120 ちゃんちゃん
「僕は【メガイラ】に復讐することを誓いました」
それを聞かされてしまった。
聞いているうちに気分が悪くなった回数は多すぎて覚えていない。
イクトは【メガイラ】という組織を徹底的に調べイデア王国にやって来た。自身の魔法武器として譲り受けた『笹貫』を復讐の糧として生きてきた。二大貴族を利用し情報を集めていた。
「僕には帰る家もありません。火が付けられ証拠も無くなった土地はすぐに売り、出来たお金でイデアに渡り、レイジー家のボディーガードとなりました。お陰で【メガイラ】の情報がここまで集まりました」
立ち尽くす彼らは、押し黙ったまま。
「レイジーの名を使い、そのまま入学しました。魔闘祭で優勝することも少しの予定外のみで済みました。僕は君達全員を利用したんです」
イクトはそう言ったきり、口を開こうとはしなかった。
「でも、だからってイクト……」
ティナが言葉に詰まる。
誰しもが、それはイクト自身も思っているかもしれない。それは、意味のない行為だということを。そして、わかっているだけでどうにかなるほど簡単な問題ではないということも。
「理解出来たでしょう。僕はそういう生き方しか出来ません。コトハの元へ向かいます。皆さんは安心して寮でお休みになっていてください」
「やだね」
眉を吊り上げたリュウのキラリと光った青い瞳。これはイタズラを思い付いた時のしたり顔だ。
「俺、今からお前の嫌がることしかしない。俺がそいつぶん殴って軍に引き渡す。そうすりゃ、お前は復讐できなくなる。ちゃんちゃん、だ」
この時、ティナは初めて目が点になると言うそのままを自身で感じ取った。しゃがみこんだままのゴザロウも、混乱から口があんぐりと開いていた。勿論イクトも同様に動揺した。
「な、何を言って……」
「ゴザロウ、コトハはどこに連れてかれた?」
「え、あっちの山の頂上に」
指差した方向は北西。アルティスを抜けた先の山だ。先程イクトが見つめた先に、やはりいる。
「マリー達は大丈夫なのか?」
「山の麓に寝かされているでござる。助けようとすると気づかれる恐れがあったために、リュウを連れて向かいたい」
「オーケー、行こう。ありがとな」
リュウとゴザロウが足を動かした時、イクトは一言、それを止めようとした。
「どうして君はそこまで出来るんですか」
動揺が冷静さを奪っていた。
「僕の身勝手な行動などとうに見捨てるべきですよ!」
イクトの震える声が、心理戦の軍配がリュウに上がったことを示している。
「知るか、俺はお前の友達だ」
一言で充分なのだと目が語る。
「あ、私もだからね」
後から、ティナが着いていく。
* * *
「ふぇ、リュウ君!?」
目を覚ましたのは、マリーが最後だった。
ゴザロウがマリー達をここへ寝かせたと話した。コトハを連れ去った男の尾行をしたと言っていたが、たった一人で三人を運ぶことは不可能だ。ゴザロウの優しさが見えた。
「俺達は今からコトハを助けに行く。んで、イクトより早く主犯を捕らえて軍に連れてく。ここまでで質問は?」
「私今起きたから何が何だか……」
「じゃあ、慣れろ」
「ええ~!」
その時だった。
『お主の言う通り裏で宴会をやっておったわ! べっぴんは居のうても、いい酒がわんさかじゃ! 羨ましいのう!』
「太郎坊、ありがとうございました」
イクトの喚び出した大天狗、太郎坊が偵察を終えて戻ってきた。大きな団扇と小さな羽で自由に空を飛ぶことの出来る太郎坊は、真っ赤な顔をくしゃくしゃにして笑っていた。酒が入っているのだ。しかしそんな彼も、すぐに真剣な面持ちに変わった。
『……お主と契約を結んだときに儂がなんと言ったか覚えておるかのう?』
イクトは太郎坊の質問に答えなかった。答えられないのではなく、答えたくなかったからだ。
『お主の胸の奥にある刃を見たから、それを使ってはならぬと思った。そしてそれを言うた。しかし、良いのだな?』
「……はい」
『ならば何も言うまい。あとはお主の問題じゃ』
「はい」
悲しそうに太郎坊が消えて一人になったイクトはそのまま山の中へと入っていった。
「おい!」
「僕はこの為だけに生きてきました。友だの何だのと、御託を並べるような幸せ者と一緒にしないでください」
リュウの声は届かない。
「くっそ」
「ねえねえ、アッシュ君また寝ちゃったよ」
マリーが寝惚け眼に起こしていたが、アッシュは完全に眠りに落ちているようだった。時間が時間なだけに、二度寝に入ってしまっては起きる気配が塵もない。
「ここに一人で置いておくことは危険だろう。僕が彼を見ていることにする。どうせ今寮に戻るよりもここにいた方が危険ではあるが安全だ」
「エリック……」
助け船を出してくれたのはエリックだった。今戻れば誰に見つかるかわからない分、今は余計な動きをしない方が得策だと、エリックは理解していた。
「お、お前いいやつだなぁ」
「エリック、優しくなったね~」
リュウとマリーがにんまりと笑顔で見つめてくる。緩みきった表情筋に収拾がつかなくなっていた。
「さてと、早く行こう」
切り替えたティナが発破をかけるように言った。しかし、それに苦い表情を見せたのはゴザロウだった。
「山賊や町のならず者まで集まってるでござる。数が尋常では……」
「喧嘩なんてのはそんなもんだ」
「大丈夫よゴザロウ。経験者は語るってやつだから」
ゴザロウには理解できなかった。
「イクト君……」
深まる猜疑心に眉をひそめていたゴザロウの横で、不安感に胸を貫かれるマリー。小さく、心配するイクトの名を呼ぶ。
「てめぇら何しにここに来た!」
早々、見張りの一人に見つかった。殴りかかってきた男の一撃を躱しそして、卒倒させる。
「え?」
「リュウは喧嘩に関しては最強なの。暴れて良いってなったら止まんないから、私達が置いていかれないようにしないと。水を得た魚よ」
伸びきった見張りの一人を適当に見繕った場所へ捨てると、リュウはさらにぐんぐん進んでいく。
「あ、あと今向こうから攻撃してきたよね。私見てたよ。えっと、正当防衛ってことで大丈夫だよね」
国が関わる問題が起こる場合、それは貴族にも影響する。二大貴族という大きな括りでそう呼ばれるマリーは、そのような問題には実は慣れている。頭も目覚めた証拠だ。
「止まんな、次の奴らが来ちまうぞ!」
リュウが走り出す。
既に騒ぎを察した何人かがこちらの方を向いている。魔法などでの灯りは発していないため見えないはずではあるが、そうなるのも時間の問題だ。
地面に飛び出る太い根を避け、幹の間を縫って走る。暗い夜道にやっと慣れ始めたリュウ達は慣れない山道に苦戦している。
しかし、幼少から山に入り浸っていたイクトには平坦な道と何ら変わりない。ぐいぐい先を進んでいく。
「いいか、とりあえずこの人数ならそうそう負けやしねーぞ。向こうは【メガイラ】らしいから、俺たち全員掛かりでそいつを討つ。それが完璧なサクセンだからな」
リュウのその言葉に全員は頷いた。作戦を考えたいがだけの基本的な戦術だが、突っ込みを入れるような余裕は皆には無かった。
仮にも【メガイラ】と関係する人間だ。下手をすればあの襲撃のときの二人、ヨンとロクよりも強いかもしれない。
油断はならないからだ。
「テメェら、そこで何してやがる!」
今度は二人組に見つかった。
「うるせー!」
リュウは再び一瞬で二人組を倒すと、さらに機動力を上げた。
「おいイクト、魔力探知の調子はどうだ?」
先を走っていたイクトに追い付き様聞くが、イクトは返答をしない。視線を動かすこともなく、無言のまま夜の山道を走っている。
「おいどうなったん……っ!」
リュウがもう一度聞こうとした矢先に、鋭い悪寒に襲われた。鋭く研ぎ澄ませるようにしたイクトの魔力が、殺気とともにこの場を埋め尽くすのだ。
見据える先は明らかに遠いところ。走る足の一つ一つの動作に、闇が詰まっている。
「イクト君……」
マリーは声を掛けられずにいた。
「皆、止まれ!」
不意に先頭を走るリュウが足を止め、ゴザロウが刀を抜いた。イクトもその場に止まるが、問題にならないほどの魔力の高まりを見せていた。
「ちょっと、止まるなって言ったじゃないのよ」
「囲まれているでござるな」
「な~に騒いでくれちゃってるっかな~?」
酒にヤケたかすれ声。離れた距離にいてもわかるようなつんとした匂い。何らかの獣の皮を着た、顔が真っ赤の男が前に立っていた。
東洋人と西洋人の魔力には少しの違いがある。それはこの場の全員が感じ取れるものだ。そして目の前に立つ男は、西洋のものを持っている。
右手に持った巨大な棘付きの金属棒、通称『金棒』に体重を掛ける男は、まっすぐリュウを見た。
「へぇ、ま~じで来ったああああ!」
酒に染められた頬の髭をガシガシと撫でながら、男は笑う。リュウをまじまじと見るその目は、欲の塊だ。
「お前がこいつらの頭か」
喋りかけながらコトハを探す。どこにもいないようだった。未だ翻訳器が作動しているため、言葉は聞こえているはずだ。相手は大和に長くいたのか、訛りが聴いてとれる。
「お前さ英雄君だろ?」
早くから、核心を突くようなその言葉に見舞われた。