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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第九章【天才剣士と夜桜伝説】
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123 カッコ悪い


炎歌咆哮(ブレス・ドラゴニア)


 真夜中の静けさから一転して、荒々しい光量に昼を錯覚する。現れたのは太陽のような炎の少年。照らすは心だった。


「リュウ……?」

「おい!」


 全ての矢を燃やし尽くし、イクトの方に向いた。


「マリー泣いてんぞ」


 目の前に現れたのは紅蓮の髪の少年リュウ。透き通るような青い瞳はイクトを見つめていた。それから逸れるようにしてゆっくりとイクトは右に目を向ける。そこには、マリーとティナの姿があった。

 必死に涙を堪えようとしているが、止めきれない。口に手を当てて、嗚咽を抑えている。何度涙を拭いても出てきてしまうようだ。

 マリーの肩を支えるティナも、自分をしっかり見据えていた。何かを言いたそうにしながらも、それはリュウに任せている。


「お前はそんな奴だったかよ。お前は平気でマリーを泣かせるような奴なのかよ!」


 その言葉が深く刺さった。

 しかし、後戻りは出来ない。ここで引き下がるわけにはいかない。せっかく出来た最後のチャンスなのだから。


「退いてください」


 目の前に庇うようにして立ったリュウを押し退けて、イクトは再び走り出そうと力を込めた。擦りきれ皮がめくれる程に力を込めて刀を抜き、赤い雫と共に刃を振るう。


「おいっ」


 イクトの暴走を制止しようとするが、リュウには手が届かなかった。

 しかし、渇いた一つの音がそれを難なく成功させる。続けざまに鳴るその音が銃声だと気づいたときには、イクトは地に転がっていた。


「ちょっとマリー! 何やってんの!?」

「大丈夫よティナさん。あんまり魔力込めてないから」

「いや、そういう問題じゃなくてね……」


 ずかずかと戦闘領域に踏み込んでくるマリーの覇気は、誰も寄せ付けようとしない。涙は流れるままに、その瞳は気高く凛々しく。

 怒りや恨みと似た負の感情のみで構成された魔力が、再び『メルキオール』に充填される。上体だけを起こして確認したイクトも、これには目を見開いた。

 マリーは連続して五発の魔法弾をレグレムに向け放った。機を見て襲いかかろうとしていただけに、動きの止まり様が面白い。

 そして、もう一発をイクトの頬スレスレで通過するように撃ち込んだ。これが一番魔力の込もっているものだった。


「イクト君」

「は、はい」


 たじろぐ。いつもマリーのことを見下ろす存在であるイクトが、今度は逆転し、物理的にも精神的にも見上げている。

 近づいてきたマリーの顔は笑っていない。怒っている顔でもなければ悲しんでいる顔でもない。嬉しそうでも楽しそうにしているわけでもない。

 笑っていないだけだ。が、それはどんな喜怒哀楽よりも、形容し難く恐ろしい。涙も止まっているのだ。


「カッコ悪い」

「はい。……はい?」


 先の銃撃で刀を弾かれたイクトのためにと、恐る恐るリュウは刀を拾いに行っていた。今関わることは本能的に出来なかった。


「今のイクト君すっごくカッコ悪いよ。いつものイクト君は、冷静で周りのことを気にかけてくれて、何かあったらすぐに助けてくれて、優しくて頼もしくて謙虚で綺麗でしなやかでかっこいいの!」


 マリーの顔は暗がりでもわかるほどに紅潮していた。ティナは、ニヤついていた。


「コトハちゃん絶対辛かったよ! 捕まるってすごく怖いんだから!」


 説得力に満ち満ちた言葉だ。


「だいたい何なのよ。私がどれだけ最近気まずかったのか知りもしないくせに、自分は勝手に突っ走っちゃってさ。お昼ご飯だって美味しそうに食べないし、勇気出して話しかけてもいっつも上の空。ずっと見てたからわかってるんだよ!」


 夜の山に響くその声がやまびこによって返ってくる。聞こえる声を冷静に聞くと、恥ずかしさは最高潮に達する。気まずいというのは、恐らくあの告白が原因だ。マリーの気持ちを、イクトは受け取らなかった。


「あ、いや、見てたのは気になったからでそういう訳じゃないよ? 付きまとったりもしてないし、いやね、そもそもイクト君は悪くないよ? あ、でも見てたんだけど、見てたのは見たかったからで、ああそれじゃダメだ……」

「ぷっ」


 たまらずイクトは吹き出した。

 心の底から沸き起こる何かの熱が顔にまでやって来た。火照る顔のその意味をイクトはまだ理解できていない。恥じらいをこれでもかというほどにまで押し込もうとしているマリーの顔が、愛しく思えた。

 目を合わせると、回遊魚よりも泳ぐその瞳の輝きに自分まで高揚してくる。マリーだけが、その瞬間の全てになった。


「笑わないでっ」


 沸騰しそうなマリーである。イクトはそんなマリーをいつもの落ち着いた瞳で見つめていた。


「……僕には、“これから”があったんだ」


 ほんのりと笑っていた。


「そこまで言ってくれるというのに、応えないわけにはいきませんね。お礼に今度、お茶でも行きましょう」

「はぐらかさないでよもう!」


 リュウが震える手で渡してきた刀を受けとるイクト。そのまま手を借りて今度は立ち上がる。未だ銃口はこちらを向いているため、リュウは逃げた方が良いのではとアイコンタクトで示してくる。


「大丈夫ですよリュウ。マリーはああなったら命令されても撃ちません。何年も側で見てきましたから」


 ボディーガードとして、そして一人の友達としてマリーのことを見てきた。己が着いていくものを失ったあの時から、初めての主なのだ。

 出会った瞬間に見たあの笑顔は、とても愛らしいものだった。自分とは生きる世界も持っているものも、その純粋さも違っているのだ。だからこそ、イクトは誓った。この笑顔を守るのだと。侍としての役目を果たすのだと。


「……けれど、僕のそれはただのエゴですよ。結局は、表向きの生きる目的を作ったに過ぎません。笑顔だのなんだのと、僕には関係のないものだった」


 過去形で、終止符を打つ。


「ところで、僕はリュウのように考えなしの特攻はできません」

「は?」


 隣でリュウが引っかかる。


「力任せにやるよりも良い方法は、リュウと違い山程思い付きます」

「うるせ」

「残念ながら何処かの誰かと違い単細胞でもないので……言わずもがなというやつですね」

「言葉の意味はわかんねーけど、それ悪口だろ」

「仲間の中で馬鹿は、一人で充分ですよね」

「なあ、敵はあっちだぜ?」


 リュウが萎れたことを笑いながら、魔力を高めていく。足全体に魔力を込めて、刀を正中線に構える。気を抜けないこの状況下でも、イクトの構えは突出するほどに柔らかい。

 風の流れ、夜の暗がり、敵の呼吸。どれにも逆らわず、溶け込むようにして構えられた刀とイクトは、一体となっていた。

 それは、東洋に名を知らしめた剣士の本来の姿であった。

 誰しもが見惚れるものが、只の構えだ。刀を構えているだけのイクトがこの場の何よりも美しい。足先から切っ先まで全てを研ぎ澄ませるイクトの顔は、凛々しいものとなっていた。

 何年も何年も練を重ね、磨り減らした手の皮が刀をしっかりと握る。染み付いた動きを思い出すように目を閉じれば、よみがえるのは妹の姿。

 思い出したくもないはずのあの日の妹は、もう出てこなかった。

 いつも見る手足のひん曲がったイコではない、笑顔のイコ。野原で花の冠をプレゼントしてくれたことを思い出した。

 己を己で育む人になれるように。誰にでも頼っていい。いつまでも頼っていい。そして、頼られる人間になりなさい。イクトとイコは笑った。


「僕には剣しかありません」


 駆ける。

 闇に紛れずとも良いその歩法で、レグレムを捉えたイクト。振りかぶり振り下ろす動作に粋を集め、斬りかかった。速すぎるイクトの動きに、反応しきれないレグレムは躱しながらもバランスを崩した。


「僕の周りに笑顔があるならそれでいい。僕の周りが幸せならばそれでいい。この刀はそのために振るい続けます」


 ふわりとまた笑った。

 鉛の鎧を脱ぎ捨てたかのように軽くなる体を実感したイクト。あの日、家族はいなくなり、育った場所も焼失し、故郷は変わった。

 それでも支えてくれる者がいたことにやっと気がついた。

 笑ってしまうほどに遅すぎたその借りが、マリーにはある。きっかけを作り出したリュウにも、感謝をしなければならない。

 ふとそう考えた時、イクトはリュウの魔力を感じた。

 身体能力も魔力の扱いも、職業柄すでに学生レベルはとうに超えているイクトだが、今この瞬間のリュウに、恐れを抱いた。

 魔力量の多いリュウの潜在能力は知っていた。

 それでも、イクトの方が何倍も強い。それは今でも変わらない。しかし、今この瞬間だけは、勝てる気が起きないのだ。

 高まる魔力の熱と、イメージしている勝利への執念が、数値的な強さを上回っている。


(馬鹿なことに人生を費やしている場合では無かったんですね)


 イクトはリュウの魔力を素直に認める。

 復讐という単純な二文字の鎧など、無意味だということに気づいていた。それでもそれに執着していた理由は、後戻りが出来なかったというところにあった。

 底無し沼のようにもがけばもがくほど、深みに沈んでいた。助け出してくれたマリーの後ろにはいつも太陽があった。

 ティナは付き添い、アルは手助け、マリーは信頼する。眩しいばかりの太陽に当てられれば、沼さえ干からびる。


「借りは返します」


 戦いの最中、一方的な攻めの中、イクトはリュウに言葉を発した。


「へ? 借り?」

「僕の速さに着いてきてください。僕はリュウより強いですから」


 余計な一言を付け加えてしまった。あの魔力に、男心に嫉妬した。負けるものかと意気がってみる。やはり復讐は馬鹿なものだったと、刀を握る手に力を込めた。


「そして君ならば、僕をも超えていけるから」

 

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