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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第九章【天才剣士と夜桜伝説】
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117 生きる理由


 桜が描かれた着物に反りの深い刀。女性の顔を象った面に長い黒髪。不気味な佇まいのその女がゆっくりと向かってくる。途端に砂が舞い上がった。


「きゃっ」


 目を覆うようにしたティナに狙いを定めた。一瞬で距離を詰め、反りの深い刀を横に薙ぐ。イクトがそれを『笹貫』で受け止めた。


「大和の通り魔“夜桜”。なぜこの国にいるのですか」


 小さな火花が戦闘開始の合図だ。


「テメー!」


 右手に灯した炎を、リュウが打ち付ける。それは地面を砕き、夜桜はひらりと舞い上がる。


魔水球(アクア・スフィア)


 我に帰ったティナが、速度を重視した小さな水球を撃つ。空中では身動きがとれないはずの夜桜だが、器用に体を回転させ、簡単に水は斬られてしまった。


「“──となる炎歌が揃う”!」

炎歌咆哮(ブレス・ドラゴニア)


 慣れない詠唱を終え、リュウは炎を吐き出した。古より伝わる龍の咆哮を模したその魔法は、広範囲に渡って焼き尽くす中級魔法。リュウの新技が夜桜もろとも包み込む。


「やったか……」


 リュウの魔法で倒せなかった場合に備えて、ティナは両手の先に水魔法を溜めている。

 巻き上がった煙が地面に落ちる瞬間を見はしたが、油断はできない。数秒の間が、異様な長さに感じられる。そしてやはり、夜桜は動いた。


「神風流一刀術壱ノ型【神速】」


 煙に紛れて迫った夜桜の刀に、同じくイクトは刀を当てる。目視すら赦さない神速の太刀が、夜桜の刀を弾き返した。袖や帯に煤が付き、面自体にも焦げのある夜桜だが、大したダメージは受けていない様子だ。

 しかし、今のイクトの攻撃で、夜桜は刀を弾かれている。懐はがら空きだ。


「行くぜ、必殺技だ!」

【次元転送・銀龍】


 リュウが魔力を高めた。呼び出した右手の籠手に炎を集めた。ロイに習った“必殺技”の完成度は未だ七割弱。それでもこの一瞬が、攻めどころであり試しの場。


「うおおおおお!」


 溜めた炎を、拳打と共に解き放つ爆発魔法。


爆熱拳(インパクト)


 しかし詰めが甘かった。何よりも、邪魔をされていた。


「邪魔だよイクト!」


 間に入り、再び夜桜に斬りかかったイクトが目に移ると、途端に力が抜けた。

 炎は消え失せ、爆発の欠片も無くなった。溜まった炎は上に逃げ、まるでロケットのように籠手も吹き飛んでしまった。


「痛てっ!」


 地面に降り立った夜桜が、さらに追撃を仕掛ける。


「神風流抜刀術弐ノ型【神楽歌】」


 一度能刀し、抜刀と同時に石つぶてを飛ばして侵入を妨げるがやはり、舞うような剣技は止まらない。反応の速い夜桜は瞬時につぶてを避け、空中を闊歩し近づいてくる。目線を逸らさないイクトは切っ先を夜桜に向ける。


「“我が切っ先に意志の風を”」

風閃(ウィンドスルー)


 切っ先から放たれた風の下級魔法が夜桜を貫かんとばかりに向かうが、夜桜はそれすらも回避した。足に少しの魔力を纏い、桜の着物を揺らす。地面に刃を当てながら、イクトを切り上げる。

 下からの刃を防ぎきったイクトは、相手の動きに合わせるように次は反撃する。つばぜり合いさえ起こさずに首を狙うが、やはり躱された。


「イクト!」


 ティナが言葉をかけようにも、イクトは聞き入れない。


「だめ……」

「待ってくれ、ティナ」


 リュウが血の出た右手を抑えながら『銀龍』を拾って戻ってくる。訳のわからないイクトに制止の魔法をかけようとしたところを、彼が止めた。


「今は駄目だ」


 イクトの戦闘はヒット&アウェイを基本としている。それは慎重な性格からの相性もあるが、一番は継戦能力の底上げが目的だ。

 体力も集中力も鍛え方が違うためさらに長く持つが、今回に限ってそれは良しとはならない。短期決戦が妥当だと判断したイクトはここから攻めていく。


「神風流一刀術参ノ型【神降ろし】」


 夜桜の刀を上に避け、そこから下に向かって斬りかかる。今まで地上での二次元的な動きだったが、これは三次元的な動きの技だ。

 夜桜にとって予想だにしなかった上からの攻撃は、反応の速さを活かしても受けることは出来ずに、バックステップで何とか回避した。

 予想通りの動きに少しの笑みを溢し、イクトは攻め立てる。


「神風流一刀術壱ノ型【神速】」


 緩やかな着地から、一瞬の太刀筋を生み出す。狙いは面だ。それは、誰しもができるわけではない。刀と共に生きるものが、自然と身に付ける云わば第六感のようなもの。

 刀を交えることで分かる相手の心。イクトも例外ではなく、刀を交えた相手の心の奥底を見抜くことができる。

 この一連の戦闘の中で、疑惑から始まったそれも今では解決に至っていた。イクトの知る限りここまでの剣士は見たことがなかった。

 正体の掴めない亡霊が目の前で剣を振るっている。冷静ではない頭の片隅には、過去の映像が流れていた。

 だからこそ、面を取るのだ。

 この夜桜が誰かなど、とうにわかりきっていることだ。それでも面を取ったのは、何故夜桜として現れたのかを聞き出したいから。冷静でなくなった軍師が、縛られていることにも気づかずに。

 そしてそのまま、一閃で面を外した。


「お前……」


 リュウはすぐに顔の判断をつけた。


「ゴザロウ……」


 ティナも驚愕する。そこに立っていたのは東洋からの使者であり、男であるはずのゴザロウだった。


「貴方が【メガイラ】だったんですね」


 ゴザロウは着けていた黒い長髪のカツラを取り、トレードマークの短い頭を露にした。桜の模様の入った着物まで、全てが偽りの衣装だった。イクトは『笹貫』の切っ先をゴザロウへ突き付ける。


「ご助力願う。拙者には、もう何も出来ないでござる!」


 喉元まで迫ったそれに怯むことのなかったゴザロウは、怒号を発した。イクトは手を止めた。


「“英雄”と呼ばれる赤髪の少年を連れてこいと言われここへ参った。拙者にはコトハ殿を救う務めがあるでござる。どうか、その英雄と呼ばれる何者かを引き渡し願いたい!」


 座り込み、膝をつき、頭を下げる。あまりにも凄みのある気迫に、一瞬何を言っているのかわからなかった。しかし、時が経ち聞き覚えのある単語を思い出す。


「英雄?」

「リュウ殿のことではなかろうか。拙者と共にいたものとまで申しておった。どうかリュウ殿、拙者と共に!」


 近所に迷惑のかかる声量。しかし、そんなことはどうでもよい。


「何があったんだよ……」


 ゴザロウの瞳の奥の事情に、リュウは問いかけた。


 * * *


 数時間前。


「ふむ、こちらには居らぬでござるな」

「しかし、妙だな。外出など、如何にこの国を信用していようと軽率すぎる」

「けいそつ? そ、それ、警察の、パパパパクりでですか……?」

「アッシュ君、人が怖いなら来なくても良かったんだよ? あと無理してボケなくていいからね?」


 二手に別れたうちのもう一方、ゴザロウはその場にいた。

 ここまでの一連の事件に疑いを向けるエリックと、興味本意で来てしまったが強力な人見知りスキルが発動してしまったアッシュと、イクトから離れるがために来たマリーが夜道を進んでいた。


「皆止まるんだ、何か来──ッ!」


 エリックがそうして、倒されたのだった。


「エリック殿!」


 見えない何者かに反応したエリックが倒れてから数秒後、ゴザロウは異変に気づいた。


【次元転送・メルキオール】


 マリーが黄金の短銃を片手に警戒するが、エリックが倒れたこと以外に違和感はない。


「うっ」


 マリーは後頭部に強い衝撃を受け倒れた。そして一秒も経たずに、アッシュも地面に倒された。残ったゴザロウは、腰に差していた刀を抜いた。しかし、敵が見えない以上対処のしようがない。


「ハローハロー」


 それは東洋の言語。世界共通の挨拶として使われるような身近な言葉。


「お前、こいつの付き添いだろ~?」


 闇からの声は後ろから。振り替えると、そこに奴がいた。一緒にいるのは両手を縛られたコトハだ。


「コトハ殿!」

「おっと、斬りかかってきたらこいつ殺しちまうぜ」


 ゴザロウは動きを止めた。闇から伸びる腕の不気味な様にも驚いた。


「お前ら追ってこっちまで来たらよ、ここイデアだったか~。なら居るよな、居ちゃうよな~? 英雄がよぉ」

「英雄、でござるか?」


 大和の大犯罪者であり、国家転覆を狙っているそいつはやはりこの国へと来ていた。どうコトハを救い出せばよいのか。明かされた事実よりも、そればかりに注意が行く。


「ああ、さっき見たぜお前達と一緒にいた赤髪の。あいつ連れてこい。裏の山で待っててやるから早くしろよ。うっかりこいつ殺っちまう前にな!」


 不気味な笑い声と共に残されていたのは夜桜の衣装。黒い長髪のカツラに反りの深い刀。男が見せてくるのは両手を縛られて動けなくなったコトハだ。ゴザロウは、ゴザロウだから、それを受け取った。


 * * *


 ゴザロウは、土下座した。


「頼むリュウ殿! どうか、コトハ殿を……」


 「英雄」という単語が周りをうろつき、闇からそっと手を伸ばしてくる。首を締めてきたその手を幾度払おうと、リュウは逃げられない。


「また、それか」


 リュウのことをそう呼ぶ。それはコトハを拉致した相手が【メガイラ】の一員であることの証明であり、同時に避けきれない問題の提示でもある。

 敵の狙いはコトハではなくリュウだ。大和から来たということは本拠地が大和にあるのかもしれない。不安と疑問はさらに増えていく。しかし、今はコトハだ。


「見つけました。僕は向かいますので」


 長く沈黙を保っていたイクトが口を開いた。このこの数分、ひたすら【魔力探知】にのみ集中していたのだった。終えたイクトは『笹貫』を強く握り、アルティスの外にある大きな山を見つめていた。


「そっちにそいつらはいるのか?」

「はい、しかしここからは僕一人で向かいます。皆様は寮に戻っていてください」

「何言ってんだ、そんなこと出来るわけねーだろ!」

「してもらわなければ僕達の作戦に支障が出ます」


 リュウの制止を振り払ったイクト。その言葉が引っ掛かる。


「作戦?」


 イクトは歩を止めた。


「僕とコトハとで、この作戦を実行しています。彼女が囮になることで魔力を探り、奇襲をかける。先程それについての説明を受けました。僕はそれを了承した。ので、今から向かうのです」


 コトハの謎の外出は、つまり全てを見越してのことだった。

 これは最初から仕組まれていたことだと、イクトが自白した。コトハを狙う【メガイラ】のメンバーが、どうしてコトハを狙うのか。

 それは、コトハの国のものだからだ。つまりは、コトハ達を追ってここまで来て、ゴザロウの言う通り偶然リュウを見つけたと言うこと。

 リュウを狙うという、組織本来の目的へとシフトし、このような作戦に彼らもまた利用されている。イクトの策略がそこまで伸びると言うことは、何らかの目的がイクトにあると言うことだった。


「どちらにせよ彼女が狙われていると言うことには変わりなく、ならばとその名前を有効に使った作戦です。落ち度はありませんし、あなた方の戦力に関しても差し引いてあるので僕一人で充分ですよ」

「ふざけんな!」


 イクトの頬を殴った。

 地面に倒れたイクトはしかし、剣呑な瞳でリュウを見つめる。殴られたことに対するものではなく、それは行き場のない誰かへのもの。


「コトハを危険な目に合わせて何が充分ですよだ! お前自分がしたこと分かってんのかよ!」

「彼女の提案です」

「何でそれを止めてやらないんだ! あいつは自分が囮になるなんて言うほど追い詰められてるんだぞ!」

「これが最善策です」

「最善とか最悪とか言う問題じゃねー。あいつは必死で悩んでんだ! 大人にならなきゃなんて訳わかんねーこと考えながら、独りであがいてるんだ! 本当に最善策を探すなら、それはあいつを助けてやることなんだ」


 息を切らしイクトに吠えかかるリュウ。胸ぐらを強く掴まれ、イクトはまた殴られる。それでもイクトは、リュウから目を離さない。


「僕は……」


 イクトが口を開いた。


「僕はこの為だけに生きてきたんです。ここで諦めるなど、死んでもするものか!」


 再び、その丁寧な態度は崩れた。


「【メガイラ】が、それも“奴”がこの国にいる。なら僕が殺さねばならない。復讐を成し遂げない限り、僕に明日がくることはない!」

「お前に何があったのかは知らねー。だからお前は間違ってる」


 理論もへったくれもない、ハチャメチャな言動。リュウは、真剣にそう言った。


「イクト殿……」

「いいでしょう、話しますよ。そしてそこを通してもらいます。僕の生き甲斐を邪魔させるわけには行きませんので」


 語られるは、イクトと【メガイラ】と、そして『笹貫』の物語。幼き天才剣士が堕ちていく、絶望的な物語。

 

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