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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第二章【ゴールデンパインウィーク】
12/301

11 否定


 ゾットが身に纏っているのは新緑のローブ。【アルテミス】五番隊副隊長の証として胸には『Ⅴ』と刻まれている。縁に茶色の刺繍を施し、内に秘めた軍服の上から堂々と羽織られている。それは国の力の象徴であり、国民を守るための称号でもある。

 後から続くロイもゾット同様に軍服を着てはいるが、そのローブは羽織っていない。


「凄い、副隊長のローブだ」


 ティナの目が光り輝く。


「えっへん。どうッスか、格好いいでしょ!」

「スゲー本当に副隊長だったんだ」

「なっ……いい度胸ッスねリュウ」


 わなわなと震えるゾットだが、威厳というのはまるでない。眉毛さえなければ絶世の美女とも言われるような面白おかしい顔の作りでは、だれもおののかない。


「ゾット君早く座ろう遅れてるよ」

「そりゃ無いッスよロイさ~ん」


 楽しそうにからかうロイと突っ込みを入れるゾット。小気味よい漫才のようなやり取りの間を縫って、マリーは口を開いた。


「あの、先程はありがとうございました!」

「これが仕事だもん。それより膝を治すよ」


 ロイは優しく手招きした。ごく自然な動作も、モデルのようなロイが行うことで一際華やかになる。


「大丈夫です」

「到着の遅れた俺達のせいでそんな傷を負う羽目になってしまったんだから、治すのは当然さ」


 引き下がらないロイを見て、マリーは仕方なくロイのもとへと歩み寄る。


「と、言っても俺は回復魔法使えないんだけどね」

「出た! 突然の押し付け!」

治癒(キュア)


 ロイは苦笑いをしながら呟く。それを知っていたかのように、ゾットは魔力を高めていた。胸を張りながら威張るゾットは、無属性の回復魔法をマリーに使い始める。

 その腕に偽りは無い。

 魔力のみによる活性化で自己治癒能力が上がったマリーの膝は、みるみる内に傷が塞がっていった。数分後マリーの足は完全に治り、残ってしまうと思っていた傷も完璧に消えていた。


「ありがとうございます!」

「いやあ全然お礼なんて構わないよ」

「いやいや治したの俺ッス。何であたかも自分が終わらせちゃいました感出してるんスか」

「そんなことより……」

「“そんな”こと!」

「それ、着替えある? 立て替えたげよっか? ゾット君が」


 ゾットを弄くり回すことに飽き始めたロイが指差した。リュウは先の騒動で脇腹部分を切ってしまっている。怪我をしてはいないがそのせいで服が破れ、露出狂スレスレの位置で、危うく少年法に助けてもらわねばならない所にまで至っている。


「これさ、新しくてさ、最近ようやく買ったうちの一枚でさ……」

「ははは、予想以上だね。送っとくよ新しいのゾット君が」

「もはや突っ込む余地も無いッス」


 ロイは時計を確認し、書類とペンを持ち出した。


「じゃあ早速事情聴取と行こうかな。まずは名前を教えてもらっても良い?」


 いきなりの方向転換だったが、場は和んでいた。マリーも少しの笑いを取り戻し、活気のようなものが盛り上がっていた。

 ロイは何かを窺うように三人それぞれへと視線を向ける。優しい微笑みの急な不意打ちにあったティナは赤面した。


「俺はリュウ、リュウ・ブライト。世界一の魔導師を目指してる!」

「私はティナ・ローズです。よ、よろしくお願いします」

「私は、マリーです」


 三人は簡潔に自己紹介を終えた。マリーのファミリーネームに関してロイ達は触れない。


「ありがとう。事情を聴くだけだから気楽にしていいよ。それじゃあ、まずはあの時何があったのかを説明してもらおうか」


 ティナがロイに事の次第を話した。

 買い物のために街へ出てきた事。あの男達に襲われた事。そこをリュウが助けた事。


「そっか、ご協力ありがとう。ところで、君たちは魔法学園の生徒さんだよね?」

「はい!」


 ティナが力強く答えた。


「なら魔法の使い方は知ってるね。魔法は無闇に人に向けて使ってはいけないってことを」


 先程までは笑みの含まれていたロイの眼。しかし、今は突き刺すような視線を放つ、真剣なそれへと変わっている。鋭く締まるその表情を見て、三人は畏まる。


「魔法は危険なんだ。下手をすれば人が死ぬことだってある。だからこそ、使うときには注意をしなければならない。例えそれが犯罪を犯した悪人にでも、だ」


 誰に向けられた言葉かすぐにわかった。咎められる理由もわかっている。


「でもよ、あいつらが先に…」

「わかってる、あれは正当防衛だ。だからと言ってすぐ暴力に頼るのは良くない」


 リュウはそれを聞き、勢いよく立ち上がる。まるで、悪いのは自分達なのだと決めつけられているような言いぐさに憤慨していた。


「じゃあ見て見ぬふりしろって言うのかよ!」

「君が魔法を使わなかったら、周りの建物が傷つくこともなかったし、君達が死の危険に晒されることだって無かったはずだ」


 淡々と喋るロイのその言葉に、リュウは顔を真っ赤にさせて怒鳴る。しかし、反論は出来ない。

 青果店に男達を吹き飛ばしたのは事実。あそこまで派手にやってしまえば、当分営業することは出来ないだろう。


「けど、そんなことしたらマリーが……」

「助けられなくなる?」

「ああ! 見過ごせるわけねーだろ!」

「勘違いはいけないよ。現に君はマリーの傷に対して何か対処したかい? 手当ても何もなく何を助けたんだ?」

「それは……」


 マリーの膝が擦り切れていたことに気づいたのは事が終わってからだ。マリーを危険から救ったと語ろうにも、おこがましさがそこに出てしまう。


「もう一度考えを改めた方がいい。君はマリーを助けたのではなく敵を倒したんだ。そこに美談は持ち込むな。何せ君もマリーを襲った彼らもやったことは同じなのだから」


 ロイは一層増した殺気にも似た威圧感を出し、無理矢理リュウを抑える。それでもリュウは食い下がらなかった。


「お前達が来るのが遅かったせいだろ! あのまま何もしなけりゃ大変なことになってた!」


 椅子を突き飛ばし立ち上がる。見て見ぬふりをするという卑怯な手を使え。この言葉はリュウにとってはあり得ない言葉だった。故に激昂する。


「だろうね。だが君が来てからも大変なことになったよ。事態は変わらず、むしろ酷くなっているかもしれない。あの騒動に巻き込まれた数人が軽傷を負い、被害を受けた青果店はおよそ一週間は営業できない。君の勝手な行動はやはり看過できないよね」

「確かにまだ俺は未熟かもしれねー! けど、それでも、俺は強くなったんだ! あの魔法学園にだって入学も出来たし、俺には『魔法武器』だってある! 喧嘩だって負けねー!」


 リュウはさらに語気を強め、机に乗り出す。怒りで魔力まで高まってしまって来ていた。


「俺が強くなったからマリーを助けられたんだ!」


 高ぶる感情に呼応する魔力。リュウの掌で炎となって燃え始める魔力だったが、ロイはそれを見ること無く口を開く。


「それはすごいじゃないか。けどね、学園に入って魔法を習ったから強くなった。ちょっと質の良い魔法武器を手にいれたから強くなった。喧嘩に負けなくなった、だから強くなった。──そんなのはただの驕りだ」


 言葉と共に魔力が放たれた。それはリュウの掌で燃え盛っていた炎を打ち消し、室内全体に静寂をもたらした。


「君にとっては喧嘩程度なのかもしれないけどね、あれでも命がかかっているんだ。喧嘩などという“お遊び”をするならあの場に来るべきではない。君はそんなものを学ぶために学園に入ったのか?」


 ロイの気迫は一層増していく。


「もう一度言うが、あれは実力のある俺達、あるいは経験のある魔導師がやるべき仕事だ。君達学生ではいつ殺されてもおかしくなかった。結果として勝てたのかもしれないが、倒しきれなかった男がいてその男の中級魔法発動を許したのも事実。街を壊したのも事実。結局のところ君達だってあの男達だって、街中でただ暴れていたにすぎないんだ」


 ロイの気迫に気圧されたリュウは静かに椅子に座り直す。そんなリュウを一瞥しながらロイは話を続ける。


「『本当の強さ』を知らない奴が意気がるんじゃないよ。力は簡単にクズになるからね」


 口調を穏やかにするロイだが、内から出る気迫を抑えることはしなかった。室内に広がるどんよりとした空気。自身が信じてきた『強さ』を否定されたリュウは、机をただ見つめているだけとなった。

 ティナも何を言って良いのかわからず黙り込んでいる。マリーは自分のせいでリュウに迷惑をかけてしまっているのだと、反省していた。


「まあ、大体の事情は調べもついてるからもう帰っていいよ。これからは力の使い方を考えるんだ。じゃ、気を付けてね」


 結局それで話は終わり、沈んだ空気のまま三人は【アルテミス】を後にした。

 

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