だいたいアンタ最近学校サボってギルドの任務受けてんでしょ? ガッポガッポのくせしてなに言ってんのよ」

「んな、何で知ってんだよ」

「私に隠し事をするなんて百年早いのよ」

「この間、ティナも同じことをしたんです。その時たまたまリュウを見かけたからカマをかけてみた。結果当たったというだけじゃないですか」

「な、何でそんなこと知ってるのよ、イクト!」

「あははは、それは企業秘密というものですよー」


 見事なまでに一定の音階に言葉を置いたイクト。一世一代の気合いの入った棒読みだった。

 ティナがイクトに食って掛かろうとしたその時、ふとリュウが黙りこんだ。やはり気になる。いつもはこの場に、無言を貫きながらも楽しそうにオレンジジュースを飲む奴がいるはず。しかし、今日は来なかったのだ。

 教室で声をかけようにも、避けるようにして何処かへ行ってしまう。


「アル君、ですか」


 イクトがリュウに聞いた。アッシュと魚の取り合いをしていたティナは動きが止まり、マリーさえコンマ一秒だけ口が動かなくなった。


「あの時、やっぱりアルも来てたよな? 俺、見たんだ」


 再び沈黙が続くと思われた。誰しもが答えられないからだ。しかし、意外にもすぐに返答がある。


「聞いてみればいいじゃん」


 邪気の無い瞳と、嘘偽りのない言葉。


「いつも言ってるじゃんリュウ、裏切り者はアルじゃないって。なら聞けばいいんだよ、うじうじしちゃってさ。だいたいね──」


 その後は、これまでに募ったリュウに対する恨み辛みを吐き出す愚痴がメインとなった。アッシュの言葉に、少なからず動かされたリュウは、アッシュに魚を渡した。


 * * *


 翌日。現在、一通りの授業を終えたAクラスの面々は皆一様に席に着いていた。

 というのも、それは死んだ魚のような目でお馴染みフェルマ先生のお説教を待っているから、等ということではない。

 その日、つまりこのロングホームルームの時間にやらなければいけない重要なモノがあるからだ。


「はい、ちゅうも~く」


 黒い髪の毛は無造作に据え置き体制、デフォルトの死んだ魚のようや目は今日も通常運転のこの男フェルマが、教壇に立つ。

 隣には、学年首席にして学級委員長。容姿端麗、才色兼備、恐らくは良妻賢母。パーフェクトガールことティナ・ローズが文字を書いていた。

 一文字一文字に輝きを見せるティナのそれが、クラスメイトそれぞれの顔を見つめるように書き上げられていく。

 返ってくる視線も同様で、とても軽々しいものではない。担任の性格を反映しやすいこの学園の生徒達だが、このクラスも例外ではない。

 フェルマの担任らしからぬ行動に慣れるために、皆能天気さが増している。しかし、今回だけは違う。キリっと洗練された全員の眼差しが、今は亡き恩師シエラを思わせる。


「英雄祭だ」


 その言葉の直後、教室が震えた。あまりの盛り上がりにフェルマ本人でさえ驚いた。


「英雄祭?」


 一人だけその波に乗ることの叶わなかったイクトが、隣のマリーに聞いた。


「そっかイクト君大和の人だもんね。イデアではね、年末の一週間くらい前に、英雄アルティス様の終戦と建国を記念してお祭りを開くの。それが“英雄祭”」

「その日は学園の生徒も軍も街の人達も含めて、皆で出し物をしたりするのよ。一日中歌って踊って、イルミネーションもすごく綺麗なの。あ、国王様のパレードなんかも面白いんだから」


 マリーとティナの渾身の力説だったが、へえとイクトは返すだけだ。体育の部と文化の部とに分かれるうちの、文化の部の出し物を決めるための時間なのだとイクトは理解した。


「出し物の案はあるか~?」


 この時から、それは盛り上がる。


「はい、お化け屋敷!」

「めんどくせえ、却下」

「はい、喫茶店!」

「めんどくせえ、却下」

「はい、ゲーム会場!」

「はい三つ出揃いました。楽しかったですね、そう言うわけでこのクラスは休憩所に決定で~す」


 フェルマはふうと長く息を吐いたのちティナに指示を出す。しかし、一同大ブーイングだ。この男の性格上、円滑に事が進むとは思っていなかった。しかし、事はマイナスの方向へと円滑に進んでしまった。


「こういうのはな、やるまでが楽しいんだよ。クラスの仲間とどうすればより良くなるかを話し合い、協力して一つの作品を作り出す。そこにこそ、青春の全てが詰まっているといっても過言じゃねえんだぜ?」

「過言です!」


 野次が飛んでくる。


「お前らよく考えてみろ。俺達は前日まで職員会議の雨あられ、当日は変な気を起こさないかのパトロール、やり終わったら後片付け。何が楽しくてそんなことをしなきゃならん」

「もう教師やめちまえよ」

「はい、リュウの意見はこれ以降すべて却下な」


 ニタリと、死んだ魚のような目を向けて笑ったフェルマ。


「しょうがねえな、あと五分で決めろ。出たやつ持って、他クラスの学級委員長同士じゃんけんバトルしなきゃならねーんだからな。被んなよ」


 このままフェルマの進行に乗せられ続ける前に、より良い案を出さねばと一同必死に考え始めた。


「隣のクラスはロシアンチョコバナナだってさ」

「先輩は校庭貸し切って魔法サッカーですって!」

「軍の人達も来るから、やっぱり魔法見せたいねー」


 それぞれのクラスの情報も駆使する。他のクラスとの丸かぶりは避けねばならない。


「お化け屋敷やりたい!」

「テ~レレレ~レ~」

「いっそコスプレ喫茶!」

「私【アルテミス】の軍服持ってる!」

「待て、マッチ売りなんてのも良いぜ?」

「……悲しいな」


 季節感を重視する意見や、個性的な勝負に挑む案なども出されるが、いまいち纏まらない。


「第一希望はお化け屋敷、第二希望コスプレ喫茶、第三希望マッチ売りで決定でいいんだな?」


 そうして、その三つとなった。第三希望は、希望ではなく妥協だ。


「私、絶対じゃんけん勝ってくるね!」


 「お化け屋敷」を奪い取るべく、ティナは奮起していた。冷めた目で見つめるフェルマの胸中に気づくこともなく。


「やっぱり私達はアレどうにかしないとね~」

「今年こそは、私だって!」

「国王のパレードとかも有名だけど、やっぱり一番はアレよね」

「ねえねえ、ソーマ君はアレ行く人決まってるの?」


 代表のティナと、担任のフェルマが会議室へ向かった。それによって生まれた余裕で、クラスの半分の女子が話題をぐるりと変えた。

 女子の一人が目線を泳がせながらイクトに訊く。


「アレ……ですか」

「“聖夜の花火”だよ。真冬の夜に一発だけ上げんの。で、それを好きな人と見ると一生結ばれんだってさ」


 情報の少ない言葉で動揺していたイクトには、リュウが助け船を出してくれた。

 周りの空気を桃色に変えるような勢いで、終いにはマリーまでその話に乗っかっている。毎年人通りも多くなり、真冬だというのに暑苦しくなるイベントだ。

 リュウにとっては縁もなければ持とうとも思わない苦痛なだけの行事。しかし、こと恋愛に関しては女子だけでなく男子たちもそわそわと落ち着きがなくなっていく。


「……俺今年誘いたいやつがいるんだよ」

「俺先輩に断られてよぉ」

「俺なんて妹とだぜ?」

「うわ、キッツイな~」


 リアルの充実を求める若者たちの集まりこそ、学園というものなのだ。イクトは未だに答えを待っている女子に何と返そうか悩んでいた。


「おまたせ!」


 気づけば十数分。自分達のクラスが最後だったのか、この教室を抜けてから戻ってくるまでが早かった。


「ちゅうも~く。俺達のクラスの出し物は演劇『英雄物語』に決まりました。はい、はくしゅ~」

「はい?」

「かすりもしてねー」


 非難が殺到した。


「まあじゃんけんだからな。必ず第一希望になる訳じゃねえさ」

「第三ですらありません」

「細けーこと言ってんじゃねえ。楽しいだろ演劇も」

「「ええぇぇぇ~」」


 最後は渋々の納得だった。


「英雄物語ってなんですか?」

「またかよイクトー。ちゃんと勉強しとけよな~」


 イクトは、確かにその時質問をした。それは単純にわからなかったからであり、それは自分がこれまで生きてきた中で必要ないと思ってきた事柄だったから。

 復讐というくだらないことに全力を注ぎ込んでしまったからだった。それはそれで時間を無駄にしたという思いはあり、だから今知ろうとしている。

 しかし、リュウを殴りたいとイクトは思った。まったくもう、と言葉の端々に付け加えるのだ。勉強という言葉をリュウが語るというだけで、聞き手に沸くのは怒りのみだ。


「アルティスは、突如見つけた“光る玉”に強力な魔力をを与えられ、使い魔と三人の仲間と共に世界を救う話だよ!」


 魔法史の一番最初の授業で習う話である。勿論イクトもこの程度ならば知っている。でなければ建国記念日に納得することはできない。

 やはりリュウの方へ質問を投げ掛けた自分が間違っていた、とはさすがに言えないイクトだった。


「そのアルティスの恋人クリスタルが描いたものが『英雄物語』でしょ? アルティスとクリスタルの恋愛模様と、仲間達の絆を描いた感動のノンフィクション!」


 リュウを薙ぎ倒してマリーが割って入ってきた。

 その後、アルティスは国を造ることを許され、クリスタルと共にイデア王国の発展を願いその生涯を全うした。後に起こるであろう災厄に備えるための『予言の書』を遺して。

 それが英雄物語だという。

 イデア他五大国で大ベストセラーとなった童話なのだそうだ。誰しもが子供の頃に読んでいると知った。


「マリーはアルティスの仲間役やってくれない? ほらレイジーはぴったりよ?」


 アルティスの仲間は四人、一人は後の恋人クリスタル。

 そして、残りの仲間の二人こそ、マリーとエリックの先祖にあたる二人だ。彼らの功績が讃えられ、後に二大貴族の名を貰った。マリーは英雄に深く関わりがあるのだ。


「さて、オプルカウト・レイジー役は決まったから、次はセルロウン・ベルナルドと、グレマ・マゼンタと、主役とヒロインね」

「俺アルティス役やりてー!」


 手をあげたのはリュウ。そしてそれを見つめるのはクラスメイト達。目線を冷たく尖らせ突き刺す。

 彼に任せてはいけないと全員が判断したがしかし、他に手をあげるものもいない上にやりたいとも彼らは思わない。

 任せた方が楽だった。

 ならば、ここは“あの作戦”を実行してみよう。Aクラスの生徒たちは暗黙の了解のうちにリュウを推すことにした。


「じゃあ、リュウに決定ね」


 そうして、主人公アルティス・メイクリール役は満場一致でリュウに決まった。リュウも心地よさから笑顔で早速役の練習を始めている。

 そしてその影で、このクラスの異様な結束力に火が付くのだった。


「じゃあ次はヒロインのクリスタルね」

「はい、僕はティナを推薦します」

「は?」


 イクトが発言する。作戦開始の合図だった。


「わ、私もそれ良いと思うなぁ」

「え、ちょっと……」


 続いてマリーが後押しする。マリーは明後日の方向を見つめて、目線の泳ぎも不自然だ。しかし主人公がリュウに決まったのだ。当然、ヒロイン役はティナでなければならない。


「ぴったりだよ」


 何せ『恋人』役なのだからと、念話無しでの了解が既に為されている。

 ティナは着々と進む影の計画に気づいた。どうにかして止めねばならないが、リュウに相談することは出来ない。面倒くさがるフェルマには話しかけることすら出来ない。そしてその他大勢は既に敵だった。


「いいじゃんいいじゃん、そうしよう」

「なら私衣装つくる!」

「俺ナレーションやりたーい」

「セットなら任せろ!」


 勝手に配役は決まっていってしまった。もはや取りつく島もなく、全ての配役は予定よりも早く決まってしまった。


「ほらな、これこそ青春だぜ」

「先生が出しゃばった上に、負けたのが原因なんだけどね」

「「なにっ!?」」


 ティナの一言でクラス中の視線がフェルマへと向いた。それは、この状況になってしまったというティナなりの仕返しだった。死んだ魚のようなフェルマの目が泳いでいる。


「……まあ実際、チョキ出してりゃ良かっただけだからな。あ~惜しかった」


 次の授業の予鈴が鳴り、フェルマは逃げるように教室を飛び出した。

 

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