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英雄気取りの三番目  作者: 工藤ミコト
第九章【天才剣士と夜桜伝説】
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112 イクトvsゴザロウ


「今日の授業は、まあ将来のことを考えた授業ですね」


 台本を読みながら、フェルマは反響する声に少々驚いていた。

 朝の大規模転移を経て、質問攻めを経て、昼食を経て、ようやく落ち着いた授業が受けられると、コトハとゴザロウと共に移動教室を行った。


「はい、フェルマせんせー」

「はい、リュウ君。いいお返事ですね」


 彼らがいるから、君づけで丁寧に。リュウを指す指先一つにまでキリッとした所作なだけに気持ちが悪い。思わずいつもはつけない「せんせー」をつけた。


「フェルマは魔法史の教師じゃないんですか」

「ここにいるので、関係ありません。大人の事情は君達が足を踏み入れてはならないものなのです。他には?」


 慣れない故にボロはあからさまに出ているが、誰も突っ込みを入れようとは思わない。彼らに注目が集まっているからだ。


「とりあえず、午前は全部使って模擬戦をやります。東洋からの客人もいますが、お姫様とはもちろん戦えません。ゴザロウ君は?」

「拙者も手合わせ願うでござる!」

「はいそういうわけなので、皆さんガンバリマショー」


 ここは第三修練場。

 魔法学園に五つある修練場のうちの三つ目であり、正方形の土製の部屋だ。高い天井と広い空間は使い魔召喚の授業や戦闘訓練に向いている。対魔法防御が隙無くされていることが最大の特徴だ。

 学園のカリキュラムは、大きく分けると座学と実践学にわかれる。この時間は特殊な時間変更をしているらしく、座学である魔法史とロングホームルームを模擬戦として進めている。留学期間はこのAクラスを中心に授業は組まれる。


「天才剣士、拙者と手合わせ願うでござる!」


 見つめる先はイクト。澄みきった茶色い瞳が一心に捉えた。しかし当のイクトは目線さえ合わせない。口を開こうともせず、だんまりを決め込む。


「おお、すげーじゃん。見てーなそれ」


 リュウが乗っかり、ゴザロウが何と言ったのか教えて貰った他のクラスメイトも煽り出す。

 眉間に皺が寄ったイクトは一言も発しない。その温度差に違和感を覚えたのは、奥の方で用意された椅子に座っていたコトハだった。相変わらず性格に反した笑顔を添えて。


「イクト……ああ、あの事件の」


 誰も聞くことはないコトハの核心に、反応することができた者はやはり居なかった。

 フェルマに命令されたと言うことで、嫌々ながらもイクトは場に上がった。土で盛られたその場所は、自分が以前使い魔を喚び出したところだ。最近はめっきりと喚ぶことをやめてしまった。そろそろ話したいなとイクトは思った。


「天才剣士どの! あなた様の名は未だに大和の隅々まで轟いております! 拙者、誠に光栄でござる!」


 直球ど真ん中の言葉にまたもイクトはため息を一つ。


「すみません、その天才剣士っていうの、やめてもらえませんか?」

「何故ですか天才剣士どの。誉れ高き称号ではありませんか」

「でしたら、僕が勝ったらやめてください」

「ふむ、仕方ないでござるな。では拙者が勝ちましたら、少しご相談に乗っていただけませんか!」


 強く言うゴザロウの瞳に、一縷の曇りが見えた。

 ゴザロウ達がやって来てからの数時間、イクトの表情に明るさはやって来ていなかった。まるで馬の合わない嫌っている人物を目の前にしたそれだ。東洋からの使者を嫌う理由がイクトにあるのかどうか、リュウにもティナにもわからない。


「魔法は中級まで。あくまでもこれは模擬戦だ、両国の交遊が目的だ。それを忘れるな」


 フェルマはそう言うと、向かい合う二人から距離をとった。後は互いの間が開始の合図を取ることとなる。


「よいですかイクト殿」

「はい」

「では、参る!」


 詠唱すること無く、腰の刀を抜き斬りかかるゴザロウ。魔力の流れは一切感じ取れなかった。

 ただの斬撃。

 しかし、相対するイクトはその一撃に全てを見透かす。イクトとゴザロウとの距離はおよそ三メートル離れていた。ゴザロウはその距離を、イクトに満足のいく反応をさせずに、強化魔法無しで詰めたのだ。

 そして抜刀から流れるように上段へ刃を置いたかと思えば、次は落ちる滝の激流のごとく斬りかかる。

 それは一朝一夕で習得できるものではない。着物越しからわかる引き締まった筋肉は、ただ剣を振るためだけに鍛え上げたものだ。


【次元転送・笹貫】


 あとコンマ一秒でも遅れていたら、迫り来る熱い何かに斬られていた。しかし、金属と金属の擦れる甲高い音が響いた。

 両者の動きは、まるで打ち合わせでもしているように滑らかで無駄のないもの。

 右、左、上、下と剣が舞う。

 銀の線は速度を増し、残像は扇を形作る。ゴザロウは未だ一切の魔法を使っていない。強化魔法も同様にだ。

 一方のイクトは探知を行っている。強化魔法を使っていないゴザロウの攻めに膝をつけることなどないが、だからと言って油断はできない。

 ゴザロウの剣には、自分にはない何かがあると。しっかりと握りしめた柄から切っ先まで、それは破裂しそうなほどに込められている。的確に形容できない。ただ心に迷いが無いだけなのかも知れない。

 自分とは真逆のそれ。


「ふんっ」


 ゴザロウは拮抗していた鍔迫り合いの中、一歩だけ踏み込んだ。たったの一歩に、ゴザロウは全てを懸けていた。魔力が一気に高まり、剣筋が見えなくなる。

 それでも、イクトには届かない。全身全霊を込めた突きをイクトはいとも簡単に受け流していた。


「それは、何のまねですか」

「やはり効かぬでござるか。所詮“真似事”でござるからな」


 額に流れてきた汗を拭いながらの言葉に、イクトが反応した。


「天才剣士と謳われたイクト殿が、何故この国にいるのかを拙者は知っているでござる。そしてその事についてご相談したく思うでござる」


 イクトは一言も発しない。


「この留学に裏があるのは既に感付いておられるはず。コトハ姫には口止めされているが、やはり拙者だけではお役目を果たすことが出来ぬゆえ」


 イクトは少しだけ眉に皺を寄せた。この場にいる全員にゴザロウの言葉は聞こえているが、言語がわかるのはフェルマと、リュウにマリー、そしてティナだけだ。

 アルが欠席しているが、彼には翻訳イヤホンが渡されていない。この場にいたとしてもゴザロウの言葉は理解できない。


「イクト殿にお力添えをしていただきたく、拙者はこの場に立っているのでござる」

「僕には心当たりがありませんね」


 深々と頭を下げたゴザロウに、イクトは冷たく返した。この場の三人以外誰にも理解できないやり取りが、一方的に打ち切られる形となった。


「その主犯が、イクト殿の追い求める奴らの一人だとしても?」


 その一言がきっかけとなった。

 今度はイクトが動いた。その場から消え、現れたのはゴザロウの頭上。右手に携えていた『笹貫』を、残像を見せつけるほど速く斬り降ろす。

 咄嗟の出来事にゴザロウは手が出なかった。それがわかっていたイクトは、刀をくるりと回し峰で殴り付けていた。


「参ノ型【神降ろし】だったでござるな。まさか拙者も反応できないとは、流石天才剣士」

「何故、その事を知っている……」


 いつもの丁寧な口調が崩れた。

 それは一度だけ、あの【メガイラ】侵攻のときに聞いた覚えがあった。目の前にした彼らに上級魔法を放った時の、魔力の乱れがリュウ達にも感じとることができた。

 そのイクトの問に対し、立ち上がったゴザロウは無言を貫いた。勝敗が決していないと言うだけがその理由ではない。服についた埃をはたき落とし刀を正中線に構える。


「再び参る!」


 二度目の攻めが、イクトに通用するはずもない。

 上段、中段、下段からの攻撃を全て同じ度合いで受け流していき、終いにはゴザロウを地面に転倒させる。素早く起き上がったゴザロウだが、詰められていた距離によって戦況の不利に変わりがないことに気がついた。

 イクトとゴザロウとの間ではすでに決着がついていた。


「参った、拙者の負けでござる」


 ゴザロウは刀を懐に戻し服の砂を払う。


「イクト殿の望み通り、天才剣士と呼ぶのは以降止めるでござる」

「どうして“奴”のことを知っている? お前は何者だ!」


『笹貫』をゴザロウの首に突きつけたイクトの瞳は修羅のそれ。乱れる魔力は、フェルマが止めに入るほどのものだ。


「イクト殿には申し訳なく思うがしかし、調べさせてもらったでござる。憶測の域を越えはせぬが、イクト殿の思う通りなのでござる」


 ゴザロウの瞳の鋭い光によって、イクトは落ち着きを取り戻した。


「大和へ戻っていただけぬか?」


 直後放たれたその言葉だけは、リュウ達にも理解できた。それでもイクトは冷静に返すのだ。


「詳しいことは後程改めて聞かせていただきます。ここは人が多すぎますから」


 そう言い残して舞台を下りた。ゴザロウもそれ以降イクトに話しかけることはしなかった。

 意味深長なやりとりと、不可解な戦闘によって混乱していたリュウだったが、模擬戦の順番が回ってきたことによってそれら一切を忘れた。


「──お待たせ!」


 授業を終えた夜、ティナは寮のロビーにやって来た。留学生の二人を歓迎して「露天風呂」を完成させたと報せを受けたのが一時間ほど前。急遽リュウ達は裸の付き合いをすることとなった。

 太陽は沈み、月が昇ったその時間。全員が寮のロビーに集まったがしかし、コトハの姿はそこに無い。


「あれ、コトハちゃんは?」

「それが、行きたくないの一点張りでござるのだ」

「えー、でも早くしないとしまっちゃうよ」

「本当に申し訳ないでこざる」


 深々と頭を下げるゴザロウに、ティナとマリーは慰めの言葉をかけていた。


「コトハってよぉ、なーんかなぁ」


 リュウは顎に手を添えて考えるそぶりを見せたかと思えば、続いて両手を頭の後ろへ持っていく。


「ガキっぽい」

「その言葉をそっくりそのままあんたに返すわよリュウ」

「う~ん、壁があるんだよなぁ」

「やはりリュウ殿にも……」

「何か理由でもあるの? なんかコトハちゃん私達ともお喋りしてくれなくてさ」


 ティナが質問をするが、煮えきらないまま話は終わってしまう。形だけ着いてきているイクトはその日の授業以降何一つ口を開かず、助け船は出してくれない。


「拙者にもそのような態度なのござる。聞いても、子供ね、と返されるのみで……。少し昔までは決してそういう性格では無かったでござるよ」


 ゴザロウはコトハを心配するように苦笑いを浮かべた。しかしそこには少しの嘘も見てとれた。コトハの隠す“何か”を、ゴザロウは知っている。だからこそ彼はイクトに視線を向けている。それぞれが違う方向を見つめるまま、露天風呂へとやって来た。

 

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